24-6 ナレシュの回答 そして出発
山﨑と子先生のコミカライズ Webで第14話② が 7/3公開されました。
感想にて、運搬呪文は熟練度12にあがっていましたよというご指摘を頂いて、修正を加えています。ご了解ください。
アルがクレイグやシグムンドと色々と話し込んでいると、ナレシュ、ゾラ卿、ジョアンナがテントに帰って来た。それを待っていたのかもう一つのテントに居た従士たちもぞろぞろとやって来る。
「お帰りなさい。お邪魔してます。席外しますね」
これから男爵家の会議なのかもしれない。アルは急いで立ち上がってお辞儀をし、テントを出ようとした。
「アル君、大丈夫。すぐ終わるから少し待っていて」
ナレシュの制止でアルは頷いて再び座り直した。
ふと、見回すと、ナレシュの配下はクレイグとシグムンドたちを除くと、ほとんどがテンペスト王国ゆかりの人物ばかりであるのに気がついた。それも、そのほとんどが旧セネット伯爵家に仕えていたものばかりである。もちろん、彼の父親であるレスター子爵家からの支援がほとんどないということなので、それも仕方のない事なのだろう。
彼らは色々と書類を持ってきては、ナレシュやゾラ卿に指示を仰いでいた。会議ではなく、従士たちは皆、ナレシュの決裁を求めて来ただけのようである。その中にサンフォード卿も居て、アルを見つけるとにっこりと微笑んでくれた。彼の父が殺された事件でアルがいろいろと活躍して以来、彼とは友好な関係を築けている。
「待たせてすまなかった。いろいろと大変だったみたいだね」
騎士や従士たちとの話がひと段落ついた後、ナレシュはアルに話しかけた。
「あ、うん、ううん、大丈夫だよ」
呪文を練習していた手を止めて、あわててアルは答える。
「手が空いたら呪文の練習っていうのは相変わらずだね」
苦笑を浮かべるナレシュにアルは頭を掻く。ナレシュはアルの近くに改めて座り、言葉を続けた。
「パーカー子爵閣下からの報告書は僕も読ませてもらったよ。大活躍じゃないか。殿下からは男爵位を勧められていたようだけど、どうして受けないの? 受けてくれたら、僕としても貴族仲間が出来て嬉しいけど」
「僕が貴族として過ごすなんてとても無理だよ。冒険者で居るほうが断然気楽だよ。呪文の練習時間も圧倒的に減っちゃいそうだしさ」
首を振るアルにナレシュは残念そうに唇を尖らせた。くくくっとゾラ卿が横で噴き出した。
「たまに、こういう人間が魔法使いには居ますね。森で隠者として暮らしたり、魔法使いギルドで研究職として過ごしたり……。そういえば、アル殿はコール殿と話が弾んだのではないですか?」
アルは驚いてゾラ卿の顔を見る。以前に誰かに聞いた話によると、アルの倍以上の年齢のはずだが、彼の顔は不思議と皺が少なく、30代、いや場合によっては20代でも通用しそうである。
「コールとお知り合いですか?」
「ええ、よく存じ上げていますよ。彼には呪文に関する疑問があるとよく教えて頂きに行ったものです。彼はある意味奇特な人でね。惜しみもなく知っている事を教えてくださったのです。ただ、こちらが話した事も周りに話してしまわれるので、注意も必要な人でした。もちろん私がまだ若く、プレンティス侯爵家とセネット伯爵家の仲がそれほど悪くなかった頃の話です」
コールのこともパーカー子爵の報告書には書いてあったのだろう。意外と有名人であったらしい。
「アルが叙爵してくれないのは残念だな。そうだ、アル、今夜の件だけど、色々と話し合って、ジョアンナの参加は見送られることになった。ビンセント子爵の護衛として騎士を2人付けたいそうだ。1人は全身鎧だが、もう一人は体重の軽いものを選抜して部分鎧を装着させるらしい」
部分鎧というのは、首筋や胸、腹などの身体の急所を金属製の装甲で守る鎧の事だ。全身鎧に比べて確かに総重量では抑えられるだろう。子爵と全身鎧と部分鎧の騎士1人ずつなら、大丈夫そうな感じがする。
「総重量で350…正確には360キログラムの範囲内なら大丈夫ですから、それに合わせて用意してくださるのでしょう。ところで、ジョアンナさんの参加はどうして見送られることになったんですか?」
もちろん高い所が苦手な彼女にとっては良かったとは思うが、元々何か理由があって彼女の参加を依頼していたのではないのだろうか
「ああ、パトリシア姫の生存が明らかになったからということらしい。元々は姫の身辺警護役であったジョアンナの姿をタガード侯爵に見せて姫の生存を匂わせようという腹積もりだったようだよ」
タガード侯爵家の嫡男、ジリアンはパトリシアの許婚だった。彼女の生存を告げるのでジョアンナの姿をわざわざ見せる必要はないという事だろう。匂わせようとしたという最初の意図がよくわからないが、そうなるのは仕方のないことかもしれない。アルは少し項垂れる。
「難しい顔をしているね。姫とは、きちんと話をしていないのかい? 話をすることは大事だよ。僕はルエラと何度も話をした。僕の母は政治的な、外交的な婚姻だったからね。母のような苦労を彼女にはさせたくない」
たしかにナレシュの言う通りだ。今回の件が終わったらきちんと話をしようと思う。だが、間に合うだろうか。
アルの様子を心配そうに見ているナレシュの背後にクレイグがやって来て耳元で何かを囁いた。金貨……と聞こえたような気がする。ナレシュが驚いた顔をしている。先程の申し出た話を告げているのだろう。
「アル、そんなにたくさんの金貨、大丈夫なのかい?」
「大丈夫です。1000枚で足りますか? もう1000枚足します?」
まだ、プレンティス侯爵家の魔導士から取り上げた2000枚を超える金貨はほとんど手付かずの状態だ。アルの言葉にクレイグとナレシュ、そしてゾラ卿が顔を見合わせる。ゾラ卿が、もしそうならと言い出し、クレイグは申し訳なさそうに首を振る。3人はアルの前で小さな声で話し合っていたが、ナレシュはなかなか納得しない様子だ。
“アル様、ナレシュ様が力を持つことが、パトリシア様への後押しになります。そう説明してください”
リアナがアルの耳元で力説する。アルは彼女に促されるままに口を開いた。
「ナレシュ……あ、ごめんなさい、セネット男爵閣下。多分だけど、セネット男爵閣下が今、このタイミングで旧伯爵の寄子であった人たちに認められ、力を持つことが、パトリシア姫の為になる……んだよ。だから……」
アルの説明に、ゾラ卿は我が意を得たりとばかりに大きく頷く。
「2000金貨があれば、今、苦しんでいる旧セネット伯爵家に仕えていた者たちにいくばくかの支援までおこなえます。もし、この遠征軍が結果を出せば、今はプレンティス侯爵家に忠誠を強制された者たちも叛旗を翻し、我々の下に参集する者が多く出てきましょう。200年です。200年の間、セネット伯爵家に仕え、支えてきた者たちなのです。心ではセネット伯爵家の事を想っている者たちであることは確かです」
2000金貨でどれほどの事ができるのかどうか、アルにはよくわからない。それに、彼の話でもこの遠征軍が結果を出せばというのが前提となっている。この遠征軍が今にらみ合っているセネット領都を落としたらなどと考えているのかもしれない。だが、その際に、何らかの切っ掛けぐらいにはなり得るのだろう。ゾラ卿の考えている事と、リアナの考えている事は似ているに違いない。
「わかった……よ。アル君、本当に金貨を2000枚も借りて良いのかい?」
ナレシュはしぶしぶといった様子でアルをじっと見た。これがきっとパトリシアの為になる。リアナとグリィの言葉を思い、アルは大きく頷いた。元々はプレンティスから取り上げた軍資金でしかないのだ。
一旦テントの外に出て、ゾラ卿に移送呪文の存在が気付かれないように、色々と偽装をしながら金貨の袋を取り出す。そして、一袋目と同じように、アルはそれをクレイグに手渡す。
「サンフォード卿、ジョアンナ! どこにどう手紙を出すか、再検討しましょう。頑張りますよ!」
ゾラ卿はそれを受け取り、嬉しそうに周囲に声をかけたのだった。
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暗くなり、早めの夕食を摂ったアルは、再びセオドア王子のテントを訪れた。そこにはセオドア王子、ビンセント子爵の他、騎士が2人、部分鎧を身に付け、腰に剣を下げた小柄な男女が2人立っていた。足元に背負い紐の付いた木箱が一つある。
「アルフレッド。来てくれたか。一応人選は済ませた。ああ、人数が多い分は飛行の時に問題があった時の控えだ。ビンセント子爵と護衛の騎士2人で一応300キロ内には収まっているはず。よろしく頼む」
「はい、早速試しましょう。呪文を使っても大丈夫ですか?」
アルの問いにビンセント子爵が頷く。
『飛行』
『運搬』 -椅子3
アルが、運搬呪文で作った椅子を勧める。今回は座面と背もたれだけでなくその左右に持ち手、さらに足を乗せるところもあるタイプにした。ビンセント子爵と小柄な男女1人ずつが恐る恐るといった様子で近づいてきて、ぷかぷかと宙に浮かぶ椅子にそれぞれ座った。緊張の色はあるが、幸い、恐怖の表情を浮かべている者までは居ないようだ。
「まず、少しだけ浮かびますね。座った面の左右にある持ち手をしっかりと持ってください」
テントの中なので、天井はさほど高くない。すぐに30センチほど地面から浮かんだ状態になった。
「大丈夫そうですか?」
「ああ、大丈夫だ」「はい」「問題ありません」
アルの問いに、3人は普通に返事を返してくる。今のところ問題はなさそうだ。
「不思議なもんだな。ビンセントが前に魔法使いに抱えられて飛んでいた時は、ビンセント本人も魔法使いも揃って必死で苦しそうな形相だったが、これは平気そうだ」
セオドア王子が感心して呟く。
「あの時は、抱えられるこっちも、ほんとうに息苦しかったのですよ。それに比べれば、これは全く楽なものです」
「じゃぁ、テントの外に出ますね」
『知覚強化』 -暗視
アルは自分に知覚強化呪文をかける。月や星は雲で隠されていて野営地の周囲は真っ暗なのだ。
「今の呪文は?」
ビンセント子爵が尋ねる。アルが暗闇でも見える呪文ですと答えると、そんなものがあるのかと驚き、自分にもつかってくれないかと申し出た。
「いいですよ? でも、他人にかけると効果時間は1時間ぐらいで、本番の時は途中で効果時間が切れると思います」
アルの説明にビンセント子爵がそれは仕方ないなと頷き、それでもできれば出発前と到着近くには状況が見えるとありがたいのだがと言う。緊急時でなければ、それぐらいは大丈夫だろう。わかりましたとアルは答えて、呪文を受け入れるようにと念押ししてから彼に呪文をかけた。
「では行ってきます」
アルは王子のテントから出た。当然アルの後ろにはビンセント子爵たちの座った椅子がついてくる。
「飛びますよ。まずは上がります」
アルはそのまま200メートルほどすぅーっと高度を上げていく。
「おおおお、すごい。テントがみるみる小さくなっていく。あれがセネット伯の旧領都か……高いとよく見えるな。こんな高さまで簡単に上がれるのか」
ビンセント子爵はそう声を上げた。暗視のかかっていない2人の騎士もじっと下を見ていた。野営地には所々にたき火が燃えているので、それを見ているのだろう。3人とも高い所でも大丈夫なようだ。
「飛行呪文でこれぐらいの高さは普通に上がれる筈ですよ? これぐらいなら弓も大丈夫そうでしょうか?」
「そうなのか? 前回はこれ程まで高くは来なかったな。弓は大丈夫だと思うが、小高い丘や塔があったら、もっと高度を上げるべきかもしれないな」
成程、念のためにもう少し高度をとっておこう。アルはさらに100メートルほど高度を上げる。これぐらいの高さならそれほど寒くもない。後ろに乗せた3人の様子を確認しながらアルはゆっくりと右回りに回転をした。
「じゃぁ、軽く10分程飛んでみますね。気持ちが悪くなったりしたら言って下さい」
アルはそう宣言し、徐々に速度を上げ、最終的には時速30キロほどの速度で野営地の上空を何周か回った。3人とも特に怯えるような反応はない。むしろ楽しそうである。アルは大丈夫そうだと判断して、王子のテントに戻った。
「戻りました」
王子によるとアルたちが上がっていってすぐにもう見えなくなり、上空を飛んでいる間もほとんど見えなかったらしい。この様子なら、空を飛んで移動するのを狙われたりすることはなさそうだ。
「大丈夫そうですね。じゃぁ、トイレを済ませて出発かな。30分後ぐらいでしょうか?」
「ああ、それで頼む。ビンセント、よろしくな」
アルとビンセント、そして彼の護衛の騎士たちは深く礼をして出発の準備を整えるのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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諸々よろしくお願いいたします。




