23-16 出発
“アリュ、そろそろ起きて”
グリィに声をかけられて、目を覚ますと、既に日はすこし傾き始めていた。かなり寝過ごしてしまったのではないだろうか。少し焦りながら、アルは占拠していた部屋のベッドからあわてて身を起こした。
「もっと早く起こしてくれたらよかったのに」
“だって、ずっと寝てなかったから、しっかり寝たほうがいいかなーと思ったの”
好き放題にからまってしまっている髪を手櫛で懸命に落ち着けつつ、アルは水筒から水を一口飲む。
「だれも、僕を起こしに来なかった?」
“オーソン、レジナルド、後はレダとデズモンド。みんな部屋を覗きに来たけど、アルが寝ている様子を見てそっと帰って行ったわ”
アル自身は完全に眠ってしまっており全く気が付かなかった。だが、頭の上に置いた浮遊眼の眼を通じてグリィはずっと周囲を警戒してくれていたらしい。またどうなるかわからないので、いつも使用したままにしてある浮遊眼呪文、魔法発見呪文、魔法感知呪文をかけ直しておく。まだ効果が切れてはいないが、そろそろ切れる時間なのだ。
「オーソンの怪我は大丈夫そうだった? それとレダにデズモンド? そうか、合流したんだね」
“オーソンはちょっと痛そうにはしてたけど、ここに来た時は左腕を庇ったりしていなかったし大丈夫じゃないかしら。レダたちはちゃんと合流したんでしょうね。その少し前に前の広場で歓声がおこっていたから、それじゃないかしら”
なるほどと、アルは思いつつ、自分のバッグを背負って部屋を出、知っている顔を探す。
「おう、アル。目覚めたか? そろそろ誰かを起こしに行かせようと思ってたんだ」
デズモンドが先にアルを見つけたらしく手を振り、そう言いながら傍まで歩いてきた。
「おはようございます。すっかり眠ってしまってました」
「ああ、それぐらい全然いいさ。すっかり頼り切りだったからな。逆に申し訳なかった。今回も助かった」
アルはそれでこちらの被害が少なくて済んだのならそれで良かったですと言いながら頭を掻く。
「馬車は足りそうですか?」
「ああ、1台にはレビ会頭とエリック様たちに乗ってもらう事にした。あと2台にはブルックやコールの他、捕虜たちを乗せる。あと1台と御者台はうちの怪我人たちだな。なんとか詰め込めそうだ」
デズモンドが頷く。よかった。
「アル君、大丈夫? 怪我をしたと聞きました」
レダが近づいてきた。心配そうな顔をしている。
「はい。大丈夫ですよ。フィッツさんに薬を塗ってもらいました」
そう言ってアルは肩を回して見せた。すこし引っ張られるような痛みは残っているが、大丈夫だ。
「なら良かった。これは昼に配られたパンと干し肉、それとナツメヤシのドライフルーツです」
レダはそう言って麻袋を一つ渡してくれた。お腹もすいていたので助かる。エリックの体調を訊ねてみたところ、おおよそ大丈夫だということらしい。彼はもう60代後半にかかろうという年のはず。無理はしないで欲しい。
「ムグーーーッ、フガ、フガ!」
奇声が聞こえた。何だろうと聞こえた方を見ると、コールであった。馬車に乗せられようとしているらしい。アルの方を見て何か叫んでいるようだが、口枷があって言葉にはなっていない。
「あの人はずっとああなのよ。急に叫び出すから驚かされる」
レダは呆れた様子でそう呟いた。
「話を聞いてみます。何か僕と話したい事が有るみたいです」
「話を? 口枷を外すのはダメです」
レダがそう言うが、もちろんそのつもりはない。アルは頷いて念話にしますと答えた。念話なら口枷を外さずに話ができる。
“アルです。落ち着いて”
アルはコールに近づきながら念話をつないだ。レダとデズモンドは興味深げにアルとコールの二人を見比べている。
“金髪の小僧! ようやく話せた!”
コールの顔に満面の笑みが浮かび、その場に飛び上がった。しかし、どうしたらいいだろう。たしかにコールたちよりは若いが、小僧と呼ばれる筋合いもない。
“念話を切りますね”
“何故じゃ? せっかく話せるのに”
アルは思わずため息をつく。
“アルと呼んでください。そして、飛び上がったり奇声を上げたりしないで。そうしないと念話をするのを止めます”
そう返事を返すと、明らかにがっくりした表情でしゅんとしている。
“すまぬ、すまぬ。アル、アルじゃな。わかった。そう呼ぶ。だから許してくれ。話を聞きたいのじゃ。聞かせてくれ”
コールは外見からすると40才ぐらいに見えるのだが、まったく威厳のようなものも感じられず、話していると、口調はともかくその内容はまるで幼い子供のようだ。そして、フィッツの言うように、あまり悪意のようなものは感じられない。
“何を聞きたいんです?”
“オプションについてじゃ、あと、周りから話を聞けば聞くほど、そなたの呪文の熟練度は異様に高いように思う。それも多くの呪文でじゃ。呪文の習得方法や訓練方法についても教えて欲しい”
アルは首を傾げた。
“そんなに高いと思います?”
“うむ、わかりやすいのでいうと、魔法の矢は何本飛ぶ?”
異様に高い? そうなのだろうか。うーん、素直に言うわけにもいかない。
“普通は何本なんですか?”
“普通の魔法使いならせいぜい3本じゃろう。魔導士になるには6本は必要じゃな”
そうなのか。アルは少しショックを受けた。アルの熟練度は今11である。いろいろな呪文を憶えたために最近は練習時間はあまりとれておらず、しばらく上がっていないが、それでもコールの言う水準から考えれば確かに高いということになる。本当だろうかと思うが、コールが嘘をついているようには見えない。
何の呪文が使えて、熟練度がどれぐらいかというのは魔法使いにとっては生命線であり、決して他人に教える事も、訊ねる事もするべきではない。祖父はアルにそう教え、アルもそれを守ってきた。
そして、それ以降、正式な師弟関係を持ったことも無いので、どれぐらいなら普通だというのは教えられたことは無かった。そして、実際に戦った相手は常に強かったが、それが他の魔法使いたちとどれぐらい強いのかはよくわかっていなかったのだ。
“ヴェールやウィートンだとどれぐらいなの?”
“彼らは、プレンティス侯爵家でも指折りの者たちだからな。8か9といったところじゃ。そなたもそれに近いぐらいの数を飛ばせられるのではないのか? ん?”
そうだったのか。彼らで8か9。しかし、もし彼が言う事が本当なら、プレンティス侯爵家に仕える魔導士たちの実力について彼から情報が引き出せるのではないだろうか。他にも特別な呪文などの話も聞けるかもしれない。コールをパーカー子爵に引き渡す前にレビ会頭には彼の価値について少し話をしておいたほうが良いのではないだろうか。
“そうですね。それぐらいは可能かもしれません”
とりあえずアルは適当に返事をしておく。
“やはりか! どうやって、その若さでそれほどの熟練度を身に付けたのじゃ? なにか特別なやり方があるのだろう?”
特別なやり方などはない。敢えて言えば、以前レダに言って驚かれたが、魔法の矢で言うと威力を低くして常に練習していたことぐらいだろう。威力を低くすることによって精神的な疲労度は少なくて済む。その分沢山練習できるのだ。しかし、それを正直に彼に説明する必要はないだろう。
“フィッツ様やレダ様たちの言う事をちゃんと聞いて、おとなしくして居たら、また話す時間を作ります。いいですね?”
“わかった。静かにして言う通りにするから……”
アルに言われてコールはおとなしくなった。そういえば、アルがつくった口枷はちゃんと正規なものに取り換えてもらっているのか少し心配になる。鎧作成呪文でつくっているものが消えずにいるのにはせいぜい12時間が限度だ。
「レダ様、一応おとなしくするように言い聞かせました。そのあたりの反応はまるで幼い子供です。が、かなり腕のいい魔法使いだと思われますので注意をお願いします。捕虜の魔法使いの行動については、やはり魔法使いが監視したほうが良いと思うのです。そちらにはマーカス様やルーカス様もいます。お願いできますか?」
「わかりました。注意しておきます」
口枷、手枷の話も伝えておく。そうでしたねとレダは頷き、フィッツやマーカス、ルーカスたちに手助けをしてもらいつつ交換しますという話になった。そのあたりの処理を彼女たちに任せ、アルは出発準備をしている横で、その様子を眺めながら昼食を摂り始めた。少しするとオーソンがアルをみつけて近づいてきた。
「おう、アル、しっかり寝たか?」
「うん。もう大丈夫」
怪我の様子も大丈夫そうだ。よかった。
「お疲れ様」
「アルもな」
アルとオーソンはかるくこぶしを合わせてにっこりと微笑み合う。
「出発するぞーっ」
列の先頭あたりで、レジナルドの声が聞こえた。
レビ会頭やエリックを救出したアルたちはユージン子爵の別荘から国境都市パーカーに向かって出発したのだった。
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