29-5 対決
“アリュ、北西から近づいてくる大きな集団があるわ。馬に乗ってるから騎士かな? あ、右に旋回して少し減速”
グリィがそう告げてくれたが、浮遊眼の眼の視界を映す視界上の窓を注視する余裕はアルには無かった。それに続くグリィの移動提案に沿って飛行するのが精一杯なのだ。口では余裕があるように応え、グリィのサポートを受けてはいるものの、やはり3人から追いかけられるのはかなりのプレッシャーだ。
「旗とか見える? それと数は?」
“下降しながら加速ね。アザミとグリフィン、プレンティス侯爵家ね。先頭を走る騎士の数はかなりの数だわ。300? 500? ううん、もっと居そう。その後ろには歩兵が続いてるっぽけいど、よく見えない”
騎士団の構成に決まったものはないはずだ。なのでこれだけでは規模は判断できなかった。例えばパトリシア配下の新生テンペスト王国騎士団の場合、急造であるためその構成はバラバラで、第1大隊は全体で5千人を超える大所帯ではあるが徒歩の傭兵団出身者が多く騎士は200騎程度しか居ない。逆に第2大隊は全体で3千人ほどだがそのうちの600騎が騎士である。
「こっちに向かってきてる?」
“ううん、パトリシアのいる第1大隊に向かってると思う”
こちらはヴェール卿に任せ、騎士団本体はパトリシアを狙って来たのか。軍の指揮はよくわからないが、千を超える軍勢にタイミングを合わせたのなら、それだけでもかなりすごいのかもしれない。なんとか情報を彼女に伝えねばとアルはタイミングを見計らう。
“上昇、加速は継続よ”
ヴェール卿たちの連携はかなり的確でグリィの指示もかなり慌ただしい。念話は詠唱せずに指の動きで起動するのだが、飛行しながらではなかなか難しかった。魔道具である契りの指輪を使ってもそれは同じである。今の状況ではそれをする時間を確保するのは厳しかった。
「どこかで念話を送りたいから距離を少し広げる事はできないかな?」
“うーん、やってみるね。急上昇”
グリィの指示に従って、アルは上を向いて一気に高度を上げる。だが、相手の飛行速度、特にヴェール卿はアルとあまり変わらないので、なかなか差は広がらない。途中からは距離を開けたいという意図を読まれたのか、他の2人の魔導士たちがアルの前を塞ぐように移動してきて、逆に何度か距離が30メートルを切りそうになる。そうこうしている間にも時間が経っていく。視界の端では両方の騎士団の距離がかなり近いものになっていた。
“ちょっと難しいわ。すぐに移動先を予想されちゃって無理ね。時間がかかりそう”
「そっか……」
アルは悔しさに唇を噛む。
“大丈夫よ。こっちにヴェール卿が来た時には連絡をしたんだし、周囲を警戒してるのはアルだけじゃないはずよ。もうそれより先にヴェール卿との決着をつけるべきじゃない?”
グリィの言う通りかもしれない。パトリシアたちの周囲には騎士団も居るのだし、ジョアンナも戻って来ている。騎士団同士の戦いなのだ。騎士でもないアルが心配するより、目先の敵に集中したほうがいいだろう。
「そうだね。もう位置は大丈夫?」
“うん、準備はばっちり”
アルは軽く頷いた。グリィがアルの飛行先の指示を再開した。高度の上げ下げを繰り返し、今度は距離をとろうとする意図を偽装として利用して、気付かれぬ程度に最初の渡河地点付近に誘導していく。
“急降下、急加速……水面に沿ってギリギリを移動して”
「わかった!」
落下する速度を利用しての加速、ヴェール卿たちも距離を開けられまいと加速してアルを追いかける。アルは水面ぎりぎりで水平飛行に移ってそのまま川沿いに下流へ向かう。その後ろをヴェール卿たち3人も一団となって追跡する。
その時、水中にいたゴーレムたちの手が水面に飛び出した、その手には魔法の竜巻の杖。渡河中だったゴーレムたちはゴーレム制御装置に貼りつけられて一緒に川の中に沈んでいたコーリンの指揮で川底に展開していた。そして、降下してきたグリィとアシスタンド・デバイス同士の会話によってずっとタイミングを見計らっていたのだ。
ほぼ同時にゴーレムたちが持つ10本の魔法の竜巻の杖から丁度川の上空に差し掛かっていたヴェール卿たちの前後左右を覆うように青白い玉が空中に打ち上げられた。ヴェール卿の移動速度を考慮に入れ計算された包囲網、それはすぐに10個の青白い塊が荒れ狂う竜巻となりヴェール卿たちの周囲を覆い尽くした。
「うおおおおおお」
ヴェール卿たちの叫び声が青白い塊が荒れ狂う音と共に響き渡った。竜巻が収まると同時に力なく水面に落下する3人。
「やった。グリィすごいよ」
アルは思わずそう声を上げる。空中をヴェール卿たちに追いかけられながら、うまく利用できるかもと水中に沈ませたコーリンたちの配置をうまく調整してくれたのはグリィだった。ヴェール卿は2つのアシスタント・デバイスの存在を知らず、ゴーレムに指示を出せることなど全く予想できなかっただろう。ゴーレムが潜んだのが水中というのもよかった。水中は魔法発見に反応しにくく、移動していたことすら気付けなかっただろうからだ。こちらももちろん位置調整は難しかったのだが、そこはコーリンが水中に居たおかげで可能だった。
「グリィ、コーリンにゴーレム制御装置を再び頭上に掲げ、近い方の川岸に上陸して防御陣を組むように指示して。あと可能なら3人の死体の回収もできないかな?」
アルは早口でそう指示をし、慌ただしく契りの指輪の念話を起動する。
“パトリシア、こっちは倒した。そっちはどう?”
“よかった。こちらも大丈夫です。最初は突撃を受けて被害が出ましたが、ペルトン子爵とエドシック男爵が何層もの防御陣を敷いて耐えきって下さったのです。今はプレンティス侯爵家騎士団の背後から襲いかかったドイル子爵率いる第2大隊が敵の中央を突き破ったおかげで、形勢は逆転、反撃が始まっています。敵のスペンス子爵は倒したと第2大隊から連絡がきましたので、すでに大勢は決した感じです”
念話を繋ごうと追いつ追われつしている間に、かなり状況は変わっていたようだった。スペンス子爵というと、プレンティス侯爵が王位を簒奪した後にテンペスト王国騎士団の騎士団長に付けた男だったはずだ。騎士団長を打ち取ったのならもう大丈夫に違いない。よかった。アルは胸をなでおろした。
“こっちに襲ってきたのは大魔導士のヴェール卿だったんだ。そっちの襲撃とタイミングを合わせたのかな? 大魔導士がたった2人しか部下をつれずに襲撃してきたっていうのはよくわからないけど……”
“私たちを襲って来た軍勢にはかなりの魔導士が居ました。大半をこちらに回してそちらは人数を絞ったのかもしれないですね。こちらは、最初アル様との連絡も切れてとても心細かったです”
そうか、プレンティス侯爵側もいろいろと作戦があったのか。なんとか撃退できてよかった。
“心配させてごめんね。ヴェール卿たちの死体を回収したらそっちに合流するよ。話からするともう大丈夫そうだけど、油断しないようにね”
ヴェール卿の生死は確認しておかないと不安だ。
“わかりました。そちらも気を付けて下さいね”
パトリシアとの念話を切り、アルは周囲を見回した。川岸にはすでにゴーレムの制御装置と、20体の作業ゴーレムは並び、その前に2人の死体も川岸に並べられていた。守護ゴーレムたちは川から上がっている途中で、警備ゴーレムが残りの1体の死体を肩にかついで川の中を移動していた。
アルは死体の一つの脇に降り立った。魔法の竜巻の打撃を受けて全身傷だらけ、水に濡れて肌は白くなっている。だがそれでも見間違える事はないだろう。ヴェール卿だ。
シルヴェスター王国の弱体化のために手段を択ばず、蛮族に食料を与えて増やし、辺境地域の人々を苦しめた男。それが原因で双子の妹イングリッドは死に、幼かったアルも酷い目にあった。最近でこそ暗闇は怖くないが、爺ちゃんが居なければ自分もどうなっていただろう。ヴェール卿を倒したことで、今後は同じような事が行われる可能性はかなり減ったにちがいない。
ヴェール卿の死体を確認すると、彼は釦形のマジックバッグを3つも持っていた。だが、中身はいつもヴェール卿が利用していた馬車と木箱に入った着替え、1週間分ほどの干し肉や干し果実、水の入った水筒、3金貨ほどの入った小さな革袋ぐらいで価値のありそうなものは何も入っていない。他の2人の魔導士の死体も確認する。こちらはマジックバッグなしで、所持品はおなじようなものだった。だからと言ってもちろん許される事ではないが、彼らの行動はプレンティス侯爵家の為に行われ、彼ら自身の生活は大して裕福なものではなかったのかもしれない。
“ねぇ、アリュ? ここで立っていても仕方ないよ? パトリシアに合流しよ。3人の死体は丁度いいからマジックバッグに入れてもっていけば?”
「うん、そうだね」
いろいろとぼんやりと考えに浸りそうになったアルであったが、そうグリィに急かされ、再びゴーレム制御装置を作業ゴーレムに担がせると、パトリシアたちと合流すべく移動を始めたのであった。
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