5-5 追憶
※少しショッキングなエピソードが入ります。心の準備をお願いします。
「なぁ、魔法使ってみせておくれよ」
家族8人との賑やかな食卓で鹿肉たっぷりの夕食を堪能したアルはガビーにせがまれて何度も光呪文を使って見せた。彼はその光を飽きることなくじっと見つめ、アルが呪文を使い光が灯るたびにホウと感嘆の声を上げた。
「すごいなぁ。アル様はどうやって魔法を習得したんだ?」
「うちは爺ちゃんが魔法使いだったからなぁ。爺ちゃんに習ったのさ」
アルの祖父も魔法の素養があり、若いころには冒険者として、年を経てからはレイン辺境伯の騎士団に魔法使いとして仕えていたのだ。彼も同じように呪文をつかってほしいと祖父にせがんだものだ。
「いいなぁ……」
ガビーは羨ましそうに呟いた。魔法使いになるためには、当然専門の知識が必要である。例えば呪文の書は古代文明文字で書かれているのでまずその読み書きができないと話にならない。他にも魔法使いのみが知るような知識が数多くあり、これらを習得するためには家庭教師を雇う、中級学校で学ぶ、或いはレダたちのように魔法使いに弟子入りするといった方法があるが、どれも普通に生まれたものにはなかなか難しいものであった。
家庭教師を雇うにはもちろん財力と伝手が必要であるし、中級学校に行くにも地元の有力者の推薦が必要となる。弟子入りする場合には、数年間、下手をすると10年を超える期間下働きをする覚悟が必要となる。アルの家は貧しいながらも曾祖父と祖父が得た騎士爵、村の領主という地位があり、幼いころは祖父から、そして初級学校に入ってからは教師からも魔法を教わることができるような伝手があった。これは非常に幸運な事であった。
また、なり得る状況があったとしても、魔法の習得というのは本人に強い意志、そして素養が必要である。もちろん、魔法使いになれば強大な力を得ることが出来、社会的にも敬意を払われる存在となるので夢見る者は多い。だが、一般的に魔法を使える素養があるのは10人に1人と言われていた。魔法使いの子供であってもそれは同じなのだ。努力しても素養がない可能性のほうが高いという残酷な事実があって、それでも尚、続ける高いモチベーションを維持できる人間というのはごく限られていた。
アルの場合、魔法を習得したいと考えはじめたのはごく幼い頃の大事件がきっかけであった。
実はアルには双子の妹が居たらしい。らしいというのは彼自身がまだ幼くてあまり記憶が残っていないからである。彼が憶えているのは、アルの事をアリュと舌足らずで呼ぶ、自分よりすこし明るい金髪の幼い少女の姿であった。彼女の名前はイングリッドと言ったらしいが、幼かったアルも彼女の名前はきちんと言えずにグリィと呼んでいた。
その大事件は、アルとイングリッドの2人が数人の下働きと共に近くの森に出かけた時に起こった。アルたちは3才になったばかりの頃の話で、野イチゴか何かを摘みに行ったのだと思う。皆で仲良く森を歩いていると、急に下働きの男がゴブリンだと叫び声を上げたのだった。アルとイングリッドは手をつなぎ必死に逃げ出そうとしたが、幼い2人の足では逃げ足もたかが知れており、すぐに追いつかれた。そしてアルはあっという間に殴られたのか気を失ったのだった。
次に、アルが目を覚ましたのは誰かの背中の上であった。場所はよくわからなかったが、声からその誰かというのは祖父であるのはすぐにわかった。ゴブリンに捕まっていたのを救出されたらしかった。祖父は忙しそうに歩き回っており、周囲は人間だけでない獰猛な叫び声に満ちていた。祖父の手からは光り輝く矢のようなものが放たれゴブリンが倒されていた。彼はあわてて周囲を見回すと、他に父や村の衛兵の人なども戦っている姿が見えた。だが、妹たちの姿を見つけることはできなかった。
この時代、魔獣や蛮族との戦いというのは決して珍しいものではない。特に辺境地域に住んでいる者は毎年のようにそれらと戦っていた。アルたちがうけた襲撃というのもそういった一つであり、おそらくアルは食料として巣に運び込まれたのだろう。救出してもらえたのは非常に幸運な事であった。
アルはショックとその時に負った怪我でしばらく寝込んだ。そして、いつも隣にあった妹のベッドはずっと空で、数日後にはそのベッドそのものが片付けられた。幼いながらも、妹はもう帰ってこないのだと悟ったのだった。
祖父はいつまでもベッドから出ようとしないアルに若い頃に古代遺跡でみつけたという魔道具をくれ、冒険した話をしてくれた。その話の中で話される恐ろしい魔獣、蛮族、難しい謎、それら問題を解決し、最後に敵を倒すのはいつも祖父の魔法だった。幼かったアルは祖父の話から、その魔法というものに魅せられ、徐々に元気を取り戻したのだった。
アルは、最近ぼんやりと光を放つようになった魔道具のペンダントを胸元から取り出した。これはその時祖父がくれた用途不明の魔道具であった。その事件そのものは10年以上昔の話である。事件の数年後に生まれた妹は今ではガビーと同じぐらいの年となっていた。
ガビーと話をして後から生まれた妹を思い出したというと、彼女は怒るだろうか。横でガビーがそのペンダントは何だろうという顔をしてじっと眺めていた。祖父の話ではこの枠の付いた魔道具らしきものは女神の像に飾られていたらしい。今から考えれば祖父の話はどこまで本当だったかはわからないが、アルはガビーに祖父から聞いた話をやさしく話してやりながら、ペンダントをしばらく見つめていたのだった。
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翌日朝早く、アルは道案内を引き受けてくれたガビーと共に湯治場と呼ばれる洞窟に向けて出発した。道といったものはろくになく、昨日鹿を狩ったのとよく似たような起伏に富んだ地形が続き、案内がなければとてもわからなかっただろう。途中ところどころで水が湧いているところもあり、1ヶ所では湯気が立っているところまであった。卵が腐ったような臭いもし、ガビーに聞くと、湯治場の近くでは湧いた湯が溜まって小さいながらも澄んだ池のようになっているのだという。
途中、地面からドドドド、ゴゴゴゴといったような音が聞こえ、地面がかすかに揺れているように感じたこともあったのだが、ガビーによるとこのあたりは昔からよくそういう音が鳴るのだという話であった。地震も頻繁にあり、ついひと月ほど前にも2、3回大きく揺れたことがあったらしい。
アルは今までそういった現象に出会った事もなく、地震というのも話で聞いたことがあっただけであった。彼は不安に駆られながら山の斜面を進んだのだった。
昼少し前になって、アルたちは湯治場と呼ばれる洞窟に到着した。だが、そこでガビーは大きく首を傾げたのだった。
「洞窟が崩れてる!」
洞窟の天井の一部は崩れ、その上の土砂が中に入り込んでいたのだ。アルとガビーは急いで入り口に近づいた。洞窟全体が埋もれているわけではないが、残った穴は辛うじてガビーやアルが四つん這いになって通り抜けられる程であった。おおい、おおいと大きな声で叫ぶが中からは何の反応もない。
「ちょっと中に入ってみる。ガビーは外で待ってて」
アルは背負い袋を鉤型に小さくした運搬呪文の円盤に引っかけ、夜目が利くように自分に唱える。
「気をつけろよ」
「ああ、大丈夫。この辺りだとゴブリンぐらいは出るかもしれない。ガビーも気を付けて。万が一昼過ぎて僕がもどってこないようだったら、迷わずに村にもどって村長に相談してほしい」
「わかった」
アルはガビーが不安にならないようににっこりと笑って手を振る。そして真剣な顔に戻るとその穴に入っていったのだった。
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月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
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2023.5.22 一目置かれる → 敬意を払われる に訂正です




