27-8 レイン辺境伯騎士団 遭遇
“アリュ、そろそろ盾呪文をしておかないと”
グリィがアルの耳元で囁く。たしかに、そろそろ相手の魔法使いと遭遇するかもしれない。アルは空中に停止すると、身に着けている鎧を確認したうえで盾呪文と魔法抵抗呪文を自分に唱えた。いつも通り、魔法発見呪文、浮遊眼呪文、魔法感知呪文、知覚強化呪文もちゃんと効果を発揮している。
「これで大丈夫かな?」
“うん、大丈夫”
グリィの声を聞いてアルはにっこりと微笑んだ。深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、改めて移動を再開した。
ほのかな月明りの下、アルは慎重にレイン辺境伯騎士団に近づいていく。3分ほど経過したころだろうか、レイン辺境伯騎士団から500メートルほどの距離まで近づいた頃、アルが飛んでいる位置より低い位置に小さな魔法感知の青白い光が見えた。アルの今の高度は100メートルだが、そこより70メートル低い。その小さな丸い透明なものはアルには気づいていない様子でそのまま南西の方角に移動していっている。おそらくレイン辺境伯騎士団に所属する魔法使いが放った浮遊眼の眼だろう。アルには気づかなかったのだろうか? 知覚強化呪文を使っていないというのもあるだろうが、オプションを使っているアルと違って、一般的な浮遊眼の眼の視界はおよそ180度である。下方に注意を払いながら眼を移動させているだろうし、上空に居たアルが視界に入らなかった可能性は高そうだ。
「潰しておいたほうが良いのかな? きっと、偵察だよね」
“わかんないわ。でも、そのほうがいいのかも?”
レイン辺境伯騎士団の魔法使いにセオドア王子たち遠征軍の動きが知られるのはきっと良くない。アルは浮遊眼の眼のオプションなしで使用している場合に死角となる後方に回る。
『魔法解除』
パチンと浮遊眼の眼がはじけて消えた。
“さすがアリュね”
グリィの言葉にアルはにっこりと微笑むと飛行を続けた。おそらく相手はどうして浮遊眼の眼が解除されたのか判らないだろう。再び浮遊眼呪文を使うだろうか。そんな事を考えながら再び高度を上げ、300メートルほどの距離まで近づく。レイン辺境伯騎士団は停止して休憩しているようだった。明かりはほとんどないが、さすがにこの距離までくれば肩に載せているビンセント子爵配下の魔法使いが使った浮遊眼の眼から、この様子は見えているだろう。ナレシュは一体どこだ?
“ナレシュ君どこ? 今はどうしてる?”
“今、タイミングをうかがっている”
返事はすぐに返ってきた。タイミングをうかがっている? やはり直接話しかけるつもりなのか。だが、レイン辺境伯騎士団は夜襲をしようとしているのではないのか。そんなタイミングはなさそうな気がするのだが……。
“こっそり行こうとしてる?”
“それは……”
ナレシュはアルの問いに困った様子だった。なんとか話したいという一念で近くまでは来ているが、手段まではあまり考えていなかったようだ。
“くれぐれも無茶はしないで。何か方法はないかな……。僕がちゃんと知ってる相手なら念話呪文が使えるんだけど、出来そうな人は思いつかないし……。そうだ、手紙だよ! 手紙送信呪文で見えているところなら手紙を送ることができるよ。話をしたいから隊列から抜け出してきてほしいとか、ナレシュ君のお父さんかお兄さんが居るところに手紙を送ったらダメかな?”
“手紙か……なるほどね”
ナレシュは考えている様子である。
“アリュ、浮遊眼の眼が! 後ろ下方っ”
グリィの警告を受けて、アルは視界の少し上に浮いている浮遊眼呪文の視界を表示する窓に目をやった。小さな魔法感知の青白い光が浮かんでいる。浮遊眼の眼だ。距離はまだ100メートルほどあるが、見つかってしまったかもしれない。高度を上げる。浮遊眼の眼も高度を上げてきた。この反応は完全に見つけられたと判断するべきか。
“ごめん、ナレシュ君、僕の方が見つけられちゃったかも。また後で”
アルはナレシュにそう念話を送るのとほぼ同時にレイン辺境伯騎士団のほぼ中央から15人ほどの人間が空に浮き上がって来た。魔法使いだろう。アルにはその先頭に居る者たちの姿に見覚えがあった。タガード侯爵への外交使節団で一緒に護衛をしたレイン辺境伯騎士団魔法部隊の小隊長であったメルヴィン男爵とその部下たちだ。その後ろにプレンティス侯爵家の魔道士らしい恰好をしているのが3人居る。
浮遊眼の眼を魔法解除したためにその存在が気付かれ警戒されてしまったのかもしれない。失敗だったのかも。アルはそんな事を考えながらも、まず近づいてきていた浮遊眼の眼をふりきろうとした。だが、眼は100メートルほどの距離を保ち、それ以上は近寄ろうとしない。そうこうしているうちにメルヴィン男爵たちにも位置を把握されてしまったらしい。彼らもアルに向かって飛んできた。
「一旦逃げるよ。うまくついてくるようなら、前の時みたいに……」
“わかったわ。魔法の竜巻呪文ね。距離測っておくわ”
アルは一転して南に向かって微妙に速度を落としつつ逃げ始めた。15人ほどの魔法使い・魔導士たちはアルの予想通り追って来る。ただ、向こうも50メートル後方あたりまで来たところでそれ以上近づいては来ず、アルを包囲するように散開し始めた。
「まさか、もう前の時の対策を考えてる?」
“わからないわ。でも、その可能性はあるかも?”
アルは包囲されないように飛行速度を戻した。どうするか。アルが38人の魔導士を一気に倒したタガード領都の戦いからはまだ5日ほどしか経っていない。にもかかわらず、既に対策を考えてきたというのか。今、アルを追って来た魔法使いたちだけでなく国境都市パーカーを包囲するのに残っていた部隊にもプレンティス侯爵家の魔導士は居た。それほど密接な関係なのか。
『長距離魔法の矢』
アルは試しに先頭を飛んでいたメルヴィン男爵を狙って魔法の矢を放ってみた。習得したばかりでまだそれほどの熟練度はないのだが、奥の手であるオプション、距離延長を使わずに50メートルほど開いた距離で有効なのはこの呪文ぐらいしかない。アルの掌から3本、青白い矢のようなものが飛んだ。だが、アルも半ば予想していた通り六角形をした盾のようなものが空中に浮かび、青白い矢は全てそれで防がれてしまった。当然、盾呪文は使っていたらしい。メルヴィンは落ち着いた様子で呪文をかけ直す。飛行呪文の熟練度はあまり高くないらしく、呪文をかけ直した影響で魔法使いたちの集団からは少し遅れたようだが、それでもついてきている。
「アルフレッド、お前の勝ち目はない。諦めて降伏しろっ!」
メルヴィン男爵は大声でそう叫んだ。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
※感想で登場人物が多く追いかけるのが大変だというお話を頂きましたので、従来なら話の最後に載せる登場人物紹介を活動報告にしてみました。うまくいくかわかりませんが、とりあえずエピソード更新後、それに追随する形で更新して行こうと思います。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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