23-15 後始末
別荘の屋敷の前の広場では、降伏した傭兵たちや屋敷ではたらいていたのであろう使用人たちが縛り上げられた状態でレビ商会の傭兵たちに集められていた。地面に転がされている者も居るが、おそらく怪我で立てないのだろう。一応手当などもされているのだろうが、布に染み出た赤い血などが痛々しい。その横でレビ会頭と、若い男性が何か深刻そうに話をして話し合っている。
「すみません。ちょっとエリック様の弟子の方々とお話していました」
アルが近づいていくと、レビ会頭とその男性は顔を上げた。髪の色などの雰囲気はルエラによく似ているが、身長はかなり高く185センチ程だろう。おそらくレビ会頭の長男のエドモンドではないだろうか。たしか中級学校でルエラが教室を訪れた彼の事を友人に6つ上の兄だと言っていたのを耳にし、同じく6つ上だった自分の兄、ギュスターブと比べて全然違うと思った記憶がある。その時の記憶では彼はもっとひょろっとした感じだったのだが、いまは少し筋肉もつき、しっかりとした身体つきに変わっていた。
「いや、全然かまわない。いろいろと話すこともあるのでな。こっちはエドモンドだ。彼は冒険者のアル。知っているな」
レビ会頭がお互いを紹介する。ハイとアルは頷くが、エドモンドも頷いている。自分の事はどうして知っているのだろう?
「ルエラから何度も話は聞いている。ナレシュ様の話よりアル君の話をよく聞くぐらいだよ」
そう言って、エドモンドはくすくすと笑った。一体何の話をしているのか気になる。パトリシア絡みの事だろうか。だが、彼はすぐに真面目な顔に戻った。
「いろいろと話をしたいところだけれど、今はちょっと後回しにしよう。丁度父上にブルックや他の降伏した連中から聞いた話を報告していたところだ。あまり時間はかけられていないから不確かな事もあるが、それを前提に聞いてほしい」
不確かな事を前提にか。それは仕方ないだろう。まだブルックたちを捕え、レビ会頭たちを解放してから一時間も経っていないのだ。
「まず、彼らがどうして我々を拘束したかだが、我々レビ商会については、旧セネット伯爵家の勢力に協力し、シルヴェスター王国を裏切ったという罪を着せようとしていたようだ。そのうちスカリー男爵が我々を罪人として引き取るという予定になっていたらしいね」
スカリー男爵とは誰だろう? 名前を聞いたことがあるような気がするが忘れてしまった。アルが首を傾げていると、レビ会頭が軽く頷く。
「レスター子爵の第二夫人であるアグネス様の兄だよ。病気でずっと領都におられたレスター子爵の代官として辺境都市レスターの内政をされておられた方だ。おそらく今は、我々の本店に立ち入って、謀反の証拠を捏造している頃だろう。そして、引き渡された後は、彼がひいきにしている商会に我々の財産も顧客も引き継がせようとしていたのだと思うよ」
苦笑交じりのレビ会頭の説明でようやく思いだした。ナレシュの異母兄、サンジェイの実の叔父にあたる人物か。彼が今回の黒幕の一人という事だろうか。それとも協力者の一人にすぎないのかもしれないのか。
「次にアル君についてだが、一体、君はどれだけの事をしたのだろうね。ブルックはとにかく目障りなのでなりふり構わずに殺せという命令を受けていたようだよ。さすがにレイン辺境伯爵領の衛兵隊や騎士団にそこまでは指示できず、国家反逆罪で生死問わず捕縛せよという事だったらしいけどね」
エドモンドは話しつつ、あり得ないとばかりに首を振る。それであの弓矢使いを集めての集中攻撃か。壁が壊れるような仕組みをわざわざ作っていたという事は、アルが忍び込んできて救出を試みる可能性があると考えていたのかもしれない。行動が予想されていたというのなら、今後は注意が必要だ。しかし、そこまで目の敵にしなくても……。
「僕の国家反逆罪って何をしたという話になっていたんですか? きっと、プレンティス侯爵家とは名乗っていなかったのですよね」
アルはがっくりと肩を落とし、迷惑な話だと思いながら尋ねる。
「ああ、プレンティス侯爵家騎士団との戦いに敗れ、国境都市パーカーに流れてきたパウエル子爵の依頼を受けてレイン辺境伯の暗殺を試みた罪らしい。ちなみに、君が倒したウィートンとかいう大魔導士やその配下、コールとかいう研究者とその部下もテンペスト王国出身の傭兵団、『灰色の賢者』と名乗っていたそうだ。輝ける盾と黒いナイフ団は完全にそれを信じ切っていたようだよ。彼らが居るところで白状したプレンティス侯爵家の下っ端がいて、それを聞いて愕然としていた。セブンスネークは知っていたかもしれないがね」
パウエル子爵、会ったこともない。テンペスト王国第一騎士団で、プレンティス侯爵家の王家簒奪を良しとしなかった者たちを束ねる指揮官だ。ジョアンナの父、クウェンネル男爵たちと共に国境あたりに土地を借りて野営暮らしだったはずだが、彼らはどうしているのだろう。セネット王子とともに遠征軍に加わっているのではないだろうか。
「エリック様たちは?」
「表向きは、君に協力した疑い……だそうだよ。実際のところは判らない。こっちはコールとかいう研究者が喜々として部屋に入り浸っていたので、首を傾げる者も多かったようだ」
オプションや色々な事をプレンティス侯爵家は調べようとしていたのだろう。やはりプレンティス侯爵家にもこのオプション(テンペストが生きていた時代はパラメータ?)についての技術は残っていなかったというのは確定だろう。
「コールが作っていた資料は取り上げて、その時少し見ました。プレンティス侯爵家としては、呪文のオプションについて調べようとしていたようです。後、コール自身は純粋な研究者かもしれませんが、護衛のレイチェルという女性魔法使いは間諜かもしれません」
フィッツに聞いたばかりの話をレビ会頭とエドモンドに伝えておく。二人はなるほどと頷いた。
「わかった。今後の事だが、まず、昼過ぎまでここで休息をとり、夕方に出発することにしようと思う」
「大丈夫なのですか?」
アルは驚いた顔をして尋ねた。騎乗した男が二人領都に向かったのではなかったのか?
「ウィートンは自信満々だったらしくてね、ここに我々の傭兵団が姿を見せた。もしかしたらアルも一緒かもしれないという情報を領都に送っただけらしい。アル君を含めて簡単に撃退できるだろうと思っていたらしい。実際、ここの指揮官を務めていたブルックも、捕虜になってもまだ、ウィートンが帰ってくると信じていたようで、倒したと言ってもばかなと鼻で笑っていた。彼の死体を見せたら、すごくショックだったようだよ。おかげで色々と話が聞けた」
そうか、死体をいれた釦型のマジックバッグはレジナルドに貸したままだった。それを見せたらしい。有効に使えたのならよかった。
「なるほど。じゃぁ、夕方ぐらいまでなら大丈夫だろうと?」
「そうだ。救出に来てくれたうちの傭兵連中はここ数日碌に寝ていないようだし、君もそうだろう? 本当は一泊もしたいところだが、さすがにそこまでのんびりはできないだろう。夕方まだ明るいうちにこの森を抜け、人目を避けつつ国境都市パーカーに向かう」
なるほど。交易をよくしていたレビ商会なら、裏道も知っているのだろう。少しでも寝れるのはありがたい。3時間ほど休憩すれば呪文もある程度使えるようになるだろう。
「捕虜はどうします?」
「ブルックなどのユージン子爵配下の者やコールといったプレンティス侯爵家に仕える主だったものはパーカー子爵に引き渡す。あと、この屋敷に居た使用人と輝ける盾、黒いナイフ団の生き残りについては殺さずに我々が監禁されていた部屋に置いていく。使用人たちには家族に身分があるものも居るし、傭兵団もメンバーが全員ここに居たわけではない。ユージン子爵とプレンティス侯爵家の関わりについて知った彼らは領都に戻ったらどうするだろうね」
レビ会頭はそこまで言って、にっこりと微笑んだ。成程、うまく利用すれば領都で色々と噂を流してくれるだろう。仲間割れを起こしてくれればいい。それにユージン子爵との戦いに勝てれば、その時に改めて傭兵団に対して罪を問うことも出来るだろう。
「問題は、セブンスネークと、プレンティス侯爵家の下っ端の処理だ。怪我で動けない者も居るし、殺してしまうしかないかと考えていた所だよ。モーガン子爵閣下たちに乗っていただくために馬車はほとんど提供してしまったので、一台しか残っていない。押収した証拠の品々とブルックたちを乗せるだけで精一杯だろう」
裏道を通るにしてもさすがにロープでつないで歩かせるのは目立ちすぎるということか。一台となると、フィッツたちも歩いてもらうしかない。いや、ちょっと待てよ。
「コールが乗っていた馬車がありますよ。今はエリック様と縛ったコールを乗せてデズモンドさんたちに合流しているはずです。それと、馬は死んでしまっていますが、馬車だけならあと2台あります。馬車用の馬は余分にいませんか?」
ウィートンが自分の釦型のマジックバッグに自分の馬車を入れていたのも思いだした。残念ながら馬は死んでしまっているが、曳具は使えるだろう。
「たしか、馬車の替え馬は何頭か居たはずだ」
「ならば、乗せられる分の捕虜は連れて行きましょう。あと、できればエリック様やその弟子の方々も馬車に乗せてあげたいのです。みんな歩くのに慣れていません。それに彼らを馬車に乗せれば周囲警戒用の呪文も使ってもらえます。証拠の品々は、引き続きマジックバッグをお貸ししますのでそこに入れて運べば、その分のスペースも空きますよね」
パーカー子爵に引き渡せば、彼らは情報をとられた後、処刑されるのだろうし、ここから国境都市パーカーに移動するのにどうしても邪魔なら殺してしまっても仕方ないと思うが、戦いは終わっているのだ。わざわざ殺さなくてもいいだろう。そんな心の重荷は背負いたくない。
「わかった。助かる。という事は、アル君はパーカーまで一緒に来てくれるのかね。もしここで別れたいというのなら、少しだが礼金をと思っていたのだが……」
「そんな余裕があるのですか? それも今?」
レビ会頭はにっこりと微笑んでみせる。
「別荘屋敷のほうにユージン子爵家のものらしい金庫があってね。証拠となりそうな書簡の他に金貨が5千枚近くあったのだよ。プレンティス侯爵家から流れてきた軍資金の一部だろう。もちろんパーカー子爵には報告するが、アル君、オーソン君には、そこからそれぞれ500枚と100枚ぐらい進呈しても良いだろうと思っていたのだ」
レビ商会は残りを全部貰うのだろうか? それともパーカー子爵に献上するのかという疑問が思わず頭をかすめる。だが、レビ商会の傭兵たちの中には死んだものも居るのだ。彼らの事を考えれば、アルが500枚も貰えるのなら十分すぎる気もする……いや、それより欲しいものがあった。
「僕もウィートンが持っていた中に……」
と、いいながら釦型のマジックバッグを操作しようとして手を止める。周囲からの視線があるのに気がついたのだ。声を潜める。
「ウィートンが持っていた方のマジックバッグに、プレンティスの別の魔導士たちとやり取りした書簡が入った箱の他に、おそらく金貨がたっぷり入った大きな袋がありました。後で馬車と一緒にお渡ししますので、それもパーカー子爵に報告する際に加えてください。それと、コールが大事にしていた箱があるのですが、その中に僕が憶えていない呪文の書があったので、そちらは欲しいです。あと、この別荘に設置されている警備用の魔道具は頂いていってもいいですか? 魔法発見呪文には6つ反応があったのですけど、きっとそれだと思うのです。それだけもらえるなら、今回、お金は要らないです」
魔法発見呪文、透明発見呪文、幻覚発見呪文の能力を持つ警備用の魔道具は買おうとすればかなりの価値がある。未習得の呪文の書を合わせれば、500金貨ぐらいの価値は十分にあるだろう。死の川の拠点とチャニング村の父が住む屋敷、鉄鉱山に作った拠点、どこもできれば設置したいと思っていたのだ。
アルの希望を聞いて、レビ会頭はエドモンドと顔を見合わせた後、少し首を振った。
「ここに設置されている魔道具か。全くそこまでは思い至らなかった。もちろん反応している魔道具は持って行ってくれてかまわないし、コールも処断されることになるだろうから、呪文の書も良いだろう。他の大事にしていたものも、コールがここで何をしていたか調査するのに必要だろうから提出する必要があるだろうが、それと一緒に呪文の一覧を提出すれば、禁呪でもない限り、パーカー子爵閣下は特には何も言われないはずだ」
禁呪? おそらくそれらしいものはないので大丈夫だ。
「わかりました」
それで満足という顔をしてアルが頷くのを見て、レビ会頭は困ったような顔をしてため息をついた。
「後は硬貨の入った大きな袋や様々な証拠の品は一旦預かろう。では、アル君の報酬について、呪文の書と魔道具の他は一旦、パーカー子爵にお任せすることにするよ。それで良いかね?」
「はい。ところで、オーソンはどこに居るかご存じありませんか?」
彼の傷はどうだったのだろうか?
「ああ、彼はうちの傭兵団の連中の手当を受けているよ。馬車小屋の横あたりにまだ居るはずだ。2週間ぐらいは痛むが、問題なく完治はするだろうという話だったよ」
それなら良かった。アルはほっと胸をなでおろした。
「じゃぁ、ちょっと彼の様子を見てきます。その後は少し寝てきますね」
アルが言うとレビ会頭とその息子のエドモンドはゆっくりと頷いたのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。
冒険者アル あいつの魔法はおかしい 書籍版 第1巻~ 第3巻 発売中です。
山﨑と子先生のコミカライズは コミックス1巻、2巻 発売中
Webで第12話が公開中です。
https://to-corona-ex.com/comics/163399092207730
諸々よろしくお願いいたします。




