25-4 追ってきた魔導士
グリィにお願いして守護ゴーレムに対してその場で身を守って戦えという命令をしてもらうと、アルは一目散に飛行を始めた。すると、プレンティス侯爵家の本陣から次々と魔導士と思われる者たちが空に舞い上がった。アルはその場から急いで離れるべく、真っ直ぐに南に向かう。その魔導士たちもゴーレムが闘いを繰り広げている自らの本陣は放置したまま、アルを追いかけてきた。
「ちょっと、どういう事? 何人飛んできてるの?」
“30人……40人、もっと居るかも。どういう事かは全然わかんないわ”
プレンティス侯爵家の中でもゴーレムと戦いたくないというテンペスト王国の民としての気持ちがあったということだろうか、それとも、アルが余程憎まれているのか。できれば前者であってもらいたい。だが、隊長の敵討ちだという声が聞こえたような気もするので、後者の可能性が高いかもしれない。
彼我の距離は100メートル。向こうは全力でアルに向かって飛んでいる感じだが、アルには速度にまだ余力があった。飛行呪文の熟練度は、上昇しても精神集中を必要とする度合いが減るのが主で速度自体は余り変わらないのだが、それでも少しは差があるらしい。もっと必死になればこのまま引き離す事も出来そうだが、これほどの数の魔導士をひきつけたままにしておけるなら、残ったゴーレムはあまり壊されずに済むのではないだろうか。
速度を調節し、距離を保ったまま南に向かって飛ぶ。10分ほど経過したが、まだプレンティス侯爵家の魔導士たちはついてきていた。
「そろそろいいかな。ねぇ、グリィ、このまま、後ろに向かって魔法の竜巻呪文か魔法の衝撃波呪文をうつとどうなると思う?」
本来、攻撃呪文というのはその対象を決めて放つものだ。そしてその対象について、この2つの呪文はおよそ30メートルが有効範囲である。ただし、アルは方向だけ決めて呪文を撃つことができ、飛行呪文の熟練度も上がっていて、飛行の速度をそれほど落とすことなく他の呪文を使うことも出来た。
“魔法の竜巻呪文の場合、青白い玉は対象の方向に時速108キロメートル、秒速でいうと30メートルの速度で飛んで、何も当たらなかった場合1秒後に爆発するわ。移動していなければ単純に30メートル先で爆発って事。だけど、こうやって移動しながら使うとなると、発射した後の移動距離を足して38.333メートル後ろで爆発って感じ。爆発は3秒続くけど、3秒だと相手は25メートルしか移動しないから、真っ直ぐ移動してきても爆発の渦には巻き込めないわね。魔法の衝撃波呪文は掌から時速200キロメートルで青白い光が飛び出すけど、30メートルのところでその青白い光は消える。掌が移動していくと、それと一緒に範囲も前に進んでいくことになるから、こちらも今の状況だとあまり意味ないかもね”
「じゃぁ、魔法の竜巻呪文の射程距離を伸ばす?」
“範囲が狭くなるわよ?”
それだと、ダメージを与える対象者が減り、せっかくこれだけの人数を引き付けている意味が薄くなってしまう。アルは飛行しながら考えた。
「仕方ないね。こっちの速度を一時的に落として向こうとの距離を縮めようか。盾呪文に素早い盾呪文を重ねてからなら大丈夫でしょ」
“相手がこの距離で使ってくるのが、長距離魔法の矢呪文だとすれば、そうね。一応念のために向こうとの距離、50メートルを切らないようにしてよ”
グリィの言葉にアルは頷いた。飛行しながらの素早い盾呪文、そして、急減速。
『長距離魔法の矢』
たちまち青白い矢のような光が飛んで来た。だが、その数は3発。いずれもアルに到達する前に盾呪文の六角形の光があらわれてそれを防いだ。
『魔法の竜巻』
アルは呪文を放ってから急加速。再び距離を広げようとする。魔導士はなんとかアルに近づこうと必死だ。そして、その魔導士たちの前にアルが放った青白い光の玉が飛んできた。次の瞬間、ゴォーーーッと風がうなるような音がして、その点を中心にまるで光の花が開くように白い光が渦を巻いて広がった。
かなりの数の魔導士たちが悲鳴を上げ、飛行する力を失い次々と落下していく。巻き込まれなかったのは、長距離魔法の矢を撃つために減速していた3人や少し離れていた者など、合わせても10人に満たない数である。
アルは飛行を続けて距離を広げた。生き残った魔法使いたちは、戦意を失ったのかその場に呆然とした様子で浮かんでいる。ちょっとやりすぎただろうか。いや、これは戦争だし、相手は40人超でこちらは1人なのだ。やりすぎと考えるのは逆に思い上がりだろう。彼らは、二言、三言言葉を交わした後、急に今度は元の陣に向かって飛行して去って行った。
“逃げてったね”
「ああ、たぶん。そうだね。急いで死体を全部回収して戦場に戻ろうか。ゴーレムたちはどうなったのかも気になるよ。無事だったら良いんだけど……」
アルは眼下に広がる丘陵地帯を見下ろした。低空飛行では来たが、それでも高度は50メートルぐらいある。斜面には落下した魔導士たちの死体が転がっているのが見えた。おそらく生きていないだろう。近郊に住む者だろうか、農夫らしい男たちの姿も見えた。
アルは丘陵地帯に降り立ち、死体を回収し始めた。農夫らしい男たちが3人、恐る恐るといった様子でアルに近づいてきてきた。
「怖がらなくてもいいよ。驚かせてごめんね。僕はアル。ディーン・テンペスト様の弟子で、今はプレンティス侯爵家と戦っているんだ。死体は全部回収するから……」
「テンペスト様の弟子!?」「プレンティスと戦って……」
アルの返事に、農夫らしい男たちは驚いた様子でお互いの顔を見る。ディーン・テンペスト云々の話は今回の設定でしかないが、一応それを貫いたほうが良いだろう。
アルは釦型のマジックバッグに次々と死体を収納していく。今回、強さを見せつける必要があるというので、マジックバッグの存在は隠さないことにした。それも3つもあるのだから1つぐらいはいいだろう。追って来た魔導士の死体の数は38だった。いずれもプレンティス侯爵家の魔導士の徽章をつけている。3つの数字の一つ目はいずれも1だった。第一魔導士団所属ということだろうか。農夫らしい男たちは、その様子を呆然と見ていた。
「タガード侯爵家に攻めこんだ騎士団、魔導士団は今頃、御師匠様のゴーレムでやっつけられている筈さ。さ、僕は帰らないと」
アルはそう言って宙に浮かぶ。それを見て、農夫たちはふたたび驚いて、2、3歩後ろに下がる。
「すごい!」「ありがとうございます!」「ありがとうございます!」
農夫たちはすごく興奮した様子だった。彼らに礼を言われるようなことは何もしていない。この反応はよくわからないが、落下していた死体はすべて山の斜面で見つかり農夫たちの家や畑に迷惑はかけずに済んだようだった。アルは胸をなでおろす。
「じゃぁね!」
アルはにっこりと微笑んで、高く飛び上がった。
“アリュ、途中で姿を変えないとだめよ。ディーン様の姿で来てって言われてたじゃない”
「ああ、そうだったね。わかったよ」
アルは周囲を見回し、誰にも見られずに変身し、着替える事が出来そうな場所を探し始めた。
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ディーン・テンペストに変身をしたアルは空から領都に近づいた。付近の平原を見回すと、プレンティス侯爵家騎士団の本陣が敷かれていたところは、プレンティス侯爵家の折れた旗や軍馬、そして大量の死体が転がっており、数体のゴーレムが佇んでいた。おそらくゴーレムを倒そうとする者たちがいなくなって、行動を一旦止めているのだろう。あれから30分ほどしか経っていないはずだが、見える範囲にプレンティス侯爵家旗を立てた騎士たちの姿はなく、動いているのはタガード家や他の旗を持つ者ばかりだ。
“プレンティス侯爵家騎士団や魔導士団は撤退したっぽいわね”
「ああ、そうかも?」
そう答え、自らのしわがれた声にアル(ディーン・テンペスト)は少し違和感を覚えて眉をひそめた。当然のことだが、声は身体に影響されてしまう。今変身しているテンペストはかなり高齢なので、どうしてもしわがれた声になってしまうのだ。自分の頭に手をやり、薄くなっている白い髪を撫でつける。
“ゴーレムたちは回収していく?”
「そうしたいけど、この状態で降りていくのはちょっと目立ちすぎるかな? まだ顔はあまり知られてないし、どう話したらいいか困りそう。先にタバサさんと合流しよう」
ディーンとしての基本的な話はすり合わせたものの、単独で他人と会話するのはまだまだ不安である。
“そうね。じゃぁ、後回ししにしてお城に行きましょ”
アル(ディーン・テンペスト)は、タガード侯爵家領都に向かった。そして、領都内に居るタバサ男爵夫人と念話で連絡を取りタガード侯爵家の居城に入ったのだった。
「ディーン様、お疲れ様でございました」
アル(ディーン・テンペスト)が案内されて部屋に入ると、タバサ男爵夫人とマラキ・ゴーレムが立ちあがってお辞儀をした。その部屋は以前ビンセント子爵と共に訪れた時に通されたものと同じ貴賓室であった。部屋には他に3人の年配の男たちが居た。
「ディーン・テンペスト様!」
男たちは揃ってそう言ってその場に跪き、深々と頭を下げる。3人はたしかタガード家の会議に参加していた元テンペスト王家に仕える貴族だったはずだ。今はどういう立場なのだろう。
「ん? そなたらは?」
ディーンとしては知らないはずなので改めて聞いてみる。
「ペルトン子爵でございます。財務局で副長官を務めておりました。プレンティス侯爵家が反乱を起こした時には王都におらず、その後はずっとタガード侯爵家に身を寄せておりました。彼らに働きかけ、ずっと王家復興の為尽力していたのです」
「エドシック男爵でございます。兵部局に勤めておりました。ペルトン子爵閣下と同じ身の上でございます」
「ラドクリフ男爵でございます。宰相局に勤めておりました。私も同じです」
そうなのか。パトリシアやタバサ男爵夫人はセネット伯爵に庇護されていたので、プレンティス侯爵が謀反を起こした際にどのように動いたのかはよくわからない。彼らがどういう状況だったのかも確認を取る必要がある気もするが、今は彼らの言葉を信じるしかないのだろう。タガード侯爵家が会議にも参加させていたということはある程度信用できる人材であると期待したい。
「タガード侯爵はどうしておる?」
3人にアルはそう尋ねた。閣下とつけないのは違和感があるが、ディーン・テンペストという立場からするとこう言うほうがいいだろうとリアナは言っていた。この虚勢はどこまで通用するのだろう。
「は、はい。タバサ男爵夫人から、ディーン・テンペスト様とパトリシア姫のなされた事を聞き、プレンティス侯爵家騎士団の混乱を見て、今が好機じゃと叫ばれてほとんどの騎士を連れて出陣してゆかれました。タガード侯爵家に仕える主だった貴族たちも同じでございます」
「そうか」
さて、どうするべきなのだろう。アルは契りの指輪を振り、パトリシアと念話を繋いだ。今の状況を彼女に伝える。
“すぐに呼んでもらってくださいって、リアナが言っています。マラキに転移の魔道具でこちらに来るように言ってくだいますか?”
タバサ男爵夫人かマラキ・ゴーレムなら、転移の魔道具を使えるので研究塔とこの貴賓室を行き来するのは可能だろう。人を連れてくるのなら、それ以降は転移先安全確認用のゴーレムを使ってもいい。
アル(ディーン・テンペスト)はテンペスト王国に仕えていたという3人の初老の男をじっと見た。魔法の反応はないし、武器も持っていない。この様子を見ればアルたちを騙しているような事はないだろう。転移の魔道具の存在は公けになってしまうが、これもマジックバッグと同様、力を見せるためと割り切ろう。
「そなたら、これから起こることは他言無用ぞ」
そう言って、アル(ディーン・テンペスト)は3人を睨みつける。3人はすこし怯えた様子で何度も頷く。
「マラキ、姫を連れてまいれ」
そういって、アル(ディーン・テンペスト)はマラキ・ゴーレムに転移の魔道具を手渡す。マラキ・ゴーレムはそれを受け取ると、研究塔に転移していった。
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誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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