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【書籍化&コミカライズ】冒険者アル -あいつの魔法はおかしい  作者: れもん
第27話 国境都市パーカー防衛戦

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27-9 呪文勝負

 メルヴィン男爵の言葉は自信満々な様子であったが、アルがそれに臆したりといった事は無く、冷静にこの状況をどう切り抜けるかを考えていた。

 確かに15人対1人という人数からすると圧倒的に不利な状況なのかもしれないが、全力で飛べば逃げれるだろうし、今まで隠していた距離延長のオプションを魔法の竜巻(マジックトルネード)に使えば効果範囲は小さくなるものの数人ずつ倒していくこともできるだろう。だが、逃げるだけではナレシュを放って置く事になるし、オプションを使うとプレンティス侯爵配下の魔導士だけでなくセオドア王子配下の魔法使いたちにも知られてしまう。


 他にも気にかかる事もあった。プレンティスの魔導士3人を除く12人はレイン辺境伯騎士団或いはレイン辺境伯を襲爵したと主張しているストラウドたちに従う子爵家・男爵家に所属する魔法使いである。この中にアルが直接よく知っている相手はいないが、同じ辺境伯領出身の者たちということで彼の兄ギュスターブを初めとして知り合いの知り合いといった関係の者は多いかもしれないという事だった。倒した後で知り合いを悲しませることがあるかもしれない。

 だが、アルはその考えを忘れようと首を振った。今はそれに拘っている場合ではない。状況が見えているなら積極的にストラウドやユージン子爵に味方はしないはずと割り切るしか仕方あるまい。


 何かいい方法はないか……そう思いながら周囲を見回す。このあたりは丘や谷などずっと起伏に富んだ荒地であった。ところどころに雑木林もある。


「木の陰に隠れようか」

“商業都市アディーのところで魔導士にみつかったときのやり方ね”


 小さな声で呟くとグリィからすぐに応えが返って来た。その通り。茂った木の枝の影に身を隠せば30メートル以内までおびき寄せる事が出来るのではないだろうか。だが、そのためにはいくつか仕掛けが要る。今のままでは警戒して近づいてくることはないだろう。


「そんな簡単には捕まりませんよ! 皆さんこそ本当にシルヴェスター王国に反逆するつもりなのですか?」


 まずは大きな声でそう返してみた。あからさまに煽るのは逆に疑われそうなので、まずは建前的な話だ。そうしておいて、アルは出来るだけ飛ぶ速度を上げた。と言っても飛行(フライ)呪文での飛ぶ速度はいくら熟練度を上げたとしてもそれ程上昇しない。精々2割や3割程度だ。それでもアルとそれを追いかける魔法使いたちの距離は少しずつ広がっていく。


「おのれっ、待てっ! シルヴェスター王家への反逆など世迷言を!」


 熟練度の差なのか、先ほどのアルの問いに影響されたのか、追いかける魔法使いたちの中にも速度差があり、アルをおいかけてくる魔法使いたちの隊列は少しずつ伸びていく。


 アルは高度を下げ、自分に肉体強化(フィジカルブースト)呪文をかけた後、雑木林の茂った枝の中に突っ込んだ。肉体強化(フィジカルブースト)呪文にどれほど効果があるかはわからないが、枝を振り払ったりするのに少しは有効だろう。バサバサと派手な音を立てつつ、アルは手袋をはめた手で枝を払いながら、辛うじてあまり速度を落とすことなく反対側に抜けた。追いかけてきていた魔法使いたちの中にはアルと同じように雑木林の枝の中に突っ込む者も居れば、枝の塊は避けて迂回する者も居る。途中太い枝に引っかかって大きく遅れたりする者も居て、アルと追いかける集団はさらに前後に大きく広がった。アルは同じような事を繰り返し、たまにアル自身も出るのに手間取ったふりをして距離を短くさせたりもした。


 こうして10度目ぐらいになると、メルヴィン男爵はもちろん、プレンティスの魔導士にしても、アルを追跡し始めた頃にあった50メートルの距離を維持しようとする姿勢は薄れ、それよりもアルを追いかける事に必死になっているように見えた。


「次で仕掛けるよ」

“わかったわ”


 グリィにだけ聞こえるように小さな声で囁くと、アルは再び雑木林の木の枝の塊の中に突っ込む。そしてそこで枝を掴んで停止。浮遊眼(フローティングアイ)の眼を枝の塊からすばやく出して視界を確保しつつ、アル自身は木の葉に身を隠しながら反転し、飛んで来た方向に移動して一気に距離を詰める。追いかけてきた魔法使いたちはアルがそのように移動していることに気付かずにそのまま追いかけてきた。すぐに先頭との距離は30メートルを切った。魔法発見(ディテクト・マジック)には当然だが反応がいくつか出ている。それは相手も同じだろう。

 アルは浮遊眼(フローティングアイ)の眼の視覚を頼りにタイミングを計り、プレンティスの魔導士たち3人を確実に巻き込めるような位置を狙って呪文を放つ。


魔法の竜巻(マジックトルネード)


 月明かりの中で光の花が開くように白い光が渦を巻いて広がった。悲鳴が上がり、プレンティスの魔導士だとおもわれる3人は身体の力を失い地面に落下していく。他に3人を巻き込んだようだ。その3人の中にはメルヴィン男爵は含まれていない。

 アルは改めて距離をとるべく、雑木林の木の枝の影から飛び立った。アルの魔法の竜巻(マジックトルネード)呪文に巻き込まれず、仲間が墜落していったのを目の当たりにしたメルヴィン男爵を含む他の魔法使いたちは、目の前の状況にショックを受けたのか、すぐに動けずに目を見開いてじっとアルを見ている。


「アルフレッド・チャニング、殺さないでくれ。助けて……、私は命令に従っていただけなんだ」


 生き残った9人のうち一番近い魔法使いが呟いた。ちらとそれを見て、他の魔法使いたちも同じような事を言い始める。アルは距離を保ちつつ、その集団の一番後ろにいたメルヴィン男爵をじっと見る。蒼褪めた顔でメルヴィン男爵はじっと口をつぐんでいたが、アルをちらりと見、そして他の魔法使いたちを見ていたたまれない様子で視線を下げた。


「……俺が思いあがっていた。完敗だ。これほどまでに力の差があるとは……。さっさと殺してくれ。そしてできれば他の奴は殺さずにやってくれないか」


 メルヴィン男爵はそう言って、力なく頭を下げた。他の魔法使いたちはそう言ったメルヴィン男爵を前に押し出し、自分はその後ろに隠れる。

 さて、どうするか。アルはため息をついた。出来るだけ早くナレシュに合流したい。念話を切ってからかなり時間が経っていた。一番シンプルなのはこの場で残った魔法使いたちを殺してしまう事だろう。

 アルが生まれた村では捕らえた盗賊の処遇は村長である父が判断していた。自分たちが食べていくだけでギリギリの辺境の村に牢屋などない。更生できると判断すればその償いの分の労働をさせた後、釈放する。だが、更生しないと判断すれば、その場で見せしめとして処刑するしかなかったのだ。

 今回、メルヴィン男爵たちとは命のやり取りをしたのだし、ここにはアルしかいない。同じようにするしかないのだろうか。だが、少し反省の色をみせているメルヴィン男爵だが、本当に心を入れ替えてくれるだろうか? 他の魔法使いたちは命令された事を理由にしているが、それで許しても良いのだろうか? とは言え、改めて詳しい事を聞き判断を下すような暇はない。


“この間のデズモンドたちが輝ける盾や黒いナイフ団たちの捕虜に使ったやり方でいいんじゃない? 魔法使いだとしても、口枷・手枷をつけて縛っておけば逃げられないでしょ?”


 少し乱暴だが、そうしたほうがまだマシか。アルは頷いた。口枷はまた鎧作成(クリエイトアーマー)呪文で作るしかない。呪文の効果が切れる12時間後までには戻って来れるだろう。


「とりあえず地面まで降下してください」


 メルヴィン男爵を含む9人がゆっくりと降下を始めた。注意が自分から外れたタイミングで、アルは釦型のマジックバッグから警備ゴーレムを取り出すと、木の枝の上に立たせる。


「グリィ、警備ゴーレムの制御は任せるよ。魔法使いたちに枷をつけるのを手伝って欲しいんだ。落下抑制フォーリングコントロール呪文を使うから地上に降りて」

“わかったわ”


 アルの小声での指示に警備ゴーレムは頷く。アルは続けて落下抑制フォーリングコントロール呪文を警備ゴーレムに使った。素早く警備ゴーレムは地上に飛び降りた。アルもそれに続いて地上に降りる。もちろん、アルはメルヴィン男爵たちから40メートルの距離を保ったままだ。


「これは人形? いやゴーレムか? いつの間に」


 メルヴィン男爵や他の魔法使いたちは驚いている。見た事のある者はきっと誰も居ないだろう。


「ゴーレムは師匠であるディーン・テンペスト様からお借りしているんだ。それより聞きたいことがある。レイン辺境伯家の魔法使いで他に腕の立つ者は残っているの?」


 アルの質問に9人は顔を見合わせ、少し考えたが、首を振る。


「精々、レスター子爵が連れてきたウォルドかエマーソンぐらいだろう。今回は行くぞというのについてこなかったから置いてきたのだ。他は見習い程度しかいないはずだが、男爵家配下まではよくわからん」


 ウォルドとエマーソン。たしかエリックの前にレスター子爵家の筆頭魔法使いだった人とその補佐の人だ。辺境遠征に参加していたが、うまく活躍できなかったのではなかっただろうか。


「行くぞと言うのは?」

「ああ、ユージン子爵閣下の指示で5人ほどの魔法使いが浮遊眼フローティングアイ呪文を使って野営地の偵察をおこなったのだ。表向きは我が国に侵攻をもくろむテンペスト王国騎士団と言う事になっていたが、俺はセオドア王子殿下率いる遠征軍だというのは聞かされていた。だが、その途中で浮遊眼フローティングアイの眼が一つ行方不明に……」


 説明の途中で他の8人の魔法使いたちは一斉に驚いた顔をしてメルヴィン男爵の顔を見た。


「ちょっと待ってくれ。遠征軍?! 我々はパウエル子爵率いるテンペスト王国騎士団を倒しに来たのではなかったのか?」


 そういう話で部下たちを説得していたのか。ナレシュの事が気になって気は焦るし、さらに話が広がっていってしまっているが、聞かないわけにもいかない。話のやりとりを聞いていると、表向き、レイン辺境伯家を襲爵したと主張しているストラウドは、国境地帯に居たパウエル子爵、そしてテンペスト王国のタガード侯爵に唆されたパーカー子爵たちが反乱を起こしたので討伐する、という名目で兵を起こしたらしい。そしてパウエル子爵がセオドア王子殿下をだまし討ちにし、さらにこちらに侵攻しようとしていると騎士団に説明して、それを迎え撃つのだとこちらに進軍してきたという。


「本当の事を知っていたのは誰なの?」

「ストラウド様とユージン子爵の他、都市や街の代官であるレスター子爵、グラディス男爵、マーロー男爵、オーティス男爵は少なくとも知っているはずだ。他にも子爵、男爵の半分ぐらいは知っているだろう。だが、騎士で知る者は少ないのではないかな。ユージン子爵閣下がどこまで話しているか詳しい所はわからぬ」


 アルの問いにメルヴィン男爵はそう答えた。この話を利用すれば、戦わずに済ませられないだろうか。空を飛び大声で叫んで回ったらどうなるのだろう? そんなことを思ったが、本当にそれで効果が有るのかはよくわからない。とりあえず、最初の話に戻そう。


「で、浮遊眼フローティングアイの眼が一つ行方不明になってどうしたの?」

「残った魔法使いたちが協力してその原因を探ることになった。そして見つけたのがアルフレッド、そなたの姿だった。魔法使い部隊には、テンペスト王家とタガード侯爵家から無理難題を突き付けられていつも困っているというプレンティス侯爵家の魔法使いが応援に来ていたのだが、彼らがまず金髪の小僧が見つかったと騒ぎ出した。そしてテンペスト王国軍はまだ我々には気づいていないはずで、それよりは金髪の小僧を倒す方が優先だ、行くぞと言って答えも聞かずに飛び立ったのだ。そう言われて俺も部隊を率いてそれに付き従った。プレンティス侯爵家の魔法使いにはいろいろ教わっていたし、ユージン子爵からは彼らの指示に従えと言われていたからな」

「えっ? ちょっと待って。僕を倒す方が優先?」


 今度はアルが思わず問い返した。テンペスト王国軍と言っているが、セオドア王子が率いる遠征軍の事だろう。それより優先とはどういうことなのか。


「プレンティス侯爵家の魔導士によると、金髪の小僧、つまりアルフレッドを放置しておくといくら良い作戦を立てたとしても全部邪魔されてしまうので、まず倒す事を優先しろというのだ。俺自身はそんな大げさなと思っていたが、今の状況を見ればそうでもなかったのだと納得した」


 うーん。納得できない気持ちは大いにあるが、動きは大体わかった。プレンティス家の多くの作戦を邪魔して来たのも確かではあるのだ。


「そう言えば、プレンティス侯爵家からの魔法使いは他に?」

「このテンペスト王国騎士団討伐に参加しているのは、他に見習いと護衛しかおらず、併せて7人だ。ヴェール卿と他の魔法使い、いや、魔導士というのか? はパーカーの包囲に残っている」


 ヴェール卿が来ているのか。だが、国境都市パーカーあたりに残っているというのならまだ恐れる必要はないだろう。


「とりあえず、僕は他にすることもあるので、皆さんはしばらくここで待っていてください。これ以上の話はセオドア王子殿下に聞いていただいて判断していただくことになると思います。待つ間は申し訳ないですが拘束させていただきます」


 そう言ってアルは縄と手枷、口枷を警備ゴーレムに手渡す。メルヴィン男爵以外の魔法使いたちは、誰か身を守ってくれる者は居ないのかと不安そうな声を上げる。だが、アルが厳しい表情で首を振ると仕方ないという表情でそれを受けいれたのだった。最後にメルヴィン男爵にも縄と手枷、口枷をかけた。


「できるだけ早く帰ってきますね」


 縛り上げた9人をとりあえず木陰に隠し、倒した6人の死体は9人には見えないところでマジックバッグに収納しておく。こうしておけば大きな肉食獣も集まっては来ないだろう。

 

 そうして、アルはナレシュに合流するために再び飛び立った。


読んで頂いてありがとうございます。

月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。


※感想で登場人物が多く追いかけるのが大変だというお話を頂きましたので、従来なら話の最後に載せる登場人物紹介を活動報告にしてみました。うまくいくかわかりませんが、とりあえずエピソード更新後、それに追随する形で更新して行こうと思います。


誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。


2025.10.3 警備ゴーレムの取り出し元を釦型のマジックバッグに変更しました。


いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。


冒険者アル あいつの魔法はおかしい 書籍版 第4巻 まで発売中です。

山﨑と子先生のコミカライズは コミックス3巻まで発売中

        Webで第16話が公開中です。

https://to-corona-ex.com/comics/163399092207730


諸々よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
また勢力図に載ってない男爵が沢山出てきてもう訳が分からない…
相変わらず敵に対しても丁寧で優しいアル。 でも戦闘になったら鹿を狩るように人を狩る。 怒りも憎しみも思い込みも必要ない。サイコパスとは違う腕利きの猟師の精神性。 実はあんまり見ないタイプの主人公ではあ…
正直レスター子爵の意図が分からんのだよなぁ なんか過去の戦争の時からの権力争いが絡んでそうだけど >>タガード侯爵に唆され反乱を起こしたパーカー子爵たちが反乱を起こしたので討伐する ここ「反乱を起こ…
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