28-1 コールとバネッサ
二人に待っていたと言われたアルは状況がわからず、コールとバネッサ・ソープ伯爵、さらにフィッツとレダの顔を交互に見比べた。
「フィッツ様、レダ様これはいったい?」
アルの問いに、フィッツは肩をすくめて首を振った。
「なんとも説明が難しいな。アルは、こちらのバネッサ・ソープ伯爵閣下の事を知っているか?」
アルはバネッサ・ソープ伯爵の顔をちらりと見る。そして続いてスタンレーの顔も。
「スタンレー様がセオドア王子殿下の幕僚であるビンセント子爵配下として従軍されていたので、一応お名前だけは伺っています」
スタンレーがにっこり微笑む。
「なーんだ、スタンレーは先にアル君に会っていたのね」
バネッサ・ソープ伯爵は残念そうに言う。
「はい、母上、彼にゴー」
ゴーレムと言いそうなスタンレーの口をアルは慌てて塞いだ。
「もう、何も見せませんよ」
アルがスタンレーの耳元でささやくと、スタンレーは目を見開き、慌てた様子で首を振った。ただでさえパレードで注目を浴びてしまった自覚がある。こんなところで話をしていると誰が聞いているか判らない。包囲していた軍勢はいなくなったが、まだヴェールもどこかに潜んでいる可能性はあるのだ。何を言いかけたのかとバネッサ・ソープ伯爵に問い詰められているスタンレーを横目にアルはフィッツの顔を見た。
「フィッツ様、とりあえずどこか静かなところで話しませんか?」
「そ、そうだな。エリック様の屋敷に移動しないか。そこできちんと話をしよう」
アルは頷く。こうしてアルたちはエリックの屋敷に移動することになったのだった。
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フィッツの説明によると、シルヴェスター王国魔法使いギルドのギルドマスターであるバネッサ・ソープ伯爵は、レイン辺境伯領の魔法使いギルド評議員という肩書のあるエリックはもちろん、コールとも顔見知りであったらしい。そして、王都でレビ会頭やエリックたちと共にユージン子爵の別荘から救出されたモーガン子爵が王家に提出した報告を見、中にコールの名を見つけて、国境都市パーカーにやって来たのだという。そして、彼女はパーカー子爵の了解を(かなり強引に)得てコールを説得し、プレンティス侯爵家から離反させることに成功したということらしい。
「エリックの書いた魔法のオプションの論文の続きを知りたいのならこっちに寝返りなさいって言ったら一発だったわ」
バネッサ・ソープ伯爵の言葉にアルは頭を抱えた。こういうのは許されていいのだろうか。レダは申し訳なさそうにアルを見た。
「ごめんなさいね。アル……。私もここまでとは思わなかったけれど、本当の事よ」
事情がわかったところで、アルは逃げ出したくなった。この2人? いや、スタンレーを含めた3人に質問攻めにされたら、どれぐらいの時間がとられてしまうのか予想がつかない。ずっと捕まったままになってしまうのではないだろうか。だが、単純に逃げ出すのは難しいだろう。コールはともかくバネッサ・ソープ伯爵はシルヴェスター王国の伯爵であり、魔法使いギルドのギルド長である。そして息子であるスタンレーの背後にはセオドア王子まで居るのだ。パトリシアを頼るか……それとも、研究塔まで逃げてそこに籠るしかないだろうか。
「大丈夫よ、安心して。私もコールも最初から最後まで全部教えてもらおうなんてつまらない事を思っていないわ。でもね、今のエリックの研究では、レダちゃんの浮遊眼呪文や魔力制御呪文のように未習得の呪文じゃないとうまく呪文オプションについて習得できていない。実際のところはどうなのかはわからないけれど、私たちも彼女と同じ方法をまず取りたいと思うの」
「同じ方法? どういうことですか?」
アルは思わず首を傾げた。
「私たちは自分で呪文のオプションが使えるようになりたいのよ。でもそれを使えるようになるには未習得の呪文を呪文の書から習得する際に意識する必要があるって聞いたわ。レダちゃんの場合、浮遊眼の呪文の書については、どこの部分がオプションで、それを変えれば視界の範囲や視界に浮かぶ表示窓のサイズを変えることができるというアドバイスをもらったという話じゃない? でも、残念ながら私たちはレダちゃんがオプションを習得した浮遊眼呪文や魔力制御呪文はもう習得済みなの」
成程、自力でオプションを習得してみたいということか。それならば、2人が習得していなさそうな呪文でオプションが判りやすそうな呪文が提示できれば良いのか。
「それは、是非、私も知らない呪文でおねがいします!」
スタンレーが慌てて手を上げた。彼はビンセント子爵配下でまだ任務があるのではないだろうか。だが、まぁ彼の母親であるバネッサ・ソープ伯爵が知らない呪文ならきっと彼も知らないに違いない。問題はそのバネッサ・ソープ伯爵とコールが知らなくて、アルが知っていそうな呪文があるかどうかだ。もちろん第4階層である移送や隠蔽、探知回避あたりは該当しそうだが、これらを教えるわけにもいかない。動物変身は習得している事を教えたくない。
「石軟化とかはどうですか?」
タガード侯爵家が得意にしていた呪文だが、かなりマイナーな呪文のはずだがどうだろう?
「ごめんなさい。それは、タガード侯爵家から戻った外交使節が王家に提出した際に、真っ先に習得させてもらったわ」
バネッサ・ソープ伯爵が申し訳なさそうに手を上げた。素早いが、当然そうなるか。他にあまり習得していなさそうな呪文……。そうだ!
「運搬呪文はいかがですか?」
「それはいいですね! ビンセント子爵たちが座って一緒に空を飛んだやつですよね」
スタンレーが真っ先に声を上げた。バネッサ・ソープ伯爵とコールはよくわからない様子で顔を見合わせている。
「その通りです。呪文オプションなしだと、こんな感じの呪文です」
『運搬』
アルが唱えると、アルのすぐ後ろに黒い円盤が浮き上がった。
「その円盤は?」
「はい、この円盤の上に物を載せることができます。熟練度1だと30㎏、熟練度が上がれば30㎏ずつ増えます」
バネッサの質問にアルはそう答える。
「30㎏……。荷馬車のほうが便利では……?」
昔、この呪文を勧められた時にはロバと言ったなぁとアルは懐かしく思いだす。
「ですが、熟練度が3になれば、人を乗せることができます。そして、オプションを使って円盤をいろいろな形にしたり、数を分けたりできるのです」
2人はそれでも馬車の方がとまだ使い方に思い当たらない様子だ。スタンレーはニヤニヤしている。
「馬車にしてもロバにしても、地形に左右されますよね? それに、この椅子の最大の利点は術者が空を飛ぶ際に、この円盤は術者について来るということなのです。オプションが使えて、円盤の形を変えることができれば、円盤の上に座っていても安定しますし、熟練度が上がれば、2人でも3人でも……」
「なるほど!」
アルの説明に2人はようやく便利さに思い至ったらしく、大きな声を上げた。
「呪文の書がパーカーで売っているかは知りません。辺境都市レスターでは売っていると思いますから、そちらで入手して頂けますか?」
「わかったわ。すぐ行ってくるわね。コール、このあいだ言ってたあれを話しておいて」
あれとは何だろう? だがバネッサ・ソープ伯爵はアルが聞く間もなく部屋を飛び出していった。まさか、これから飛行呪文で飛んでいくつもりだろうか。残ったコールがアルの顔をじっと見つめた。
「パーカー子爵閣下に色々と質問をされ、知ることを答えていた中で、彼や他の者たちから、そなたはプレンティス侯爵家の魔導士が蛮族に食糧を与え利用していた事に怒りを覚えており、どのような関係なのか知りたがっていると聞いた。合っているかね?」
アルは思わず目を見開いた。うんうんと慌てて頷く。コールはこういう真面目な話も出来るのか。パーカー子爵にはプレンティス侯爵家の情報をいろいろ聞けるのではないかと言う話はしていたが、アルの想いも理解してくれていたのか。
「はい、今までいろいろとプレンティス侯爵家の魔導士たちはこのレイン辺境伯領の未開地域の蛮族に働きかけ、戦いを有利にしようとしてきたようです。それを調べ、蛮族の被害を少しでも減らすことができればと思っています」
「ふむ。なるほど。私は研究員なのでそういった話はよくわからない。だが、プレンティス侯爵家の魔導士たちの中で魔道具を入手するために蛮族に物資を提供している者が居ると聞いたことがあるのだ。アルの知りたい事と関りがあるのではないだろうか」
蛮族と何らかの交渉している者が居るのか。それはヴェールだろうか? 是非詳しく教えてもらいたい。アルは大きく頷いた。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
2025.11.6 コールが捕まった時に論文を既に入手していた事を踏まえ、以下の訂正をしました
論文を読みたいのなら → 論文の続きを知りたいのなら
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