28-8 ラミアの集落?(後編)
アルは警戒しながら神殿と思われる場所からさらに階段を降り始めた。階段通路は高さも幅も5メートル近くあってかなり広い印象を受ける。階段の段差は5センチ程度の刻みになっていて、アルとしてはでこぼこの坂道のような感触である。おそらく蛇のような胴体であれば、これが一番登りやすいということなのだろう。
30メートルほど降りたところで、アルの魔法発見に4つの反応が出た。反応によって呪文か魔道具(これには魔石や呪文の書なども含まれる)の区別はつくのだが、その区別で言うと魔道具であった。人間の城塞などであれば、これは警備用の魔道具だと考えるところだが蛮族の集落の場合はどうなのだろう?
警備用の魔道具だと考えるのなら、探知回避呪文が使える4つに呪文を限定してアル自身が進むか、それとも危険を避けて浮遊眼呪文の眼による探索に切り替えるか2つの方法が考えられる。
浮遊眼呪文の場合は、扉などで区切られた区画には侵入できないし、眼を飛ばしている間、アル自身の周囲への警戒の力がどうしてもおろそかになりがちだという欠点もある。そして、当然ながら魔法発見呪文の起点は眼ではなくアルなので魔道具などの発見は魔法感知頼りになってしまう。
いろいろな欠点のある方法だが、結局、アルは浮遊眼呪文による方法を選択することにした。前回のテンペスト王城では扉などが多くて使えなかったが、この蛮族の拠点なら今の所扉などで厳密に部屋を区切ったりはしていない。もしこの下も同じような造りならうまく使えそうだと考えたのだ。
一旦神殿の裏側、自分自身が入って来た亀裂まで戻り、警備ゴーレムを取り出して自分の背後を守らせておく。これでラミア相手だとしても奇襲をうけるリスクはかなり減るだろう。そして探知回避呪文のかかった浮遊眼呪文の眼は改めて神殿と思われる場所からさらに下に進んでいくのだった。
-----
階段通路を進む浮遊眼の眼が50メートル近く進んで最初に見つけたのは、階段通路に入口のある半径10メートルほどの広い部屋だった。部屋の中には火のついた松明が置かれており、扉もないので階段通路から部屋の中はよく見えた。
中にはラミアが4体居た。そのうちの1体は、他のラミアより大きくて高さが3メートル体長でいうと10メートルほどあるメスのラミアであった。先程神殿でみた石像ほどではないが、それでも他の3体のオスラミアの高さが2メートル、体長は5メートルほどなので、このメスのラミアはかなり大きく見える。髪は黒々とした長いざんばら髪で、全身は鱗で覆われているのは他のラミアと同じだが、この個体の首筋から肩、背中部分の鱗には赤や緑の鮮やかな色が混じっている。この個体はラミアの中でも上位種に違いない。
以前、鉄鉱山でラミアと戦った時には、ギュスターブ兄さんが呪文で強化した槍を使い、貫突という闘技で倒す事ができた。だが、今回はアル1人だ。なんとかしたいところだが、上位種を含むラミア4体となるとどうしたら倒せるのだろうか。魔法の矢ではあの鱗に傷すら与えられまい。となると魔法の竜巻でもどれだけダメージを与えられるか怪しい。貫通する槍呪文が有効ならよいのだが、そこは試してみないと判らないところだった。
4体のラミアは誰も青白く光ったりしていないので何も呪文を使っていないようだった。そこがまだ何かできそうな可能性を感じさせる。ただ、上位種らしきラミアが身に付けている首飾りだけが青白く光っていた。真ん中に赤い楕円形の赤い貴石のようなものが飾られており、以前辺境都市レスターからの遠征軍に参加したときに倒したゴブリンメイジが付けていたものとよく似ていた。もしかしたらアシスタント・デバイスなのだろうか。もしそうなら、グリィのような事をしているかもしれない。
ラミアたちはゴブリンに給仕をさせながら宴会をしているようだった。ラミアの前には何の肉かよくわからないが血の滴る生肉が皿に山積みにされており、木のカップには白い液体がなみなみと入っている。
1体のラミアは竪琴を手にして陽気な音楽を奏でていた。ラミアに給仕をしているゴブリンの数は6体だった。ラミアの個体の見分けはあまりつかないが、オス3体のうちの1体はアルが追いかけてきたラミアであるような気がした。
アルが浮遊眼の眼を通して覗いている部屋の奥には鉄で補強された木の扉があった。これみよがしに大きな鎖と鉄の錠がついている。位置的に考えて階段を下り始めてここまでで、魔法発見ディテクトマジック呪文に出た4つの反応らしきものは上位種が付けている首輪以外には見当たらないため、残り三つは木の扉で閉ざされた部屋の中だろうと思われた。鍵がかかっている所を見ると中には誰もおらず、中にあるだろう魔法の反応3つは宝物かなにかとして扱われているに違いない。それは魔道具だろうか、呪文の書の可能性もある。
扉の奥は気になるものの、浮遊眼の眼が中に入り込めそうな隙間はみあたらない。上位種ラミアの実力もわからないので、アルは一旦存在を棚上げし、浮遊眼の眼を先に進ませることにした。
-----
10メートルほどすすんだところで階段通路につながっていたのは半径5メートルほどの円形でそれほど大きくない部屋だった。部屋の中には松明がともされ、中にはラミアが2体、そしてゴブリンメイジが1体、丸い金属の板や棒を手に作業をしていた。手に持っているものはどれも魔法感知に反応して青白く光っている。部屋の真ん中には低いテーブルがあり、そこに大きめの木箱が2つ。1つは大量のインク、1つは大量の黒くて丸い石。共に魔法感知に反応しているので魔道インクと魔石だろう。
ラミアが変身した人間が持ち出したと思われる100個を超える魔道具の反応はこれだったのかもしれない。そして、それとは別にテーブルの上に見覚えのある杖が1本、そして、それによく似た感じのすこし作りの粗い杖が1本のっていた。
見覚えのある杖というのは以前アルが作り出し、以前タガード侯爵領都の戦いで使用した魔法の竜巻呪文が使える杖であった。この杖を使っていた守護ゴーレムが破壊され2本が回収できずにいたのだが、そのうちの1本だろう。それが何故こんなところに……。
まさかラミアはアルが作った杖を参考にして同じものを作っている?
アルはその可能性に思い至って、背中に冷たいものが流れた。
アル自身、魔道具を作ろうとした時には実際に存在する魔道具の魔道回路をそのまま真似て同じものをつくるというところから始めた。もちろん色々と躓いたところはあったものの、違いを細かに比べることによって同じ魔道具を作り出すことができた。蛮族もそれと同じように魔道回路を見て、同じものを作りだせるらしい。
アルの魔法の竜巻呪文が使える杖を持った蛮族……。そんなものは悪夢でしかない。もちろんアルが直接渡したわけではないが、何者かを経由して見本を蛮族は入手してしまった。
あの戦場でプレンティス侯爵家の魔法使いが魔法の竜巻呪文が使える杖を入手したとしても、2本だけならまだ対処は可能だと思っていた。他にも魔法の竜巻呪文が使える魔法使いはいるだろうし、それが2人増えたところで大したことはない。そもそも魔法の竜巻呪文が使える杖なんて、アルがつくったものの他にも存在するはずで、特別なものではないと思っていたのだ。
だが、自分が作った1本を見本にして複製していたとなると、気持ちは変わって来る。それほど魔法の竜巻呪文が使える杖は珍しいものだったのだろうか。いろいろと不安になってくる。それもよりによって複製を蛮族に依頼するなんて……。既にどれぐらいの数の杖が複製されてしまったのだろう。そして、あの時、失われたもう1本はどうなったのだろう? それもこれと同じようにどこかで蛮族が真似をするための見本となっているのかもしれない。アルは頭を抱えた。
少なくとも目の前の魔法の竜巻呪文が使える杖は絶対に回収しないといけない。心にそう誓って、アルはさらに浮遊眼の眼を先に進ませることにした。
-----
さらに10メートルほどすすんだところで階段通路につながっていたのは、さっきと同じぐらいの部屋だった。低いテーブルがいくつか置かれており、ゴブリンよりは少し体の大きい個体が2体、巻物を広げている。よく見ると呪文の書である。
壁際には棚があり、そこにも呪文の書の巻物がいくつか積まれている。保存状態はあまりよくないようで、魔法感知に反応しなくなっている呪文の書がいくつもある。ゴブリンも呪文の書で呪文を習得するらしい。魔道具を複製しているのを知った後では、それはそうなのだろうなという感慨しかアルにはなかった。ゴブリン程度なら部屋の中に入っても気づかれることはないだろうとアルは浮遊眼の眼で棚の上に置かれた呪文の書のタイトルを覗き見た。魔法の矢呪文、魔法感知呪文、盾呪文……。どれも習得済の呪文ばかりだ。アルはすこしがっかりしてこの部屋の探索をやめた。
-----
さらに10メートルほど進んだところにはまた部屋の入口があるようだったが、その付近にはラミアが2体歩哨のように待機していた。この2体のラミアは呪文を使っているようで魔法感知に反応して青白く光っている。順当に考えれば魔法発見呪文か魔法感知呪文あたりだろうが、呪文を学習していた部屋に魔法感知の呪文の書しかなかったのでそちらの可能性が高いと思われた。魔法感知呪文で探知回避呪文を見破れるかは熟練度によるのだが、ラミアの熟練度はそこまで高くはないと信じたい。
アルは極力歩哨をしているラミアの視界から見つからないように物陰を利用して浮遊眼の眼を動かして部屋の中に向かわせてみることにした。
なんとか気付かれる事なく、アルは部屋の中覗ける位置まで眼を移動させることが出来た。部屋の中は穀物が入っていると思われる樽がずらりと並んでおり、羊や鹿と思われるものの肉が天井からぶら下がっていた。食糧庫らしい。あまりの保存状態の悪さに臭いはかんじられないはずなのだが、見ているだけで少し吐き気がした。
部屋の中に何があるか判った時点で、アルは急いで浮遊眼の眼を先に進ませた。少しすると外に出た。上空から見えた集落だ。前の道をゴブリンやラミアなどが行きかっている。ラミアの数はそれほど多くないが、ゴブリンは100体以上居るだろう。ところどころに上位種であるゴブリンメイジの姿が見えた。
一通りラミアの集落らしいところを見て回ったアルは。浮遊眼の眼を消し、暗闇の中じっくりと考え込んだ。
さて、どうするか。もちろん蛮族を全滅させられるのであればそれが一番いいが、ラミアの上位種も居てかなり手ごわそうだ。だが、魔法の竜巻呪文が使える杖はこれ以上の数の複製品が作られないように回収或いは破壊しておきたい。そのためにはどうすればいいだろうか。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。
冒険者アル あいつの魔法はおかしい 書籍版 第4巻 まで発売中です。
山﨑と子先生のコミカライズは コミックス3巻まで発売中
Webで第17話が公開中です。
https://to-corona-ex.com/comics/163399092207730
諸々よろしくお願いいたします。




