25-1 報告と情報共有
シルヴェスター王国の遠征軍の陣地に無事に到着したアルたちは、出発の際に使用したテントに着陸した。すでに朝になっていたので、降下してきたアルたちをみていた騎士や従士は多かったが、その殆どは一緒に飛行している中にビンセント子爵やドレス姿の女性の姿がある事にすぐに気付いたので、弓などで攻撃されることなかった。
「お疲れさまでした」
着地すると、アルはそう言って急いで運搬呪文で作った椅子の固定器具を解除する。
「ありがとう」
ビンセント子爵の配下の騎士がすぐに立ち上がろうとしてバランスを崩しかけ、すこしたたらを踏む。
「大丈夫ですか? ずっとじっとしていると身体が強張ったりすることもあるのかも?」
「ありがとう。大丈夫」
アルは心配そうに騎士をみていたが問題はない様子だった。他の3人はゆっくりと慎重に立ち上がった。
「ご苦労だった。丸1日とちょっとで、ここからタガード侯爵領の領都を往復できるとはな。本当にすばらしい」
ビンセント子爵がそう称えると、その横でノラも頷く。
「本当に、快適でしたわ。こんな空の旅行ができるなんて。雲の上から見る朝日はすばらしい光景でした。このような戦時でなければもっとよかったのですが」
そう話していると、セオドア王子とその護衛の騎士たちがテントに入って来た。テントの周りには多くの人が集まってしまっている様だ。
「ビンセントが帰って来たと聞いたが……。おお、無事だったか。よかった。こちらは……ん? タガード侯爵家のノラ姫?」
セオドア王子はノラの存在に驚きつつも、丁寧な礼をした。
「ようこそ、シルヴェスター王国の陣に。到着を歓迎いたします」
「ありがとうございます。セオドア殿下」
丁寧に交わされる挨拶。しばらく時間がかかりそうだ。空からの訪問者ということで、テントの周りではかなりの騒ぎになってしまっている。昼間ではなく夜にこっそり来れればよかったのだが、ノラをつれているという状況では無理だっただろう。
“ギュスターブ兄上ー。 お元気ですかー?”
少々魔法を使っても、既にこれだけ目立ってしまっているのだ。問題ないだろう。アルはそう考え、横で片膝をついて待機している姿勢のまま、兄に念話を送る。この野営陣にいるのなら、有効範囲内だろう。
“おお、アルフレッドか。王国騎士団の陣地で騒ぎが起きているようだが、お前か? 一体何をした?”
問い質された……。決して悪い事はしていないのに。
“極秘任務としてビンセント子爵閣下をお連れして、空を飛んでタガード侯爵家の領都まで行ってきた帰りだよ……”
アルは、状況を話し、続けて今、レイン辺境伯領で発生しているユージン子爵をめぐる一連の騒ぎについて説明をする。
“そんな事になっているのか。それで昨夜、レイン辺境伯配下の貴族や騎士の何人かが王子直属の騎士たちに拘束されたのだな。レイン辺境伯騎士団では、理由が告げられておらず大騒ぎになっている”
もう内通者の特定が行われ、拘束までされているのか。素早い。もちろん全員の洗い出しは出来ていないだろうが、これでプレンティス侯爵家側も動き難くなっただろう。
“この後、出来れば会いたいけど、どうなるかはわかんない。便利に使われそうだったら、一旦姿をくらますかも……。この連絡については、内緒にしておいて”
“相変わらずだな。わかった。デュラン卿とは情報共有するかもだが、それはいいな”
ギュスターブは苦笑を浮かべているような雰囲気であった。
“もちろんいいよ。デュラン卿の従士のヒース様にはお世話になったって御礼を……”
「お疲れだった、アルフレッド」
”ごめん、兄さん。またね”
急にセオドア王子が話しかけてきた。アルは念話を中断して頭をさげる。
「詳しくはビンセントから聞く。ずっと寝ていないらしいじゃないか。しばらく休んでおくがいい」
いつもと口調が少し違う気がするのは、ノラが居るせいだろうか。アルはその姿勢のまま、深く頭を下げる。
「申し訳ないのですが、故郷の様子などが気になります。戻らせて頂いてよろしいですか?」
「そうか……。また落ち着いたら何事か頼むやも知れぬと思ったが……仕方あるまい。今回の一連の褒賞については、この遠征が終わった後だな。まだ気持ちは変わっておらぬか?」
気持ち? 男爵位の話だろうか。アルは首を振る。セオドア王子は残念そうにそうかと答えた。よかった。危ない所だった。申し出なければ、さらに仕事を依頼され、ここを離れられなくなっていたかもしれない。
王子には戻ると言ったが、戻る先は研究塔のつもりである。実は、帰る途中で、リアナが出来れば一度パトリシアと話をして欲しいと言っていたのだ。状況はかなり際どいところまで来ているらしい。アルにはよくわからないが、一度、パトリシアとしっかりと話をしなければというのは考えていた所である。それにゴーレムの魔道回路についても気になるし、未習得の呪文の書もある。いそいで研究塔に行くのは丁度いい。
「では、失礼いたします」
「うむ。またな」
セオドア王子だけでなく、ビンセント子爵やノラにも丁寧な礼をして、アルはその場を後にしたのだった。
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セオドア王子の陣を出たアルは、リアナに急かされ、最低限の安全確保だけで転移の魔道具を使って研究塔に移動した。最低限しか行っていないためここに安全に戻ってくることは難しい。そのため、転移の魔道具の転移先は登録し直さないままにしておく。
以前はこのやり方をしてしまうと、研究塔からレイン辺境伯領に戻るのに一日以上空を飛ぶ必要があったので問題だったのだが、今は死の川の上流に移送空間が設定されているので、それと各種ゴーレムを利用すれば転移の魔道具の転移先を移送区画に再登録することが可能になっている。そのため、このやり方をすることにしたのだ。
「ただいまー」
研究塔の着地点につき、そこからいつも生活をしている7階に上がったアルは、居間の扉を開けてそう声をかけた。パトリシアたちは厨房に居たらしい。彼女はすごい勢いでそちらから飛び出して来た。
「アル様ーっ」
少し息を切らしながら走って来たパトリシアはその勢いのままアルに抱きついた。慌ててアルは彼女を受け止める。
「パトリシア様!」
追うように出てきたタバサ男爵夫人がパトリシアを窘める。彼女は名残惜し気に身体を離した。
「お帰りなさいませ、アル様」
そう言い直し、改めてお辞儀をするパトリシア。その後ろでタバサ男爵夫人と追いついてきたドリス、マラキ・ゴーレムもお辞儀をした。
「た、ただいま。こっちは異変無かった? それと、これは返しておくね。リアナがいろいろとパトリシアと相談したいことがあるみたい」
アルはすこし赤い顔を誤魔化すように頭を掻きながら挨拶を返し、リアナのアシスタント・デバイスをパトリシアに手渡す。
「はい。こちらは大丈夫でした。ありがとうございます。重要手配の話を伺った時は本当にびっくりしました。レビ商会の方々やエリック様たちはご無事でよかった」
パトリシアは受け取ったリアナのアシスタント・デバイスをペンダントとして付け直す。彼女はリアナから色々と話しかけられているようで、懸命に頷いている。
「今、午前中に捕った魚をみんなで手分けしてさばいていたのです。パトリシア様は料理もお上手になられましたよ」
その様子を見て、タバサ男爵夫人が少し嬉しそうにアルに説明してくれた。
「そうなんだ。急に帰って来たけど、僕の分もある?」
「もちろんです。姫様はいつもアル様の分を用意されていらっしゃいますよ。今日の夕食は楽しみになさってくださいませ」
いつも用意してくれているのか。何か申し訳ない。
「悪いけど、昨夜は仮眠しか出来てなくてさ。ちょっと寝てきていいかな?」
ゴーレムの魔道回路や未習得の呪文の書もあるが、さすがに少し疲れた。マラキに見てもらえればと思って魔道回路の入ったマジックバッグを渡しておく。
「お部屋を用意してきますね」
「ああ、いいよ。適当にするから」
アルが慌てて制止したが、ドリスはにっこりと微笑んで部屋を出ていく。
「アル様。リアナが、昨夜の会議の様子を私とタバサに見て欲しいと言っています。眠られていても、再生というのは可能でしょうか? もしそうなら……」
記録再生呪文は一度使えば呪文で作った窓のようなところで記録したものが再生されるので問題ないだろう。そういえばジリアンが映っていたな。
「わかったよ。このテーブルの上でいい?」
アルは呪文を唱え、記録の再生する窓をみんながいつも食事に使っているテーブルの上に指定した。四角い窓が出来て、そこに城の貴賓室の様子と、その上に小さい窓で会議の様子が映し出される。
「浮遊眼の眼経由の映像だから、音は録れていないのは許してね」
アルは画像の表示位置を調整して浮遊眼の眼に映っている部分を拡大表示した。
「それは、唇の動きでおおよそわかります と リアナが言っています」
「へぇ、そんな事できるんだ」
“じっと注意してれば、わたしもできるよ!”
グリィがアピールしてきた。唇の動きか……。それでわかるのは便利そうだ。そういえばとグリィの人形ゴーレムも取り出しておく。
「じゃぁ、ちょっと寝てくる。再生は繰り返しにしておく?」
「……はい。可能ならそれでお願いします」
ドリスが戻って来た。部屋のシーツを整えてくれたらしい。
「ありがとう、ドリス。じゃぁみんなおやすみー。夕方には起こして」
アルはそう言って自分の部屋に帰っていったのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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