28-7 ラミアの集落?(前編)
アルは自らも別の物陰に入ると、ラミア(ワシ)の様子を横目で見ながら急いでケルの姿になっていた動物変身呪文を解除、鎧や服を脱ぎ始めた。動物変身呪文を使ってワシに変身する準備である。普段は変身後に(人間のように言葉が話せるものに変身した場合は例外として)呪文は使えないので鳥に変身することはないのだが、今回のワシのように移動速度が速い対象を追跡しないといけない場合はどうしようもない。飛行呪文で飛ぶ速度ではワシにはとても追いつけないのだ。
アルが服を脱ぎ終わり、鞄を含めてすべての装備品を釦型のマジックバッグに入れ終わったのとラミア(ワシ)がバサバサと飛び立ったのとはほぼ同時であった。アルは焦りながらぐるぐると首にグリィのペンダントの紐を首に何重にも巻き付け、移送呪文で釦型のマジックバッグを研究塔の移送空間に収納、続いて今までいろいろと試したものの中で、ラミアが変身したものと近いワシを選んで変身する。空を見上げるとラミア(ワシ)が飛んでいく姿が辛うじて視界に入っている。アル(ワシ)もそれを追って飛び立つ。
“私は周囲の警戒をするわね”
グリィの言葉にアル(ワシ)は微かに頷いた。アル(ワシ)は猛禽類ではあるが、この世界には飛行する鳥形の魔獣なども居て必ずしも安全ではない。だが、アル(ワシ)はラミア(ワシ)に気付かれないように相手の行動をみながらの移動をせざるを得ないので、どうしても周囲の警戒は十分できない。グリィだけが頼りである。
ラミア(ワシ)はすでに1キロほど先の空を南に向かって飛んでいた。今の所、アル(ワシ)に気づいた様子はない。幸いというべきかアルが追うラミア(ワシ)は魔法感知に反応して青白く光っておりある程度距離を取っても視認できそうだ。アル(ワシ)はラミア(ワシ)を追い続けた。
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ラミア(ワシ)はプレンティス侯爵家から南西方向に飛び続けた。日は沈んでしだいに辺りは暗くなっていった。眼下の風景は人間の住む畑などは途切れてゆき途中から森に変わっていた。アルにとっては初めての土地なのではっきりとはしないが、森はだんだんと色濃くなっており、辺境、さらに未開地域とよばれる場所になっているようだった。
途中で二度、木の上で巣を張る蜘蛛のような魔獣から攻撃されたが、グリィが先に気付いてくれたおかげで噴出して来た粘液のようなものは無事に躱すことができた。危険度は増していくが、高く飛ぶとラミア(ワシ)に気付かれる可能性があるので、アル(ワシ)は低空で飛ばざるを得ない。
2時間ほどしてラミア(ワシ)が到着したのは、森の中に縦縞の巨大な岩が天から突き刺さったような形の岩山であった。その岩山は標高700メートルぐらい、縦縞に沿った形で岩が所々崩れている。
その頂上あたりに舞い降りたラミア(ワシ)はそこで変身を解いた。アル(ワシ)は見つかるのを恐れ、慌てて木々の樹冠の下に飛び込むようにして姿を隠す。しばらくしてから改めて浮遊眼の眼を樹冠の上に出してラミア(ワシ)の様子を見ようとする。だが、その時には、ラミア(ワシ)は姿が見えなくなっていた。
しまった……。アル(ワシ)は少し焦りつつ木々の間から飛び立った。そして岩山から距離を置いてまずは周囲に螺旋を描くように飛行した。岩山に下りたのは偽装だったのだろうか。尾行があったときに備えて用心深い者がたまにやるようなやり方だ。念のためにアルは空を見回したが、飛び去っていく姿は一つもない。
上空から見ていると、急峻な岩山の麓に木々に隠れて泥と木でつくられた小屋ともいえないようなぼろ屋と、その周囲に粗末な木の柵があるのに気がついた。蛮族の集落かもしれない。ということはここが目的地なのかもしれない。
“岩山の頂上にはいくつも亀裂があるわ。深いのも有りそう。潜めそうな亀裂や下の集落から死角となるような接近ルートでいい?”
グリィは岩山の上から調査するのかと尋ねているようだ。ワシの姿ではアルから話しかけることができない。グリィが今までのアルの行動から考えて提案してくれるのは助かる。偽装の可能性もある。山の頂上から痕跡を辿るべきだろう。アル(ワシ)は頷く。
“頂上からみて南西に白い岩の塊があるのがわかる? その陰なら大丈夫。もちろん低い位置から近づいてね”
アル(ワシ)は低空から岩肌に沿うような形で飛行して白い岩の陰に滑り込む。そのまま着地して周囲を慌ただしく見回した。少し様子を見る魔法発見呪文の有効範囲は55メートルでそれに反応はなかった。聞こえるのは風の音だけだ。
山の麓にある集落まで降りたのだろうか? それとも、集落は偽装に利用しただけで呪文はすべて解除し、頂上にある亀裂に身を潜ませて待ち伏せしているのだろうか? それとも再び飛び立った? アルは改めて空を見回したが、暮れかけた空を飛んでいるものの姿は見えない。西の空には細い月が見えた。
“深い亀裂がどこかに通じているのかも?”
グリィの言葉にアルは頷く。周囲を警戒しながら旋回しここに着地するまで5分ほどはかかったかもしれない。飛んだ様子はないので、亀裂に沿って山を下りたのか。もうすぐ夜になるのでどこかで一晩を過ごすのかもしれない。アルなら森の中より岩山の上を選びそうなものではあるが、蛮族はよくわからない。
絡まっていたペンダントの紐を苦労して緩め、アルは動物変身呪文を解除した。気を付けないと首が締まってしまうのだ。そして変身したときとは逆の手順で急いで服と鎧などを身に付けて、探索用に知覚強化呪文、飛行呪文、盾呪文、魔法抵抗呪文といったものを順番に自分にかけていく。これでひとまずは準備完了である。身を隠している白い岩から周囲を警戒しながら慎重に歩きだした。反応してくるものはない。そのまま移動してまず確認したのはラミア(ワシ)が着地したあたりの山頂の地面である。
そこには巨大な蛇が地面を這った新しい跡が残っていた。ラミア(ワシ)はここで降下した後、どこかに移動したらしい。その跡をたどっていくと、層になった岩山のうち白い岩の部分が深く亀裂となっているところにたどり着いた。
亀裂の中を覗き込む。天然の洞窟のようになっているようだ。幅はラミアが通るのに十分な広さがあり、蛇が這ったような痕跡はその中に続いていた。
アルは空中に浮かんだ状態で警戒しながら亀裂を降りていく。中は当然ながら真っ暗だが知覚強化呪文のおかげで問題はなかった。ところどころ壁には原始的な雰囲気で絵が描かれていた。なにやら着飾った雰囲気のラミアらしきものを中心にして、その周りにはふつうのラミアやゴブリンらしき個体が礼拝していたりそれとも踊っていたりするようだ。
亀裂は300メートルほど下り、急に開かれた場所になった。幅、奥行き共に50メートルほどの空間である。北側の壁には高さ5メートルほどのラミアの石像があった。人間に似た上半身ではあるが肩から腕、背中には鱗があり、それが色とりどりに塗られて光っていた。周囲の壁には松明を立てられるような台が設置されている。
“何か神殿っぽくない?”
グリィの問いにアルは改めて周囲を見回してみる。神殿というほど立派ではないが、雰囲気はあるかもしれない。空間の南側には岩を削って階段のようなものが作られている。階段は下に続いていた。
「そんな雰囲気もあるね。僕たちは神殿の裏口から入って来た感じかな?」
“うん、そんな気がする。”
蛮族なんて精々簡単な小屋のようなものを作れる程度だと思っていたが、そうではないのだろうか? ラミアには人間の言葉を喋れるようなのである程度知能は高いのかもしれない。或いはここは古代遺跡か何かで、それをラミアは利用しているに過ぎないのだろうか? それだったら良いのだが……。
「結構数が居るのかな? あんまり多いと大変だけど、どうしようかな」
アルは思わず呟く。ワシの姿で2時間ということは、300キロ程は飛んできている計算となる。このあたりは辺境か未開地域だろう。少なくともプレンティス侯爵領ではないはずだ。派手な戦闘をしても咎められるような事はあるまい。以前、オークの集落を討伐したことがあるが、この集落のラミアも同じように退治することは可能だろうか?
だが、それより気になることがある。100個以上もあった魔道具の行方だ。それを見つけない事にはわざわざここまで来た意味がない。この集落の中に有ればよいのだが……。
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