5-7 オーソン救助
「ちょっと、オーソン。どういうこと? 大丈夫? しっかりしてよ」
あわてて駆け寄ったアルがしつこくオーソンに話しかけると、オーソンは瞑っていた目をゆっくりと開けた。
「すごいリアルだな。まるで本物だ。いよいよ幻が酷くなってきたか……」
オーソンはそう呟いてぼんやりとアルを見た。何度も話しかけられオーソンはそれが現実だと気づいたようだった。驚愕に目を見開く。
「まさか? 本当にアルか?? 助けに来てくれたのか?」
オーソンは感極まった様子でゆっくりと身体を起こすとアルに手を差し伸べた。かなりふらふらである。アルはその手を取った。熱でもあるのだろうか、かなりあたたかい。一体どうしたのかと尋ねると、彼は右手に持った金属製の水筒のようなものをみせた。
「この魔道具のおかげと言えるのかな……。祭壇の上にあった、酒がいくらでも出る水筒だ」
オーソンはアルナイトと呼ばれる水晶を採掘している途中、地震に襲われたらしい。足元が急に崩れてアルがロープで降りてきた部屋に落下してしまったということだった。ゴーレムが襲ってきたのでその攻撃を後退しながら防ぎ、なんとかこの部屋まで逃げ込んで来た。そこでこの水筒を見つけたのだという。
「まさか、酒だけでひと月過ごした?」
「ひと月? もうそれだけ経ったのか? そうだな、そうなる……あのゴーレムには全然敵わねぇし、逃げ道もみつからない。鞄や水筒は入口のところに置いたままだった。これを飲むしかなかったのさ」
オーソンは苦笑いを浮かべ、立ち上がろうとしたが、ふらふらするだけで立ち上がることはできなかった。酒だけでひと月とはよく生きていられたものだ。
「ちっ、酔っぱらっちまってダメだ」
「とりあえず、水と……あとは、これを食べられる? ゆっくりと噛んでね。他に何か見つかったことはある?」
アルは腰の水筒、続けて引き寄せた背負い袋の中から取り出した干しブドウをオーソンに手渡す。彼は水をごくごくと飲んで、おおきく息を吐く。そして干しブドウを2、3粒口に放り込むとゆっくりと味わいながら噛み締め始めた。
「ぁあ、うまい」
オーソンはそう呟くと天井をぼんやりと見つめた。それが精いっぱいなのだろう。アルはオーソンを部屋の壁にもたれかけさせると、周囲を調べ始めた。石棺の前にある祭壇の上には銀色に鈍く輝く空のゴブレットが載っているだけだ。
『魔法感知』
反応して青白く光るものがないかと改めて見回す。近づくと開閉する扉とオーソンが持っていた酒の出る水筒には反応があるが、それ以外には反応はなかった。ぼんやりとしたままのオーソンの持ち物も声をかけて念のために見せてもらった。ベルトポーチの中に微かに光るものが2つあった。魔道具らしいが、すでに魔力を失っているようだ。ぼーっとしているオーソンに尋ねると、光の魔道具と落下抑制の魔道具で、共に元からオーソンの手持ちのものだと答えてくれた。落下抑制の魔道具というのは、崖から落ちた時にもまるで羽毛のようにゆっくり落ちることができるという効果があるもので、これのおかげで地震の時に落下しても助かったということだった。
『知覚強化』 -視覚強化
アルは部屋の隅々、祭壇の裏側、天井、そして階段の手前の廊下も改めて調べて回った。隠し扉の一つでもないかと考えたのだ。だが、それも何も見つけることはできなかった。
「まいったな。どこかに抜け道がないかと思ったんだけど、なんにもない。仕方ない……。オーソン……」
アルはすぅすぅと寝息を立てているオーソンの顔をしばらくじっと見て、首を振った。
「オーソンが相手でも話すのはやっぱり怖いな。その前に1度、自分だけで試すか……」
アルは独りでそう呟くと、部屋の外に出た。扉が再び自動で閉まるのを確認すると、降りる階段の手前まで進む。
『隠蔽』
アルの姿はすぅと消えた。いくらオーソンとは言ってもまだこの呪文を習得したという秘密を明かすのには勇気が必要で、それには踏ん切りがつかなかったらしい。アルは自分の手が透明になって消えたのを確認してからゆっくりと階段を下り、最初の裂け目につながる部屋のすぐ外にまで到着した。中を覗き込む。それと同時に部屋のほぼ中央に居たゴーレムらしい人形がアルの方を向いた。
こちらを向いた? アルは背筋がぞっとした。もしかして隠蔽呪文が効いてないのかもしれない。自分の掌を確認するが、やはり透明のままだ。だが、ゴーレムは右手に持つ杖をアルの居る方向に向けた。アルはあわてて立っていた場所から飛び退く。いままで居たところに青白い光が通過し、壁に当たってまた火花を上げた。明らかにゴーレムはアルに向かって魔法を放ってきた。アルはぱっと背中を向けると再び一気に階段を駆け上がった。最初の時と同じように床に飛び込むとほぼ同時に天井に青白い光がぶつかり火花が飛んだ。
古代遺跡の番兵といえばゴーレムというイメージをアルは持っていたのだが、そのゴーレムには隠蔽呪文が効かないらしい。なんとか無事に逃げ込んだアルはぐったりとして床に倒れたまま腕に顔を埋めた。
「ゴーレムに使えなかったら意味ないよ……。禁呪の規制は思ったより厳しいし……、使い方とか誰にも聞けなくて自分で調べるしかないから、うまく使えてるかどうかもわからない。憶えないほうが良かったかも」
思わず彼はそう独り言を呟いたのだった。
……
しばらく顔を伏せていたアルだったが、石の床の冷たさが染みてきて頭を上げた。ショックは強かったが、どうしようもない。とりあえず脱出が優先である。
他に調べていないところはないかとアルは首をひねった。そして、最後に棺の中を見ていない事に気が付いたのだった。
ここはどう考えても古代の王か英雄の墓だろう。ゴーレムが居り、アルたちが地震でできた亀裂から入ってきた部屋は石棺がある部屋を護る直前の部屋で、閉まっていたもう一つの扉が正規の出入口のはずだ。石棺の中には副葬品などが入っているかもしれない。そして、それが脱出の手助けになるかもしれないのだ。
ただし、古代の王や英雄の石棺を開けたときに呪いがかかるという伝説もアルは聞いたことがあった。だが、これ以外には脱出する術がない。調べてみるしかないだろう。
アルは運命の女神ルウドに幸運を願いながら石棺に近づいた。石棺の蓋の石は長さおよそ3.5m、幅1.5m、厚みは30㎝ほどだろうか。持ち上げるのは到底無理だが、溝などがない一枚物のようでずらすことはできそうだった。肉体強化をして、慎重に押す。
ずずずっと音がして石棺の蓋が動いた。石棺そのものに厚みがあり、30㎝ほどずらしてようやく中が見え始める。そこにはまるで生きているような高齢の男性の遺体があった。穏やかな笑みを浮かべており、服装はトーガとよばれる古代劇などでもよく見られるものと同じであった。色は褪せた灰色であったが、ところどころに施された刺繍には鈍い金色が残っていた。
蓋の石をずらし、ある程度中がみえるようになった。アルは何度もルウドの名を唱えながら、遺体を動かし中を探る。残念ながら、これだという物はない。唯一魔法感知に反応したものがあり、それは遺体が手に持っていた直径3㎝ほどの丸く平べったい青い水晶のようなものであった。よく見ると、アルがペンダントにしているものに比べて一回りほど大きいものの、形は非常によく似ていた。
アルは自分のペンダントを取り出し、見比べた。新しく見つけたほうは水晶の中の光はぼんやりと灯ってはいるが、今のアルのものほどではない。もう少し比べてみようとアルは首からそのペンダントを外して横に並べてみる。すると、急に新しく見つけたほうの中の水晶が光を増した。それと同時にまるで神の啓示かなにかのように、落ち着いた男性の声がアルの耳に響いた。
「感謝するぞ……若者よ」
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