29-2 ゴーレム作成
研究塔に戻って2週間ほどが経った。最初の頃こそ、未習得の呪文の書と向き合っていたアルだったが、一通り習得してからはずっとゴーレムの事にかかりきりであった。
というのも、まず試してみようと、土を集めてゴーレム生成呪文を唱えたのだが、それで出来たのは人間サイズより小さくて作業ゴーレムよりさらに動きの遅いゴーレムであったのだ。そして、そのゴーレムは1時間ほどで力を失い、元の土に戻ってしまった。
マラキに聞くと、いずれのゴーレムも大きな魔道具のようなものであり、魔道具と同様に魔道回路を描いて作成するものであるらしい。そう言われれば、東谷関城で見たゴーレムの残骸にも魔道回路が残されていた。そして、呪文の熟練度は材料を集めて唱えると誕生するゴーレムの強さに影響を与えるだけで、魔道具としてのゴーレムを作る場合には大きな要素ではなく、むしろ素材などのほうがよほど重要らしかった。
なるほどそうなのかと納得したアルは、まず今あるゴーレムを参考に同じものを作ろうと考えた。そして、どこから手を付けようか迷っているアルに、グリィは人形ゴーレムを自分用に作ってくれないかと提案したのである。
実は彼女の人形ゴーレムは試作品に服を着せただけなので、服でごまかしたりはしているもののいろいろと不格好なところも多いらしかった。そして、彼女が一番こだわったのは顔である。テンペスト、そしてその弟子たちがつくったゴーレムは全て顔の部分はのっぺりとした仮面となっているのだが、グリィにはそれが不満だったらしい。
だが、この顔というのはすごく難題だった。というのも顔を造形するだけならなんとか作れる。だが、ずっと同じ表情というのは逆に仮面よりずっと違和感があるのである。そして、その表情を動かそうとすると顔を作る素材にもこだわらないといけない。そのため、アルはテンペストの遺した大量のゴーレム関連資料や試作品パーツを調べながらあれやこれやと試行錯誤を繰り返していたのである。
そして、今日も朝から研究塔の1階の作業場所でアルはマラキ・ゴーレムやグリィ・ゴーレムと共に新しい人形ゴーレムの作成に没頭していた。
「頬の部分を調整してみたよ。ねぇ、これで試してみて」
アルは胸像だけの人形ゴーレムのむき出しになった後頭部部分から顔を上げて言った。
「わかりました。グリィ、こちらに付け替えますよ」
マラキ・ゴーレムは座った状態のグリィ・ゴーレムの首からグリィのアシスタント・デバイスとなっているペンダントを外し、試作中の胸像だけの人形ゴーレムの首に付け直す。10秒ほどして、閉じた状態の人形ゴーレムの眼がゆっくりと開いた。アシスタント・デバイスに似て透き通った青い目だ。目はきょろきょろと周囲を見回した。そしてゆっくりと口を開く。
「あーーー」
そう声を発する新しい試作胸像ゴーレムの頭部の見た目はまだ明らかに人形であった。形こそ似せてはあるが、素材は手に入れやすいもの、例えば肌はきめの細かい白い綿布、唇と口の中は艶のある蛇革をそれらしく着色したもので覆ってあった。歯はゴーレムパーツと同じく粘土から焼成したものであり、眼はソーダ石灰ガラスを着色した半球であった。
グリィ・試作胸像ゴーレムは続いて口を閉じて微笑もうとする。目じりは少し下がり、口角は柔らかに上がり、頬が微かに膨らむ。その表情は、肌の内側にはゴーレムパーツを薄く、細かく作って顔の筋肉に似せ組み合わせて動かすことによって表現しており、微妙なバランスが非常に要求されるところであった。だが、そこはグリィの感覚を聞きながら調整してかなり違和感は減って来ていた。
「良い感じになったんじゃない? 口を大きく開けるとまだ違和感があるけど、そこは口の中に使っている素材の問題が大きいと思うわ。近寄って見られたらわかっちゃうだろうけど、遠くからみたら人間と見間違えるぐらいかも?」
部屋の壁には、アルの視点を大きく映し出す記録再生の窓が開かれており、それを見ながらグリィ・試作胸像ゴーレムは嬉しそうに声を上げた。顔の角度をいろいろ変えて確かめている。良い感じというのはお世辞だとは思うが、それでもグリィの喜んでいる顔が見れてアルは嬉しかった。
「そうですね。ですが、これをうまく使えるのはグリィだけかもしれません。私が試そうとしても、顔のそれぞれの部品を同時にうまく動かせず、ぎこちない感じになってしまうのです。この間、パトリシア様がいらっしゃったときに、リアナにも試してもらいましたが、彼女も同じでした」
「マラキもそうなんだ。実はコーリンに試させても、マラキと同じような状況だから不思議に思って調べてはみたんだけど、今の所判っているのは、ゴーレムがアシスタント・デバイスから受け取っている各部位を制御するための信号が、グリィとコーリンを比べると量、速度共にグリィのほうが圧倒的に多くて速いって事だけなんだ。それ以上の事はアシスタント・デバイスの中身の話になっちゃって僕にもよくわからないんだよ」
マラキの話にアルも同意した。コーリンというのは、上級ラミアが持っていたアシスタント・デバイスにアルがつけた名前だ。まだ、人族の言葉をうまく喋れないが、こちらの言う事は理解できるのでグリィと併せて使用しようと考えて、名前を付け、首輪だったものを腕輪に加工して身に着けることができるようにしたのである。
脅かされると誰にでもいろんなことを喋ってしまうのではという不安があったのだが、マラキと相談すると、アシスタント・デバイスには所有者という概念があり、所有者の命令には必ず従うということだった。コーリンがラミアの事を素直に喋ったのは所有者が死んでしまった状態で、アルに所有権が移ったという扱いになったことが理由だったようだ。
マラキもアルの説明にそうでしたかと言って何度も頷いた。
「アシスタント・デバイスを作った魔法使いって居たのよね? 私の作者はわかんないけど、マラキ様たちを作った人とか……。テンペスト様が生きていた当時に住んでいた場所ってわかっているのかしら? 今、それは何も残ってないの?」
ふと思いついたようにグリィが尋ねるが、それにマラキは少し考えるようなそぶりをみせた。
「調べれば記録は残っている筈です。行ってみると何か残っているかもしれませんね。ただ、遠いですよ。あの移送の呪文の書をみつけた北の遺跡を起点に考えても200キロメートル以上離れていると思います」
「そうか。ちょっと遠いね」
パトリシアからはもうそろそろ騎士団が出発しそうだと聞かされていた。旧セネット伯爵領で戦っているパウエル子爵との連絡待ちという状態らしい。こちらも、プレンティス侯爵家が使用して壊してしまったゴーレムたちの修復は(主にマラキが)済ませて準備万端ではあるのだが、転移の魔道具はパトリシアの安全のために彼女にずっと預けている状態でもあるので、そんな遠くにまで行くのは無理だ。
顔を作る素材に関しても、グリィが植物百科事典やゴーレム百科事典から素材候補を提案してくれていた。だが、そちらも同じ理由で断念していた。
「じゃぁ、それらは後回しにしてグリィの人形ゴーレムの胴体を作ろうか。これは今あるのからの複製だし、他のゴーレムに比べて人形ゴーレムは手足の制御部分をアシスタント・デバイスにかなり依存してて普通のゴーレムよりシンプルだから2日ぐらいで作れると思うんだ」
「やったっ!」
グリィ・試作胸像ゴーレムは元気よく声を出した。
「まぁ、これも全部、メンテナンス用のパーツの作成装置があるおかげだけどね。ほんとテンペスト様のお陰だよ」
「ふふふ」
マラキ・ゴーレムが嬉しそうに笑う。最近、マラキ・ゴーレムはアルがゴーレムを作っている様子を見てとても機嫌がよかった。テンペストが居た昔に思いを馳せているのかもしれない。
「もし、可能でしたら、私と同様に顔は仮面の人形ゴーレムをリアナ用にも作っていただけないでしょうか? 以前は、人形ゴーレムなどと思っておりましたが、使っていると意外と良い面もあるなと考えるようになったのです」
マラキ・ゴーレムの問いにアルは頷いた。
「それもいいね。ちょうどいい機会だからパトリシアから聞いた島の粘土質の土で作れないか試してみるよ。コーリンの分も考えてみようか」
パトリシアはこの研究塔のある島から出られない間、島のいろんな事を調べてくれていた。その中の一つがゴーレムの改修に使う粘土とよばれる土が取れる場所であった。研究塔で足りないものとして最初の頃にマラキがアルに集めて欲しいと言っていたものを憶えていたのである。買い込んだ資材もまだまだあるが、パトリシアやリアナは喜ぶだろうし、天然のものがあるならそれも試しておくのが良いだろう。テスはまだナレシュの所に行ったままなので、帰って来てからで良いだろう。
「いいねっ、私も手伝うよ」
グリィの言葉にアルは大きく頷いたのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。
冒険者アル あいつの魔法はおかしい 書籍版 第4巻 まで発売中です。
山﨑と子先生のコミカライズは コミックス3巻まで発売中
Webで第18話が公開中です。
https://to-corona-ex.com/comics/163399092207730
諸々よろしくお願いいたします。




