27-1 手紙 【2025.9.17 貴族グループ図追加】
【2025.9.17 追加】【2025.9.19 改訂】
今話では、様々な勢力が出てくるため、それを整理してみました。基本的には男爵以上ですが、セネット男爵家やレイン辺境伯家については例外的に騎士も載せてます。
翌朝、死の川上流の拠点を経由してやってきたアルが見たのは国境都市パーカーを包囲するレイン辺境伯騎士団であった。レイン辺境伯騎士団の本陣だと思われるところには、レイン辺境伯家だけでなく、他にもいくつかの家の旗が立っており、その中にはアルの出身であるチャニング村に一番近いマーローの街を治めるマーロー男爵家や辺境都市レスターの領主であるレスター子爵家の旗もあった。
普通に歩いては都市に入れそうにないと判断したアルは、飛行呪文と隠蔽呪文を組み合わせて都市を守る城壁を飛び越え、何度も来たことのあるパーカー子爵の領主館を直接訪れる事にしたのだった。
「大変な事になっていますね」
顔見知りの衛兵隊の隊長に応接室に通されたアルは、パーカー子爵が部屋に入って来ると、立ち上がってそう言った。
「確かにな。だがアル君やレビ商会のお陰で十分準備をする時間が確保でき、国境都市の名にふさわしい戦いができている。川など利用できない地形はどうしてもあるが、あの程度の数の軍勢に抜かれるような事はないさ」
そう言って、パーカー子爵はにやりと笑みを浮かべた。ユージン子爵家の別荘からレビ会頭を救出してきた時やセオドア王子の所に行って欲しいと頼まれた時はどちらもかなり忙しそうに疲労困憊している様子であった。それに比べれば今はかなり余裕がある感じがする。国境都市、本来は外国の軍勢の侵入を防ぐためにつくられた防御に特化した都市なのだろう。ということは想定している敵の数は数万の軍勢であり、今回の辺境伯の軍勢はそれに比べれば大したことはないのかもしれない。
「そうなのですね。どうしてレイン辺境伯はここを攻めたのでしょう」
「自暴自棄となったとしか思えん。もし、ここを攻めるつもりがあったのなら、準備が整う前にするべきだっただろう。辺境伯を襲爵するのと同時に不意を打たれて攻められていれば我々も抵抗できなかっただろう。向こうにはユージン子爵が居るはずだ。レイン辺境伯騎士団の騎士団長である彼はこの都市と特性や我が騎士団の特異性についても把握しているはずなのだがな」
パーカー子爵の口ぶりからすれば国境都市パーカーの守りにはかなりの自信があるようだ。
「セオドア殿下には?」
「もちろんこちらの動きは逐次連絡してある。殿下も向こうの状況を整理するべく猛攻をかけ旧セネット伯の領都を2日前に攻略、占領されたそうだ。もうすぐ守りの部隊を残してこちらに戻ってこられる予定になっている」
2日前……。昨日はアルが王城に忍び込み、東谷関城をテンペスト新生第1騎士団が確保した。プレンティス侯爵家は大変そうだ。
「確信はないが、ユージン子爵の一派はかなり焦っているのだろうな。どうせレイン辺境伯家を分断している間に、プレンティス侯爵家がセオドア殿下率いる遠征軍を何とかしてくれると思っていたのだろう。だが、アル君の活躍で別荘に潜んでいたプレンティス侯爵家の別動隊がやられ、遠征軍に参加していたユージン子爵配下の者たちも拘束された。向こうと連携しようにも手紙送信網は国境都市はもちろん、交易都市のモーガン子爵も押さえているから使えず、直接使者を出すしかない状況だろうだからな」
パーカー子爵の言葉にアルは頷いた。連絡網の話を聞いてそういえば、手紙を渡さなければと思いだし、あわてて下に置いていた背負い袋から羊皮紙を取り出した。
「ごめんなさい。先に渡さなければいけないものがありました。テンペスト王国のパトリシア王女殿下からパーカー子爵閣下にと渡されたお手紙です」
「なんだと?」
パーカー子爵は目を見開いた。アルから羊皮紙の束を受け取ると封蝋を確認する。
「確かにテンペスト王国の紋章だ。そうか、色々あったのであまり意識はしていなかったが、そなたはパトリシア姫が隠れている所とつながりがあったのだったな。姫は動き始められているのか?」
「セオドア殿下宛の物も預かっています。パトリシア王女殿下は挙兵され、現在、テンペスト王国タガード侯爵領であった東谷関城を拠点とされています」
アルの言葉に、パーカー子爵は驚いてこぶしを握り締める。
「なんと! そうだったのか。こんな話をしている場合ではない。そなたはすぐにセオドア殿下の所に飛んでくれ。どうすべきなのか私には判断できぬ。殿下はこちらに向かって軍勢を進ませておられるはずだ」
それほど慌てる内容なのか。そうなのかもしれない。
「わ、わかりました」
パーカー子爵の勢いにおされ、アルは慌てて頷いたのだった。
-----
パーカー子爵に急かされ、アルは街道沿いに旧セネット伯爵領都に向かって飛んだ。2時間ほど飛ぶと、領都からそれほど遠くないところを進む8千ほどの軍勢が見えた。掲げられているのはシルヴェスター王国の旗である。第2騎士団やレイン辺境伯騎士団の旗も見えるのでセオドア第2王子が率いる遠征軍だろう。軍勢は整然と進んでいた。
アルは相手を驚かせないように注意しながら軍勢の進む先に一旦降下すると、徒歩で軍勢の先頭と接触して緊急の使者であることを告げた。パーカー子爵の添え状もあり、アルの身分を証明するのにあまり時間をかけることなく軍勢の中で連絡が取られ、軍勢と並走することは少しあったもののすぐに遠征軍は小休止に入った。
アルは、王子の許に向かうというので全ての呪文を解除させられたものの、問題なくセオドア王子の側に通されたのだった。
「緊急の使者か。どうした? パーカーで何かあったのか?」
ビンセント子爵は馬から降りると、アルに近寄ってそう尋ねた。セオドア王子も同じように馬から降りると、彼の横で従者に渡されたカップから茶を一口すすっている。アルは2人の前で膝をついた。
「テンペスト王国パトリシア王女殿下からセオドア王子殿下宛てにお手紙をお預かりしました」
「なんと?」
セオドア王子が思わず声を上げた。ビンセント子爵が周囲を見回した後、アルの差し出す羊皮紙を受け取った。
「近くで小声で話せ。手紙ということは、パトリシア王女は挙兵されるのか」
ビンセント子爵の言葉でアルは数歩近寄る。
「既に挙兵されました。タガード侯爵家の領都を包囲したプレンティス侯爵家の騎士団を撃破し、現在は東谷関城を拠点としておられます」
「!」
セオドア王子とビンセント子爵は顔を見合わせる。
「パトリシア王女が率いている騎士団はどれぐらいだ?」
ビンセント子爵の問いにアルは少し詰まった。どこまで正直に言っても良いのだろうか。だが、ここはリアナが作ってくれた話をアピールする絶好のタイミングでもある。この際、一気に言い切ってしまったほうが、今後の展開としてはいいだろう。
「およそ5000です。他にパトリシア王女殿下を僕の師匠が手助けしていて、その支配下にゴーレムがおよそ10体」
「ゴーレム!? そなたの師匠と言ったな。そなたの師匠はエリックではないのか?」
2人の視線にアルは顔を上げた。
「いえ、エリック様にはいろいろと教わりましたが、師匠ではありません。僕の師匠はディーン・テンペスト。彼はテンペスト王国の建国に関わる魔法使いテンペストの末裔です」
「テンペストだと?」
セオドア王子の目が眇められ、その視線がアルをじっと射た。




