6-1 帰還
レビという名前で、商会の会頭(ルエラの父親)とテンペストのアシスタントの2人が登場してしまっていました。商会の会頭(ルエラの父親)はレビのまま、テンペストのアシスタントはマラキという名前に変更させて頂いています。混乱させてしまい申し訳ありません。
そろそろ日が沈むという頃、アルはパトリシア、ジョアンナの2人と共に辺境都市レスターにあるレビ商会の応接室にいた。
アルたちは予定通りクラレンス村を出た翌々日の夕方に辺境都市レスターに到着し、定宿である《赤顔の羊》亭に向かう途中に政務館に立ち寄ってケーンにナレシュへの伝言を頼んだ。その時の話ではナレシュは数日前に辺境都市レスターに到着したばかりらしく、連絡がとれるまで数日かかるという話であった。だが、なんと1時間もしないうちにすぐに来てほしいという使者がきたのだった。それも、できるだけ目立たないように配慮して来てほしいという伝言を添えてだった。
指示通りにしてアルがパトリシア、ジョアンナの2人と共に待っていると、そこにナレシュと連絡の窓口となってくれたケーンと一緒に30代と思われる女性が2人の侍女を連れて入ってきた。その女性の顔立ちはナレシュとよく似ている。
「ああ、あなたがパトリシア様ね。見てすぐわかったわ。セリーナお姉さまにそっくり……」
その女性はパトリシアの顔を見るなり、そう言って彼女に歩み寄った。
「私はタラよ。あなたのお母様の妹。さぞ大変だったでしょう。もう安心していいわ」
「タラ叔母様……」
彼女がパトリシアの母親であるセリーナの妹であり、レスター子爵の第1配偶者、ナレシュの母親ということだろう。パトリシアはじっとタラ子爵夫人の顔を見つめ、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。彼女は華奢なパトリシアをぎゅっと抱きしめ、泣きじゃくる彼女の頭を撫で、さぞ大変だったでしょうと慰め、再会を喜び合ったのだった。
彼女たちの横でアルもナレシュと久しぶりの再会に握手を交わす。学生の頃はさほど接点のない2人であったのだが、アルは彼と会うと領都で過ごした学生時代の事を懐かしく思い出す。それはまだナレシュも同じであるようだった。
「アル君、改めて礼を言うよ。パトリシア様方を無事連れてきてくれて本当にありがとう。こっそり来てくれという伝言には戸惑ったかもしれないが、事情があってね。テンペスト王国での事は彼女から聞いているだろうか」
ナレシュの問いにアルは素直に頷いた。彼女の素性などを聞いていなければここに連れてこられる筈もない。知っている事は今更隠せないだろう。
「連絡を受けて、すぐに父に確認したのだが、パトリシア様について、既に父と辺境伯閣下との間でも話をしていたようでね。もし保護できた場合、テンペスト王国を刺激しないようにすぐには公表しないと決まっていたらしい。でも安心してくれていい。僕から言っても彼女は大事な従妹だ。存在を秘密にするからといってぞんざいな扱いはしない」
アルは軽く頷いた。
「ルエラの時もそうだったし、その前も礼すらろくに言えていなかった。君には助けてもらってばかりだ。君と中級学校で同じクラスで学べて僕は幸運だった。そういえばケーンからあれは受け取ってくれたかな」
あれというのは、肉体強化の呪文の書の事だろう。アルはもちろんうけとった、非常に役に立つもので助かっているとにこやかに礼を言った。
「肉体強化呪文が使える騎士というのは花形だからな。できれば僕がなりたかったのだが、素質がなかったのは仕方ない」
その言葉には悔しさが滲んでいたが、アルはナレシュ自身が戦いの先頭に立つのではなく、指揮のほうで頑張れって事だよと励ました。ケーンも頷いている。3人はしばらく話をしていたが、パトリシアが少し落ちついた様子となったのを見て、アルは部屋を辞することにした。日が沈んで暗くなり始めている時刻である。子爵の第1夫人であるタラ子爵夫人も館に帰らないといけないだろう。
「じゃぁ、ナレシュ様、まだまだ話は尽きないけど、僕は帰るね。タラ様、お会いできて光栄でした。パトリシア様、ジョアンナ様、無事叔母様にお会いできてよかったです。お身体にお気をつけてお過ごしください」
アルがそう挨拶をすると、パトリシアが驚いた顔をした。マラキに彼女の事は頼まれてはいたものの、それは状況次第の話だとアルは考えていた。しかし、彼女はそうではなかったようだった。同時に眉を曇らせたのは様をつけて呼んだからだろうか。
「もしかして、もうお会いできないのですか?」
彼女は不安そうな顔で、目じりに涙まで浮かべていた。その様子をみて、タラ子爵夫人とナレシュは顔を見合わせた。
「大丈夫、僕はこの都市で生活しているので、必要ならすぐに会えます。タラ様やナレシュ様にお話しください」
「すぐに……よかった。では明日?」
アルは懸命に慣れぬ口調で言葉を選びながら答えたが、パトリシアの質問には返答に困った。相手は隣国の王家につながる姫である。さすがにそんなに頻繁に会うわけにもいかないだろう。アルとしても頑張って働き早く飛行呪文を手に入れたいという思いもある。
「パトリシア様、彼にも都合があるでしょう。あらためてレビに調整をしてもらいましょう。それまでお待ちなさいな」
「いいですね。母上。レビ殿に話をして僕がこの領に帰っている間、護衛の仕事でもお願いすることにしよう。それならばたまに顔を合わせることもあるだろう」
タラ子爵夫人とナレシュは彼女を慰めようとするが、パトリシアはまだ不安そうである。
「ナレシュ様。ありがとうございます。まずはタラ様の言われるようにレビ会頭とお話ししてみます。パトリシア様、しばらくお待ちください」
アルが微笑みながらそう言うと、彼女は涙をぬぐい、真剣な表情を浮かべる。
「アル様がそうおっしゃるのでしたら……。アル様とお会いできたのはテンペスト様のお導き、タラ叔母様、よろしくお願いします」
アルの言葉には聞き分けてはくれるようだ。きっと、知らないところで不安なだけで、後はタラ子爵夫人やナレシュが話をして彼女を落ち着かせてくれるだろう。
「今日はもう時間も遅い、レビ会頭とは明日の早い時間に話をしてアルのところに行ってもらうことにしよう。今回の事の礼も用意せねばならぬ。ケーン、アル君と連絡が取れるようにしておいてもらえるか?」
ナレシュの言葉にケーンはちらりとアルを見た。変わっていないかと確認したいのだろう。問題ないとアルは頷く。
「では、改めて失礼します」
アルは丁寧にお辞儀をして部屋を辞したのだった。
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「アル、ありがとな。これは礼だ、コーディは助かったって言ってたぜ」
《赤顔の羊》亭に戻ってみると、アルナイトの納品に行っていたオーソンが既に帰ってきており、珍しく厨房から出てきているこの宿の主、ラスと2人で1階の食堂で杯を傾けていた。テーブルに肉料理が山積みなところをみると、生還を祝ってのちょっとした祝賀会なのだろう。
「ほんと、よかったよ。起き上がれないオーソンを見たときはどうなる事かと思ったけどね」
アルもそんなことを言いながらいそいそとテーブルに座る。店の中はかなり客でいっぱいだ。ラスの息子のタリーは厨房の中で懸命に料理をしているし、ラスの妻のローレインは、娘のアイリスと共に酒や料理を運んだり、注文をきいたりして忙しそうに動き回っていた。
オーソンから受け取った革の小袋の中には金貨が5枚入っていた。アルは金額の多さに驚き、慌てて返そうとする。
「うけとってくれ。コーディから受け取った報酬に少しだが俺の気持ちを乗せさせてもらった。それと念のために言っとくが、あの女の子の件で何かもらえるって話になったとしても俺は要らねぇからな。実際、何にもしてねぇんだ」
何度かやり取りしたが、オーソンの気持ちは変わらないようだった。アルはありがとうと言ってそれを服の内側の隠しポケットに仕舞ったのだった。
「それにしても、今日は店の中は明るいな。ランプの油でも変えたのか?客もすげぇ増えてるじゃねぇか」
オーソンはカップを片手に周囲を見回す。
「実はアルさんがな、光呪文を使ってくれてるんだ。油が臭くないって、客からの評判も上々でよ。ここ数日はランプに戻してたりもしたが、ずっと大盛況さ」
「今夜は月が細いからな、暗ければ余計明るさが目立つさ。なるほどな」
「アルさん、タリーとも話をしてたんだがな。こうやって店を明るくしてもらえると、客が増えて店も儲かる。少しぐらい礼をしないといけないと思うんだ」
そう聞いて、アルは少し首を傾げた。光呪文を使うことは構わないが、今回のように長期の依頼があればしばらく出かけることもあるのだ。あまりあてにされても困る。その様子を見てラスは首を振る。
「そんなに大したものじゃない。狭い食堂だから気楽に考えてもらったらいいのさ。とりあえず、こうやって明るくしてもらった日は、アルさんの宿代、食事代は無料ってことにしようと思う。その分ぐらいは十分に儲かってるからな」
そういう事なら良いかとアルは頷く。
「ありがとよ。オーソンは無事帰ってきたし、今日はいい日だ。2人とも、是非、長くこの《赤顔の羊》亭を利用してくれ。ローレイン、乾杯だ。いいワインを持ってきてくれ」
ラスは喜び、大きな声でそう言ったのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
次の依頼の話までたどり着けませんでした……意外と長かった。これなら今回分はまだ5話の範疇だったような気もします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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2023.6.25 タラ→タラ子爵夫人 と表現を変えました(レスター子爵夫人としようかとも考えたのですが、第二夫人も居る設定なのでややこしくなるかと思いこうしました。正式な場ではタラ・レスター子爵夫人 となると思います)




