25-2 リアナの提案
夕方、ドリスに起こしてもらってアルが居間に顔を出すと、いつもは食事をとったりして楽しく話をしているテーブルを囲んで、パトリシア、タバサ男爵夫人の他に、マラキ・ゴーレム、グリィ・ゴーレム、そして人形ゴーレム試作品の胸像を利用しているリアナ・ゴーレムが座って話をしていた。ゴーレムたちは表情がないのでよくわからないが、パトリシア、タバサ男爵夫人の2人はすこし強張ったような表情で何か考え込んでいる。
「おはよう」
「おはようございます」
パトリシアはアルに気が付くと、ぱっと顔を上げてすこし泣きそうな顔をしてじっと見つめてくる。
「どうしたの?」
「いえ、今、リアナから、セネット伯爵領の現状や、タガード侯爵領の話を聞いていました。彼女は今、タガード侯爵家を助けに行かないと大変な事になるというのです。そして色々な提案を受けました。私はどう判断して良いのか……」
パトリシアがタガード侯爵家を助けに行く? 一体どういう事なのか。アルはリアナのアシスタント・デバイスがぶら下がっている胸像部分だけの人形ゴーレムの顔をじっと見たが、その仮面は当然のことながら何の表情も示してはいない。今やらないと大変な事になる。詐欺師がよく使う言葉で、信用できないが、リアナがパトリシアを騙したりする必要はないだろう。
「どういう事なの?」
アルはリアナの人形ゴーレムに向かって尋ねた。
「現在、プレンティス侯爵家の軍勢はタガード侯爵家の領地に攻めこんでおり、プレンティス侯爵家がかなり優勢な状況であるというのは、アル様もご存じかとおもいます。ここでタガード侯爵家がプレンティス侯爵家に降伏すれば、かつてのテンペスト王国の有力な勢力で、プレンティス侯爵家に対抗できる勢力はなくなってしまいます。となると、現在中立を保っているノーマ伯爵などの勢力もプレンティス侯爵家になびく可能性が高いと思われます。およそ2年に渡った内乱は終結し、テンペスト王国は完全にプレンティス侯爵家の手に落ちることになるでしょう」
なるほど……。細かい事はよくわからないが、2つの勢力の間でどっちが強いかの決着がついてしまえば、みんな強い方になびいてしまうというのか。それはそうかもしれない。しかし、パトリシアはまだ14才だし、それに対して何ができるというのだ。
「アル様もプレンティス侯爵家の魔法使いたちには特別な感情があるというのはグリィから聞きました。プレンティス侯爵家が力を持つと、配下の魔法使いたちはますます色々な所で活動をし始めるのではないでしょうか。アル様にとっても、プレンティス侯爵家の魔法使いの動きを封じる最大のチャンスは今だと考えます」
リアナの説明に、アルも頷かざるを得なかった。この話も確かに困る。プレンティス侯爵家の魔法使いが蛮族に食料を与えて増やしていた事は許しがたい行為だと思っているし、もしかしたら、アル自身が幼い頃にゴブリンに襲われ、双子の妹が命を落としたのもそのせいかもしれないとも思っている。
だが、アルも一人の魔法使いでしかない。漠然とシルヴェスター王家が遠征軍を派遣してくれているし、タガード侯爵家と共にプレンティス侯爵家をなんとかしてくれるのではと思っていた。
「シルヴェスター王国があるよね? ナレシュも居るし、なんとかならないの?」
アルの問いに、リアナ・ゴーレムは軽く頷いて言葉を続けた。
「はっきりとはわかりません。ここからは推測になりますが、もしテンペスト王国がプレンティス侯爵家に掌握されてしまった後では、いくらシルヴェスター王国がセネット伯爵家の血を引くナレシュ様を旗印にするとしても、国家間の侵攻の名目であると主張され、ノーマ伯爵のような勢力も敵に回ってしまう可能性、さらに別の国の介入を招く可能性が出てまいります。その戦いは難しくなるでしょう。騎士たちだけでなく、一般の住民たちの被害者も増えることになります」
チャンスであることはわかった。だが、パトリシアと同様にアルも個人でしかない。
「状況は、まぁ、わかったよ。でも、侯爵家相手に一体何ができるっていうの? プレンティス侯爵家の魔法使いを一人ずつ殺すとか意味はないよね」
「はい。全くとは言いませんが、あまり意味はないと思います。ですが、今回、プレンティス侯爵家は焦りからか過ちを犯しました。それによって、我々にもチャンスが生まれたと考えています」
過ち? チャンス? 一体どういうことだろう。アルはとりあえず、皆が座っているテーブルに自分も座った。ドリスが茶を運んできてくれる。
「記録して頂いたタガード侯爵家の会議のやりとりを見ていると、プレンティス侯爵家は、自らの騎士団の先頭に立っているゴーレム。あのゴーレムはテンペスト王家に伝わるゴーレムであり、王権を正しく継承したと主張しているようなのです」
「でも、あれはあと7年使えないはずじゃ……」
アルはそう言って、パトリシアをちらりと見た。彼女は私にはわからないといった様子で首を傾げる。
「アル様からお預かりした破壊されたゴーレムの魔道回路を解析してみましたが、あれは、テンペスト様の墓所を作った際に使用した作業ゴーレムでした」
マラキ・ゴーレムが割り込むように言葉を発した。
「え? 他に古代遺跡があったとかじゃなく? たしか、マラキの人形ゴーレムと一緒に隠されていた格納庫には10体の作業ゴーレムしかなかったよね? 東峠関城を攻めたプレンティス侯爵家の軍隊に同行していたのはもっと数がいたとおもうんだけど……」
「はい。ですが、格納庫は別にもう一か所、入口近くに隠してあったのです。そこに収容されていたものと合わせると、作業ゴーレムは20体となります。それならば数はつじつまが合うのではないでしょうか」
そうだったのか。テンペストの墓所の入口あたりには、テンペスト王国の旗と太陽神ピロスの旗を掲げた軍勢らしきものが陣を敷いていて調べることができなかったのが悔やまれる。
「作業ゴーレムは簡単に支配下に置けるの?」
「簡単ではなかったはずです。実は運び出せなかったテンペスト様の石棺、あれが制御用の魔道装置でした。ゴーレムの格納庫の入口もそうですが、これも偽装してあったのです。これで大丈夫だと私は考えておりました。そして、もし使役できたとしても、戦闘力の高い守護ゴーレムは1体だけで、他は作業ゴーレム。たいしたことはできないとも思い込んでおりました。共に私の判断が甘かった。残したゴーレムたちが、このような示威行為に使われるとは……」
マラキ・ゴーレムは力なく首を振った。リアナ・ゴーレムが言葉を継ぐ。
「プレンティス侯爵家騎士団の指示で動くゴーレムを見て、関城だけでなく、他の街を守っていたタガード侯爵家に仕える騎士だけでなく住民の多くがプレンティス侯爵家の言葉を信じてしまい、抵抗する気力を失っているようです。ゴーレム使いとして有名な魔法使いであるテンペスト。その王国の者であるという誇り。建国の物語は脈々と受け継がれていたのでしょう。それに対してタガード侯爵家もなかなか打つ手がない様子でした」
「なるほどね。もし、そうだとしたら、どうしたらいい?」
作業ゴーレムがなくなれば、タガード侯爵家も戦えるということなのだろうか。守護ゴーレムならともかく、作業ゴーレム程度なら貫通する槍呪文を使えば倒せるだろう。簡単に倒して見せればタガード侯爵家も抵抗する気力を取り戻すだろうか。
「おそらく、制御用の魔道装置である石棺を戦場に持ち込んでいるはずです。マラキなら、100メートル以内に近づけば魔道装置を操作することができるのです。どのように制御用の魔道装置を理解し使用しているのかはわかりませんが、まずは石棺に近づき、テンペストの墓所にあった作業ゴーレムの制御をマラキに奪わせたいです」
リアナ・ゴーレムの話にアルは思わずそれは面白そうだと思ってしまった。もし、戦いの途中で急に作業ゴーレムが行動を変え、プレンティス侯爵家の騎士団を襲い始めれば、プレンティス侯爵家の騎士団は混乱し、タガード侯爵家の騎士団は息を吹き返すだろう。
「なるほど。それならマラキのアシスタント・デバイスをもって、僕が忍び込めばいいんだね」
すぐ横までというと難しいだろうが、100メートルの距離に近づくだけならいくらでもやり方はありそうだ。だが、リアナ・ゴーレムは首を振る。
「アル様には別にやっていただきたいことがあります。そちらの方が大変なのですが……」
リアナ・ゴーレムが軽く首を振って、言葉を続けた。
「王家とは別の、テンペスト様の隠された直系の子孫、隠されていた研究塔に住む魔法使い……を演じて頂きたいのです」
アルは首をひねった。テンペスト様の子孫? どういう事?
「ゴーレムがプレンティス侯爵家の意図と反する動きを始めたら、当然、原因は何かという事になります。その際、プレンティス侯爵家は正当に継承したわけではないと誰かが主張しなければなりません。となると、パトリシア様が実際に姿を現し、プレンティス侯爵家を非難し、タガード侯爵家を支援すると宣言するのが最も効果的であると考えます。ですが、その際に一番問題になるのは、パトリシア様に後ろ盾がない事です。本来であれば、叔母君であるタラ子爵夫人、或いはその夫君であるレスター子爵あたりなのでしょうが、グリィやテスの話からすると、2人は全くそれには適さないようです」
アルはそれに頷いた。レスター子爵は完全にユージン子爵たちの仲間だろうし、タラ子爵夫人にはそういうことはできないだろう。リアナ・ゴーレムはさらに言葉を続けた。
「現在、シルヴェスター王国騎士団と共にいる旧テンペスト王国第一騎士団のパウエル子爵は勇敢な方のようですが、その人柄はわかりません。タガード侯爵家の会議に旧テンペスト王国の貴族の方も3人参加されていたようなのですが、そちらもタバサ様に聞くと名前が判る程度で、後ろ盾としてよいのかは全く判断できません。そして、反プレンティス侯爵家最大勢力であるタガード侯爵家を後ろ盾とするとなると、ジリアン様はパトリシア様との婚約を強く主張されるでしょう」
ジリアン。彼の名が出て、アルはパトリシアの顔を正視できずにいた。もちろん、パトリシアの生存を知ったとなれば、彼はすぐにパトリシアに会おうとするだろう。パトリシアはそれに対してどういう反応をするのか? アルは頭を掻き、落ち着かない様子で何度も座り直す。リアナ・ゴーレムはそのアルの様子を気にかけることなく、言葉を続けた。
「テンペスト様の御遺体はまだ残っているとマラキに聞きました。アル様なら、動物変身呪文を使って、亡くなられたテンペスト様に変身することができるはず。その状態で、動物変身呪文に探知回避呪文を使った上で、テンペスト様の子孫を名乗って、パトリシア様の横に居て頂きたいのです。ずっとではありません。適切な後ろ盾になりうる人物が見つかるまでの間です。その間、子孫とアル様自身の一人二役をこなしていただきたいのです。テンペスト様の御子孫という立場で、この研究塔に残る守護ゴーレムやマラキ・ゴーレムを従えた者がパトリシア様の横で後ろ盾として居れば、どの勢力もパトリシア様に強い事をいうことはできないでしょう」
変身自体は出来るだろう。しかし、それだけでは無理だ。アルはその子孫を演じる際に何を話してよいのか全く分からない。そして、それ以前に問題もある。マラキはどう考えているのだろう。彼はテンペストをこよなく敬愛していたはずだ。
「マラキはそれを許せるの?」
「はい。今回はテンペスト様の血をひくパトリシア様を助けるためというのもありますが、実はアル様の様子を見ていて、ずっと私の知らぬテンペスト様の若いころはこのような感じだったのではないかと想像しておりました。余人ならともかく、アル様でしたら……」
それは良いのか……。しかし、この方法はなんとなく皆を騙すような事だなという気持ちを拭いきれない。この方法しかないのだろうか。リアナ・ゴーレムをじっと見た。
「何を話すべきかは、私からグリィのアシスタント・デバイスを通じてお伝えしますのでご安心ください。もう一つ、この方法をとる理由があるのです。以前より、パトリシア様からはジリアン様との婚約の破棄はどうすればいいのか相談を受けておりました。その為にはタガード侯爵家に対して大きな影響力を持つ必要があります。この方法で、タガード侯爵家を救援したタイミングを利用すればそれが可能だと考えました。アル様もそれにご協力いただけませんか」
読んで頂いてありがとうございます。
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誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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