24-3 先送り
どうしたらごまかせるのだろうか……。パトリシアとは途中で別れたことにするか。それとも、あくまでそれは自分ではない。その時、チャニング村に向かっていたと主張すべきか。だが、これ以上隠そうとすると、どうしても嘘をつくことになる。否定するために嘘をつくことになれば、それは後戻りできない嘘になる。
現在のプレンティス侯爵家と遠征軍が戦っているこの状況であれば、居所はともかく、生死の情報については隠す必要がないかもしれない。
あの時は誰を信用できるか判らず、パトリシアを救うためには一緒に脱走するしかなかった。だが、パーカー子爵にはある程度話をしても良いのではないだろうか。
いや、パーカー子爵がいくらアルやレビ商会の安全を図ってくれたからと言っても、唯一生き残っているテンペスト王国の王族パトリシアについて情報を手に入れたら、それを使って何かをしようと考えるかもしれない。
色々と考えを巡らせた後、アルは真剣な目をしてパーカー子爵を見、口を開いた。
「パトリシア姫は現在、彼女の教育係であったタバサ男爵夫人たちと共にある秘密の場所で安全に暮らしていらっしゃいます。ただし、その場所についてはパトリシア姫の安全のため、私の一存ではお話することはできません」
アルの告白にパーカー子爵は口をじっと閉じてしばらく考えた後、大きく頷いた。
「そうか。まさかとは思ったが……。この事を知っているのは?」
アルは口を閉ざし、首を振る。ナレシュやレビ会頭に迷惑はかけられない。だが、そのアルの様子を見てパーカー子爵はアルの心配に思い至ったらしく、軽く頷いた。
「心配するな。隠していた事で咎め立てはせぬ。こうなるまでユージンが裏切っていたとは私も思ってもみなかった。そなたの危惧、隠すという判断は正しかったと言う事だ。もし、早々に辺境伯に保護を求めていたらそれはすぐにプレンティス侯爵家の知る所となっていただろう」
そこまで言って、パーカー子爵はアルに苦笑いを浮かべる。
「コールの話では、そなたが捕らえたプレンティスの魔導士たちも、ユージンは全部、王都に護送するように見せかけ、密かにプレンティス侯爵家の潜入していた者に引き渡していたそうだ。この話を聞いた時は、私も開いた口がふさがらなかった。隠していた事について何を言われても、そんなことがあったそうです。それでも報告すべきだったでしょうかと返事をすればいい。そうすれば、誰も何も言えなくなるだろう」
ナレシュが世話した開拓村近くで捕まえたフレッチャーやメルヴィルとかいう魔導士、そして、エマヌエル卿の部下シリルも結局逃がされていたのか。きっとそのときにアルがどう戦ったというのもプレンティス側に知られていたのだろう。アルはおもわずがっくりと肩を落とした。
「私もそれらを考慮して、今パトリシア姫がいらっしゃるところは敢えて聞かぬ。そなたも言わないでくれ。ただ、誰が知っているかによって、今後の動き方が違ってくる可能性があるのでな。そこはできれば教えて欲しい」
パーカー子爵の言葉にアルは頷いた。そこまで言ってくれるのなら、大丈夫だろう。
「パトリシア姫の生存を知るのは、ナレシュ……セネット男爵閣下と、テンペスト王国騎士団のパウエル子爵閣下とクウェンネル男爵閣下だけのはずです」
ほう……パウエル子爵か。アルの答えにパーカー子爵は感心したような声をだした。
「タガード侯爵家には?」
「私からは知らせておりません。ジョアンナ様の件があったのでパウエル子爵閣下とクウェンネル男爵閣下にはお伝えしたのですが、その際に仲介をしていただいたセネット男爵閣下には、パトリシア姫の安全のため、この情報はお二人の間だけに留めてくださいとお願いしました」
ジョアンナ様? パーカー子爵は不思議そうな顔をしたので、クウェンネル男爵の娘でパトリシア姫をシルヴェスター王国まで無事に送り届けた女騎士の事で、彼女の生存を伝える際に、パトリシア姫の生存も伝えざるを得なかったのだと説明しておく。
「なるほど、パウエル子爵にとっては、タガード侯爵は政敵にもなりかねない相手だ。彼が漏らすことはないだろう。そして、彼が知っているというのなら話は早い。わかった。しかし、ヴェールがそなたを恐れていたのはまさしく当たっていたのだな。そして、今回はウィートンも倒している。さらに恨みは募っていることだろう」
そう言われても、戦いの結果だ。仕方ないだろう。そして、パウエル子爵とタガード侯爵との間にそのような確執があるかどうかなど、わかりたくもない。
「強い相手でした」
アルとしてはシンプルにそう答えるぐらいしか出来ない。
「だろうな。ウィートンもヴェールやエマヌエルと同格の、大魔導士だったそうだ。それも彼はプレンティス侯爵の甥で子爵位を持つ貴族当主であり、プレンティス侯爵家の秘伝とされる第四階層の呪文の使い手でもあったらしい」
子爵閣下だったのか。そして魔法消去呪文はプレンティス侯爵家に伝わる秘伝。セネット伯爵家における遅延呪文のようなものだろうか。強力な訳だ。当主の甥を倒したというのであれば、恨まれても仕方ないのかもしれないが、アルとしては、降りかかる脅威を足掻きに足掻いて、懸命に跳ねのけてきただけだ。悪戦苦闘ばかりで、自分が敵に怖れられるくらい強くなったという自覚は全くなかったが、もし本当にそうなのであれば、そのような強敵達と対峙し、倒してきたのだという誇らしい気持ちも少し湧いてくる。
「そうだったのですね」
アルの答えにパーカー子爵は頷く。
「彼が死んでいることは、一応秘密にしておこうと考えている。幸い、死体はレビ会頭が確保してくれていたようだしな。外交上の切り札となり得るので、そなたもそのつもりでいてくれ。どうだ、ここまでの話で、セオドア殿下がそなたを指名して呼びたいという話にも納得できるだろう。そして、ユージンによって歪められた功績についても、一連の事が終われば評価されるはずだ。楽しみにしているがいい」
そこまで持ちあげられると、面映ゆい。自分のことながら信じられないという気持ちもある。
ただ、その結果として身分や土地を与えられ、それを受け取ると貴族社会に組み込まれ、好きな事ができなくなるのではないかと不安になる。あの日、イングリッドを失い、自身もゴブリンに襲われたあの日の出来事がプレンティスの陰謀の一部だったのではないかという疑いについて調べたいというのもあるし、古代遺跡を巡って、古代文明が蛮族にどう対処していたのか調べるのも続けたい。
「わかりました。出来るだけ急いでセオドア殿下のところに向かいます。えっと、それと、もし評価をして私に騎士爵をとか考えていらっしゃるのなら、そういったものは私ではなく我が父か、ギュスターブ兄上にお願いします。私にはまだいろいろ調べたいことがありますので……」
アルは思い切ってそう伝える。
「誰かに仕える気などない……か」
「あ、いえ。そういうわけでは……。ただ、それより……」
その通りなのだが、そう言う言い方をすると角が立つだろう。アルは懸命に言い訳をした。
「まぁ良い。それは留意しておくが、セオドア殿下にも直接伝えたほうが良いかもしれぬな。とは言え、そなたがレビ会頭を通じて私に相談しようとしていた重要手配の件にも通じる話として、それを打ち消すには、褒賞の内容はともかく、良い評価は素直に受け取ったほうが良いと思うぞ」
悪名を打ち消すためには名声を得るしかないということか。放って置いてもらえるのが一番なのだが、そういう訳にもいかないのか。アルは少し顔を顰めたが、子爵に謁見中であると思い直し、それを打ち消すように首を振る。
「申し訳ございません。そして、ありがとうございます」
アルはそう言って頭を下げる。パーカー子爵はそれを見てにっこりと微笑む。
「では、呼び出しには素直に行ってくれるな。それと状況からそなたなら推察できると思うが、そなたの正体が敵に露見せぬよう上手く隠して行ってくれ。特にその髪は別の色に染めたほうがいい。我が領の騎士団の従士の制服を貸す。その時に名乗る名前や符丁など細かい事はニコラス男爵から聞くように」
「わかりました」
この一連の判断は良かったのだろうか。いろいろとアルは思い悩みながらパーカー子爵の元を辞した。途中、街角で水を一杯買い、その近くに座り込んで考え事をしているふりをしながらパトリシアに念話をつなぐ。
“ごめん。相談をする暇もとれなくて……。でもこういう判断しか僕には採れなかった”
アルはパーカー子爵とのやりとりをそのままパトリシアに説明した。
“いえ、こういう展開になるのは意外でしたが、ずっと隠れているわけにはいかないのだろうとは、薄々感じていたのです。ジリアン様との婚約についても破棄を申し出ないといけませんし……”
パトリシアの念話の声は少し震えている。ジリアンとの婚約破棄? ……ジリアンというとタガード侯爵家の嫡子の事だ。ということは完全にテンペスト王家としての地位は捨て去る覚悟ということだろうか。いや、それならずっと隠れたままでもいいはず。ということは……。なかなか聞けずにいるパトリシアの意思。今聞くべきだろうか? いや、聞くのはやはり怖い。
“とりあえず、まだ姿を見せるのは早い感じだけど、状況が状況なので……その……色々と考えておいて欲しいかな”
“はい”
パトリシアの答えは簡潔だった。
“とりあえず、これから、衛兵隊本部を経由してセオドア殿下と話をしてきます”
“お気をつけて”
また意思を聞くのは先送りにしてしまった。すこし自己嫌悪を感じながら、アルはパトリシアとの念話を終えたのだった。
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