23-10 救出準備
アルが馬車に近づいていくと、コールとレイチェルの二人はじっとその様子を見つめていた。コールの口元はなぜか涎がたれていた。枷で口は閉じられないようになっているとは言えその状況は少し異常に見える。
口枷が甘かったのかとアルはじっとコールの顔を見るとコールの顎が少し動いていた。もしかして口枷そのものを嚙み切ろうとしているのだろうか。いや、さすがにそれは無理だろう。もしかしたら鎧作成でつくった口枷の耐久度などを噛んで確かめているのかもしれない。夢中で顎を動かしている姿を見てなんとなく近づくのが嫌な気がしてアルはそれ以上コールの様子を見るのを止めた。
馬車を見ると、外側に前方を照らすと思われる光の魔道具が2つつけられていた。中は二人がゆったり座れるような椅子が3列並べられていた。内側の天井には光の魔道具と発見系の機能のある魔道具らしいものが取り付けられている。そして衣服などが入っていると思われる箱たちの他に魔法発見で反応するものが15入っている装飾のほどこされた立派な箱が一つ積まれていた。
立派な箱に鍵はかかっているものの、罠のようなものはなさそうだ。
『解錠』
カチャリと音を立てて鍵が開く。アルは少し目を輝かせながら箱を開けた。そこには大量の羊皮紙の巻物と一緒に呪文の書が入っていた。
「んーーーっ! んーーーーっ!!」
外からコールと名乗った魔法使いの口枷で抑制された叫び声が聞こえてきた。馬車の窓からちらりとみると、こちらの方に走り出そうとしてレジナルドの配下がそれを押さえ込んでいる。何か見られて困るものでもあるのだろうか。アルは一つの羊皮紙の巻物を広げてみた。
『呪文オプションに関する考察—――』
これらは研究資料だろう。そういえばコールはプレンティス侯爵家魔法研究室の研究員だと言っていた。汚れないように保持呪文までかけられているところを見ると余程大事にしていたのだろう。逆にこの資料を見れば、プレンティス侯爵家の呪文オプションに関する理解度や他にどのような呪文に対するアプローチをしているかといった事が知れるかもしれない。後で詳しく調べてみよう。魔法の反応の1つはこれだった。あとは14、続けてアルは呪文の書を取り出してタイトルを確認した。
『光』
『光』
『光』
『閃光』
『閃光』
『魔法の矢』
『魔法の矢』
『素早い魔法の矢』
『素早い魔法の矢』
『長距離魔法の矢』 new!
『長距離魔法の矢』 new!
『多くの魔法の矢』 new!
『力場の壁』 new!
『素早い力場の壁』 new!
思わず口元が綻ぶ。重複している呪文の書も多いが、アルが習得していない呪文の書が4つもある。そのうち、2つはこの間戦った魔導士が習得していたものだ。魔法消去の呪文の書は無いようだ。
さて、どうするか。エリックたちと一緒にあの2人の捕虜もこの馬車に乗せる事になるだろう。
「レジナルドさん。こっちの箱は僕の方で預かってもいいですか? なんとなく二人の捕虜と一緒にはしておきたくないので」
「邪魔にならないなら、構わないが?」
そのやり取りを聞いていたコールはさらに暴れ出す。余程大事らしい。
「コールさん、それ以上暴れると、この資料は処分しますよ?」
暴れるのがぴたりと止んだ。判りやすい。
「大人しくしておいて下さいね。後で話は聞きますから……」
なだめるようにアルがそう言うと、コールの態度は急変して、今度は嬉しそうな顔で何度も何度も頷く。その様子を見てアルは話を聞くと言った事を少し後悔した。
「じゃぁ、レダ様、エリック様と捕虜たちをよろしくお願いします」
レジナルドの部下は、コールとレイチェルを馬車に乗せ、暴れたりできないようにロープで馬車の椅子にきつく縛り付けた。一列あけて、三列目にレダとエリックが座る。二人だけに任せるのは不安ではあるが、余分に割ける人間はいない。そして、馬車の御者はそのままレジナルドの配下の一人がつとめ、デズモンドたちがまだ居るはずの丘に向かって進み始めた。
「あとはオーソンと合流して別荘にいる人たちの救出ですね」
馬車を見送ったアルは、立派な飾りのついた箱と、コールの護衛や御者をしていた男女の死体をマジックバッグに収納していく。レジナルドとその配下1人は驚いた顔をしているが、これは内緒ですよと念を押しておく。どちらもアルはよく知っているし、信用できるだろう。
「出発しましょうか」
アルは2人が後ろの運搬の円盤に座ったのを確認して、空に舞い上がった。
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“オーソン、エリック様は救出したよ”
“おお、やったな。やっぱり馬車はエリック様だったか”
別荘に近づき、早速オーソンと念話を再開する。オーソンの声を聞き、アルはほっと安心した。
“そっちは変わりなし?”
“そうだな。建物の真ん中にある塔のてっぺんにある部屋に動いている人影が増えたような気はするが、それぐらいだ。長い城壁みたいな壁の上には相変わらず見張りがうろうろしている”
どうやって忍び込むかが問題になるだろうか。単純に飛びながら集団攻撃の呪文を撃って突っ込んでも、勝てそうな気もするが、人質にとられると厄介かもしれない。
“忍び込めそうな所とかある?”
“ああ、一応下見はしてある。壁が広すぎて綺麗に伐採できてないところが何箇所かあった。そこなら見張りに見つからずに城壁のすぐ近くまでは行けるだろう。だけどよ、壁はまっすぐでハシゴかなにかがないと壁の上には登れないし、壁の上には見張りもいる。そいつらをどうするかだな。単純に見張りを倒しても、壁の上だと建物の真ん中の塔から丸見えかもしれねぇ”
それなら石軟化呪文を使えば簡単に穴を作れるかもしれない。メヘタベル山脈にあった古代遺跡では途中に板を挟んだり、空間が作ってそこに警備用の魔道装置があったりしたが、さすがにそこまでの工夫はしていないのではないだろうか。
問題はその先だが、それは近づいてから造りを確認する必要がありそうだ。上に通路があるということなら幅はあるのだろう。下は内側から見通せる回廊だけか、それとも部屋などがあるのか……。
“もうすぐ、そっちに着くよ。どのあたりだっけ?”
“俺は別荘の北側の壁に面した背の高い木の上だ。ほぼ真ん中位だな。合流するのなら、どのあたりがいいか言ってくれ”
“ちょっと周囲を一周したいし、レビ会頭とも念話をしてから、また連絡するね”
“あいよ”
続いて、アルはレビ会頭に念話をつなぐ。
“レビ会頭、エリック様は無事救出しました。これからそちらに向かいます。レビ会頭が囚われている場所の建物とかわかります?”
“おお、素晴らしい。我々が囚われているのは、主となる建物とは別の建物だ。3棟建てられていて、その真ん中だよ”
たしか一つは馬や馬車を収納する馬車小屋だろうとオーソンが言っていた。
“建物の造りはどうなっています? 見張りとかは居ます?”
“そうだな。建物は一階建て。南北に伸びた長方形だ。建物の入り口は西に面した壁の一番南側、一ヶ所しかない。入ったところは小部屋になっていて、入り口の他に、北と東に扉が一つずつ、北側の扉は鉄格子で中が見通せるようになっており、鍵が掛けてあった。そこから廊下が伸びていて、私たちが囚われている部屋に通じている。小部屋から東側の扉の先はどうなっているのかわからないが、北側の扉や私たちが監禁されている部屋の鍵を管理している見張りの詰め所かなにかだろう。私たちが囚われている部屋の壁は石造り、出入り口だけは鉄格子になっており、廊下から部屋の中が見わたせるようになっている。廊下にはたまに見張りが回ってくる”
常時、見張りは居ないという事か。ふむ、うまくこちらも壁に穴を開けて連れ出すことはできないだろうか。
“部屋はどんな感じなのでしょう? もし人数なども判れば……”
“全部で6部屋だ。私たちは一番北西の部屋で店員なども含めて9人、向かいは我々の商会の傭兵や下働きたちで17人が詰め込まれている。私たちの隣はエリック様の一門で3人、他の3部屋はどれも10人前後で一番南東の部屋の中にモーガン子爵閣下の姿を見たように思う。この3部屋については私が収容されるとき、部屋の前を通った時にちらりと見えたきりなので、今は変わっているかもしれない”
レジナルドと情報を共有する。石を加工する呪文で壁に穴を開けようと言うと、彼はそうかと大きく頷いた。
「それなら、レビ会頭やうちの領都の連中と合流さえできればなんとかなりそうだな。アル、さっきの呪文で長剣ばかりでいいから20本ぐらい用意をお願いできないか?」
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