27-14 セオドア王子本陣 後編
「あとは、お楽しみのゴーレムだな」
そう言ってセオドア王子はにやりと笑った。しっかり憶えていたらしい。
「どこか多くの人からは見えない所……例えばテントの中などでお願いできますでしょうか?」
以前、貫通する槍呪文の確認をしたときのように、たくさんの人からの見世物にはなりたくない。アルの言葉にセオドア王子は苦笑を浮かべた。
「そうだな。わかった。じゃぁ、俺とビンセント……」
「私もお願いします! 見逃したとあっては母に怒られてしまいます」
スタンレーが勢いよく手を上げる。
「えっと、スタンレーさんのお母様って?」
アルは小さな声でビンセント子爵に尋ねる。
「ああ、アルフレッドは魔法使いギルドに所属していなかったのか。それなら知るまいな。スタンレーの母はシルヴェスター王国魔法使いギルド ギルド長のバネッサ・ソープ伯爵閣下だよ」
なるほど、そうなのか。王子やビンセント子爵がある程度配慮しているのも頷ける。そしてゾラ卿はテンペスト王国出身だけに知らなかったのかもしれない。しかし、伯爵? 子爵ぐらいまでなら土地の代わりに俸給があたえられる法服貴族があり得るかもしれないが、それでも、それは王国に仕える職務に代々ついているような場合のみだ。魔法使いギルドは王家とは一応独立した組織のはずだし、広い領地を持つ高位貴族はギルド長と兼務できるとはとても思えないのだが……。そんな事を考えている間にも王子の話は続いていた。
「わかった、わかった。スタンレーは入っていいぞ。あとは俺とビンセントの護衛としてベロニカだな」
はいといって一歩踏み出たのは、以前、ビンセント子爵を連れてタガード侯爵領まで飛んだ時に一緒に来た小柄な女性の騎士である。セオドア王子を先頭に、ビンセント子爵、スタンレー、ベロニカ卿が歩き始めた。テントにでも移動するのだろう。伯爵の謎は後で誰かに聞くことにして、アルもその後ろについていく。
到着したのは幅15メートル、奥行き8メートルほどの大きなテントだった。会議に使われているようで机やいすなどが並べられているが人の姿はなかった。周囲には警備の従士なども居て立ち聞きやのぞき見をされる恐れは無さそうだ。その従士たちに手伝ってもらい、机やいすを一時的に端に寄せて真ん中に広い空間を作る。従士たちがテントから出ていくのを待って、アルはマジックバッグから警備ゴーレムを取り出した。
「これが、スタンレーさんが仰っていたゴーレムですね。警備ゴーレム、お辞儀をして」
アルがそう命令すると、警備ゴーレムは左手を背後に回して丁寧にお辞儀をした。
「ほう、面白いな。そなたの師匠は何体もゴーレムを持っているのか?」
「はい。ですが、たくさんのゴーレムに対して同時に指示を出すのは制御装置と呼ばれる魔道装置がないとダメらしく、僕がお借りできたのも1体だけです」
ゴーレムを複数使って何かして欲しいと言われると困るので、一応予防線を張っておくことにした。1体だけしか命令できないとなるとできる事は限られてくるだろう。
「そうか。残念だ。それを誰かと戦わせることはできるか?」
「えっと、模擬試合ということでしょうか?」
もちろん、実戦は可能だろうが、もちろん求められているのは違うだろう。だが、ゴーレムに木剣を持たせたとしても手加減などできるのか……。
「そうだな。できれば寸止めが良いな。もしかして闘技なども使えるのか?」
“寸止めで戦えって言えば出来るはずよ。闘技は無理ね”
はず……か。アル自身は剣の心得などないし、王子相手にもしもの事があると困る。どう答えるべきか……。
「うーん、正直な所試したことがありません。試してみる事は可能です。できれば念のために盾呪文を使用して頂くのは如何でしょうか」
「なるほど、盾呪文か。ベロニカ、どうだ?」
さすがに自分でやろうとしないだけの良識はあるらしい。てっきり王子自身が戦いたいのかと勘違いしていたアルは胸をなでおろす。
「私に模擬試合をさせていただけるのですか? 是非お願いいたします。盾呪文は実際にどれぐらい攻撃が強いのか受けてみたいので無しが良いです」
ベロニカ卿が嬉しそうにそう答えた。彼女の言う通りで盾呪文を使うと、その効果は剣による受け流しなどをする前に発揮されてしまうだろう。だが、そうなると安全は保障できない。どうしたらいいのだろう。アルは頭を掻く。
「ふふふっ、ゴーレムとの接近戦なんて、まぁ試してみてぇよな」
「はい」
ベロニカ卿は頷いた。セオドア王子はベロニカ卿の気持ちがすごくわかるという感じで頷いている。アルは救いを求めてビンセント子爵を見るが、彼はどう考えているのか軽く頷いた。王子の身辺警護を担えるだけの騎士だから大丈夫という意味だろうか。それとも、怪我をしても騎士なのだから問題ないという意味かもしれない。とりあえず試してみるしかない感じだ。もしベロニカ卿が怪我をしたとしても怒られることはないと考えて大丈夫だろうか。それにこれだけ心配してもゴーレムが強いとは限らない。
「じゃぁ、まず試してみましょう。私は接近戦が全然わからないので、状況次第ですぐに止めてくださいね」
「わかった」
ビンセント子爵の返事を待ってアルは警備ゴーレムに寸止めで模擬戦をするように指示を出す。木刀と訓練用の盾がわたされたので、手のアタッチメントを交換してそれを持たせた。
「では、はじめ!」
ビンセント子爵の合図で模擬戦は始まった。警備ゴーレムは合図と共に盾を押し出すようにしながら前に出た。あまり広くないテントの中である。ベロニカ卿もそれに合わせるようにして前に出た。警備ゴーレムはまず木剣を一振り、ベロニカ卿は盾で受けた。速度はそれほどでもないように思えたが、ベロニカ卿は驚きの表情を浮かべた。続けて警備ゴーレムは木剣を振る。ベロニカ卿は2撃目を盾で受けず、後ろに下がって避けた。
「一撃が重い……。手がしびれています」
ベロニカ卿がそう言いながら、警備ゴーレムの攻撃を2回、3回とよけ続けた。模擬試合というより、デモンストレーションのような感じになっている感じだ。こうなるという事は技量的にはベロニカ卿のほうがかなり上ということだろうか。
「今度は攻撃してみな」
セオドア王子の指示にベロニカ卿は一歩踏み出して袈裟懸けに剣を振り下ろした。ゴーレムは盾でそれを受ける。ベロニカ卿は顔を顰めた後、再びにやりと笑った。
「タイミングを合わされました。受けるのも上手いです。危うく剣を放してしまうところでした」
「そうか、次は連続で攻撃してみな」
受ける瞬間に盾で剣を叩くようにして弾いたという感じだろうか。ベロニカ卿が木剣を振る速度が上がってきた。だんだんアルには判らない状況になってくる。お互い剣を振り、盾で受けるだけでなく、お互い足で蹴ったり、横に飛んだりして多彩な攻撃を繰り返している。きっとフェイントを入れたりもしているのだろう。時折、警備ゴーレムは利き腕の肘あたりで木剣を防いだりをし始めた。人間ならとても無理な事だが、ビンセント子爵もそれで戦いを止めたりはしなかった。警備ゴーレムの腕は硬く、木剣ではびくともしていない。剣がつくアタッチメントならそのあたりは小さな盾のようなものがあった気がする。そのうち、ベロニカ卿の息が上がって来た。
「止め!」
ビンセント子爵がそこで戦いを止めた。最初はともかく、後半の方はアルから見るとほぼ互角の戦いをしていたように見えたが、実際のところはどうだったのだろう。木剣でなければ結果は違った気もするし、騎士の本領は馬に乗って発揮されると聞いた事もある。
「なかなかいい戦いだったな。俺もやってみてぇがそういう訳にもいかねぇのが残念だ」
セオドア王子がそう言って何度も頷いている。
“ゴーレムを作った時代から剣術はかなり進化してるみたいね。ベロニカ卿程の騎士を相手に勝つのは今のままでは厳しいわ。でも、ゴーレムの装甲は硬いから、有効なのはいくつかの闘技ぐらいだと思うわ。それさえ警戒してればうまく戦えば負ける事もないと思う”
グリィがアルの耳元で囁いた。なるほど、ベロニカ卿が弱いという事はないだろうし、ゴーレムにある程度の強さは有ると考えて良いのだろう。
「触っても良いですか?」
戦いが終わったのを見て、スタンレーが声を上げた。
「えっと、少しだけなら……」
アルがそう答えると、スタンレーはゴーレムに飛びつくように近くまで行って、恐るおそると言った様子で腕を撫でて、木剣が当たったはずの場所に傷がないのか確かめたりしている。
その間にアルは彼の母だという人に関してビンセント子爵に聞いてみた。彼によると、彼の母親は呪文研究が大好きで、領地を伴侶に任せ、自分は魔法使いギルドのギルド長として生活しているらしい。極めて特例らしいが、領地がそれでうまく行っている以上、王家としても特にいうことはなくそれで認めているという。そういうのもアリなのか。
「金属でもないし、これは石……でしょうか?」
スタンレーの質問にアルは首を捻ってみせる。粘土のようなものを材料に作っているというのは知っているが、彼に対してそれを説明する必要はないだろう。
「うーん、僕は師匠から預かっているだけなので作り方までは教わっていません。なのでわからないですね」
「ディーン・テンペスト様、お会いしてみたい……」
スタンレーはそう呟くが、彼とディーン・テンペストの姿で会うのはややこしい事にしかならないと思うので無視しておく。
「とりあえずわかった。アルフレッド、ありがとな。ちなみにそのマジックバッグは以前プレンティス侯爵家の魔導士がもっていたのと同じなのか?」
セオドア王子はマジックバッグのほうもちゃんと見ていたらしい。
「これも師匠から借りた物なので詳しくはわかりませんが、使い方はほぼ同じように思います。マジックバッグというのはどれもこうなっているのではないでしょうか?」
彼はすこし疑わし気な顔をしたが、わからんなと一言呟いて頷いた。
「では、ゴーレムは収納しますね」
セオドア王子が頷くのを見て、名残惜しそうに撫でているスタンレーに断わってゴーレムを収納し直す。
「アルフレッドはこの後、どうするのだ? パーカーに戻るのなら少し待って我が騎士団と一緒に移動してはどうだ?」
アルは少し迷いつつも頷いた。いつもなら、この場を離れてさっさと移動してしまおうと考えるのだが、今回に限って言えばナレシュを含めたレスター子爵家がどのように処遇されるのかが気になったのだ。ナレシュは説得を試みるために来たのだという認識で好意的に捉えてもらっている様だが、彼の気性を考えると、父や兄を庇おうとするかもしれない。
「そうか。じゃぁ、しばらく色々と手伝ってくれ。ビンセント、面倒をみてやってくれ。頼んだぞ」
アルは嬉しそうにそういうセオドア王子に深々と頭を下げたのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
※感想で登場人物が多く追いかけるのが大変だというお話を頂きましたので、従来なら話の最後に載せる登場人物紹介を活動報告にしてみました。うまくいくかわかりませんが、とりあえずエピソード更新後、それに追随する形で更新して行こうと思います。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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