4-5 出発
一旦は止んでいた雨が又しとしとと降り始めた。隊商に参加する馬車、護衛を含めた人数はかなりの数であったが、4人で手分けをすればそれほどの数ではなかった。アルは念入りに馬車の下を覗き込んだりしてしばらく歩き回ったが、魔法感知の反応があったのは腕の立ちそうな護衛のベルトポーチの中の何かぐらいであった。護衛の戦士であれば特に問題はないだろう。以前バーバラという護衛の女性が光の魔道具を持っていたことがあった。おそらく同じようなものにちがいない。
途中、ケーンが働いている姿を見かけたが、高そうな服を着て偉そうにしている中年の男性の後ろを小走りに歩いていて声をかけるタイミングはなかった。アルが元の馬車のところに戻ってくると、レダたちは既に戻っていた。レダは直立不動の姿勢でじっと周囲を観察している。マーカスとルーカスは2人で何か雑談をしてクスクスと笑っている。
「レダ様、今戻りました。特に何もなかったです」
「了解です」
レダは相変わらず口調は硬い。ショートカットにした銀色に近いストレートの髪は雨に濡れてぺたんと張り付いていた。アルは彼女の横に並び、ちょうど彼女が見ていた方角を眺めた。おそらく内政局のものだと思われる紋章のついた馬車、そしてその前に先ほどケーンが一緒に居た中年の男性とエリック、フィッツが何か談笑をしているのが見える。中年の男性はケーンの言っていたホーソン男爵かもしれない。
「レダ様は見習いになって長いの?」
「雑談は止めておきましょう」
アルの問いにレダはそっけなくそう返してきた。アルは肩をすくめて話かけるのをあきらめる。そのまま仕方なく周囲を眺めながらほとんど癖の様になっている魔法の練習をして時間をつぶすことにしたのだった。
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しばらくしてエリックとフィッツの2人が戻ってきた。
「隊商については特に異常はありませんでした」
レダがそう報告すると、エリックは軽く頷く。彼らを見ているといつも通りのやり取りという様子であるが、アルからみるとかなりの警戒態勢のように見えた。少なくとも領都付近とは全く違う。それほど辺境は厳しいということなのだろうか。
「例によって隊商についてくる連中は今日も多そうだ。レダ、確認作業は私ではなくアルと行うように。今回の衛兵隊は第6小隊、隊長はジョナス卿だ。君は会ったことがあるだろう。確認結果は私を通さずに直接報告してくれたまえ。マーカスとルーカスは馬車に乗ってよい」
ジョナス卿と聞いてレダの表情が少し曇ったが、アル以外には誰も気にした様子はなかった。エリックとフィッツは細かな指示を終えるとローブを翻して馬車に乗り込んでゆく。マーカスとルーカスも同じだ。
「2人が乗ったってことは、僕たちも交代とかで馬車に乗れるのかい?」
残されたアルはレダにそう尋ねた。隊商の護衛なのに馬車に乗っていて大丈夫なのだろうか。
「次の休憩場所からは乗れます。他の衛兵や護衛たちとは違って私たちは魔法使いですから」
「へぇ、そうなんだ」
アルが意外そうにそう呟くと、レダは彼をにらみつけた。
「あなたも魔法使いなのにその様に言うのですか?」
何か悪い事を言っただろうか、彼女の反応にアルは少し焦る。
「魔法使いだけど、今まではずっと斥候として働いてたからね。単に意外だっただけなんだよ」
アルの説明にレダは軽くため息をついて頷いた。
「わかりました。ですが、きちんと誇りをもって、今後は考えて話すようにしてください」
誇り? アルは少し首を傾げたが、余計に睨みつけられそうなのでこれ以上聞くのは止めておく。しばらくして、教会の朝1番の鐘が鳴り始めた。
「そろそろ出発になります。隊商が出発した後ろに便乗して護衛を雇わずについてくる盗賊まがいの連中がいます。私とアルはその確認です。十分に注意してください」
盗賊まがいという言葉にアルは少し苦笑を浮かべる。たしかに襲撃を手引きするために盗賊が紛れ込んでいる可能性は否定できないが、街道を歩くのは自由だろうし、一人で旅をする者にとっては大きな隊商に着いていけば安心できるものである。それほど毛嫌いしなくても良いんじゃないかとアルは考えたのだ。
内政局、エリック、そしていくつかの商店の馬車が出発していったあと、すこし間が空いて4、5人の行商人、数台の荷馬車が通り過ぎて行く。アルたちは彼らの邪魔にならないように道の脇で通り過ぎていくのをじっと見ていた。彼らはかなり年季の入った服を着て大きな荷物を背負い、荷馬車は1頭か2頭のラバが曳く小さなもので、こちらも使い古されており、ところどころに汚いシミがついていた。以前荷運び人のリッピが大口トカゲの死骸を乗せて運んでいたのと同じような感じのものである。
今までのところ何もなかった確認作業であったが、最後尾を進む荷馬車に反応があった。荷台に少しの藁の他にアルの魔法感知呪文に反応する木箱が1つ載っていたのだ。その木箱の幅は1m、奥行きと深さは共に60㎝程あり、蝶番付きの蓋がついているものでかなり使い古されている。箱そのものに何かしらの魔法がかかっているようで全体的に青白く光っていた。荷馬車の主は年配の男性で人の好さそうな笑みを浮かべながらのんびりと御者席に座っていた。
「レダ様、あの最後の荷馬車なんだけど……」
アルはレダに小さな声で囁く。レダもその荷馬車をじっと見たが、何が気になるのかわからないといった様子でアルの方を振り返った。
「どうかしましたか? 何の変哲もない荷馬車のようですね。ああ、何も載っていないのが不審なのですか? ああいう手合いも居るのです。襲ってきた蛮族や魔物を倒した後、護衛は貢献度に従って報奨金はもらえますが死骸はわざわざ処理場までもっていけず、埋葬せざるを得ません。彼らはその死骸に対していくばくかの金を払って引き取り、処理場までもっていって稼ぐのですよ」
何も載っていない? 彼女には木箱が見えていないようだった。アルは改めて木箱をじっと見る。よく見ると少し透けているのがわかった。アルは魔法感知呪文を切る。すると木箱は見えなくなったのだった。ということは、この木箱には隠蔽呪文がかけられているのだろう。あの荷馬車の主は魔法使いなのだろうか。
アルは少し考えこんだ。採用試験でも似たようなことがあった。他の魔法使いの魔法感知呪文では感知できないにも関わらず彼だけに感知できるという現象だ。これについては彼もずっと原因を考えていた。
仮説の1つは魔法感知呪文の熟練度が高く感知することができたというものだった。だが、この熟練度というのは測ることができないし、雇い主であるエリックより魔法の熟練度で優っているというのは考えにくい。仮説のもう1つは知覚強化呪文によって知覚力が上昇し熟練度を補ったというものだった。いままではこれが有力だろうと思っていたのだが、ここでもう一つの仮説に気が付いたのだ。
それは隠蔽呪文の存在であった。彼は隠蔽呪文の習得を終えており、ほぼ問題なく発動できるようになっていた。習得しているがゆえに他人が使った隠蔽呪文の効果を感知できるようになったという可能性はないだろうか。この木箱もそうだが、先日の魔道具についても、糸を解くことによって表面に施されていた隠蔽の魔法陣を壊したのだとしたら、急に見えるようになったというエリックたちの言葉にも容易に説明が付くではないか。だが、これについては厄介な問題だった。
隠蔽呪文は禁呪であるからだ。アルは以前解錠呪文について習得していると冒険者ギルドに申告した魔法使いの話を聞いたことがあった。彼はそれによって新しい仕事を得られないかと考えたらしいのだが、結局その男は大商人の護衛などの仕事からは干されてしまったという。隠蔽呪文が使えるという説明をすれば同じようなことになりかねない。そのような羽目に陥ることは避けたかった。
単純に木箱にかかった隠蔽呪文の熟練度が低く、アルの魔法感知呪文の熟練度が高くて見破ることができた可能性も無いわけではない。むしろこの可能性のほうが高そうではあった。だが、自分自身が隠蔽呪文を習得しているおかげで見破ることができたという可能性について気が付いてしまった今となれば安易にそれを見破ったとして騒ぎ立てるのは躊躇われた。
「そうなんだ。そういう商売もあるんですね」
とりあえずレダの説明に納得したように返事をしておく。アルは隠蔽呪文によって隠された木箱の存在については言わないことにした。もちろん、これは何らかの犯罪がらみであるのはほぼ確実であるので放置するわけにも行かない。だが、何を企んでいるかもう少し様子をみてからでも良いだろう。
「特に異常はありませんでしたね。ジョナス卿に報告しなければいけません。彼はおそらく隊商の先頭あたりのはずです。いそいで追いつくことにしましょう」
「わかりました。レダ様」
アルとレダの2人は隊商の先頭に向けて走り出した。
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月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
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2023.7.7 騎士であるジョナスについて、地の文をジョナス卿に変更しました。




