26-3 王城侵入
頼まれた2つの仕事を終えたアルは、再びケルの姿に戻り王城に向かうことにした。途中、何度か慌ただしく駆け足で移動する衛兵とすれ違う。彼らの様子は様々で、焦った様子で周囲の者たちを怒鳴ったりしている者も居れば、何故か楽しそうに笑顔を浮かべている者もいる。衛兵隊の中にもプレンティス侯爵家から来ている者もいればそれ以外の者もいるということなのだろう。
大通り、最初に設置した“凪”と呼ばれる公園の横を通り過ぎると、すでにパトリシアの幻覚は消えていた。複数の衛兵たちに囲まれて黒いローブを着た複数の魔導士が居る。黒く長い髪をしたまだ若い20代後半の女性の魔導士が指揮官のようで、いらだった様子で他の魔導士や衛兵たちに指示して、立札を回収し、集まってくる人々を追い払っているようだ。
“幻覚はもう魔法解除されちゃったみたいだね”
“そうなのですか? アル様の呪文ですから余程の腕ではないと無理だと思うのですが、さすがプレンティス侯爵家というところでしょうか。アル様が倒した2人とヴェール卿の他にも大魔導士がいるのかもしれません。ご注意下さい”
倒した2人の大魔導士……。ウィートン子爵とエマヌエル卿の事か。確かに彼らは様々な呪文を使い手ごわい相手だった。少なくともここにはアルの幻覚呪文を魔法解除できた魔導士が確実に居る。油断はできない。
“夜中なのに起きている人は多いみたいだね”
“プレンティス侯爵家による支配はうまく行ってなくて、不満が溜まっているということかもしれないですね。ずっと戦争をしているのだから生活が苦しくなるのは当たり前でしょうけど、私たちにとっては良い流れです。でもその分、責任も重いです”
契りの指輪による念話ではリアナが助言できないはずなのだが、パトリシアの返事は大人びていた。アルからするとすこし距離を感じてしまう。
“もうすぐ王城に着くよ”
“はい、くれぐれも気を付けてくださいね”
王城に着くと衛兵隊はかなり忙しそうに門を出入りしていた。とは言え、門では所属と出入りする目的をかならずやりとりしているようで、衛兵に変身して入り込むのは難しそうだった。これは昼間も同じで、依頼された事をしたせいという訳でもなさそうであった。もちろん城門付近には警備用だと思われる魔道具の反応もあるので単純に隠蔽呪文で潜り込むわけには行かない。アル(ケル)は魔法発見呪文の反応とリアナから聞いた王城の構造を照らし合わせるようにしながら、石軟化呪文を使って城壁を抜けるのに最適な場所を探す。
この石軟化呪文を使って外側の城壁を抜けて場内に入るというのはリアナの発案だった。アルとしては、最近探索をしたメヘタベル山脈の遺跡で壁の間に木の板や警備装置が設置されていたこともあり、テンペスト王城も古い時代に建造されたものなので何らかの細工がしてあるのではと思っていた。だが、彼女の話によるとテンペスト王国の王城が築かれたのはその後の苦難の時代を経た時代であり、魔法自体がかなり衰退していて、そのような細工までは施せたのは、国王が暮らす区画と地下宝物庫などの一部だけだったらしい。そうなら警備用の魔道具は人の出入りする門や通路にしか設置しないのが普通なので城壁にとりついて呪文を使えば確かに通るための穴は開けれるかもしれないというのだ。
ただし、問題もあった。人の目である。城の周囲を巡る水堀の幅は狭い所でも50メートル以上あった。飛行呪文を使った上で、隠蔽呪文を使えば、城壁に近づくまでは可能だが、その後は何の呪文を使っても隠蔽呪文は解除されてしまう。それは遅延呪文をつかっても同じ事だった。
「これは、やっぱり賭けの要素が強いかな。外壁のすぐ手前に、隠蔽呪文を解除してもいい位の身を隠せるような場所があればよかったんだけど。幻覚呪文をつかって他の場所に注目を集めてその隙を狙うしかないか」
昼間にいくつか目星をつけておいたアルだったが、実際に回ってみると、死角になりそうなところには松明が置かれていたりしてなかなか良いところがない。そんな事を呟きながらアルが考え込んでいると、グリィが耳元で囁いた。
“中庭なら入り込めない? 描いてもらった王城の地図だと、幾つか広い中庭があったじゃない? そこなら……”
なるほど、そちらか。中庭も中庭に通じる出入口だけに警備用の魔道具が設置されているようなら飛行呪文と隠蔽呪文を組み合わせた状態で中庭に入り込み、呪文をつかって中庭に面した石壁に通路を作ることが可能かもしれない。
アルは物陰に飛び込むようにして隠れると、動物変身呪文を解除して本来の姿に戻り、飛行呪文を使った上で飛行呪文に対して探知回避呪文をかけた。4つしか使えない探知回避枠である。これからの侵入では見つかったらもう逃げ出すしかないので、ケルの姿になっている事の意味はあまりないだろう。それよりは警備用の魔道具にひっかからずに飛行ができるほうが重要だ。リアナの話では、王城には王族のみが知る隠し通路などもあって、そこを通れば地下宝物庫まで簡単に行けるという事だ。飛行ができれば、その通路を抜けるのも楽だろう。
そうやって呪文を用意した上で、アルは自分に隠蔽呪文をかけた。あまり早く飛んでは隠蔽呪文が勝手に解除されてしまう。慎重にゆっくりとした速度でアルは高度を上げて城壁を越えると、今度は一番広い王城の中庭に狙いを定めて降りていく。
“今のところ反応はないわ。ゆっくりね。アルの魔法発見呪文の有効範囲は55メートル。5メートルしか優位性はないんだから……あまり早いと止まるのが間に合わずに向こうにも反応がでちゃう”
グリィのささやきにアルは頷く。東西南北それぞれ500メートル前後の大きな建物である王城であったが、半径50メートル(もちろん直径でいうと100メートル)を監視する警備用の魔道具がかなりの数設置されていて、死角というのはかなり少ない。元々、隠蔽呪文や透明呪文で入り込めるような簡単な造りにはなっていないのだ。その上、たまに魔導士らしい反応が近くまで来て慌てて離れないといけない事もある。時間をかけてアルはようやく中庭の隅にほんの5メートル四方ほどの呪文に対する監視が届いていない場所を見つけた。もちろん隅ということでそれに面した城壁も警備範囲外である。
「この壁の向こうはなんだっけ? 壊すことに対する細工とかない壁?」
“リアナの時代では高位貴族たちの控室ね。当時の控室はかなり広めにとられていたわ。この壁も外壁と同じで特別なものじゃないはず。控室には隠し通路への出入口はないけれど、その隣の部屋には召使たちがつかう配膳室があって、そこから使用人用の細い通路があるはず。控室が使われていないのなら通路を利用する使用人も居ないはずよ。そこから隠し通路への出入口がある部屋まで抜けてしまいましょう”
グリィの言葉にアルは頷いた。あとはそれらの通路がその当時から変わっていない事を祈るのみだ。その前に中に誰もいないか確認である。
『知覚強化』 -触覚強化
アルは地面に掌を付けた。かなりの人数が城内には居るようで判断が難しい。
「廊下は歩いている人がいるのはわかるけど、数が多くてよくわかんない。北西側にはすごくたくさんの反応がある。手前の部屋にはだれも居なさそう」
“北西はたぶん城の大広間ね”
プレンティス侯爵は大広間に居るのだろうか? そこに魔法の竜巻呪文を撃ち込めばすべてを終わらせることができるのではないだろうか。一瞬、そんな考えが頭をよぎる。いや、そんな事をすればアル自身の生還は望めまい。プレンティス侯爵を倒しても蛮族がすべて死ぬわけではないのだし、どれほど相手が憎くても自分が死んだら全く意味はない。
アルは知覚強化呪文を解除し、今度は目の前の壁に石軟化呪文を唱えた。直径1メートルほどの丸い穴を開ける。穴の向こうは暗く誰も居ない様子だった。アルは胸をなでおろし、取り除いた壁石はそのまま釦型のマジックバッグに収納し、念のため幻覚呪文で穴が無いように幻覚をかぶせ、アルは直径1メートルの穴をくぐり、王城の中に入ったのだった。
“侵入成功”
アルは胸をなでおろすと、契りの指輪の念話を使いパトリシアにそう伝えた。
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