25-6 婚約破棄
「タガード侯爵閣下、畏れ多いことですが、お二人のご婚約につきましては、国王陛下がお亡くなりになり、パトリシア王女殿下が王家の血筋を引く唯一の王族となった時点で無効となったと存じます」
ペルトン子爵が頭を下げつつも、しっかりとした口調でそう告げた。
「ん? それはどういうことだ?」
タガード侯爵は不思議そうな顔をして、ペルトン子爵に尋ねる。
「よくお考え下さい。パトリシア王女殿下は、唯一王族、テンペスト王国を継がれる身です。一方のジリアン様もタガード侯爵家を継がれるお立場。すなわち、お二方とも家を継がれるお立場なのです。それを考えると、お二人の婚姻は成立し得ません。そのため、この婚約は無効となったとお考えになるべきかと存じます」
念を押すようなペルトン子爵の説明に、タガード侯爵やその息子、後ろに居た配下の者たちも顔を見合わせて当惑した様子であった。実はタガード侯爵が来る前に行われていた話し合いの中で、ペルトン子爵はパトリシアから、もし婚約の話が出た時にはこの説明するようにと事前に指示をされていたのである。
パトリシアを嫡子であるジリアンの妻にという話は、パトリシアが他家に嫁ぐことができる状況で王家とタガード侯爵家の結びつきを強めるために行われる予定のものであった。だが、パトリシアが唯一の王族となった現状ではタガード侯爵家が王家を吸収するという話になってしまう。タガード侯爵家が独力でプレンティス侯爵家を退け、内乱を統一したのであれば、それも可能だっただろうが、今の状況となればそれはあり得ない話だった。
ペルトン子爵はどのような反応が返ってくるのか心配そうにタガード侯爵たちを見た。
「父上! パトリシアは僕の婚約者だよね? 王は認めたよね!」
一番前に押し出されていたジリアンが、タガード侯爵の方を振り返って高い声でそう叫ぶ。そして、再びパトリシアに向き直って彼女に近づこうとした。パトリシアはすっと一歩下がり、2人の間に警備ゴーレムが入る。
「どけ! 人形!」
ジリアンはヒステリックに叫んで、警備ゴーレムを押しのけようとする。警備ゴーレムは彼の動きに対して身構えた。タガード侯爵の後ろについていた者たちは、あわててジリアンを止める。それから抜け出そうとジリアンは身体を必死に抵抗をした。
「止めよ、ジリアン」
沈黙していたタガード侯爵が顔を上げてジリアンを叱咤した。彼の動きが止まる。タガード侯爵はペルトン子爵、パトリシアと順番に視線を移してゆき、最後にアル(ディーン・テンペスト)をじっと睨みつけるように見た。ジリアンはタガード侯爵配下の騎士たちに引きずられタガード侯爵の後ろの位置に戻る。それを見てようやく警備ゴーレムは横に退いた。パトリシアが元の位置に戻る。
「タガード侯爵、婚約の件は残念ながらペルトン子爵の申した通りです。しかし、テンペスト王家とタガード侯爵家とはテンペスト王国建国以来の盟友であることには変わりありません。プレンティス侯爵家の脅威はまだ残っています。まずはタガード侯爵家の領地から彼らを追い出しましょう。我々はそれに協力いたします」
パトリシアがタガード侯爵を労うような様子で声をかける。タガード侯爵は少し顔をくしゃくしゃとさせ、おおきなため息をついた。
「パトリシア姫、我が騎士団の中には疲労したり怪我をしている者も多い。一旦今日は引き上げさせていただくこととする」
タガード侯爵はそう言うと、くるりと振り返りその場を立ち去って行った。
「なんと、不遜な……」
タガード侯爵の姿がなくなるのを待って、エドシック男爵が憤慨したような声を上げた。ペルトン子爵がかれを慰めるように肩をさする。
「エドシック殿は兵部局だったのであまり知らなかったかもしれませんが、残念ながらあれが侯爵家の王家に対する普段の態度です。あれでもタガード侯爵家はまだマシな方で、プレンティス侯爵家はもっとあからさまでした。一応、公式な場では王家を尊重するような言い方をしておりましたが、国家運営に関して、王家は二つの侯爵家に挟まれ、いつも意見の調整に苦慮していたのです。多くの伯爵家もその雰囲気を感じて王家を裏では軽視しておりました。例外はセネット伯爵ぐらいだったのです」
2人の横で、そうですねといった様子でラドクリフ男爵も頷いている。宰相局で働いていた彼も何かしらの経験があったのだろう。
「そうでしたか……」
エドシック男爵は悔しそうにぎゅっと拳を握る。
「ジリアン殿があれ程、姫様に執着されておられるとは……。今回初めてお会いしたはずなのに」
タバサ男爵夫人が呟く。
「いえ、そうでもないようですよ。どちらかというとジリアン様が婚約を強く望まれたという話を聞いています。そのため、今回のプレンティス侯爵家との戦いでも強硬に抵抗されておられたのだとか」
ペルトン子爵がそう説明する。そうなのか? パトリシアは会った事ないと言っていたが、2人の間にはかなりの年齢差もある。幼い頃はパトリシアもテンペストの王城で暮らしていたはずだ。その姿を彼が見かけたとか、そういう事があったのかもしれない。
「それで、あのようなヒステリックな声で……」
タバサ男爵夫人はそう言って頷く。彼女が言うのはつい先ほどの反応の事だろうか。それとも盗み見た会議でのジリアンの様子の事なのだろうか。リアナの計画したことは少し綻びがあるかもしれない。何か色々と大変そうだなぁとアルが思っていると、また新たな来訪者があったようだった。
「ドイル子爵、クレバーン男爵とおっしゃる方が部下らしい方々を連れて謁見を求めていらっしゃいます」
ペルトン子爵の従士がそう告げてきた。ドイル子爵? クレバーン男爵 タバサ男爵夫人は知らない様子で首をかしげていたが、グリィはプレンティス侯爵家側の配下として参陣していた貴族の1人だと教えてくれた。パトリシアも頷いているので、リアナが同じように彼女に囁いているのだろう。元兵部局勤めのエドシック男爵は知っていたようで、テンペスト王国騎士団の大隊長とその副官をされていた方ですと説明してくれた。
「入ってもらってください」
入って来たのは、30才前後と思われる浅黒い肌、ウェーブのかかった長い黒い髪を後ろに軽く束ねた身長は185センチ程、立派な体格の女性と、20才前後の若く、身長190センチ程、日焼けした肌で、こちらもがっしりとした体格で金髪を短めに切った男性であった。その後ろに、騎士らしい立派な体格をした4人の男女、そしてローブをまとったこちらは魔導士らしい女性を2人連れている。魔導士らしい女性からは魔法発見の反応がした。
「パトリシア王女殿下、ディーン・テンペスト様 お初にお目にかかります。ドイル子爵です」
「クレバーン男爵です」
二人はそう言って、パトリシアの前で跪いた。ついてきた6人も揃って膝をつく。
「プレンティス侯爵家騎士団を追って行動しておりました。ご挨拶が遅れたことをお詫び申し上げます。また、一時的にせよプレンティス侯爵家の指揮を受けておりましたことも併せてお許しくださいますようお願い申し上げます」
「頭を上げてください。あの状況で追撃が先という判断は正しいと私も思います。詫びる必要はありません。また、今回のプレンティス侯爵家の謀反に際しての対処は、それぞれの状況もあり、ある程度の事は仕方なかったと考えています。私自身も1年以上姿を隠しておりました。咎め立ては致しません。二人の参陣、本当にうれしく思います。追撃をした際、待ち伏せなど受けませんでしたか?」
パトリシアの言葉に2人は揃って頭を上げ、にっこりと笑う。リアナが予想より集まっている騎士たちの数が少ないと言っていたが、彼女が指揮して戦っていたのか。
「はい。プレンティス家の連中は余程混乱していたのか、そういうものは全然ありませんでした。いつもなら空から襲ってくる魔導士連中もテンペスト様のゴーレムに倒されたのか姿はなく、日が暮れていたのではっきりとはわかりませんが、騎士団のかなりの数を討ち果たせたのではないかと思われます」
「なんと、すばらしい」
誇らしげなドイル子爵の報告にペルトン子爵が感嘆の声を上げる。パトリシアも少し嬉しそうに微笑みを浮かべて頷いた。
「ところで、ここに陣を敷かれているということは……。タガード侯爵とはどうされたのですか?」
ドイル子爵は周囲を見回してそう尋ねた。
「これは王国復興の戦いです。私自身は残念な事に武勇に優れているとは言えず、先頭に立って戦う事はできませんが、それでも後ろに隠れているような事も出来ません。そう考えてこちらに陣を敷きました。タガード侯爵には先ほど、共闘を申し出たのですが、不機嫌な様子で領都に戻って行かれてしまいました」
パトリシアの説明に、ドイル子爵は一瞬訝しげな表情をしたものの、少し考えて何かに思い至ったらしく、にっこりと微笑んだ。
「そうですか! それは、それは……。これは面白くなってきた。パトリシア王女殿下は王家としての気概をお持ちのようだ。本当にすばらしい。この2年、耐えた甲斐もあったというもの。このドイル、改めてパトリシア王女殿下に忠誠を誓わせて頂きたい。クレバーンも良いな?」
「はい、もちろん。このような麗しい殿下の配下として戦えることも望外の幸せです」
ドイル子爵とクレバーン男爵はテンペスト王国騎士団第2大隊の隊長と副隊長を務めており、プレンティス侯爵家が起こした王家の弑逆が起こり、王族が皆殺しにされた後、プレンティス侯爵があらたなテンペスト国王を名乗ったため、部下を預かる身として仕方なくテンペスト王国騎士団として働いていたらしかった。ちなみに今、シルヴェスター王国に身を寄せているパウエル子爵も彼女と同じく大隊長を務めていたということだった。
今回のタガード侯爵領攻略の際には西門を攻める第四陣に配下の第2大隊を率いて参加していたが、プレンティス侯爵家騎士団の本陣で騒ぎが起きた後、パトリシアからの手紙を受け取り、それとほぼ同時に南門を攻める第一陣でも騒ぎが起こったのを見て、彼女もすぐさま配下の第2大隊を方向転換させ、背後で督戦として陣を敷いていたプレンティス侯爵家騎士団に襲い掛かったのだという。相手は油断しており、すぐに打ち崩すことができたため、今まで追撃を行っていたらしい。
「ということは、もしかして、元第2大隊が揃って?」
話を聞いていたペルトン子爵が尋ねた。
「はい。旧テンペスト王国騎士団第2大隊、隊長ドイル、副隊長クレバーン以下騎士600騎、魔導士21名、配下の従士1982名。若干の怪我人はおりますが、脱落者はおりません。全員テンペスト王国新生第1騎士団に参加させていただくことをお許しください」
ドイル子爵はそう言って微笑み、改めてパトリシアに対して騎士の礼をとったのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
2025.8.10 ドイル子爵が率いていたのは第3大隊ではなく第2大隊の誤りでした。訂正しておきます。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。
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