7-2 レインドロップ
「おかえり、アル。その様子じゃ、いいことがあったのか?」
嬉しそうに《赤顔の羊》亭に帰ってきたアルを、丁度食堂で酒を飲んでいたオーソンが声をかけた。その向かいには久しぶりの男女の姿がある。顔には見覚えがあるのだが、誰だったろうか……。
「うん、報酬をもらって、新しい呪文の書を買ったんだ」
「おいおい、また買ったのか。少しは貯めろよ? まだ若いからわかんねぇだろうけどよ……」
アルはオーソンにお決まりの小言を言われながら3人が座っているテーブルに歩み寄っていった。おいしそうに肉を頬張る男性のほうの顔を見て思い出す。ああ、マドックだ、そして女性のほうはナイジェラ。この《赤顔の羊》亭に来た頃、ここに滞在していた冒険者同士のカップルである。たしか、国境都市パーカーに行ったはず……。
「俺たちも昼過ぎにここに着いたのさ。結局傭兵仕事って言っても警備員みたいなやつばっかでよ。全然儲からねぇ、仕方ねぇから、ある程度でけりをつけて帰ってきたのさ」
夕食がまだだったアルは3人のテーブルに合流して一緒に食事を摂る事にした。ほぼ入れ違いでナレシュが国境都市パーカーに向かったはずだ。向こうはどんな感じになっているのだろうか。
「隣国で戦争がはじまって、パーカーで腕の立つ冒険者を集めてるって噂があったんだよ。こりゃぁ一旗揚げるチャンスだって思ってな……」
2人が国境都市パーカーに着いたときには、その郊外の丘陵地帯には隣国から逃げてきた避難民が簡素なテントを張って暮らしていたらしい。その数は数千、もしかしたら万に届くという話であった。冒険者ギルドに顔を出すと、教会からの依頼が大量に貼りだされていたが、それは主に炊き出しやその警備、治安維持といったものだった。
「騙されたと思ったな。まぁ、警備の仕事とかで腕の立つのが欲しいっていうのもないわけじゃなかったし、戦争になるかもしれないっていう話もあってよ。しばらく様子を見てたんだが、何も変わらねぇ。やってられねえと思って、こっちに戻ってきたんだ」
うーん、戦争はこれからかもしれないね。アルは思ったが、口には出さなかった。先ほど、呪文の書を買おうとした店でその話をしてしまったばかりだ。口が軽いと周囲に思われるのは信用に関わるのではないだろうか。
「お前さんの方はどうなんだ?」
マドックに尋ねられてアルは辺境開拓の遠征に参加していたという話をした。領主の次男であるナレシュやレビ商会の会頭と面識があり、それで仕事をもらったのだと説明すると、2人にはかなり羨ましがられた。
「そっかぁ、やっぱりそういうコネは大事だよな……。是非、おれたちも何か仕事があったら頼むよ」
「うん、その時はおねがいします。でも、今の仕事は終わっちゃったので僕もまた明日からは仕事探しです」
何か頼むことがあれば、そりゃぁ知らない人より知っている人のほうが安心できるに決まっている。2人はかなり腕が立ちそうだ。とはいえ、アルが仕事を差配することなどないだろう。
「オーソン、なにかいい仕事ない? この4人で出来る仕事」
マドックの横でナイジェラはワインを飲んでいた。既に顔は赤くなっていて酔っているようにみえる。アルもオーソンの体調さえ戻ればまた一緒に稼ぎ仕事したいと思ってはいたが……。
「めずらしいな、ナイジェラが積極的に人と組もうとするなんて……」
オーソンが意外そうに言う。マドックとナイジェラの2人は幼馴染でずっと一緒に仕事をしてきたという話だったが、オーソンの知る範囲では、他にメンバーを入れると面倒がっていたのはいつもナイジェラの方だった。
「そりゃぁ、魔法使いって聞けばね。いろいろと仕事の幅も広がるだろうし、私たちの力を知っておいてもらった方が今後の仕事につながるかもしれない」
ナイジェラの言葉にマドックが苦笑を浮かべた。問われたオーソンは腕を組んだ。
「そうだな、そろそろレインドロップが狙える時期か。この面子なら行けるか?」
レインドロップ、レイン辺境伯領の森で採取される素材で毒消しの効果が強く、高値で取引されているものだ。一粒一粒は5cm程の長細い球の形をした青白いもの。聞いた話ではキノコの類だろうという話だった。レイン辺境伯領内で初めて見つかったこと、雨粒を連想させることからこの名がついたのだという。ただ、それが見つかったのは領都レインの東側に広がる森林で、あの森林は管理官が置かれて勝手に採取などもできないはず……。
「大丈夫さ、アル。遠くまでは行かねぇよ。実はなシプリー山地でも採れる場所があるんだ」
アルが心配そうな顔をしているのに気が付いたのだろう。オーソンがそう言ってにやりと笑う。シプリー山地というとこの辺境都市レスターの北西にひろがる森林に覆われた広大な一帯である。その中にはアルの出身であるチャニング村も含まれていた。シプリー山地で育ち、採集などもしていたアルだがそんな話は聞いたことがない。だが、オーソンが言うからには採れるところがあるのだろう。
「この足だからって諦めてたんだけどよ、アル、この間の魔法をまた頼めるか? それなら道案内できる。あそこは結構強い魔獣とかもでるが、マドックたちが居ればなんとかなるだろう」
この間の魔法というと運搬呪文か。まぁ、あれをつかえばオーソンを運ぶことはできるだろう。
「へぇ、良いね。すぐに出発か?」
マドックの問いにオーソンが首を振った。
「今日帰ってきたばかりだろ。そうだな、3日後に出発でどうだ? 10日ぐらいの予定で準備しておいてくれ」
3日後なら、ルエラとの約束も問題ないだろう。マドックとナイジェラも頷いた。
「パーカーではなにか美味しい物とかありました?」
遠くに行った時の楽しみの一つは行った先での食事だ。アルは丁度アイリスが持ってきてくれた料理を受け取りながら2人に尋ねてみた。
「そうだな、あの国境都市パーカーはジュエル湖っていう湖に接しててな。魚がよく採れるんだよ。プラーチョンって言ったっけかな。60㎝ぐらいの結構でかい魚が居てさ。塩焼きが結構うまかった。あとはガスパチョとかいうスープが人気だったな。そっちは難民が持ち込んだ料理らしい。こっちは、どろっとしてるんだけどさっぱりしてて、暑い日にぴったりなのさ。どっちも元気が出る料理って言われてて……」
難民というと、パトリシアの故郷、セネット伯爵領から逃げてきた人々なのだろうか。それを食べたら彼女も少しは元気にならないだろうか?プラーチョン、横でアイリスが呟いている。料理の話には興味があるらしい。
「そのガスパチョとかいう料理って、作り方はわかる?」
2人は首を傾げた。誰か知ってる人は居ないだろうか。アルはアイリスの顔を見た。彼女も首を傾げる。
「うーん、パパとママに聞いてみる。ちょっと待っててね」
アイリスは足早に厨房の方に向かって行った。
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