9-6 契りの指輪
「えっ? 契りの指輪? 家宝??」
「そうだ。テンペスト王国は偉大なる魔法使いテンペストの血を引くジョージ一世が開いた国。ジョージ一世は建国を内外に示すパーティの際、功のあった家臣に魔法使いテンペストから伝わる魔道具を与えたと言われている。トレメイン男爵家に伝わっていた契りの指輪もその一つだ。トレメイン男爵はセネット伯爵に仕える騎士で、婚約者の姫騎士と並んで敵に向かって突撃をして敵を倒し、その功績でその指輪を頂いたと言われている。その二つの指輪をつけたもの同士はお互いの位置を知ることが出来、思うことを言葉に出さずとも通じ合えるという魔道具だそうだ」
それほど由緒のある品とは……。アルは絶句した。そんなものが流出しているのか? そういえば魔法感知はしていなかった。模造品という可能性はないのだろうか。
「一応、魔道具かどうか調べますね」
『魔法感知』
指輪を確かめようとしたアルにジョアンナは首を振る。
「たしかこの指輪は魔法感知や魔法発見にはかからぬ事で有名だったはずだ」
「えっ? そんな事あるの??」
アルは驚いた。そんな魔道具などあるのか? それなら、いくら警戒している場所でも持ち込めてしまうではないか。そう思いながら指輪を見つめる。すると、アルの目にはか細くだが青白く光った。
「ん、でも光りましたよ? どういうこと?」
「むっ? 本当か?」
ジョアンナも怪訝そうな顔をしてアルを見る。魔法感知の反応が薄い魔道具……以前にもそんな事があった。たしかエリックの採用試験の時もそうだ。あの時、アルの魔法感知には反応したが、エリックの助手のフィッツの魔法感知には反応しなかった。かぶせてある革を剥がすことによって、アルの目からも薄かった反応が強くなり、フィッツの魔法感知にも反応するようになった。
魔法感知でみつかりにくいような加工、或いは見つかりにくいような呪文があり、それの巧みさや熟練度と魔法感知、或いは魔法発見の熟練度によって発見の可能性が変わるということかもしれない。
そして、この指輪は、魔法感知に反応がないということで、逆に魔道具と認定されず、単なる工芸品として売買されていたというのだろうか。ということは、あの行商人に売った騎士というのはその伝説を知らなかったのか。もしかしたら略奪した……とか?
「そんな指輪だとすると持ち主の方を探して返さないと……」
アルがそう言うと、ジョアンナが首を振った。
「トレメイン男爵家は、残念ながら数代前に途絶えてしまったのだ。契りの指輪を家宝としていたあの家は常に一夫一妻を守っていたのだが、結果として、血をつなぐことが出来なかったそうだ。家は断絶し、家宝であった契りの指輪は主家であるセネット伯爵家に保管されていた。セネット伯爵家が滅ぼされてしまった今、その宝物の持ち主はおらぬ」
敢えて言えば、セネット伯爵家の血を引くパトリシアかタラ夫人か。アルはそう考えてため息をついた。
「これもテンペスト様のお導き……パトリシア様ならそう言うだろう。今回は私もそう思いたくなった」
そのテンペストの遺体はここからさほど遠くない廃村に安置されていて、その事を知っているのは自分だけだ。アルは現実の数奇さにため息をつく。そのアルをジョアンナはじっと見つめた。
「工芸品として売り買いされていたということは、魔力が尽きて魔道具としての働きは失われているのだろう。すぐに魔石を用意してくるので、片方をパトリシア様に、そしてもう片方はそなたが持っていてはくれぬか? 辺境伯第二子からの求婚という噂の真偽についてはまだ確かめるのに時間はかかるだろうが、それが分かったときにはもう身動きできぬ状況になっている可能性もある。せめて指輪を分け合っているという事実があれば、パトリシア様としても心のよりどころにできよう」
アルはすこし首を傾げ、ジョアンナをじっと見る。
「わかっている。パトリシア様が民を見捨てることはできない立場にいる事ぐらいは。だが……」
アルはそこまで聞いてため息をついた。これほどの物だと知らなかったのは大失敗だった。だが、ここまで来て返してくださいという訳にもいかないだろう。グリィも仕方ないと思っているのか何も言ってこない。
「その指輪、タラ子爵夫人といったセネット伯爵領出身の貴族なら見たらわかるんですよね。それに魔法感知で見つかる可能性は低いかもだけど、熟練度の高い魔法使いになら見つかっちゃうかもしれない。気を付けるように言ってくださいね」
「ということは? 良いのか? 片方を持っていてくれると、パトリシア様に伝えても……?」
「言ったように身に着けていると判る人にはすぐばれちゃいそうだから、こっそり持つだけです。ジョアンナ様、一度お貸しください。魔力を付与します」
『魔力制御』
アルはジョアンナから契りの指輪を受け取り、魔力を込めると、2つの指輪のうち、一つを驚いているジョアンナに渡す。
「使い方を確認したいので、一度装着しますね。ジョアンナ様も装着をお願いできますか?」
アルはそういって、残った片方を少し迷ってから左手の人差し指に指した。指にはめると、緩かった指輪は自動的に締まりぴったりとしたサイズになる。
「さすが、魔道具ですね。サイズが大きいようにみえたのはこういう仕組みがあるからだったんですね。使い方は御存じです?」
ジョアンナも自分の左手の人差し指に装着していた。だが、アルの問いには首を振る。
「精神集中なのかな? それとも命令文言だとすると難しいかも……」
そう言いながらもアルは左手の拳を握り、指輪のことをじっと考えながら、試しに自分の胸元に引き寄せてみた。魔道具であることが隠蔽されている魔道具だ。命令文言の可能性は低そうな気がした。だが、特には何も起こらない。手をいろいろと動かしてみる。
“!”
いろいろと試しているうちに、アルから見てジョアンナが居る方向がぴかりと光ったような気がした。いまの動きのどれかによって、もう一つの片割れの指輪がある方向が光って伝えてくれたという事か。アルは何度か動きを繰り返し、装着した状態で掌を下に向けて横に軽く振ると方向が判るというのを確かめることができた。だが、思うことを言葉に出さずとも通じ合える方法というのは判明しなかった。
「仕方あるまい。このような手探りの方法で一つだけでも機能がわかっただけでも奇跡的だ。相手が指に着けていなくてもこの機能は使えるのだろうか?」
アルは指輪を外そうとしてみる。もう片方の手で指輪をつまむと指輪は元の緩い状態に戻った。外してテーブルの上に置く。ジョアンナが手を横に軽く振った。
「どうでした?」
アルが尋ねると、ジョアンナは軽く頷いた。
「大丈夫そうだ。ちゃんと指輪のある方向が光ったよ。アル様…本当に感謝する」
“噂が本当だったら、本当にパトリシア様は我慢できるのかなぁ……”
アルはグリィの言葉に不安になりながら、予備に持っていた革袋に自分の分の指輪を入れると財布と一緒に服の隠しにしまい込んだ。ジョアンナは元の袋にもう片方の指輪を丁寧にしまい込む。
「では、私は帰る。また、今度はキノコ祭りの当日に。一応今日会ったことは秘密に頼む」
ジョアンナの言葉にアルは頷き、彼女を見送ったのだった。
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