8-11 廃村へ
次の日の夕方、ミルトンの街から辺境都市レスターに向かう街道から北にかなり離れた荒野をアルは一人で歩いていた。足取りはかなり軽い。
「あの丘を越えたら、目的地が見えてくるはずだよ」
「ふむ、たしかに付近に人影などはなさそうだ。これなら大丈夫だろう。しかし、私が墓で眠っている間に、かなり変わったな……」
独りに見えるアルが元気に喋ると、少し後方の何も無いように見えるところからマラキの返事が聞こえた。実は彼と上位作業ゴーレム、もちろん毛布に包まれたテンペストの遺体、アルナイトを詰めた樽もアルの運搬の円盤に乗せられ隠蔽呪文によって他者からはわからないようにしていたのだ。
街道を遺体のようなものを運ぶとなるとどうしても不審がられる。大きな街の入り口では警備のための魔道具が設置されている可能性があるが、どうせ遺体を運ぶことを考えると街には入れないだろう。アルとマラキが相談した結果、このような形が一番目立たないだろうという事になったのだった。
「そんなに変わったの?」
「そうだな、地形そのものは変わっていないが、このあたりは、海岸付近を除いて全部森に覆われていたはずだ。それに木々の種類も変わっている。当時は針葉樹だった」
アルは首を傾げた。針葉樹というと、もっと北に生えているアカマツなどだろうか。時代によって森の木が変わることなどあるのだろうか。
「廃村というのはあそこだよ」
丘の上に着いたアルは一度足を止めた。以前バーバラと一緒に村を見下ろしたところである。村には人影はなく、あの時からなにも変わっていないように見えた。
「ふむ、人が住む痕跡は無さそうだ。しかし、どうして廃棄したのだろうな。蛮族でも出たのか?」
「廃棄した理由はよくわからないよ。雨が少なくて農作物がうまく育たなかったとかの可能性もあるし、病気が流行ったり、井戸が枯れたりすることもある。蛮族については山地を越えてくる可能性はないわけじゃないけど、かなり少ないと思う」
「ふむ。まぁ良いだろう。では村まで頼む」
アルは警戒しながら丘を下りると、村の周囲に建てられた柵を超え、中央の広場にたどり着いた。以前盗賊団が根城にしていた村長の家や教会らしき建物には、変わった様子もない。衛兵隊はあの後、ここには調査に来なかったのだろうか。しばらくアルは周囲をみてまわったが、なにか変化した痕跡はなさそうであった。
「大丈夫そうだよ」
アルがそう声をかけると、運搬の円盤から飛び降りたらしく、マラキ・ゴーレムの姿が何もない処から姿を見せた。執事のような服を着ている。アルが丁度麓の村に来ていた行商人から買ったのだ。右手には以前守護ゴーレムが持っていた杖を構えている。隠蔽呪文の対象にゴーレムを選択することはできたものの、その効果は、すこしでも動けば失われてしまう。喋るのは大丈夫というのは不思議だったが、マラキ・ゴーレムによると、ゴーレムは口を動かさないで喋るので特に変な事ではないという事だった。
「ふむ、すこし村の中を確認したい。先導してくれぬか。そなたが研究塔に到達するまでとはいえ、しばらくはここに潜んでおかねばならぬからな。上級作業ゴーレムよ、ついてこい」
マラキ・ゴーレムと同じように、上位作業ゴーレムが片足でぴょんと跳ね姿を現した。彼も同じように右手には守護ゴーレムが持っていた杖を持っている。魔法の矢が使える杖だ。
アルは頷き2体のゴーレムと一緒に村を歩き回った。彼は一度ここを根城にしていた盗賊団を縛り上げた後、バーバラが衛兵隊を連れて来るまでの間に探索をしたことがある。村長の家と教会、他にも家は十数軒といったところだろうか。扉や窓の鎧戸などは壊れているところが多い。
「ふむ、この家の地下室にしよう。他の地下室より広いし、降りる階段はうまくカモフラージュできそうだ」
マラキ・ゴーレムはその中の一つの家を選んだ。他の家と同じように古びた赤い屋根で村長の家よりは小さいが一応二階建てのしっかりした石造りの建物だ。
「うまく、テンペスト様の遺体を運んでくれよ。家の中は障害物が多い。隠蔽呪文は解除したほうがよいのではないか?」
「え? 当たらないでしょう?」
マラキの心配そうな声にアルは不思議そうな顔をしてそう質問で返す。マラキ・ゴーレムは首を振った。
「当たっていないと感じているだけだ。ちゃんと実体はあるのだぞ」
アル自身は何度も検証したつもりであったのだが、隠蔽呪文の効果は思っていたものと少し違うらしい。言われるままに、運搬の円盤に隠蔽呪文をかけた大きな箱を試しにのせ、狭い隙間を通ろうとしてみたが、その大きな箱は引っかかってしまったようで、途中でアルは前に進めなくなってしまったのだった。
「魔法で、実体はなくなっているのだと思っていたよ」
アルは少ししょんぼりした顔で言う。幼少時に祖父に基礎を教わったものの、それ以降、アルはきちんとした師匠に付かずに自分一人で呪文を習得して来た。レスターに来てからエリックと知己を得たので話ができる呪文もあったが、隠蔽呪文などは効果について聞ける相手はいなかったのだ。呪文の使い方を独自の解釈で使いこなせているのは独学のおかげなのだろうが、呪文の特性を教われていないという点は大きな欠点と言えるのかもしれない。
「隠蔽については、ゴーレムがその効果を受けないので気が付いたが、この間言った通り、私も呪文についてはあまり詳しくない。テンペスト様の研究塔でいろいろと調べてみるのが良いと思うぞ。それにこのような事はきっとよくある事だ。気にすることはないだろう」
“私にその機能を機能追加してくれたら、がんばって調べるよ! 一緒にもっと勉強しよう”
グリィの励ましに、まだまだ知ることがある事が楽しい事の様にも思えてきて、アルは目を輝かせ大きく頷いた。
テンペストの遺体を地下室に安置した後も、アルたちは墓室としての体裁を整えるだけでなく、村の周囲を見張る場所を確保したり、獣避けの柵も確認したりといった作業を続けた。誰も来ないから盗賊の根城となっていたのだろうが、誰も来ないという保証はない。最悪の場合、マラキ・ゴーレムは杖を使って身を護る事になるかもしれない。いろいろとすることは多かった。あっという間に日は傾き、夜になったのだった。




