27-5 ナレシュはどこに
夕方になって、アルは朝に出発した国境都市パーカーに戻って来た。戻っている途中には、セオドア王子率いる第2騎士団が午前中よりかなり国境都市パーカーに近い所まで行軍している姿をみかけた。このペースであれば明日の夕方あたりには、シルヴェスター王国とテンペスト王国の国境に設けられたシルヴェスター側の砦のあたりには到着するだろう。
レイン辺境伯騎士団は朝と同様に国境都市パーカーを囲んでいたが、アルにとってはそれを抜けるのは簡単だ。ひとまず、レビ商会の屋敷に向かう。ナレシュはうまく潜入できているだろうか。
「こんにちは」
何度も話をして顔見知りの店員と挨拶をすると、早速中に通される。応接室で待っているとレビ会頭、長男で領都の支店長をしていたエドモンド、そして娘のルエラがそろってやってきた。
「セオドア王子殿下の仕事はもう終わったのかね。さすがアル君、包囲されていても出入りには問題ないようだね」
そういえば、今朝はレビ会頭とは会わなかった。その前となると、パーカー子爵に呼び出され、セオドア王子の所に向かった時か。アルからするとタガード侯爵家の領都での戦いやテンペスト王都に潜入したりもしていたのでかなり前のイメージだが、あれから10日ほどしか経っていないので会頭からすればそんな感じなのだろう。
「都市の城壁のすぐ外あたりだと見張っている魔法使いも居ましたけど、空高く上がってしまえば関係ないので大丈夫です。ところで、こちらにナレシュ様は来てませんか?」
アルの問いに親子3人は不思議そうな表情をして顔を見合わせた。
「ナレシュ様が? いや、来られていないが……」
アルは旧セネット伯の領都が2日前に陥落した事、その後、セオドア王子率いる遠征軍は一部を領都の守備隊として残し、それ以外の主力はそのまま国境都市パーカーに引き返している途中である事、ナレシュが旧セネット伯の領都が陥落した夜に一足先に自らが率いていたセネット男爵家騎士団を抜け出し、彼の守役であったラドヤード卿の息子シグムンド卿と2人でこちらに向かった事、セネット男爵家騎士団は守備隊に組み込まれたため、大半は旧セネット伯領都にとどまっている事などを話した。
「なんと!」
いつもは落ち着いているレビ会頭だが、アルの話には驚いたらしく思わず大きな声を上げた。
「まさか、ナレシュ様はシグムンド卿と2人で御父上のレスター子爵家の陣に向かったなんて事は?」
ルエラの言葉にアルは首を傾げる。
「わからないよ。とりあえずレビ会頭と相談すると言ってたらしいから、ここに居るかと思ってまっすぐ来たんだ。この包囲網でパーカーに入れずにどこかで様子を伺っているのかも? 捕らえられたりしてなければいいけど」
アルは困ったなと腕を組む。旧セネット伯領都からここまで直線距離で言うと約38キロメートル、街道だと50キロメートルは超えるぐらいか。ナレシュとシグムンドは馬に慣れているので、夜通し走ったとすれば、昨日の朝にはこのあたりに到着しているに違いない。こっそり都市内に入れるようなところはなかったのだろうか。
ナレシュを探すのに、彼の持ち物で物品探索呪文の対象にできるものがないかと考える。アシスタント・デバイスのテスか、或いはアルが譲った古代遺跡でみつけた剣を対象に出来ないだろうか。レビ会頭の承認を得て探ってみる。だがどちらの反応も無かった。もしかしたらテスはクレイグが持ったままかもしれない。確認しておけばよかった。剣も拵えを変えてしまっているのでうまくひっかからないのかもしれない。
「とりあえず、パーカー子爵閣下と相談しておくか」
レビ会頭はそう呟いた。無断で陣を抜け出したという話だったが大丈夫だろうか。アルが不安に思って尋ねると、レビ会頭もすこし苦笑いを浮かべ首を振る。
「脱出してきた後に行った支援の事もあるので、個人的な相談として聞いてもらう事ぐらいはできるだろう」
レビ会頭の言っているのは、ユージン子爵の別荘を脱出してきた後にパーカー子爵に約束した金貨4千枚分ほどの義援物資の事だろう。あれを考えれば、レビ会頭に対して何か配慮があっても不思議ではないかもしれない。そのあたりの判断はきっと正しいだろう。そういえば、レビ会頭にはパトリシアが挙兵したことなども説明しておくべきだろうか。少し迷いつつも、パトリシアがテンペスト王国建国に関わる魔法使いテンペストの子孫であるディーン・テンペストの助力を得てタガード侯爵家の領地に攻めこんでいたプレンティス侯爵家騎士団を撃破し、挙兵したことも話した。
「なんと、そうか。その状況で旧セネット伯領都をセオドア王子が占領したとなれば、かなり戦況は傾くな」
レビ会頭の目がきらりと光った気がする。一代で成功した商人が持つ迫力を感じる。とりあえずパトリシアたちは有利な状況になりつつあるのは確かだろう。
「ディーン・テンペスト様って、私が研究塔にお邪魔したときは姿はなかったわよね。説明もしてくれなかったじゃない。一度お会いしたかったわ」
ルエラは不満気だ。
「そこはね、身を隠しているので、自分の存在はできるだけ人に存在を知られたくないって言われていたんだよ。でも、説得して今回は姿を現してもらったんだけどね」
アルはそういってルエラをなんとか説得する。これ以上話しているとボロがでそうだ。アルは言葉を続ける。
「パーカー閣下は御存じだとは思いますが、セオドア王子率いる遠征軍の現在位置なども併せてお知らせしておいてください。僕は空を飛んでパーカーの周りを一周して包囲している軍勢の様子を見てきます。ついでにレスター子爵家の陣の様子も……」
「わかった。くれぐれも危険な事はしないように」
「アル君、ナレシュ様をうまく見つけてね」
レビ会頭とルエラの言葉にアルは軽く頷く。
「じゃ、ちょっと行ってきます」
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ゆっくりと日は沈みかけていた。アルは高度を上げて国境都市パーカーの城壁を越え、さらに国境都市パーカーを包囲しているレイン辺境伯騎士団の陣も飛び越えてその背後に回る。なんとなくだが、包囲している前面のほうが監視の目が厳しいような気がしたのだ。
物品探索呪文には反応はなかった。ナレシュはここには居ないのだろうか。だが、反応がないからといってナレシュが居ないと断定はできない。アルは陣の背後、空中の高い所から知覚強化呪文を使ってレスター子爵家の陣を探したのだった。
“あれじゃないかな? レスター子爵家の紋章の旗がいっぱい立っているところがあるわ”
アルもこういった行為は得意なはずだったのだが、先にそれらしい場所を見つけたのはグリィの方だった。
「えっ? どのあたり?」
“あの2本、大きな木が立っているところの向こう側ね”
グリィが示す場所を見ると彼女の言うようにたしかに10本ほどのレスター子爵家のエンブレムが描かれた旗が立っている場所があった。陣の中をじっと見る。レスター子爵をアルは見たことはないが、きっとそれらしい人はいるはずだ。
「あれ? 人が全然いないような……」
テントはかなりの数が立っているが、そこを出入りする人の姿はほとんどない。どうしてだろう。アルは首を傾げる。地上に降りて、警戒しながら野営陣に近づいていく。陣の後方だとは言え、周囲を警戒している騎士たちの姿はほとんどなく、陣のすぐ近くまで移動することができた。
『知覚強化』 -触覚強化
動いている人や馬が生み出す振動を陣の前方には感じられるが、後方にあるテントにはほとんどない。レスター子爵たちは一体どこに行ったのか。考え込んでいると、常時使っている魔法発見呪文に反応が出た。野営陣の上空あたりである。
アルは慌ててそこから離れるように木々の間を飛行して後退しつつ、浮遊眼を木の上にまで上げる。数人のローブを纏った魔法使いが3人、周囲を見回しながら野営陣の上空を飛んでいた。服装からしておそらくプレンティス侯爵家の魔導士だ。警戒のために巡回しているのかもしれない。まだアルには気づいていないようだ。アルはそのまま野営陣から離れた。
「ナレシュどころか、レスター子爵まで居ない……。わかんないな。とりあえずレビ会頭と相談しようか」
“それがいいかもね”
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
※感想で登場人物が多く追いかけるのが大変だというお話を頂きましたので、従来なら話の最後に載せる登場人物紹介を活動報告にしてみました。うまくいくかわかりませんが、とりあえずエピソード更新後、それに追随する形で更新して行こうと思います。
2025.9.17
感想で物品探索呪文に関していくつか疑問を頂きました。以前の記述ともつじつまが合わない部分もありましたので、訂正を入れさせていただきました。
<変更前①>
ナレシュを探すのに、彼の持ち物で物品探索呪文の対象にできるものがないかと考えたが、思いつくものはなかった。たしかアルが譲った古代遺跡でみつけた剣も拵えを変えてしまっているので対象にはできないだろう。
<変更後①>
ナレシュを探すのに、彼の持ち物で物品探索呪文の対象にできるものがないかと考える。アシスタント・デバイスのテスか、或いはアルが譲った古代遺跡でみつけた剣を対象に出来ないだろうか。レビ会頭の承認を得て探ってみる。だがどちらの反応も無かった。もしかしたらテスはクレイグが持ったままかもしれない。確認しておけばよかった。剣も拵えを変えてしまっているのでうまくひっかからないのかもしれない。
<変更前②>
そして陣の背後、空中の高い所から知覚強化呪文を使ってレスター子爵家の陣を探したのだった。
<変更後②>
物品探索呪文には反応はなかった。ナレシュはここには居ないのだろうか。だが、反応がないからといってナレシュが居ないと断定はできない。アルは陣の背後、空中の高い所から知覚強化呪文を使ってレスター子爵家の陣を探したのだった。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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