23-14 モーガン子爵 とフィッツたち
モーガン子爵の言葉にレビ会頭は少し躊躇った様子を最初見せたが、やがてゆっくりと頷いた。
「さすがはモーガン子爵閣下でございます。おおよそはお考えの通りだと思われます。それに加えまして、私はテンペスト王国で最近王家を追い出したプレンティス侯爵家から何らかの働きかけがあったのではないかと疑っております。ただし、その確証は未だ……」
レビ会頭の言葉にモーガン子爵は大きく頷く。
「成程な。ユージンはそこまで堕ちているか。しかし、それならばこれほど大胆な事をするのも頷ける。傭兵隊を雇うにしても金がかかる。それをどうやって捻出しているのかと思っていたが、プレンティス侯爵家からか。向こうは、遠征軍の後方のかく乱ができるだけでも安いものだろう。あやつは金と辺境伯の地位でも提示されてその気にさせられたか。愚かなやつだ」
この場であのプレンティス侯爵家の魔導士ウィートンが持っていた箱を出し、中の手紙を見せるべきだろうか? アルは横で話を聞きながらレジナルドをちらりと見た。だが、レジナルドは微かに首を振る。この情報はモーガン子爵には見せずに、パーカー子爵にだけ見せるということなのだろうか。それとも、精査しないとわからない情報はまだ提供しないという事なのか。そのあたりの機微はよくわからない。しかし、レビ会頭は一代で財を築いた大商人だし、レジナルドは彼と一緒にずっと働いてきている人だ。任せておくほうがいいだろう。
「他の辺境伯配下の有力子爵家の動向についてはどうなのだ? そなたは辺境都市レスターの出身だろう? レスター子爵はずっと病気と称して引きこもっていたはずだが、ユージンにつきそうなのか?」
レビ会頭はレジナルドに眼でちらりと合図をした。レジナルドが微かに頷き一歩踏みでる。
「辺境都市レスターでは、ユージン子爵の指示により我が商会の本店やエリック様のお屋敷を閉鎖しようという動きがありました。それから考えるにレスター子爵はおそらくユージン子爵に与するのではないかと思われます。逆に国境都市パーカーではパーカー子爵閣下ご本人より我が商会を保護するという有難いお言葉を頂いております。尚、パーカー子爵によりますとテンペスト王国に出陣中のセオドア殿下にもこの状況は連絡されるとのことです。ほかの方の動きはまだ情報がありません」
「ふむ、なるほど、パーカーは気持ちいい男だな。わかった。現在の状況は?」
モーガン子爵はレジナルドの顔をじっと見る。レジナルドはその圧に耐えじっと頭を下げたまま話を続ける。
「領都は辺境伯様が倒れられた時の状況から変わっていないように見えます。また、夜明け前に伝令らしい2騎がここから領都に向かったのを確認しております。状況報告なのか応援を求めたのかはわかっておりません」
モーガン子爵は周りを見回す。
「ここはどこの砦だ? 馬車の窓が閉じられていたので全くわからぬ。領都からそれほど離れてはおらぬよな」
「はい。領都レインから東、20キロほど離れたユージン子爵家の別荘……なのですが、造りはまるで砦です。以前、パーカー子爵領でもプレンティス侯爵家の魔導士が補給用の拠点らしきものを作ろうとしていたことがありました。ここもそれと同じようなものかもしれません」
じっとモーガン子爵は顎に手をあてて考え込んだ。
「ユージン、いや、プレンティス侯爵家はかなりの準備をしているということか。では、我々は急ぎ領地に戻るとしよう。礼をと言いたいところだが、今はこの状態だ。すまぬがすべては落ち着いてからで頼む。その代わり、その時には奮発するゆえたのしみにしておけ。ところで、そなたたちはどうするのだ?」
レビ会頭は頭を下げる。
「我々は一度パーカーに移動します。そこで改めて情報を整理し、連絡させていただきます」
「わかった。よろしく頼む。辺境伯家がどうなるかは、この動きの結果にかかっているぞ」
レジナルドが話している横で、ブレンダが何かをレビ会頭に報告しており、レビ会頭はそれに頷いた。
「馬車小屋に、馬車や騎乗用の馬が残されていたようです。窮屈だとは思いますが、馬車3台と騎馬5頭あれば、全員お乗り頂けるでしょう。お使いください」
「それは助かる」
レビ会頭の勧めでモーガン子爵とおそらくその付近一帯の主だった領主たちと思われる者たちは、レビ商会の者が曳いてきた3台の馬車と5頭の馬に分乗しはじめた。御者を務める者は明らかに慣れていない様子だったが、そこは頑張ってもらうしかないだろう。逆に騎乗している者は背筋もぴんとしており、かなり腕も立ちそうだ。騎士としての経験があるのかもしれない。
「モーガン子爵閣下はどこまで動いてくれるでしょうか?」
レジナルドがモーガン子爵には聞こえない程の小さな声でレビ会頭に尋ねている。レビ会頭は少し渋い顔をして首を傾げる。
「わからぬ。もちろんユージン子爵に与するとは思わぬが、積極的に騎士団を動かせるかという話になると厳しいだろう。王国への連絡をし、防御を固めるのが精一杯というところではないかな。もちろんそれだけでもありがたいが、本格的に動くのは王国からの援軍が来てからとなるだろう。だが今はセオドア殿下配下の第2騎士団がすでにテンペストに出陣中だ。他の騎士団までとなると時間がかかるだろう」
「ということは、結局はセオドア殿下のテンペスト遠征軍の結果次第となりますか」
レビ会頭は頷く。そうなのか。てっきり、謀反の証拠を積み上げて王国に連絡すれば、王国騎士団がやってきてユージン子爵たちを罰してくれると思っていたのに……。ギュスターブ兄さんたちが心配だ。とは言っても戦争をしているところに1人で行って助けになるとは思えない。どうすればいいのか。
「アル君は少し不本意そうだな」
アルの表情から何かに気付いたのか、レビ会頭がにっこりと微笑んで見せた。
「はい……。だって……」
「残念ながら、辺境伯家騎士団は、半分が遠征に行っているとはいえ、かなりの兵力だ。子爵家では太刀打ちできぬよ。それより……、いや、ここでは少し話難いな。エドモンドが向こうに居るからそこで話そうか。レジナルド、モーガン子爵閣下が出立されるまで失礼な事のないよう対応よろしく頼む。馬車に食糧や水を積んでおくのも忘れぬように」
「はい」
レジナルドにその場を任せて、レビ会頭はや別荘の屋敷の前のほうに向かった。ブレンダもそれに続く。アルも急いでその後を追いかけようとして、さきほどモーガン子爵たちが出てきた建物から、見知った姿がでてくるのに気がついた。フィッツ、そしてマーカスとルーカスだ。
「フィッツ様、マーカス様、ルーカス様」
アルは急いで駆け寄って声をかける。
「おお、アルか。そなたも我々の救出に来てくれたのか」
「ありがとうな」「ありがとうよ」
3人の顔には口枷の痕が痛々しく残っている。
「大丈夫でしたか?」
「ああ、長かった。いくら呪文を使うのが怖いと言われても、ずっと口枷手枷は辛い」
フィッツの言葉に、マーカス、ルーカスも頷いている。エリックはそれほど酷い扱いはされなかったと言っていたが、それでもずっと口枷、手枷はつけられていたのだろう。それだけでもかなりの扱いと言えるのではないだろうか。
「ところで、エリック様は? 今朝早く連れていかれたのだが、アルは知っているか?」
そうか、この3人は全く状況をしらないか。アルはエリックをレダと共に奪回し、コールとその護衛のレイチェルを捕まえた事を説明した。
「そうか、レダは捕まらなかったのだな。こちらに来ているのか」
「はい。今、レダ様はエリック様と共にレビ商会傭兵の別動隊に合流しています」
もう、デズモンドたちと合流しているだろう。そろそろ怪我人の手当なども終わっているだろうし、こちらにむかっている途中かもしれない。フィッツは一度頷いた後、顔を顰めた。
「そうか。よかった。しかし、コールたち2人は殺さずに捕らえたのか……。ならば、レイチェルとかいう女は気を付けたほうがいいぞ」
気を付けるのならコールではないのか?
「いや、コールはたしかに極端だが、あれに似たようなのはシルヴェスター王国の魔法使いギルドにも何人か居るのだ。呪文の研究に関しては狂気じみた執着を持っていて常識を持たない。扱いには困るが、本人はそれ以外に興味がなく、悪意もないタイプだろう」
何人か似たようなのが居るのか……。アルは4、5人のコールに似た人が、羊皮紙とペンを持って近づいてくるというのを想像してぞっとした。やはりオプションの発見についてエリックとレダに委ねて正解だった。
「そして、レイチェルはコールの護衛という体裁をとってはいるが、あれはコールが暴走しないための目付け役だろう。いや、今考えると間諜かもしれん。いつもコールが資料をまとめたりしていると、それを横で読んで質問しておったが、やけにオプションを使った際のデメリットを気にしていた。対策などをかんがえていたのではないか。そういえば、アルの交友関係などをしつこく私たちに尋ねたりもしていた」
「アルとレダ様が恋人関係ではないかと聞いていたな」
「ああ、それでレダ様に発表させたのだろうと言っていたよ」
なるほど。プレンティス侯爵家の間諜か。アルの事を金髪の小僧とか呼んでいたし、そうかもしれない。
「わかりました。ありがとうございます。レダ様の情報では、辺境都市レスターでのエリック様のお屋敷はレスター子爵の配下が占拠されているのではと思います。我々はもうすぐ、ここは引き払って国境都市パーカーに向かう事になると思います。同行されますか?」
アルの話にフィッツは口をへの字に曲げ、少し考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。
「そうだな。エリック様に確認せねばならぬが、そうせざるを得ぬだろう。確か、国境都市パーカーにもエリック様が懇意にされていた魔法使いが居らっしゃったはずだ。しかし我々は歩くのが遅い。足手まといになるのではないだろうか」
少し休憩をとることができれば何人かは運搬の椅子に乗せられるかもしれない。いや、5人は厳しいか。怪我人も居るだろう。
「そこは、ちょっとレビ会頭と相談してみます。フィッツ様たちは少し休んでいてください」
「わかった。ん? ちょっと待て、背中に怪我をしたのか? 血が付いているぞ」
アルがレビ会頭のところに移動しようとすると、フィッツが呼び止める。
「あ、ちょっと弓で撃たれて、でも大丈夫……」
「弓で? 一応見せてみろ」
3人がかりで上着と革鎧があっという間に脱がされた。傷口をフィッツが確かめる。臭いを嗅いでいるのは毒がなかったか確かめているのだろうか。バタバタしてすっかり忘れていた。そういえば、オーソンの姿は見えないが、彼の方は大丈夫だったのだろうか。
「血は止まっているな。傷口もあまり大きくない。傷薬は持っているか?」
「あ、はい」
「ならば、一応塗っておいたほうが良いな。背中だと自分ではうまく塗れないだろう。マーカス、ルーカスも手伝ってくれ」
フィッツはそう言って、アルがベルトポーチから取り出した軟膏を受け取る。幼いころにアルの狩りの師匠であったモリスに教えてもらった傷に効く塗り薬である。彼はマーカス、ルーカスに手伝わせながらそれを傷口に塗ってくれた。
「まぁ、こうやっておけば化膿はせぬだろう」
「ありがとうございます」
「いや、こちらこそ今回は助かった。本当に感謝する」
フィッツが深々と礼をした。彼がこのような態度をとるとは少し意外な感じだが、本当に命を助けられたと感じているのだろう。
「じゃ、また後で」
「うん、後でな」「後で」
アルは3人に見送られレビ会頭たちが向かった別荘屋敷の前の広場に向かって走り出した。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。
2025.7.18 東西間違えていたので修正しています。
「はい。領都レインから西20キロほど離れた
→ 東、20キロ
冒険者アル あいつの魔法はおかしい 書籍版 第1巻~ 第3巻 発売中です。
山﨑と子先生のコミカライズは コミックス1巻、2巻 発売中
Webで第12話が公開中です。
https://to-corona-ex.com/comics/163399092207730
諸々よろしくお願いいたします。




