24-4 情報連携と依頼
「こちらは、パーカー子爵閣下よりお預かりしたものです。先にお渡ししておきますね」
セネット領都を望む丘の上に築かれた野営陣。その中の一つであるセオドア王子の天幕に案内されたアルは背中のバッグから大きな包みを取り出した。ニコラス男爵から色々と注意点や符丁を聞いた後、改めてパーカー子爵に出発の挨拶をしたときに渡されたものだ。
天幕は人払いされていて、中に居るのはセオドア王子の他に、以前使節団にも参加していたシルヴェスター王国騎士団軍務局の副長官であるビンセント子爵、そして何故かナレシュとゾラ卿、ジョアンナが居た。アルとしては3人が居る理由は気になるものの、王子の前で尋ねる訳にもいかない。
もちろん、この3人であればアルの訪問を知ったとしても問題はないだろう。
「中身は聞いているか?」
セオドア王子が不思議そうな顔をして、横にいたビンセント子爵に受け取るように促す。
「お手紙の他、ユージン子爵の配下であるブルックとプレンティス侯爵家魔法研究室の研究員コールから聞き出した情報の詳細だそうです。これがあれば辺境伯騎士団に紛れ込んでいるユージン子爵やプレンティス侯爵家から息のかかっている者の洗い出しが進むだろうと仰っていました」
「ほう、こちらの用事で来てもらったが、これはこれで重要な情報じゃねぇか。それだけでも価値があるかもしれねぇ。ある程度洗い出せれば、行動がとりやすくなる。毎日の連絡で簡単には聞いていたが、今回はいろいろとやってくれたみたいだな。ユージンの事は全く油断していた。パーカーからの警告が無ければ、我々は裏切り者を懐に抱えたままで決戦を挑み、負けていたかもしれねぇ」
「殿下……」
ビンセント子爵が少し窘めるような口調で言葉を挟んだ。
「ビンセント、助かったのは事実だろう? 言葉を飾っても仕方ねぇぜ」
「それはそうですが……」
ビンセント子爵はセオドア王子の言葉に顔を顰めている。非公式な場ではあるが、こういうやり取りができるということはこの2人はかなり親しい間柄なのだろう。ビンセントは包みの中にあった羊皮紙の束から手紙と思われるものを取り出して、セオドア王子に渡した。
「ちょっと待ってな。手紙を先に読む」
セオドア王子は、パーカー子爵の封蝋を確認してから手紙をひらく。しばらく読んで、彼は驚きに目を丸くした。
「パトリシア姫が……。本当なのか、アルフレッド?」
最後にパーカー子爵とやり取りした事が手紙には書かれていたのだろう。アルははいと言って頭を下げる。セオドア王子は最後まで手紙を読み終えると、それをビンセントに渡した。ビンセントは手紙を受け取ると食い入るようにして読み始めた。ナレシュたちもパトリシアの事が書かれていたと知って少し身を乗り出した。ジョアンナに至っては、まるで彼女がこの場にいるのを探しているかのようにキョロキョロしている。
「アルフレッド、姫はどうするつもりなのか聞いているか?」
アルは軽く首を傾げた。彼女の気持ちについては、アルも知りたい。
「申し訳ありません。今は唯一生き残っている王族として身の危険があり、姿を隠しておられますが、どうするつもりかについては何とも……。ずっと隠れているわけにはいかないとは仰っておられましたが……」
セオドア王子はじっとアルの顔を見ていたが、少ししてから軽くふふんと微笑んだ。
「そうか……。なぁ、アルフレッド、今回の戦いに勝ったら、俺の部下として王国騎士団に入らねぇか? いや、是非入って欲しい。前回、兄の叙爵を願っていたぐらいだから後継ぎではないんだろ? 家を新たに立てると良い。そうだな、法服にはなるが男爵位ぐらいは保証しよう」
早速……、それも男爵位の提示である。心は揺れるが、アルは首を振った。
「申し訳ありません。私自身は冒険者が向いているようで、お仕えすることはできません。ご容赦ください」
「男爵位では不足か? それとも他に何か欲しいものがあるのか? マジックバッグは無理……いや、そなたが仕えてくれるのならば考えても良い。他に希望があれば言ってみよ」
アルは少し考えてから口を開く。
「私自身は、現在、レイン辺境伯家から重要手配されています。それの撤回と、その分の名誉回復のために私のような立場でも頂ける何かしらの勲章を頂ければと思います。それ以上のものは、チャニング村を治める父かレイン辺境伯家に仕えている兄にご配慮いただけないでしょうか」
アルはグリィと並んでぶら下がっているリアナのペンダントを軽く弄った。パトリシアから、アルはジリアンと会う事になるであろうから彼の人の人となりを知りたい。これを持って行って欲しいと頼まれたのである。と言ってもパトリシアと直接会う時間はとれなかったので、釦型のマジックバッグを一時的に研究塔の移送区画に入れ、そこで待機していたパトリシアがそれを操作して、中にリアナのアシスタント・デバイスを収納するというやり方で受け渡しを済ませただけだった。アル以外の人間が触っても、移送区画から持ち出さなければ、再び取り出すことは可能だった。もちろんグリィのペンダントと同じように探知回避加工はしてある。
そして、重要手配の悪名についてどうしたら良いか悩んでいるアルに、リアナは勲章という手段はどうかと提案してくれたのだ。
彼女はテンペスト王国設立をずっと見守ってきたアシスタント・デバイスであり、過去の王国の知識は大量に蓄えている。かつてのテンペスト王国には敵前ではない場所で自らの危険を顧みずに人命を救助した者や大事故を防いだ者に、その功績をたたえるテンペスト・クロス勲章というものがあったらしい。責任を伴わずに手にしうる功績にたいする名誉、名声と言う意味からすると、これが一番いい。シルヴェスター王国にもそのようなものがあるのではないかという話であった。
アルの返事を聞いて、セオドア王子はすこし不服そうに片目を閉じてすこし考え込んだが、やがてため息をついた。
「ふむ……要望はわかった。勲章が無い訳じゃねぇが、こちらで少し検討しよう。功績という意味ではこれから頼む件もある。その結果次第でもっと提示できるものがあるかもしれねぇからな」
まだ任官の件は諦めてくれないらしい。
「とりあえずパーカー子爵からの預かり物は受け取った。細かい所は後で読ませてもらうことにしよう。それで、頼みたい件というのは、単純にここにいるビンセントとジョアンナ卿、あとできれば数人の護衛を連れて、タガード侯爵家の様子を見て来て欲しいというものだ。そなたは空を飛ぶ呪文が使える上に、その背後に複数の人を乗せる事が出来ると聞いた。残念ながら遠征軍の魔法使いの中でそれが出来るものはおらぬ。厳密にいうと1人で1人を抱えて飛ぶぐらいなら出来なくもないということだが、敵のいる上空を長時間飛ぶとなるととても無理だというのだ。それに、そなたは前回の使節団にも参加していた。タガード侯爵領に行った事もあり、少しは土地鑑があるだろう」
なるほど。なんとなく予想はしていたが、やはりそういうことか。どうしてジョアンナが選ばれたのかはわからないが、その関係でナレシュが居るのかもしれない。元テンペスト王国に仕える騎士の中で信用ができ、女性ということで警戒されにくいといったあたりが理由だろうか。しかし連絡が取れないとは現状はどうなっているのだろうか。それはいつからなのだろう? それとその連絡方法は何だったのだろう。伝令が行き来していたという事なのだろうか?
「まず、飛行中でも使える運搬呪文の円盤に載せることができるのは合計でおよそ350キログラムです。体重だけでなく装備も含めてなので、金属の鎧を身に着けた騎士となるとおそらく2人が限界となります。あと一人は革鎧などになるでしょう。それらを考慮して運ぶものをご検討ください。それと、今の状況をお教えください。まったく調査をしていない訳でもないでしょう。それらの情報を頂かないと可能かどうかは判断できません。あともう一つ問題がある可能性もあります」
正確には360キログラムだが、10キログラムは余裕を見て申告しておく。アルはジョアンナの顔をちらりとみた。たしか、ジョアンナは空を飛ぶのが苦手だったはず。そう思って見ると、彼女の顔は少し強張っているような気がした。大丈夫なのだろうか。パトリシアとジョアンナの逃避行で飛行を使ったなど詳細を周囲には話していないだろうから、言い出せずにいたのかもしれない。
「空を飛ぶのに、恐怖を感じる者がいるのです。兄の従士もその一人ですが、彼の場合、空を飛んでいる間中ずっと悲鳴を上げています。おそらく行程は隠密性が重要になるかと思いますので、念のため適性を確認させて頂いたほうが良いかと思います」
アルの説明にセオドア王子はそうかとばかりに深く頷いた。
「なるほど、そなたの言う通りだ。ビンセント、アルフレッドのわかるように状況を説明してやってくれ」
セオドア王子の言葉にビンセント子爵は頷いて話し始めた。
「まず現状ですが、タガード侯爵家との通信が途絶えたのは10日ほど前です。我が騎士団では実際の伝令の他に手紙送信呪文を使って情報伝達を行っています。熟練度によって伝達可能距離は変わるようですが、王国騎士団では通信網の到達範囲を30キロと規定し、それより間隔が開かぬように通信拠点を設置しています。そして、タガード侯爵家との連絡は途中、中立国であるメッシーナ王国と同じく中立の立場にあるテンペスト王国ノーマ伯爵領を経由する形となっていました」
あの使節団が通ったルートで手紙送信呪文による手紙のやり取りをしているのか。もちろんここから直接タガード侯爵領までは直線で200キロ程ある。もしかして熟練度が極めて高ければ直接やりとりが可能かもしれないと思ったがやはり無理だったらしい。アルの熟練度でもこの距離は無理だ。
「どこかで連絡網が途切れているということですか?」
「ノーマ伯爵配下の小領主と交渉して設置してあった拠点の8割近くが機能していません。中立地帯だからと冗長性はかなり持たせたのですが、その予想よりこれははるかに多い損耗率です。尚、先ほどこちらとの通信が途切れたのは10日前と言いましたが、現地でいうと3週間ほど前からわが国が設置した拠点への襲撃が行われ始めたようです」
たしか、テンペスト王国のノーマ伯爵は通るのも通行料さえ払えば自由という感じだった。プレンティス侯爵家が本腰を入れれば、作った拠点はすぐに見つかってしまったのだろう。
「そういう事があって、我々は王国騎士団の空を飛べる魔法使いに命じて、ここから直接タガード侯爵領を偵察してくるように命じました。それも2度。いずれも二人一組です。ですが、誰も帰ってきていません。一応、旧セネット伯爵領上空を抜けたところまでは確認できているのですが、それ以上は不明です」
何もわかっていないのと同じではないだろうか?
「その魔法使いというのは、出発したのは夜ですか?」
「昼間です。私も夜が良いと思ったのですが、担当から、テンペスト王国内の地理は不案内なので、ある程度街道を目印に移動せざるを得ないと申し出があり、許可しました」
慣れていない土地の上空を飛ぶのだ。テンペスト王国騎士団の生き残りであるパウエル子爵たちの協力があったとしてもそれは仕方ないのだろう。しかし、どれぐらいの高度をとったのだろうか。長距離魔法の矢呪文なら70メートルが射程距離となる。一般的な魔法の矢呪文が30メートルなので、50メートル上空であれば十分と判断してしまったとしたら狙われてしまう。アルは詳しくないが、魔法でなく弓でもそれぐらいの距離は届きそうだ。そういった説明をすると、ビンセントは顔を強張らせた。
「可能性はありますね。そこまでは指示していません。一度、抱えて飛行というのを体験させていただきましたが、その時は20メートルほどの高さでした。それでも少し足が震えるぐらいと思いましたが、彼らも普段飛行しているのはそれぐらいの高さのような口ぶりでした」
空を飛んで戦うというのに慣れていないとそうなるのかもしれない。しかし、それぐらいの判断は魔法使いのほうで出来たはずだ。ただ、逆にそうだとすれば、少し迂回するように高空を飛べば安全に行けそうな気がする。低空を飛んで本当に待ち伏せがあったのか確認したほうがいいのかと少し思ったが、使者を後ろに乗せているのにわざわざ試す必要はないだろう。
「ということなら、下からは見えないぐらいの高い所を飛んで行けば安全な気がします。念のために暗くなってから出発しましょう。それまでに人選をおねがいします。そして飛行して問題がないかどうかの確認も夜に」
幸い、今は曇り空であった。日が沈めば月明りもほとんどない。飛び立つところも見えなくなるだろう。
「わかった。ではまた夜にな」
王子の言葉にアルは丁寧にお辞儀をして天幕を出たのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
2025.7.4 キャリアー呪文の熟練度、この間12にあがっていました。ご指摘ありがとうございます。それに合わせて記述を訂正しました。
2025.7.21 リアナのアシスタント・デバイスの受け渡しの記述を追加しました
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