8-6 アシスタント・マラキ
テンペストの墓室はアルが数か月前に去った時から何も変わっておらず、静かなままだった。アルは軽く祭壇に黙礼をして、静かに部屋の真ん中にある石棺に近づくと、ゆっくりとふたを開ける。中には相変わらず眠ったままのように見えるテンペストの遺体がある。運命の女神ルウドの名を唱えながらアルはその遺体の胸元にあるマラキのアシスタントデバイスに手を触れた。
“帰ってきたのか。アル”
「うん、マラキさん。教えてもらいたい事があって来たんだ」
アルはマラキに自分が遭遇したゴブリンメイジの話をした。従来ならとても考えられない程の賢さを発揮したそいつが、その首輪にマラキとよく似たアシスタントデバイスらしきものを付けていたという事実。
「これが、それなんだよ」
アルはゴブリンメイジがつけていた首輪を取り出して横の祭壇の上に置く。念のために触れないように厳重に革布で包んだままだ。
“ふむ、なるほどな。これは確かにアシスタントデバイスだな。イングリッドは話しかけてみたのか?”
“うん、でも言葉がつうじないの”
“わかった。アル、そっと触れてみてくれぬか?”
アルは恐る恐るゴブリンのアシスタントデバイスに触れた。
“ギャギャギャ”
直ぐに蛮族の言葉らしきものが聞こえて、アルはあわてて手を離した。
“落ち着いて……できれば良いというまでしばらく触れておいてくれないか? もちろん無理はしない範囲でな”
マラキの言葉に、アルは深呼吸をしてから、ふたたびゴブリンのアシスタントデバイスに触れた。先ほどより大きな声で耳元で蛮族の言葉が聞こえるが、それに懸命に耐えた。
“ふむ、会話はできぬが、コマンドは通じるようだ。もうすこし待ってくれ。これは簡単には出来ぬようになっておる”
蛮族の言葉とは別にマラキの声も聞こえた。アルは目を瞑り、かすかに頷いた。どれぐらい時間が経っただろうか……。急に蛮族の叫び声が止んだ。
“かわいそうだが、一旦活動を止めた。これは、おそらく私と制作者が同じアシスタントデバイスだ。だが、元々魔道回路に損傷がある上に、かなりの機能に手が加えられている。特に人間と意思疎通するための機能は壊滅的で、まったく違うものに置き換えられてしまっているようだ”
「これはグリィが生まれたみたいに、蛮族が生みだしたもの?」
アルは首を傾げた。
“イングリッドの宿るアシスタントデバイスであれば、私より後に作られたものであるので、その可能性もあるのかもしれぬが、このアシスタントデバイスでは想いを受け取ってアシスタントが作られるような事は考えられぬ……と思う”
マラキの言葉の最後はすこし弱かった。完全に言い切ることはできないようだ。
“とりあえず意思疎通ができるような機能を与えてみようと思う。上書きではなく、追加という形でな。その機能が、いまの人格に馴染めば会話できる可能性がある”
マラキの話にアルは頷いた。話ができるようになればいろいろと聞き出せるようになるだろう。マラキの説明ではその作業にしばらく時間がかかるらしい。マラキの了解を得て、アルは彼のアシスタントデバイスに重なるようにゴブリンメイジのアシスタントデバイスを乗せた。マラキのアシスタントデバイスとゴブリンメイジのアシスタントデバイスのゆっくりとした光の明滅はおなじような周期で行われている。
「アシスタントってたくさん作られていたの?」
光の明滅をじっと眺めながらアルが尋ねた。
“それは難しい質問だな。アシスタントの能力には様々なものがあるからだ。単に助言をする魔道具と定義すれば、わが主も作ることができた。それらを含めると数えきれないほどたくさんという話になる”
マラキの答えにアルは首を傾げた。アシスタントの能力で様々なものというのがよくわからなったためだ。最初、狩りをしたり料理をしたりすることのできるアシスタントなどもあったのだろうかと考えた。だが、途中でアシスタントとは助言者という意味だとすれば別にアシスタントデバイスに宿るものとは限らないということに気が付いた。きちんと定義しないとマラキはきちんとした答えをかえしてくれないらしい。アルは質問の仕方を少し変えた。
「マラキさんやグリィと同じようなものは?」
“己惚れるつもりはないが、私のようなきちんとした人格をもつアシスタントを作るとなると、かなり難易度は高くなる。作ることのできる技術を持つ者は私の知る限り数人というところだろう。作られた数も合わせて百は超えないのではないかな。もちろん、わたしがテンペスト様と埋葬された後に技術が画期的に進んだ可能性が無いわけではない”
それほど数少ないはずの古代の魔道具であるアシスタントデバイスがいま3つ、いやパトリシアのものも合わせれば4つもある。これはパトリシアのいうテンペスト様のめぐりあわせという事だろうか。アルの胸は高鳴った。
“このゴブリンメイジのアシスタントデバイスへのアプローチにはしばらく時間がかかりそうだ。ずっと持っていては手が疲れるだろう。ある程度進めば、光を明滅して知らせよう。それまで手を離していてよいぞ”
アルは頷いたが、まだ手は離さなかった。マラキという存在にはまだ聞きたいことがあったのだ。
「時間があるのなら、他にもマラキさんに教えてもらいたい事があるんだ」
アルは残る片手で器用に背負い袋を床に下した。彼には今困っている事が2つあった。損傷があるためにうまく習得できずにいる飛行の呪文の書と、小さすぎてうまく魔道回路が読めない釦の形をした魔道具だ。2つとも何かアドバイスのようなものを貰えないだろうかと思って持ってきたのだ。
“ふむ、呪文の書については、私はあまり助言できることはない。私がわが主のアシスタントになってから新たな呪文習得をすることはなかったのでな。必要があれば、この間話をした研究塔に行けばイングリッドのアシスタントデバイスにそのための機能を機能追加することができるだろう。釦もそうじゃな。そのサイズの魔道具に使われる魔道回路を製作するための機械もあるはず。それを使わねばこれほど細かな魔道具の魔道回路はみることができまい”
「そっか……」
研究塔に行くためにこの呪文の書の呪文を習得したいのだが、その手段はその研究塔にあるなんて……。アルは悔しそうな顔をした。
“それらが使える状態かどうかは、行ってみなければわからぬがな”
マラキはそう付け足した。もちろん何百年、場合によっては何千年も経ている古代遺跡なのだ。すでに使えない可能性も十分にあるだろう。そういえば、古代遺跡……。
「わかったよ……。ねぇ、待っている間に、この古代遺跡……あ、いえ、このテンペスト様のお墓を見せてもらって良い?」
“この墓所をか。よいだろう。ここはわが主が生前、丹精を込めて作った自らの墓所だ。すこし趣味に走りすぎたきらいもあるがな。墓荒らしではなく、魔法使いが見たいというのなら、わが主も面白がったにちがいない。是非感想もきかせてくれ”
グリィ=イングリッドの愛称です。
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月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
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