27-4 セネット男爵
「こんにちは。セネット男爵閣下はいらっしゃいますか?」
セネット男爵家が滞在しているという立派な屋敷で門番をしていたのは、ゾラ卿の部下で魔法使いの修行をしている若い男だった。アルは何度か彼とも話をしたことがあり、訪ねていくと彼はアルの事を憶えていたようで嬉しそうに会釈をしてくれた。
「おお、アル様。もちろんいらっしゃいます。どうぞ中にお入りください」
昨日割り当てられたばかりの屋敷のはずであるのに、彼は非常に慣れた様子である。
「実は、このお屋敷は元々ゾラ様のお屋敷だったのです。領都はプレンティス侯爵家の手に落ちましたが、占領した側の貴族がそのまま使用していたようです。そのおかげでこの屋敷は戦火に焼かれたり略奪を受けたりすることなく、我々が逃れた時とほとんど変わっておりませんでした」
不思議そうな顔をしていたアルにその弟子はそう説明をしてくれた。なるほど、それなら彼が慣れた様子なのも理解できる。
「そうなんだ。僕がこの間行ったタガード侯爵領の商業都市アディーは、プレンティス侯爵家が撤退するとき、都市全体が略奪を受けてかなり酷い様子だった。そうならずによかったね」
「なんと、プレンティス侯爵家は関城を突破しアディーにまで侵攻したのですか。タガード侯爵家とプレンティス侯爵家は長年の権力争いを続けていた間柄ですし、領都まで攻略できずに撤退したというのなら、できる範囲で力を削ごうとしたに違いありません。それに比べ、我々は奇襲を受け、碌に防御もできずに全域が早々に占領されプレンティス侯爵家の所領となりました。自分のものになると考えて、あまり破壊・略奪をしないという方針だったのかもしれません。不甲斐ない事ではありましたが、今の状況を考えると逆に良かったのかもしれません」
成程、そんな事もあるのか。もちろん略奪をうけずに済んだのは幸運だったとは思うが……。
「セネット男爵閣下はすぐに呼んでまいりますのでお待ちください」
スムーズに応接間に通されたアルであったが、その後、かなりの間待たされた。それも、やって来たのはナレシュではなくゾラ卿とサンフォード卿、ジョアンナ卿、クレイグの4人である。3人の騎士たちは困惑した表情、その横でクレイグは申し訳なさそうな顔をしている。
「どうされたんです?」
アルの問いに、クレイグが口を開く。
「申し訳ありません。セネット男爵閣下は国境都市パーカーに向かわれており、ここにはいらっしゃいません」
「えっ? もしかして、ナレシュ様はお父上や兄のサンジェイ様と会いに?」
国境都市パーカーは、レイン辺境伯騎士団の包囲を受けているところだ。その本陣にはレスター子爵家の旗もあった。アルの問いに、ゾラ卿が頷く。
「そう思われます。セオドア殿下は閣下を信頼してくださっておりましたが、それでも御父上様たちがどうしてこのような事をしたのかとずっと思い悩んでおられたようです。そして、領都が陥落した2日前の夜、我々には相談されず、シグムンド卿と共にレビ会頭と相談しようと密かに向かわれたようです」
「陣を抜け出すのは、まずくない?」
アルの問いにゾラ卿はゆっくりと深く頷いた。
「はい。大問題です。一応、閣下は遠征軍がパーカーに戻ると予想し、御父上様方を説得した後に密かに問題なく合流できると考えておられた様です。確かにセオドア殿下率いる騎士団は閣下の考えておられた通り、パーカーに向かいました。誤算だったのは、我々セネット男爵家騎士団は旧セネット伯爵家領都の守備を命ぜられたという所です」
「なるほど……」
このままであれば、父や兄と話し合うことなく戦う事になると考えたのだろう。それまでになんとか話をする時間を作りたかったのか。そして、万が一の場合でも、ゾラ卿たちは知らされていなかったというので責任を回避できると考えたのかもしれない。
とりあえずレビ会頭と連絡か。今頃、ナレシュも彼と会っているかもしれない。彼ならいい手を考えてくれるだろう。今は配下の傭兵団も国境都市パーカーに全員揃っているはずだ。
「ところで、アル殿がセネット閣下に会いに来たのは?」
ジョアンナが尋ねた。
「それは……」
アルはこの部屋にいる参加者の顔を見回した。この人たちなら話してもおそらく問題ないだろう。
「パトリシア王女殿下はタガード侯爵領内にてテンペスト王国再興のために挙兵されました。その事をお知らせし、今までの事とこれからの事について、セネット男爵閣下とジョアンナ卿、お二方に対する書状をお持ちしています。尚、ここに来る前にパウエル子爵閣下とお会いしてお手紙と、テンペスト王国新生第2騎士団の騎士団長に任命する旨の任命状をお渡ししてきました」
「なんと!」「それは!」「ついに!」
4人は顔を見合わせる。旧セネット伯爵家に仕えていた3人の反応は大きい。ゾラ卿がアルの方に身を乗り出す。
「この事は、セオドア殿下は御存じなのですか?」
「はい。セオドア殿下にはパーカーに向かって移動中のところ、時間を取っていただいてお渡しさせていただきました。セオドア殿下からはパトリシア王女殿下に友好的な反応を頂いております」
パトリシアはそんな感じで安心したと言っていたし、こう言ってもいいのではないだろうか。
「そうか、よかった」
ゾラ卿とサンフォード卿は視線を合わせて頷き合う。
「私への書状は頂いても?」
ジョアンナが身を乗り出した。書いてある内容についてはアルにも知らされていない。他の人がいる状況で渡しても大丈夫だろうか。
「もちろんお渡しします。内容は僕も知りませんが、一応、御一人で見て頂いたほうが良いのかもしれません」
あっと何かに気がついたような表情をジョアンナは浮かべた。
「それはもちろんそうだな。ジョアンナ卿はパトリシア王女殿下と親しい間柄、我々には知らされない事もあるかもしれぬ。アル殿から話を聞いた後に見ることにしてはどうだ?」
サンフォード卿がそう言い、ゾラ卿も頷く。アルはその様子を見ながら、カバンから羊皮紙の束を取り出してジョアンナに手渡した。ジョアンナは押し戴くようにしてそれを受け取った。
「パウエル子爵閣下へのお手紙について、聞いても大丈夫だろうか?」
サンフォード卿がアルの顔をじっと見てそう呟いた。
「えっと……はい。答えられない事もあるかもしれませんが……」
「パトリシア王女殿下はパウエル子爵閣下にはどのような話をされたのか」
こういった腹の探り合いのような話は苦手だ。アルは緊張しながら答える。顔も強張っているかもしれない。だが、ナレシュへの手紙が宙に浮いているので、この2人は状況が掴みにくいというのがあるのだろう。
「パトリシア王女殿下は、タガード侯爵家に亡命されていたペルトン子爵閣下をテンペスト王国新生第1騎士団の騎士団長に、パウエル子爵閣下をテンペスト王国新生第2騎士団の騎士団長に任じられました。大まかにはこれら2つの騎士団は東西からテンペスト王都に対して進軍し、まずは王都奪還を目指すとのことです」
何回も聞かされた話なので、なんとか噛まずに説明できた。アルは胸をなでおろす。
「タガード侯爵家騎士団はどうなっている?」
サンフォード卿はそれが一番気になるという様子で聞いてきた。たしかにそれは気になるだろう。時間の流れとしては逆になってしまった。アルは少しジョアンナに目配せをしてから、パトリシアが逃れた先に魔法使いテンペストの末裔であるディーン・テンペストが居た事やプレンティス侯爵家がテンペストの墓室を守っていたゴーレムを利用して東谷関城や商業都市アディーを攻略した事、ディーン・テンペストの助力を得てゴーレムたちの支配権を取り戻しプレンティス侯爵家の軍を撃破した事、その際にプレンティス侯爵家に無理やり従わされていた騎士たちがパトリシアの配下に入った事などを順番に話をした。
ジョアンナはアルの話を聞いて少し目を白黒させていたものの何も言わずにいた。おそらく最初の目配せの意味は理解したのだろう。場合によっては念話でと思ったが大丈夫だったようだ。
「タガード侯爵家領都での戦いでプレンティス侯爵家騎士団が敗退した直後、タガード侯爵家に対してパトリシア王女殿下から、王家の継承のため、タガード侯爵家に嫁入りする形での現在の婚約は破棄せざるを得ないという申し入れがなされました。その直後からタガード侯爵家は騎士団を領都から動かしていません。東谷関城をパトリシア様配下の騎士団は独力で奪還され、現在はそこを拠点として使用されています」
アルは最後にそう言って締めくくった。タガード侯爵家領都での戦いについてアルは他の所で何度も説明した話ではあるが、聞く者にとっては魔法使いテンペストの末裔であるディーン・テンペストの事やゴーレムの存在自体が信じられない話であったし、戦いの推移についても興味が惹かれたようで、色々と細かいところまで尋ねられた。ゾラ卿やサンフォード卿にとって、とても興奮する話であったらしい。1人2役をこなしていたこともあって、少々詰まりながらではあったが、アルはその2人になんとか辻褄のあわせた説明をしたのだった。
「なるほど。色々と教えてもらって助かった。この状況ならパウエル子爵閣下はかなり活発に活動される事だろう。できれば我々もそれに力を貸したいところではあるが……」
そこまで言ってゾラ卿はサンフォード卿の顔を見る。テンペスト王家に仕え、随一の忠誠を示して来た旧セネット伯爵家に仕えていた彼らとしては、色々と思う所があるのかもしれない。
「私はパトリシア様の所にできれば行きたいとは思うのですが、セネット男爵閣下にはまだ色々と便宜を図っていただいた御恩を返せておらず……」
ジョアンナは少し思い悩むようにそう話をする。
「ちょっと、僕はナレシュ様の様子が気になるから追いかけてみようと思います。今後の話はナレシュ様が戻られてから相談されたらいいんじゃないでしょうか」
アルは4人にそう話した。中級学校を卒業して以来、なにかと縁もあり色々と助けてもらった事もある。兄を助けたいという思いも聞いていたし、放っておく気にもなれない。国境都市パーカーはレイン辺境伯家騎士団の包囲を受けていた。さすがに2人きりでレスター子爵家騎士団の本陣に行ったりはしないとは思うが少し心配だ。
「そうですね。こちらでも少し話し合っておきます。セネット閣下の事はよろしくお願いします」
ゾラ卿たちはそう言って頭を下げた。アルはそれに頷いて部屋を出たのだった。
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月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
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