28-5 チャニング村にて(後編)
結婚?! 2人の距離は気になっていたけど、いつの間に話が進んでいたのだろう。オーソンはたしか30を超えていて18才のルーシーとはかなり年が離れているし、なにより展開が早すぎないだろうか?
アルは驚いて家族の顔を見まわした。父のネルソンが少し苦い感じの顔を浮かべているものの、皆驚いている様子はない。同居している中で雰囲気は感じていたのかもしれない。母のパメラと妹のメアリーはお互い視線を交わした後はルーシーを微笑ましい様子で眺めていて、その当のルーシーは顔を真っ赤にして口元を手で押さえていた。アルは思わず父の反応をじっと見た。
ネルソンはごくりとつばを飲み込むとちらりとアルを見返す。
「アルフレッドはどう思う? オーソンさんの事は一番よく知っているだろう?」
「えっと、いい人だと思うよ。あー、オーソンの家族の事は聞いたことがないけど、そっちの了解は得なくていいのかな」
オーソンには色々と助けてもらったりもしたし、年が少しいっていること以外は良い相手だとは思う。とは言え、一応チャニング家は騎士の家でもあるし、結婚するとすれば相手の家族の事を知らないという訳には行かないだろう。ルーシーが嫁入りするのであれば猶更だ。
「ああ、アルにも話したことはなかったか。俺は孤児でミルトンの街にある孤児院で育った。家族ってなると、その孤児院の助祭の人ぐらいになる。とは言っても、今は年に数回、ミルトンの街に行った時に寄付をするぐらいの関係でしかない。ルーシーはまっとうな騎士爵の娘さんだ。学もあって俺とは釣り合わねぇってのは判ってる。無理だって言われたら……」
そこまでオーソンが言ったところで、アルがそれ以上の言葉を遮った。身分は気にしていないし、たぶん他の家族たちもそんな意識はないだろう。
「誤解させてごめん。オーソン、そんな事を言うつもりはないよ。結婚するとすれば、オーソンのほうの家族の人にもルーシー姉さんでいいか許しを貰わないといけないかなと思っただけで……」
「許しをもらうなんておこがましい。こんなかわいいルーシーなんだから……」
そういって、オーソンは言葉に詰まり、真っ赤になった。
「コホン」
ネルソンがわざとらしく咳をした。
「オーソンさんの気持ちはよくわかった。ルーシーも十分大人だし、その判断は尊重したい。ただ、一つだけはっきりしておかないといけないことがある。チャニング家の継承の事だ。オーソンさんは年上になるが、チャニング家の跡取りはまずはギュスターブだ。そしてもし、ギュスターブが継がないと言い出せば、その次はジャスパーとなる。特に今は内乱や鉄鉱山の事もあり、チャニング家そのものも変わる事もあるかもしれないが、そこは揺るがない。承知してもらえるか?」
ネルソンはそういって、ジャスパーとオーソン、ルーシーの顔を交互に見た。貧乏領主だとは言え、そのあたりははっきりしておかないといけないのだろう。変わるというのは功績次第では将来的に男爵もあり得るという以前の話を意識しているからかもしれない。オーソンは家の継承なんてとんでもないと首を振った。
「もちろん了解です。俺……えっと、私は騎士爵なんてとても無理です。チャニング家はギュスターブさんかジャスパーさんでお願いします」
「あー、都合のいい話をしちゃうけど、もし鉄鉱山の件があって人手が要るってことになれば、オーソンもできれば従士ぐらいにはしてもらえたらいいなって思うのだけど、だめかな?」
オーソンの返事にルーシーが言葉を付け足した。オーソンは冒険者を止めて従士になるか。オーソンはルーシーの発言に慌てた様子もないのですでに2人でいろいろと話し合ったのかもしれない。本人がそのつもりなら、叙爵の件もあるしよいのではないだろうか。
「わかった。パメラもいいか?」
そう言って、ネルソンはパメラの顔を見る。パメラはにっこりと微笑んで頷いた。
「わかった。では許そう。もうオーソンと呼ぶぞ」
「ありがとうございます。よろしくおねがいします。お義父さん、お義母さん」
オーソンはそう言ってルーシーを見て照れくさそうな微笑みを見せた。ルーシーも軽くオーソンに抱きついて微笑んだ。アルもおめでとうと二人を祝福した。
「えっと、僕からもいい?」
落ち着くのを待ってアルが軽く手を上げると、みんながすこしどきっとした様子でアルの顔を見た。
「な、なんだ? お前の話にはいつも驚かされるからな……。もしかして、パトリシア様をつれてくるのか?」
毎回、驚かせるような事は……言っているかもしれない。でも、今日の話はそれじゃない。
「そうだね、一度それも考えても良いかもだけど……。今、パトリシアは新生テンペスト騎士団を率いて王都奪還の作戦中だからすぐには無理かな?」
アルの説明にみんな動きを止めた。以前パトリシアの事を話したときは、彼女は逃亡途中だった。そこから王族として立ち上がったのだが、この話は衝撃的すぎただろうか。
「そ……そんな時に……のんびり……してていいのか?」
兄のジャスパーがようやくといった様子で言葉を絞り出した。アルはちょっと考えて首を振る。
「うーん、僕の出番は何もないかな? もちろん、行けば何かすることは有るんだろうけど……。あんまり功績を上げても困るんだよ。僕は国王とかそんなのにはなりたくないからさ」
母パメラが心配そうに首を傾げた。
「パトリシア様を不安にしていない?」
「うん……魔道具を使って毎日のように話はしてるし、明日には顔も出そうと思ってる」
昨晩聞いた話だと、各地の有力貴族たちに送った親書に対する反応は良く計画は順調らしいが、ディーン・テンペストの存在はたまに見せておく方が良いだろうという話だった。アルもしばらくパトリシアに会えていないので少し寂しく感じていた。顔を出すというアルの言葉に、ルーシーや妹のメアリーはそろって頷いた。
「情けない話だが、想像もつかないような世界の話で、正直なところ俺もどうアルフレッドに助言をしてやればいいのかわからない。ただ、パトリシア様は今大変なところだろうし、不安に思う事もたくさんあるだろう。母さんが言ってくれた通りで、思いやる気持ちが大切だぞ。ところで、パトリシア様の話じゃないとすると、何の話を言おうとしたんだ?」
「父さんありがとう。えっと、今回の戦いの功績で、セオドア王子殿下は最初、僕に爵位をくれようとしたんだけど、僕は領地を治めているより他にしたいことがあるからって断ったんだ。でも、恩賞は貰わないといけないっぽくて、僕はまだ年が若いってことで父さんに爵位をって話を頂いているんだよ。きっと、この内戦が終わったら、父さんは男爵になると思う。鉄鉱山の話があるから、子爵の可能性もあるかもしれない」
その場にいた家族は全員驚きに大きな声を上げた。きょろきょろとお互いがお互いの顔を見る。
「男爵……もしかしたら子爵?」
「そうしたら、お前は男爵夫人……もしかしたら子爵夫人だぞ?」
パメラが夫ネルソンを指さして言い、ネルソンも妻パメラにそう返した。
「アルから話は聞いていたが、まだまだ先だと思っていた。不安だな。俺は礼儀作法のかけらもしらないんだぞ」「私もそうよ!」
ネルソンとパメラの二人は揃って首を振る。
「ギュスターブ兄さんに帰って来てもらおう。うん、そうだ、それがいい」
ジャスパーは横でそう呟いた。
アルはその様子を見回してどうしようかと少し悩んだものの軽く手を叩いた。
「大丈夫だって。礼儀作法の話で言えば、ルーシー姉さんが中級学校に行って礼儀作法は習ったはずだし、ギュスターブ兄さんの紹介で来てくれた人たちもついこの間まで騎士団にいた人達だから、彼らに教えてもらう事も出来る。村の統治はずっと父さんと兄さんで協力してやってきたんだしさ。僕も今年みたいな感じでたまには戻るから……頑張って」
そう言って、アルは両手を合わせて父を拝んだ。ここで父に了承してもらわないと、セオドア王子にどう返事をしたらいいか困ってしまう。元々、鉄鉱山の話で男爵になる可能性があるというのは承知していたはずだ。子爵にしてもより上位の貴族がいてその指示に従うという意味では大きくは変わらない……と思う。たぶん……。
「大丈夫かな?」
ネルソン、パメラ、ジャスパー、ルーシー、そしてオーソンの5人が顔を見合わせたが、一番下の妹、メアリーは嬉しそうに頷いた。
「男爵ってなったら、地域の見張りもちゃんと組織できそうね」
その言葉に、そうかとネルソンは頷いた。今まで鉄鉱山及びその運び出しの拠点を守るという消極的な話でしかなかったが、男爵ともなれば、もっと積極的な運用をする立場になる。一番年の若い娘の言葉を聞いて、いろいろと出来るようになることに気が付いたのだ。
「そ、そうだな……。この辺りはもっと安全にできるだろう。しかし、そのお金はどこから出るんだ?」
「知らないわよ。付近の村とかが領地になるんじゃない?」
「このあたりの村は、さすがにうちよりはマシかもしれないが大きくは変わらないんじゃ?」
ネルソン、パメラ、ジャスパーがそう言って顔を見合わせる。
「具体的なことはまだ判らないんだ。王子からは爵位の話しかまだ出てないし……」
アルはそういって頭を掻く。
「まぁ、わかった。元々、そうなるかもしれないという話で喜んでいたんだ。自信はないが、みんなで頑張る事にしよう。アルフレッドも困った時には助けてくれよ」
ネルソンはきっぱりとそう言った。パメラやジャスパーたちもその言葉に頷く。メアリーの一言で父たちもかなり前向きに気持ちが切り替わったようだ。アルは胸をなでおろした。
「よーし、そうと決まったら、改めて乾杯だ」
ネルソンは立ち上がって、アルが置いたワインの樽に向かったのだった。




