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【書籍化&コミカライズ】冒険者アル -あいつの魔法はおかしい  作者: れもん
第27話 国境都市パーカー防衛戦

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27-11 親子の対話

「ナレシュ、何故来た」


 やせている方の壮年の男性の1人が低い声でそう言った。多少白いものが交じっているもののナレシュと同じ金色の髪である。もう一人は黒髪なのできっと彼がナレシュの父、レスター子爵だろう。アルにはその声の響きが極めて冷たいものに感じられた。そんな話し方を父ネルソンはアルにしたことがない。


「セオドア王子に媚びへつらって男爵位までもらったのに、こちらが有利とみるや、寝返ろうとの算段ですか?」


 もう一人の黒髪の壮年の男性が嫌味ったらしく言う。この人は誰だろう? アルは茂みの中で首を傾げた。父親の前でナレシュにこんなことを言うのか。そして父親もそれを許しているのか。さらに言っていることもめちゃくちゃだ。まったく現状をよくわかっていないのだろう。ユージン勢力とプレンティス侯爵家が圧倒的に有利だとでも考えているのだろうか? アルの知る限り、タガード侯爵家に攻めこんだ軍勢も、旧セネット伯爵領を守っていた軍勢も共に既に敗れている。それほど有利という状況ではなくなっているはずだ。


 ナレシュは少し呆れた様子で首を振った。


「そんなつもりはないです、スカリー男爵閣下。逆に諫めに参ったのです。父上、ユージン子爵の甘言には乗らず、騎士団を率いてレスターにお戻りください。既に彼の策は破れ、セオドア殿下は旧セネット伯爵の領都を陥落させました。後背を固め万全の態勢でこちらに向かってきているのです。レイン辺境伯に勝ち目はありません。スカリー男爵閣下も日頃から父の親友と仰っておられるではないですか。冷静な状況判断をし、私と共にお諫め頂けませんか?」


 スカリー男爵か、たしかレスター子爵家の嫡男であるサンジェイを産んだアグネス夫人の兄で、辺境都市レスターの代官を務めている人だ。


「なにを言っている。そなたの立場で何が判るというのだ。そなたこそセオドア王子に騙されているのに違いない」


 彼はナレシュの提言を聞いて、大きな眼を剥いて感情を露わにする。


「スカリー止めよ。ナレシュ、私はもう決めたのだ。シルヴェスター王家やテンペスト王家の都合に振り回されるのはもう嫌なのだよ。私はユージンに協力し、プレンティス侯爵を新たに主と仰ぐことにした」


 そこまで言って、レスター子爵はじっとナレシュを見、そして少し首を傾げる。


「何故だろうな。そなたには死んだ私の兄の面影があるような気がする」

「私が伯父上に似ていても不思議ではありますまい」


 ナレシュは答えたが、レスター子爵は首を振る。そして、スカリー男爵の方を見た。


「ナレシュを捕らえよ。レイン辺境伯様の許に送るのだ」

「父上、お待ちください!」


 レスター子爵の後方で20才前後の若い男性の声がした。10人の後からしばらくして追ってきた3人が居たのはアルも気づいていた。ナレシュによく似ている。レスター子爵を父上と呼んだことからするとサンジェイに違いない。その横にはバーバラともう1人、レビ商会の傭兵の女性が居た。たしか名前はブレンダだったはずだ。


「サンジェイ? どうしてここに来たのだ。そなたは部隊と共に残っていろと指示したはずだ。いつまた進軍がはじまるかもしれんのだぞ」

「指揮はオリバー男爵に任せてまいりましたので大丈夫です。それより、父上。この者たちから話を聞きました。この場に来るまでは半信半疑だったのですが、今、父上やスカリー男爵(おじうえ)がナレシュに言っている事を聞いて彼女たちの話が正しいと確信しました。何故、上級学校に進んだ頃からレスターから領都への行き帰りをナレシュと別にするように言われたのか。何故、父上がナレシュとあまり仲良くせぬように指示されたのか。不思議だと思っていた事のすべて辻褄があう。ナレシュ……、今まですまぬ」


 そう言って、サンジェイはゆっくりとナレシュに近づいていく。騎士たちが止めようとするが、サンジェイはそれをゆっくりと払いのけてすぐ傍まで行き、ナレシュの手を取った。


「兄上!」

「サンジェイ様、何をおっしゃっているのですか」


 スカリー男爵がそう言うと、サンジェイは小さくため息をついた。


スカリー男爵(おじうえ)は私とナレシュが同じ馬車で帰省しないように手配した後、他の商会を経由して盗賊にナレシュたちを襲うように指示しましたね」


 そう言って、サンジェイはスカリー男爵を睨みつける。話を聞いて、レスター子爵も驚いた様子でスカリー男爵を見た。


「な、何を言っているのだ。そんな事は知らぬ。証拠、証拠はあるのか?」

「その商会が仕事を依頼する際に盗賊とやりとりした手紙をレビ商会の傭兵が押さえているそうです。写しは読ませてもらいました。レスターの代官であるスカリー男爵(おじうえ)からの依頼というので、その商会はかなり強気でしたよ。さすがにスカリー男爵(おじうえ)の名まではありませんでしたが、文面を読めばスカリー男爵(おじうえ)が指示をしていたというのは明白でした。それについては、この商会の代表に私から直接確認します。どのような返事が返ってくるでしょうね」


 サンジェイの言葉にスカリー男爵は懸命に首を振る。これは血みどろ盗賊団の事か。そう言えば根城にしていた廃村まで行ってバーバラが何か探していた。みつけたのはその手紙か。サンジェイがスカリー男爵を問い詰めている間にバーバラには念話(テレパシー)呪文でここに居るよと告げておこう。


“なんだい、アル。お前さんが居たのかい。それならこんな危険な賭けをしなくてもよかったんじゃないか。こっちは2人で斬り死にを覚悟しつつ、ナレシュ様を助けるにはこれしかないってサンジェイ様に直接話しかけたのにさ”


 念話(テレパシー)で挨拶すると、少し不満そうな、そして安心したような声が返って来た。彼女たちはレビ商会に好意的……というよりスカリー男爵と仲の悪いホーソン男爵の協力を得てこの陣に紛れ込んでいたらしい。そして、シグムンドが自らの弟を信頼して裏切られて(弟としては任務に忠実だったのかもしれないが)捕まり、ナレシュが近くに潜んでいる事を知って、彼女たちはサンジェイに今までレビ商会が調べてきたことを説明し、ナレシュの窮状を救ってもらえないかと願ったらしい。

 よくサンジェイに話すような賭けをしたなとアルは思ったが、そこは以前からよくその人柄を知っていたし、この状況を救えるのは彼しかいないと判断したという事だった。たしか、サンジェイは許婚であるセレナを見捨てたのではなかったのか? それでも? とりあえず、今の状況からすればバーバラの賭けは成功しているように見える。


“僕が居たからって何でも解決すると思ってもらったら困るんだけど……”

“それでも、最悪の場合に、ナレシュ様が殺されそうになったら助けてくれただろ?”


 場合によってはそのつもりで警備ゴーレムまで用意していたのは確かではある。アルは思わず苦笑を浮かべた。


「父上にも確認したいことがあります。ナレシュが自分の子ではないと思われたのはなぜですか?」


 サンジェイの言葉にレスター子爵は顔を顰めてちらりとスカリー男爵を見た。今度はナレシュが大きく目を見開いて驚いている。


「ずっと、スカリーからはその疑いがあると……言われていたのだ。儂はサンジェイ(そなた)の母であるアグネスを愛していた。子供の頃から婚約関係であったし、他に側室など持たぬ。生涯愛するのはアグネス一人だけだと、若いころから心に決めていたし、アグネスにもそう言っていた。アグネスも当時、まだ男爵家の跡取りでしかなかった儂にずっと添い遂げると言ってくれていた。だが、あの戦いですべてが変わったのだ。グラディス平原での戦い。あの戦いでまだ若い儂はレイン辺境伯騎士団の小隊長を務めていた。当時の騎士団長はチャールズ・レイン、後のレイン辺境伯で、今はストラウド殿が襲爵したゆえ、前レイン辺境伯となる。ドラゴンの幻影で大混乱に陥ったテンペスト王国騎士団に対して、儂は先陣を切って突撃し、大戦果を挙げた。テンペスト王国騎士団は撤退した。国境は閉ざされることになったものの、和平条約は結ばれることになった。儂はその功績で子爵に昇爵し、辺境都市レスターを治める事となった。そこまでは良かった」


 そこで、レスター子爵は言葉を切った。ナレシュを申し訳なさそうに見る。


「その際、テンペスト王国との和平の証として、婚姻関係を結ぶということになった。子爵家当主でまだ正式な結婚をしていなかった儂の所に、国境を挟んでテンペスト側の領主であるセネット伯爵家の次女、タラが嫁いでくる事になったのだ。儂は必死に断ったのだが、王家と辺境伯家から言われては如何ともできなかった。タラと寝所を共にしたのは、数えるほどしかない、それが、儂に出来る唯一の抵抗じゃった。それなのにタラはナレシュ、そなたを身籠った」


「そんな……。父上は母上や私をそのような目で見ていたのですか。私は父上がただ忙しく、そのため私たちを顧みる余裕がないのだと。早く私が強く賢くなって父上や兄上の助けが出来るようになれば、顧みて頂けると信じて……」


 ナレシュの独白にサンジェイはその肩を抱く。

 タラ子爵夫人が(パトリシアに)『アル君も会いたいと言ってくれるのね』と言って浮かべた満面の笑みを思いだして、アルは悲しい気持ちになった。望まれなかった結婚、望まれなかった妊娠か。彼女はこの異国の地に来て20年近くをどんな思いで過ごしてきたのだろう。


「すまぬ、サンジェイ。儂の身勝手な気持ちが、これの発端となっている。その後、スカリーは親子の判定を行うことのできる魔道具が入手できましたと言ってきた。たしかパトリシア殿がタラを頼ってきたころだ。その魔道具で確かめると、その結果は儂が懸念したとおりだったのだ。ナレシュには、それと前後して国境都市パーカーに行くようにとの指示がシルヴェスター王家より来た。儂の思った事は、もうこの事を考えたくないという気持ちだった。儂はナレシュを国境都市パーカーに送り出した。もうそれを繰り返すような事はしたくない。シルヴェスター王家にも、テンペスト王家にももう従いたく無いのだ」


 レスター子爵の言葉はどんどん力のないものになってゆく。送り出した……のか。追い出したみたいなものではないだろうか。ケーンは子爵家からの支援はほとんどないのだと愚痴を言っていた。レスター子爵の様子を見つつ、バーバラが一歩踏み出た。


「レスター子爵閣下、そしてサンジェイ様、ナレシュ様、それに関しては疑念があります。当時、スノーデンと偽名を使ってプレンティス侯爵家の魔導士がレスターに潜入して来ていました。そして、どこからか入手した髪飾りの形に偽装した盗聴・追跡の魔道具をスカリー男爵閣下はアグネス夫人を通してパトリシア様にお贈りしたという事、そのスノーデンと偽名を使い滞在していた宿屋に、カーミラが出入りしていた事は確認できています。盗聴・追跡の魔道具はパトリシア様の様子を監視するために使われました。そして、そのスカリー男爵閣下がレスター子爵閣下に見せた親子の判定ができる魔道具は、プレンティス侯爵家の魔導士がレスター子爵家の親子兄弟の絆を断ち切るための謀略で偽物だったかもしれません」

「なんだと?」


 バーバラの言葉に、レスター子爵はサンジェイの顔を見、さらに続けてスカリー男爵の顔をじっと見た。


「し、知らぬ。確かにスノーデンという商人とはここに居るカーミラを通じて交流があった。ユージン子爵閣下からの紹介状があったからな。だが、それだけだ」


 スカリー男爵は早口でそう説明する。本当だろうか? スカリー男爵はどこまで判っていたのか。それとも単に利用されたのか。


「そのスノーデンというのは、魔導士ヴェールだったのはカーミラ、気付いていたんじゃないのかい? 国境都市パーカーの包囲していたときに顔を見ただろ?」

「そんな昔の事は忘れてたよ。でも、確かに同一人物だったね」


 バーバラの問いにカーミラは素直に認めた。


「まさか、本当に? 先ほど、ナレシュが儂の死んだ兄の面影があると思ったのは見間違いでなかったのか? ずっと儂はスカリーに惑わされ、ナレシュを儂の息子ではないと思い込んでしまっていたというのか?」


 レスター子爵は力なくその場に膝をついた。ウォルドとエマーソン、そして騎士たちはどうしたらよいのかわからないといった表情で顔を見合わせている。


 その時、遠くで華やかなラッパの音が聞こえた。


読んで頂いてありがとうございます。

佳境のところ、申し訳ありませんが、リアル事情で1週間(金、月投稿1回ずつ)お休みします。

次回の投稿は17日となります。ご理解の程、よろしくお願いします。


※感想で登場人物が多く追いかけるのが大変だというお話を頂きましたので、従来なら話の最後に載せる登場人物紹介を活動報告にしてみました。うまくいくかわかりませんが、とりあえずエピソード更新後、それに追随する形で更新して行こうと思います。


誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。


いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。


冒険者アル あいつの魔法はおかしい 書籍版 第4巻 まで発売中です。

山﨑と子先生のコミカライズは コミックス3巻まで発売中

        Webで第16話が公開中です。

https://to-corona-ex.com/comics/163399092207730


諸々よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
ここまで人心操作が巧みならタラ夫人も被害あってそうだが実際は違う 魔法に対する理解や対策の違いなのかな
アルがいると判ったときのバーバラさんの安心感すげぇ♪ レスター子爵、なんつーか陰謀とかマジで向いていない人ですね 付け焼刃でいきなり子殺しとか無謀過ぎる
バカ子爵はこっちだったか……ユージンが裏切り確定してからも、実はこっちの子爵だった気がしてたんだよね
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