5-10 告白
アシスタント(=水晶)の話す言葉は他の人には聞こえないので、他と区別するために、ふつうのかぎかっこ(「」)ではなく、ダブルクォーテーション(“”)で括るようにしました。
「私の父は、リチャード、テンペスト国王の弟でした」
躊躇いがちに始まった少女の一言を聞いてアルはあわててその場に跪こうとした。だが、それを彼女は止める。
「お願いです。そのまま最後まで聞いてください……」
彼女の名前はパトリシアと言い、隣国テンペスト王の弟リチャードと、テンペスト王国に仕えるセネット伯爵の長女セリーナの間に生まれた娘だということだった。国王からすると姪ということになる。セネット伯爵は国境都市パーカーを越えたすぐ向こう側に領地を持ち、レイン辺境伯とずっと緊張関係にある相手でもあった。
テンペスト王国の中では数代前から王家より宰相を務めるプレンティス侯爵家のほうが力を持ちはじめ、特にここ数年は侯爵家当主が公然と王家批判を行い不穏な雰囲気となっていたのだという。彼女の母親のセリーナはその頃からセネット伯爵家の領地にパトリシアを連れて戻っていたらしい。
半年ほど前のことだった。セネット伯爵家に驚愕の事件の報が届いた。テンペスト王国の王都で政変が起こり、現王が廃され、プレンティス侯爵が国王の座に就いたというのだ。それとほぼ同時に前王家の血を引く者たちは皆、捕まえられ処刑されたらしい。パトリシアの父である王弟リチャードももちろん例外ではなかったという。
しばらくして、セネット伯爵領に騎士団がいきなり攻め寄せてきた。セリーナとパトリシアを引き渡すようにという交渉が行われて伯爵が拒否したのだという話もあったが、セネット伯爵家の騎士団長はジョアンナに、元より国王派であった伯爵領は問答無用で攻め滅ぼすつもりなのだと愚痴を言っていたのでそれが真実かどうかは不明ということだった。
セネット伯爵領はいきなり戦乱に巻き込まれ、パトリシアと彼女の護衛とされていたジョアンナはろくに荷物を持ち出すこともできず、辛うじてナッシュ山脈を越えてレイン辺境伯爵領に逃げ込んで来たのだということだった。
「私はセネット伯爵家にとっては疫病神のようなものだったのに、私はただ怖くて……家族の言葉に甘えて逃げだしてきてしまいました。途中で犠牲になってしまった人たちのことを何度も聞きました。素直に処刑されていればおじい様や叔父様は助かったかもしれない……」
「そんなことはありません。姫様は頑張ってここまで来られた。姫様は残された希望なのです」
涙を流し始めたパトリシアを騎士のジョアンナが慰める。
「だから、私には王家の人間として敬われる資格などありません……。私に跪こうとしないでほしい……」
王家の姫として扱おうとするとパトリシアは感情が高ぶってしまうようで、アルとしてもどうすればいいのかわからなかった。聞いた話から想像するにかなり過酷な経験だったのだろう。
「えっと、この国で頼れるような人は?」
この口調でよいのか不安に感じつつも、アルは尋ねる。すると、パトリシアの母親、セリーナの同母妹であるタラがレイン辺境伯爵家との友好の絆として配下のレスター子爵家に嫁いでいるのだという。彼女なら私達を保護してくれるのではないかという話だった。
「もしかして、タラ様には子供が?」
「たしか、ナレシュ様という方がいらっしゃると思います」
パトリシアはナレシュの従妹らしい。アルが想像するに彼女はかなり難しい立場だと思えた。テンペスト王国では新しく即位した新王が旧王家の血を引く者を根絶やしにしようとしているのだろう。血眼になって探しているに違いない。レスター子爵家が彼女を保護するかどうかも怪しいかもしれない。だが、ここまで聞いてしまったアルとしては、彼女を見捨てるという選択肢はとることが完全にできなくなってしまった。どちらにせよそれ以降について判断をするのはアルではない。
「僕は中級学校でナレシュ様とは同じクラスだったんだよ。なんとか辺境都市レスターまで連れて行けるように考えよう。だけど、僕が出来るのはそこまでかな。あとはタラ様次第になる。それでいい?」
アルの話を聞いて、パトリシアは驚き、そしてこれはテンペスト様の導きですと言って又泣き出した。テンペスト様という言葉にひっかかりを憶えたアルが彼女に聞くと、テンペスト王国の建国王はゴーレム使いとして有名だったテンペストという魔法使いの血を引く子孫だったのだという。彼女はそこまで言って、懐から枠の付いた青白い水晶を出した。テンペストのアシスタントを名乗ったものとそっくりである。極めて見覚えのある形にアルも驚く。
「それは?」
「我が王家に伝わる魔道具です。昔はこの魔道具にはテンペスト様の魂が宿り、王に助言をしてくれたこともあったのだとか。今では助言をしてくださることもなく、何の力もありませんが、その話が大好きだった私が王都を辞するときにテンペスト王家の者の証として伯父上がくださったのです。実はそのテンペスト様の墓がこのあたりであるという伝承があり、奇跡を祈って私たちは国境都市パーカーをめざさずに、湖の南側であるこちらのルートを選んだのです」
見せてもらってよいかと尋ねると、パトリシアはアルさんがずっとお持ちくださいと渡してきた。自分が持っていてよいのか自信がないのだともいう。どこまでが正しいのかわからないが、この話はマラキに伝えるべきだろう。その時にこの水晶は重要なカギになるかもしれない。
「わかったよ。一旦預かるよ。返してほしいと思ったらいつでも言ってほしい。とりあえずそれを食べてしまって、あとは暗くならないうちに近くの川で身体をきれいにすると良い。ここは湯治場でね、川の中に湯が沸くんだってさ。うまくせき止めて湯溜まりをつくればのんびりとできるらしいよ。ああ、でも服か……」
湯治場を勧めようと話し始めたものの、途中でアルはいろいろと気が付いて後悔する羽目になった。
「ありがとうございます。しばらくの間、身体を拭うことすらできていませんでしたので助かります」
雰囲気を察してジョアンナが言葉をはさむ。少し様子を見てアルは言葉を続けた。
「2人とオーソン、ああ、これは救出してきた友人のことだけど、この3人の体調が大丈夫なら明日の朝から麓の村まで行きたいと思う。昼ぐらいには着くはずだよ。その服装じゃ村に入ると騒ぎになってしまうから、2人は村の外で待ってもらって、僕とオーソンだけで村に入って道中の食糧や着替えなど必要なものを調達してこようと思う」
ガビーと一緒に移動したときには片道4時間ほどかかった。パトリシアがどれぐらいの速度で移動できるか不安だが、朝早く出れば昼頃には着けるだろう。村や町に立ち寄ることができるのか、避けなければいけないのかは、村で得られる情報次第になるだろう。
「ああ、助かりました。テンペスト様……」
パトリシアとジョアンナは一度、お互いの顔をじっと見、すぐに抱き合うと安堵と嬉しさのあまり泣き崩れたのだった。
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食事を済ませた後、身体をきれいにしてくると川に向かった2人を見送った後、アルは寝ていたオーソンの横を抜けて急いでマラキの居る石棺の安置部屋に戻った。祭壇の上のゴブレットと酒の出る水筒の横にパトリシアから預かった水晶を置き、慎重に石棺の蓋を開けた。マラキの水晶に触れる。
“すぐ戻ってきたのだな。しかしそのアシスタントデバイスは……。それが何かわかって持ってきたのか?”
マラキの声は少し緊張しているようだった。今までの落ち着いた話し方とは少し変わっている。アルはパトリシアから聞いた内容をマラキに伝えた。
“そうか、なるほどな。テンペスト様としてそのアシスタントが助言をおこなったのだな。ふむ、今はもう完全に魔力が切れてしまっているようだ。そのままでは魔力を補っても新しいアシスタントとして生まれ変わることになり、元には戻らぬだろう”
完全に魔力が切れた状態で魔力を付与し始めると新しいアシスタントになる……。もしかしたらアルが持っているものも同じようなことだったのかもしれない。わからないことが多すぎる。とりあえずは今の話だ。
「テンペストの関係者だとは思うけど、この水晶は?」
“ああ、テンペスト様の御伴侶のアシスタントだ。しかし、そうか、ならばこのアシスタントを復旧すればテンペスト王国の成り立ち、そしてアシスタントがなぜ使われなくなったのかがわかるかもしれぬ。とは言っても、初期化ではなく復旧となると私もしたことがない。うまくできるかどうかもわからぬし、時間がかかるだろう。預かっても良いか?”
アルは少し考えて首を振った。
「それは大事な預かりものだからね。それは出来ないよ。それにいつ返さないといけないかわからないしね」
私には王家の資格がないと泣いていたパトリシアのことを考えるとアルは勝手なことはできなかった。マラキは少し残念そうに本当に良いのかと聞いてきたが、仕方ないだろう。
“しかし、知らぬ間にわが主の子孫が国を築いていたとは。奇なることよ。そして、テンペスト様の血統が途絶えるやもしれぬと聞くと、おそらくわが主も嘆くだろう。その娘に何かしらの助力をしてやることはできぬか? 例えば処刑されそうになったとすれば救ってやるとか……”
「それは……」
そんなことをすれば、アル自身も逃亡しなければいけなくなる。とても無理だろう。
“もし、逃亡先が必要なら、わが主の研究塔を使うがよい。おそらくまだ使えるだろう”
「研究塔? まだ使える??」
絶対に無理だと答えようとしたアルだったが、マラキの言葉を聞いて思わず問い返した。古代にゴーレム使いとして有名だった魔法使いの研究塔……古代文明のもので遺跡でもなくまだ使えるものが残っているというだろうのか。
“考えてみよ。その酒の出る水筒からはちゃんと酒が出ただろう。それがまだ使える証拠だ”
マラキによると、何もないところから水は作れても酒を造れるわけがないらしい。当然の事だと言われても、アルとしてはそうですかとしか言いようがなかった。水筒から出る酒は別の所、すなわち研究塔で葡萄を栽培し、収穫、破砕、発酵、圧搾、貯蔵、熟成という工程を経て作られ、それが魔法によって水筒に満たされるような仕組みになっているらしい。そんなことができるのかとアルは不思議に思ったが、そこがテンペストがゴーレム使いとして天才だった証だとマラキは自慢げに答えたのだった。
そして、酒が出ているということは、それらの工程を行う部分というのは時を経て尚活動を止めていないということであり、なので研究塔はまだ使えるはずだというのがマラキの話だった。
「それはどこに……、どうやって行けば?」
“そなたは魔法使いなのだろう? 時間がかかるだろうが飛行呪文を使えばなんとかなるだろう。一度着けば研究塔には予備の転移用の魔道具があったはずだから、以降はそれを使えば良い。そうすればテンペスト様の血統を継ぐ娘もそこに容易に逃がすことができるだろう。わが主の作られたものだから問題はないと思うが、万が一のこともある。先に行って娘がきちんと生活できるか確認はしておいたほうが良いかもしれぬな”
転移の魔道具が残っていれば他にも様々なものが残っているのかもしれない。飛行呪文はまだ入手していないが、それさえ覚えれば行けるところにその古代遺跡はあるのか……。
「わかった。努力してみる。だから、その研究塔の場所を教えてくれない?」
古代遺跡の誘惑に勝てず、アルはそう答えてしまったのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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2023.6.9 レビという名前がアシスタントと商会で2度出てきているというご指摘がありました。私の誤りです。 アシスタントのほうの名前をレビからマラキに変更させていただきます。混乱させてしまい申し訳ありません。




