7-8 皮剥ぎ
「おい、ちょっと待ってくれ。これを見てくれ」
ムツアシドラの解体・皮剥ぎの作業を始めようとした3人であったが、周囲の確認をしていたマドックがムツアシドラの潜んでいた藪の中を覗き込んで声を上げた。
「どうした?」
オーソンとナイジェラが彼に慌てて近寄る。そして彼の指すところを見て驚きの声を上げた。
「どうしたんですか? 魔獣が出たわけでもなさそうだけど」
焚火の近くに居たアルも急いで近づき、3人の様子に納得した。藪の中には人間の頭蓋骨とおもわれるものが2つ並んでいたのだ。よく見るとその近くにはかなりの量の骨が散乱している。骨は人族だけではなく蛮族やそれ以外のものもありそうであった。
「ここに潜んで、いろんなのを襲ってたみたいだな。おれたちもあのまま行ってたら、やばかった」
「うわぁ、倒せてよかったですね」
アルも大きく胸をなでおろす。
「アルも聖水を持ってるだろ。藪の中で眠っている死者の平穏を祈っておこう」
冒険者の場合、仕事によっては人間の死骸に遭遇することがある。埋葬されない死骸は放置しておくと、不死者のゾンビやゴーストになる事があると言われていた。本来であれば司祭なりがその死骸の平安を祈るのだが、状況によってはそれができない時もある。その場合に使うのが聖水であった。
聖水というのは教会で司祭や司教が儀式をして浄化の効果を付与した特別な水の事で、教会でお布施を支払って手に入れることができる。アルもオーソンに勧められて用意をしていた。
アルは頷き、オーソン、マドック、ナイジェラの3人と共に藪の中に入った。苔などに覆われてはいるが、人の服の切れ端や骨と思われるものが散乱している。いったい何人の人が犠牲となったのだろうか。
「人の魂よ。安らかに……」
アルは他の3人と一緒に聖水の瓶の封を切り、地面にゆっくりと注ぎ、犠牲者の平安を祈る。そのとき、アルはその土の中に剣の柄らしき一部が出ているのに気が付いた。死者の装備していた剣だろうか。何か特徴があれば、この死者が誰なのか特定できるかもしれない。
「何かあったのか?」
「うん、これなんだけどね」
アルはその剣の柄の周りを軽く掘ってみた。その剣はおよそ1mの幅広のものであった。錆びだらけであるが、かなり豪華な装飾がなされていて、鞘に飾られた大きな赤い宝玉がまだ光を放っていた。
「えらく良さそうなもんだな。抜けるか?」
オーソンに言われてアルはその剣を土の中から丁寧に掘り出し、柄を握って鞘から抜こうとした。錆びついているだろうという予想を裏切り、剣はすらっと抜けた。刀身には錆なども浮いておらず、新品同様の銀色の輝きを保っている。念のためにアルが魔法感知呪文を使うと、反応があった。
「ずっと埋もれていたはずなのに、全然錆びてない。魔法で保護されてるんだろう。ということはかなりの名剣ってことだろうな。だが、こういうのは持ち主の縁者が探してるってこともあるから、持って帰るのなら冒険者ギルドを通じて発見しましたって報告をしておいたほうが良いぞ。それを怠って、盗品扱いされるとややこしいからな」
オーソンの言葉にアルは頷いた。
「ということは、この剣の近くにあった死骸は身分の高いひとのものだったかもしれないね」
「持って帰れる量は限られてる。皮もかなりの重量になるだろうし、遺体まで持ち帰るのは無理だぞ」
オーソンの言葉にアルは頷いたが、可能な範囲で付近を探して他に身分が特定できそうなものがあれば持って帰るのが良いだろうと考えていた。
「じゃぁ俺たちは皮剥ぎ作業をするか。マドック、ナイジェラ、頑張るぞ」
「ちょっとまってくれ、なぁ、アル。もし、めまいが治まってるようなら、この死骸をひっくり返すような魔法って使えないか?」
作業に戻ろうとしたオーソンたちだったが、マドックがアルにそう尋ねた。ムツアシドラはかなりの巨体である。3人が力を合わせても動かすことはほぼ不可能であった。
「そうだね。可能なのは肉体強化ぐらいかな。それで動かせないか試してくれない?」
「肉体強化呪文まで使えるのかい。やっぱりアルが居ると助かるね」
ナイジェラが感嘆して呟いた。少し休んだおかげか、3人に肉体強化呪文を使うことは可能であった。3人は苦労しつつも何とか解体作業を終えたのだった。
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アルたちはその後2日かけて、さらに100個ほどのレインドロップを得、辺境都市レスターに帰りつくことができた。途中、群れからはぐれたイシナゲボンゴとの戦闘はあったものの、幸いなことにイシナゲボンゴの群れや他のムツアシドラと遭遇せずに済んだのだった。
「4人一緒とは珍しいね」
冒険者ギルドに顔を出すと、クインタが窓口に座っていた。アルがここの冒険者ギルドに初めて訪れた時もその対応をしてくれたのは彼女であった。
「みんな同じ宿でね。一緒に行ってみようって話になったのさ」
代表して一番年上のオーソンが答えた。
「素材の買取りかい?それとも何か相談事でもあるのかい?」
「ああ、その両方だ」
オーソンはまずはレインドロップとムツアシドラの牙の買取り話を始めた。皮の話をしないのは、また解体屋のコーディのところに持っていくつもりなのだろう。彼女はオーソンが持ち込んだものの査定を行う。
「全部で70金貨だね。一人当たり17金貨と50銀貨か。結構稼いだね」
クインタは感心したように言い、それぞれに金を渡した。
「で、相談したい事なんだが、実はこれを拾った」
そう言って、オーソンはアルを促した。アルは軽く頷いてムツアシドラが潜んでいた藪でみつけた剣、そしてその近くでみつけた指輪を取り出して、彼女の机の上に置く。
「へぇ……錆びついてはいるが、立派な宝剣じゃないか。ん? うっすらとだけど紋章が彫ってあるのが見えるね。指輪は魔道具か」
クインタはアルから預かった剣と指輪をじっくりと見た。
「剣の方は魔法感知呪文では青く光ったので何かしらの魔道具なのか、それとも錆びないように保護されているのかもしれません。指輪のほうも反応があったので魔道具かもしれません」
「なるほどね。どうしたい?」
説明にクインタはアルの顔をじっと見た。
「かなりの物だと思うので所有者が探しているのではないかと思うんです。そういった依頼は冒険者ギルドには来ていませんか?」
アルの話にクインタはにっこりと微笑んで頷いた。
「そうかい、殊勝だね。自分のものにしたいっていう相談かと思ったよ。まぁ、あんたは魔法使いだったね。もし魔法の剣だとしても使えるのはナイジェラだろうけど、主武器として使うには短くて物足りないか。4人に2つの魔道具じゃうまく分配もできないだろうしね」
クインタはちらりとナイジェラを見たが彼女はそのとおりだとばかりに頷いた。
「わかったよ。といっても、調べるのには時間がかかる。一旦預かってもいいかい? 預かり証を書くよ」
アルはオーソンをちらりと見たが、オーソンは大丈夫だといわんばかりににっこりと微笑んだ。おそらく信用して大丈夫なのだろう。
「じゃぁ、クインタ。よろしく頼む」
「任されたよ」
アルたちはクインタから渡された預かり証をしっかりと受け取り、冒険者ギルドを後にしたのだった。
「あとは、コーディのところだな。うまくいけば20金貨ぐらいにはなるか。さっきのと合わせると1人22金貨とちょっと。結構な金になったな」
「ああ、オーソン、また良い話があったら頼むぜ」
オーソンの話にマドックが嬉しそうに頷き、そしてアルの肩をたたいた。
「アルもありがとな。初めて会った頃はまだまだ駆け出しって感じだったが、もうすっかり一人前だな」
「うん……ありがと」
アルの返事はどこか上の空であった。これでまた1つか2つ呪文の書が買えるかもしれない。何を今度は買うべきなのかといった事ばかり考えていたのだ。
「その顔は、また呪文の書を買おうと考えているだろう。万が一のためにちゃんと金は残しておくんだ。わかってるか?」
その様子を見て、オーソンは思わず不安そうに呟いたのだった。
今回の話はここでおしまいです。次回はまた新しい話になります。
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本日は第7話での登場人物を1時間後、11時に追加で更新します。
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