6-14 ゴブリンスローター
「ナレシュ様、たすかりましたぞ」
オリバー男爵が思わずそう声に出した。気を張っているようだが、ナレシュから見ると足は既にふらついている。かなり厳しい相手なのだろう。
「オリバー閣下、遅くなりました。後はお任せください」
そう言ってナレシュはオリバー男爵とフェリシア卿を庇うように一歩前に出た。1体残ったゴブリンスローターはオリバー男爵から奪った槍を構え直した。本来の槍術ではなく、棒術のような持ち方ではあるが、ゴブリンスローターの膂力からすれば油断できないのはオリバー男爵たちの様子を見れば容易に想像できた。
「ギャギャギャ」
ゴブリンスローターはナレシュをじっと見つつ、槍の先で地面を力いっぱい叩いた。地面の土が細かくナレシュたちの顔のあたりに飛び、思わずナレシュは左腕で顔を庇う。それを見て、ゴブリンスローターは手に持った槍を一度引き、端を持っておおきく振り回した。
「ギャヒッ!」 <波打> 鈍器闘技 --- 全周囲攻撃技
「負けぬ!」
ナレシュがその振り回された槍に合わせるように剣を振り上げる。力任せに振り回すゴブリンスローターの槍をナレシュは剣を両手で構えて迎え撃った。
ガキッ!
ゴブリンスローターの持っていた槍がナレシュの剣と交差したところで折れ曲がった。金属で補強した槍の柄がこのようになるとはどれぐらいの衝撃だったのだろうか。ゴブリンスローターは使い物にならないとばかりに手に持った槍を横に放り投げた。すぐに宙を掴むように掌を突き出す。ナレシュはそれに対して右に躱すように見せかけてから踏み込む角度を変えて左側に身体を滑り込ませる。ゴブリンスローターがそのフェイントに惑わされているところに、ナレシュは左手に持ち替えた剣でその背中に斬りつけた。
<暗剣> 直剣闘技 --- 相手の死角に回りこんで斬る
ナレシュの剣はゴブリンスローターの背中を肩口からざっくりと切り裂いた。
「ウギャギャギャ!」
ゴブリンスローターは悲鳴に近い声を上げた。ナレシュはサイドステップして身体をひねり、正面からゴブリンスローターを蹴り飛ばした。ゴブリンスローターはたまらず後ろに吹っ飛ぶ。
「とどめっ」
ナレシュは剣の柄に右手を添えて体勢を崩しているゴブリンスローターに向かって真っすぐに踏み込むとそのまま力任せに斬り下ろした。ナレシュの直剣はゴブリンスローターの肩口から胴体の半ばまで深く切り裂いた。
「ウギャアッアアアアア」
血しぶきを上げて仰向けに倒れるゴブリンスローター。オリバー男爵、フェリシア卿や他の騎士たちもナレシュが見せた力業に驚き、目を見開いた。
「大ホブゴブリンが死んだぞっ」「おぉーーーっ」
従士たちが歓声を上げる。ナレシュは直剣を右手に掲げてそれにこたえる。たたかっていたゴブリンたちが我に返ったようにウギャギャと声を上げ、くるりと一転して逃げ出し始めた。
「深追いするな」
オリバー男爵が冷静に指示を出す。騎士や従士たちが野営地に入り込んでいたゴブリンたちの掃討を始めた。戦いの様子を見守っていた教会の連中やその護衛をしていた冒険者たちも負傷者の手当や野営地の修復、ゴブリンの死骸の処理といったことをして、その手伝いをする。その頃ようやくウォルド、エマーソンも姿をみせたが、騎士たちの反応は冷ややかであった。
「やったね、ナレシュ様」
アルはナレシュに近づき、肩を叩く。横に居たラドヤード卿とシグムンドも嬉しそうだ。
「これは大手柄ですぞ。キロリザードマンの話だけでも十分すぎる功績と考えておりましたが、こちらは他の騎士や従士たちの目の前での事、オリバー男爵閣下もナレシュ様の事を認めずにはおられますまい。儂も鼻が高いというもの」
「すこしやりすぎた気もするがな。アル、これを見てくれ」
ナレシュは右手の直剣を見せた。剣は根元から歪み、鞘には収まりそうもない。
「これが、肉体強化の効果ですか。ここまでとは……」
「ああ、勢い任せに無理やり斬ったらこうなった」
シグムンドが感嘆の声を上げ、ナレシュは信じられないとばかりに首を振る。その顔には満面の笑みだ。
「ふむ、おそらく、ゴブリンスローターとゴブリンメイジの死骸はレスターまで運び、調査することになるでしょうし、この剣と肉体強化の話も報告せざるを得ないでしょうな」
ラドヤード卿の言葉にアルは不安そうな顔をした。今回自分自身は目立たないつもりで居たし、今回の報酬で飛行呪文を習得するという目標もあるのだ。別の事で時間を取られたくはない。
「そうだな、肉体強化呪文だけでなく、浮遊眼呪文をつかっての索敵のやり方、夜目が利くようになる呪文、光呪文の使い方、今回の遠征でアルがしてくれた事はどれをとっても革命的だった。どこにどこまでを報告するか考えたほうが良いかもしれない。とは言ってもどうせ、騎士団として使うためには、多くの魔法使いに同じような事が出来る必要がある。そういう意味では、今、エリック様が研究中だという話が気になる」
ナレシュの話からすると、今回の魔法の使い方は場合によっては軍事機密になり得るという事なのだろう。だが、アルはそのような話より気になることがあった。キロリザードマンと一緒に居たゴブリンメイジが身に着けていた首輪である。アシスタントのグリィが宿っている水晶と非常によく似ていた。もし、同じものであれば非常に価値があるかもしれない。
「うーん、騎士団としてとかの話は僕にはわかんないな。とりあえず面倒な事にならないようにお願いするよ。それより、ちょっと付近を見て回って来るけどいいかな?」
ナレシュがにっこりと微笑んで頷いたのを見て、アルは手を振って野営地を抜け出したのだった。
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ゴブリンメイジの死骸はすぐに見つかった。付近にはリザードマンの姿も見当たらない。アルはその死骸に近づくと使っていた隠蔽呪文を解除した。恐る恐るゴブリンメイジの首輪に手を触れる。
“ギャギャギャギャ”
マラキやグリィと同じように耳元で声がした。ただし、その言葉は蛮族と同じであった。
“アリュ、そいつ、言葉が通じない……”
グリィの声が聞こえた。
アルは酷くがっかりして、大きなため息をついた。
「蛮族用のアシスタントってことか? 何かわかることは?」
“私にはなにも……。マラキさんなら何かわかるかも?”
一応、持って帰るか……。アルは首輪をゴブリンメイジの死骸から取り外して戦利品を入れる革袋に放り込む。
「他に何か持ってないかな……」
アルはせっかく来たのだからと自分に魔法感知呪文を使うことにした。ゴブリンメイジやキロリザードマンが今回の作戦を指揮するほど賢かったのだとすると、何か持っているかもしれないと考えたのだ。すると、なんとゴブリンメイジが身に着けていたぼろぼろの服についた古びた金属の釦が青白く光った。
魔道具だろうか? アルは慎重にその釦に触れる。だが何も起きなかった。魔力が切れているだけかもしれない。価値があるかどうかも全くわからないが、こちらも持って帰って調べることにする。
そして、アルは再び隠蔽呪文を使って姿を隠した。すこし遠回りだがキロリザードマンの死骸も確認に立ち寄る。だが、こちらは全くの空振りであった。とは言え、2つの魔道具が手に入った。アルはどうやってこれらを調べようかと考えながら野営地に戻ったのだった。
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