26-2 おつかい仕事 その2
宿で仮眠をとったアル(ケル)は夜中になって宿を抜け出し、裏路地で人通りのないのを確認して、ディーン・テンペストの姿になり着替えをすませた。これから行うのはパトリシアからの言わば宣戦布告である。ディーン・テンペストの姿で行うのが一番良いだろうということになったのだ。タガード領都での戦いの時には幻覚呪文でかなりの人間に姿を見せたが、まだあの戦いからは4日しか経っていない。王都で彼の姿を知っている人間はほとんどいないはずなので、この姿で行動しても問題はないはずだ。
午前中、王都で手紙を配達しながらパトリシアとは具体的な場所の相談は済ませてあった。用意した立札を立て、それぞれの場所に大きな幻覚で立札の内容と同じ内容を喋らせるだけの簡単な仕事の予定である。釦型のマジックバッグから立札を取り出してその場に置き、幻覚呪文を使うだけなら30秒もかからないはずだ。
アル(ディーン・テンペスト)はまず一つ目の場所に向かった。王城の門から王都の正門である第一の門までをつなぐ南北長さ一キロ、幅10メートル近くある王都一番の大通りの丁度中間点、噴水が設置された“凪”と呼ばれる公園である。ここでは、パトリシアが自身の生存を告げ、プレンティス侯爵家の横暴を告発するという内容の立札と実際のパトリシアの姿の幻覚を繰り返し再生することになっていた。
夜中であったが、通りを歩いている者の姿が全く途絶えたわけではない。裏通りにつながる路地などには難民らしき者たちが身を寄せ合って寝ている姿などもあった。月はほぼ中天にあったが雲も多く、周囲はそれほど明るくない。通りを歩いている者たちの半数ほどは大小さまざまなサイズのランプを片手に下げていた。
問題はこの公園や大通りの警備体制が夜の時間はどのようなものであるかということであった。昼間は二人一組の衛兵隊が何組か歩き回り、常時警戒を行っていたものの、公園など決まった場所にずっと立っている者は居なかった。夜はどうなっているだろうか。向かっている途中、一度衛兵とはすれ違った。彼らは異変がおこっていないか、ずっと歩き回っているようだった。腰に下げている光の魔道具はかなりの明るさでその光はかなり目立った。これなら逆に衛兵が居るかどうかすぐわかるだろう。
目的地の公園についた。公園には警備用含めて魔道具は一つもないというのは昼間訪れた時に確認済みだ。今も魔法発見呪文に反応はない。公園のところどころで、かなりの数の難民らしき者たちが肩を寄せ合って眠っているようだった。
アル(ディーン・テンペスト)は目立たないところで準備を始めた。まずは知覚強化呪文を使って暗視能力を得、念のために盾呪文、誰かに追いかけられた時の為に加速呪文も自分に唱えておく。浮遊眼の眼を一度、高度100メートルほどまで上げて確認をした。衛兵が持つ明かりらしきものは4つ、どれも公園から遠くにしかなかった。
“始めるね”
契りの指輪を経由してアルは作戦の開始をパトリシアに伝えた。夜中なので寝ている事を勧めたのだが、彼女は状況を詳しく知りたいらしく、逐一報告をして欲しいという。まぁ、良いかと思ってアル(ディーン・テンペスト)も王都の状況などを伝えていた。
アル(ディーン・テンペスト)はそのまま公園のほぼ真ん中、噴水の前に移動すると、釦型のマジックバッグからまず立札を取り出して置く。それに誰も注意を払う者は居なかった。ここからだ。
『幻覚』 パトリシア
呪文と共に、身長5メートルほどの光り輝くパトリシアの姿が現れる。
「テンペスト王国の民よ! 私、パトリシアは祖国に帰ってきました。プレンティスに伯父であるテンペスト王を殺され、王弟で私の父、リチャードを殺されました。ですが、私は母方の祖父であるセネット伯爵の奮闘によって逃がしていただき、命を存えたのです」
パトリシアの横に、ディーン・テンペストの姿を出す。
「逃亡中の私は建国の基となった魔法使いテンペストの血を引く魔法使い、ディーン・テンペストと出会いました。彼は私とは同じ先祖を持っていますが、権力闘争を嫌いずっと隠棲していたのです。私は彼に事情を話し力を借りることができました。そうして、私、唯一残された王族、パトリシアはこの王国に戻ってきました」
そこまで言って、パトリシアの幻覚は微笑み、両手を広げた。
「私は、ディーン・テンペストの操るゴーレムの力を借り、テンペスト王家に対する忠誠心を持つ者たちと共にタガード侯爵領に侵攻していたプレンティス侯爵家騎士団を撃破しました。彼らの事を私はテンペスト新生第1騎士団と名付けました。我々は共に今、この王都に進軍中です。そして、元テンペスト王国騎士団第3大隊の者たちは、ずっと粘り強く隣国シルヴェスター王国の力を借り戦っています。彼らの事は私はテンペスト王国新生第2騎士団と名付けました。彼らは今セネット伯爵領で戦っています」
パトリシアの幻覚は、そのまま王城の方角を指さす。
「プレンティスよ! そなたたちのこれまでの横暴を私は許しません。この内乱で荒廃した我が祖国を私は救います。虐げられた我が国民たちよ。もうすぐです。今少しだけ耐えてください。テンペスト王国に新しい生を。プレンティスに旧き死を!」
パトリシアとペルトン子爵、ドイル子爵たちから提案された言葉の通り、アル(ディーン・テンペスト)は幻覚を作ってしゃべらせた。一緒に見ているグリィが何も言っていないところを見ると、文言や言葉の勢いなども指示された通りで間違いはなかったようだ。 あとはこの幻覚をずっと繰り返し再生すればよいだけだ。
呆けた顔をした避難民が数人、恐る恐るといった様子で物陰から出て来てパトリシアの姿に見惚れていた。まだ衛兵隊の姿はない。アル(ディーン・テンペスト)は避難民たちに手を振ると、急いでこの場を立ち去ったのだった。
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アル(ディーン・テンペスト)が続けて向かったのは、貴族街と呼ばれる区画であった。そのほぼ中心、プレンティス侯爵家や、今は閉鎖されているタガード侯爵家の屋敷が見え、他の主だった高位貴族たちの瀟洒な豪邸が並んでいる位置で、アル(ディーン・テンペスト)は立札を出し、さらに幻覚呪文を唱える。
「テンペスト王国の民よ!」
身長5メートルほどのパトリシアが石畳の広がる広場で呼びかけを始めた。先程の公園での幻覚と内容は同じである。その声に軒で羽を休めていたらしき鳥たちが一斉に飛び立ち、人々が目を覚ました。門番の者たちの何だ。何が起こったのかというざわめきが広がる。
夜中に騒いでごめんね……アルは心の中でそう呟きながら、その区画を後にしたのだった。
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最後にアル(ディーン・テンペスト)が訪れたのは、墓地であった。王国の英雄たちの名誉を称え、彼らが安らかに眠っている所。ドイル子爵によると、この墓地に最近安置されたのは、プレンティス侯爵家の騎士やタガード侯爵家の騎士ばかりという話であった。墓地すら、二つの家の勢力争いの場になっているらしい。
鉄の柵に囲まれ、昼間はその入口で墓守らしい男が座っていたが、今、門扉は閉ざされ、その横の小さな小屋には明かりはついていなかった。数人居た墓守は眠ってしまっているのだろう。
アルは素早く金属軟化呪文を使って鉄の柵に通れるような隙間を開けて中に入る。区画は綺麗に整理されており、荘厳な気配に満ちていた。アルは式典などにも使われるのであろう中央にある小さな舞台のようなところまで移動した。
そして、立札を置いた後、小さな舞台に安らかに眠れと呟きながら白い布でくるんだ遺体をマジックバッグから取り出して並べていく。アルが倒した38人のプレンティス第1魔導士団の魔導士たちの遺体である。
この件については、初日の夜、ドイル子爵を交えて戦果を確認する場で、アル(ディーン・テンペスト)が弟子であるアルの戦果として、追撃して来たプレンティス第1魔導士団の魔導士たちを倒したと報告したところから色々と問題となっていた。
まず、ドイル子爵にしてもペルトン子爵についても、その戦果を最初信じなかったのだ。シルヴェスター王国ではそれほどでもなかったが、テンペスト王国で魔導士といえば、騎士よりもその立場は上である。それが38人も一度に倒されるわけがないというところから始まった。
仕方なく、ディーン・テンペストは表向き別行動をしているアルを呼び寄せるというパフォーマンスをせざるを得なかった。具体的にはドリスに動物変身呪文を使って、ディーン・テンペストの姿になってもらい、グリィのペンダントを彼女に預けて、アシスタント・デバイス同士なら近距離で密かに会話できることを利用してリアナから何を喋るのかを指示させながら、アルはマジックバッグに入れていた死体を並べて見せたのだ。
結果として、ペルトン子爵やドイル子爵たちは、それまで会議などで発言をあまりせず存在感の薄かったディーン・テンペストとその弟子であるアルの実力を改めて認識する事になったのである。
そして、その会議の場でドイル子爵は、プレンティス侯爵家の魔導士など我々の魔導士が簡単に倒せるのだと見せつけたい。そして戦意を喪失させたいと考えて最初はタガード侯爵家の領都の門に死体をぶら下げようと提案した。終わったばかりの戦いの高揚がそう言わせたのかもしれない。だが、ペルトン子爵などはあまり過激な事をすると王家の名に傷がつくし、プレンティス侯爵家騎士団は既に敗走中でここにおらず効果的でもないと反対した。パトリシア自身も死者を冒涜するような事は避けたいと考え、その処理は宙に浮いていた。
そして、今回、アル(ディーン・テンペスト)が王都に行き、宣戦布告をする際に、それに併せて、墓地に遺体を並べ、埋葬してもらうのが良いという話になったのである。
全ての死体を並べ終えた後、アル(ディーン・テンペスト)はおもむろに幻覚呪文を唱えた。
死体の脇に、ディーン・テンペストの幻覚が浮かぶ。今回はそれほど大きなものではなく等身大サイズだ。公園でだしたようなサイズだと、繰り返しだとしても1時間ほどで消えてしまう。このサイズなら半日ぐらいは持つだろう。
「儂はテンペスト王国を生んだ魔法使いテンペストの子孫であるディーン・テンペストじゃ。我が弟子が倒した38人のプレンティス魔導士団の魔導士たちの遺体をここに戻す。彼らに安らぎのあらんことを。そして、呪文や蛮族を人間同士の戦いに利用するような過ちがなくなるように、儂は切に願う」
墓守の住む小屋に明かりが灯った。幻覚の声で起こしてしまったらしい。アル(ディーン・テンペスト)は急いでその場を立ち去ることにしたのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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