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【書籍化&コミカライズ】冒険者アル -あいつの魔法はおかしい  作者: れもん
第29話 王都奪還

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29-4 進軍開始

 シルヴェスター王国と和平同盟が結ばれてから1週間、遂に東谷関城から新生第1騎士団の進軍が始まった。


 その先頭はゴーレムである。これについては騎士団内でも色々な議論があり、ゴーレムを指揮するのはアルの役目になるという事でパトリシアも個人的にはかなり心配したのだが、テンペスト王国の王族としてのパトリシアの存在を誇示するためには、やはり軍勢の先頭にはゴーレムが進む必要があるという話になったのだった。他の要因として、作業ゴーレムの移動速度は騎士団より遅いと判断されたこともあったようだ。

 テンペストの墓所からプレンティス侯爵家が持ちだしたのが、守護ゴーレム5体に作業ゴーレム20体、それに研究塔からつれてきて修理が完了した守護ゴーレムが5体となる。合計30体もの巨大なゴーレムが進む姿は力そのものであり、かつてのテンペスト王国の力を偲ばせるものであった。数か月前にプレンティス侯爵家が同じような事をして力を誇示したのだが、今度のこのゴーレムの進軍はその過去を上書きし、やはりテンペスト王族に力は残っている事を示す物として受け止められたようだった。


 作業ゴーレム2体にテンペストの棺でもあったゴーレム制御装置を肩に乗せて運ばせ、その上にアルが素知らぬ顔をして座っていた。このようにしているのは通常、複数のゴーレムに細かな指示を出すには、ゴーレム制御装置に触れている必要があるとされているからであった。アルたちの持つアシスタント・デバイスには念話に似た会話機能を備えていて、これはアシスタント・デバイス同士だけではなく、ゴーレム制御装置や直接ゴーレムとの会話をも可能なので実際にはその必要がないのだが、この能力を含めてアシスタント・デバイスの事はパトリシアと相談して今の所秘密にしておこうと決めたので、このように装わざるを得なかったのである。


 そのゴーレムたちの後ろを進むのはペルトン子爵が指揮する第1騎士団司令部、そしてその配下、エドシック男爵指揮の第1騎士団第1大隊である。パトリシアとタバサ男爵夫人たちも、空飛ぶ馬車に騎士団長補佐のラドクリフ男爵、そして各部隊との通信を担う魔法使いたちを乗せ、彼らと共に進んでいた。


 ドイル子爵率いる第2大隊はさらにその後ろを進んでいた。第1大隊が傭兵などを含む混成部隊であるのに対して、第2大隊は旧テンペスト王国騎士団第2大隊を母体として編成されているので、こちらのほうが部隊としての練度は高いと評価され行動の自由度が高いであろうこの位置に居たのである。


 東谷関城からテンペストの王都まではおよそ100キロ、通常の進軍速度でいえば4日~5日程の距離をパトリシアの許に忠誠を誓う使者を送ってきた貴族の騎士団を糾合し進む予定である。だが、当然ながら、その道中には王位を簒奪して以来、プレンティス侯爵家が直接統治していた都市や街も点在しており、それらを拠点としてプレンティス侯爵家も抵抗してくると予想されたのだった。


----


 進軍2日目の昼、アルはゴーレムたちを指揮して広めの川を渡っていた。ここは橋のない川で通常は渡るのに舟を使うのだが、ゴーレムは重すぎて乗せることはできなかった。季節は冬で水量はそれほど多くないものの、それでも深い所の水深は5メートルほどあった。このような場合、呼吸する必要がないゴーレムは川底を歩いて渡ることになるのだが、川底に泥が溜まっているところもありどうしても移動するのに時間がかかってしまうという状況であった。


“アリュ、飛行して近づいて来る人影があるよ。3人。方向は北”

「えぇえ、こんなところで?」


 できれば濡れたくないなと作業ゴーレムにゴーレム制御装置を高く持ち上げさせて川を渡っているアルに、グリィがそう耳元で告げた。あわてて北の方角を見る。たしかに何か飛んでいるようだが、肉眼で見てもまだその姿は小さくて何者かはよくわからない。

 周囲はかなりの深さがあり、作業ゴーレム自体は完全に水没している。アルは慌ててコーリンの腕輪をゴーレム制御装置の表面に粘着(グルー)呪文を使って固定した後、立ち上がって近づいて来る3人に対して身構えた。アルの横で周囲を警戒していた警備ゴーレムも同じだ。


 その3人はアルから60メートルほど離れた上空で停止した。皆男性で、黒いローブでフードを目深にかぶっているが、低い位置にいるアルからその顔はよく見える。左右の男性はよく知らないが真ん中はアルも良く知っている顔だった。白髪交じりの髪、皺の多い顔、ヴェール卿である。


「ようやく会えたか、金髪の小僧よ」

「ヴェール……」


 こうやって言葉を交わしたのは、パトリシアと共に辺境都市レスターの南、未開地域にあった古代遺跡に潜んでいた時以来、2度目である。


「よくも今まで、何度も何度も我が作戦を邪魔してくれたな。この恨みようやく晴らせる」


 ヴェール卿はここまでアルたちに見つからないように部下を2人だけ連れてアルを狙ってきたに違いない。渡河のタイミングをねらってきたのは、アルに救援が来るのが少しでも遅れるようにと考えたのかもしれない。実際、パトリシアたちの居る第1大隊、第2大隊は渡河の順番を待って小休止していたので少し離れた位置におり、状況は良く見えていないだろう。

 プレンティス侯爵家の中でも指折りの大魔導士が、こうやって襲って来るということは、それほどの恨みを買っていたということか。それともアルと騎士団を分断することによって別の作戦があるのだろうか。アルは契りの指輪を操作して、言葉少なにパトリシアにヴェールの来襲、そして惑わされずに周囲を警戒するようにと告げた後、緊張に軽くつばを飲み込んでから大きな声を上げた。


「こちらこそ……。お前たちがやってきた事で罪もない人々が、何人も何人も犠牲になってきたのを僕は見てきた。だから、僕だけの恨みじゃない、処断はパトリシアたちに任せようと思っていた。だけど、こうやって目の前に現れたからには放っておくつもりはないよ」


 単独で軍勢の最前線に居たのだ。襲撃してきているヴェール卿たちもそうだろうが、アル自身も飛行(フライ)(シールド)呪文、魔法抵抗(マジックレジスト)呪文といった事前に準備できる呪文は全部用意してある。


「グリィ、コーリンに指示をお願いね」

“わかったわ”


 アルは小さな声で指示を出す。ゴーレムたちは皆、川の中で一旦動きを止めた。作業ゴーレムは掲げていた手を下す。その分、足場にしていた制御装置は水に沈んでいった。アルはゆっくりと空中に浮かび上がる。


「ここで倒す。お前さえいなければ、儂らは負けぬ」


 ヴェール卿が恨みを込めたような低い声でアルを睨みつけてそう言った。過大評価がすごい気がするが、そんな事を考える余裕はなかった。


「大魔導士ヴェール、今日は決着をつけるよ」

長距離(ロングレンジ)魔法の矢(マジックミサイル)


 とりあえず先制攻撃だ。アルはそう考えて掌を伸ばす。その先から迸る4本の青白い光の矢。全部、ヴェール卿が連れてきた2人の魔導士の内の1人に集中させる。3人対1人はどうしても不利だ。1本でも通ればと思ったのだが、その矢は全て六角形の形の光に阻まれた。


 ヴェールたち3人は距離を詰めてきた。アルは30メートル以内とならないように下がる。ヴェール卿との対決の際には先制攻撃勝負だと考えてきたが、この距離で何も放ってこない様子からするとヴェール卿たちは長距離(ロングレンジ)呪文は持っていないのだろうか? アルが後退するのを見て3人は頷き合うと、左右に散開しアルを包囲するように飛行し始めた。慌てた様子がない所を見ると、向こうはアルがこの呪文を使える事を想定していたのだろう。飛行速度からみると、ヴェール卿の飛行(フライ)呪文の熟練度はアルとあまり変わらず、他の2人はすこし落ちる感じであるが、その動きには迷いがない。呪文を放とうとすると、飛行速度がおちるので、アルとしてはなかなか反撃のための呪文を放つことができない。相手も距離を縮めたいのか中々呪文を放っては来なかった。しばらく追いつ追われつの展開が続く。


素早い(クイック)魔法の矢(マジックミサイル)


 ヴェール卿の放った青白い光の矢がアルの身体に届く少し手前で消えた。もっと安全距離を取っていたはずが30メートルギリギリだったらしい。お互い飛行していると距離の確保が難しい。


「どうした、逃げてばかりか?」


 ヴェール卿がそう言ってくる。その声はしわがれているが自信満々のように聞こえる。3人はアルを追い詰めるための連携をずっと訓練してきたのだろうか。


“アリュ、サポートするね”


 グリィの声が聞こえる。アルは軽く頷いた。飛んでいるアルに余裕はないが、彼女なら100メートルほどの高さに上げたままの浮遊眼(フローティングアイ)の視界で全体を俯瞰してしっかりと判断できるはずだ。


「ふふん、これからだよ。追いつけるものなら追いついてみれば?」


 グリィから、飛ぶ方向などの細かい指示を貰いつつ、アルはヴェール卿にそう叫び返した。呪文での戦いは頭脳戦だ。焦った方が負けである。しかし相手もかなり準備をして襲撃して来たようだ。どうやって撃退しようか。アルは眼下を見下ろしつつ頭を巡らせるのだった。



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― 新着の感想 ―
やったー!ヴェール卿だ! 今こそ降格処分の恨みを晴らすんだ! いけいけヴェール卿!ここで金髪の小僧を倒せば巻き返せますよ!
わ~!手に汗握る展開だ! 続きが気になります。
ついに因縁の対決 どうなるか楽しみ
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