23-8 逃亡馬車追跡
アルたちが飛行を続けると、五分程で森の木々の合間から時速15キロメートル前後で走る一台の馬車の姿を捉えることができた。道がある程度整備されているとはいえ、この速度はかなり速い。アルたちからの距離は100メートルほど、このまま20分程走ると森を抜け、街道に出てしまうだろう。そうすればアルたちとすれば悪い事はしてはいないのだが、今の状況では衛兵隊に通報されてしまうかもしれない。
知覚強化で遠視を付与しているアルから見る限り、アルたちが居る馬車の後方上空を見ている者はおらず、馬車の周囲に浮遊眼呪文の眼も浮かんではいないようだった。
相手の50メートル以内に近寄ると魔法発見呪文などに反応がでてしまう。アルはその距離に注意しつつ馬車を追う形で飛行を続け、後ろの運搬呪文の椅子に座るレジナルドやレダに馬車の発見を告げた。
「どうやって近づく?」
レジナルドから問われて、アルはうーんと呟いて考え込んだ。もし、丸太や大きな岩でもマジックバッグに入れてあれば、馬車が進んでいる道の先に置くことで自然災害を装いつつ進路を防げたのではないかと少し悔やむ。鉄鉱山のところの広い拠点を作った時など、岩や木はいっぱい放り込んであったが、今から倒木を探すのは面倒だ。
一旦、先回りしてたくさんある光の魔道具の一つでも置いておけば、相手はそれを警戒して止まってくれるかもしれないが、それをすると不意は突けなくなる。それよりは、まだ気付かれていない今の状況を重視して突っ込むほうが良いだろうか? 馬車の魔法使いが2人で、それも魔導士ではないというのならこちらにはレダもいるので、そうしたほうが勝算は高いかもしれない。
「このまま突っ込むか、馬車の進路の先に幻覚なり魔道具なりを置いて警戒した相手が止まるのを待つか。どっちが良いと思います?」
落下抑制呪文があるので、それをあらかじめかけて、低空飛行で近づくなら魔法解除されてもなんとかなるだろう。馬車を止めるようにして待ち伏せをするのなら、逆に敵が使っているであろう魔法発見呪文に反応がでないようにいろいろと準備している呪文は全て消しておく必要があるかもしれない。
「相手が凄腕じゃないんだったら、このまま行ったほうが、我々は有利なんじゃないか?」
凄腕かどうかはエリックからの情報でしかない。それも研究職だからといって戦闘が不得意とは限らないのではないだろうか。
「アルが単独で倒した相手より戦力は劣るでしょう。私もこのままより馬車の前方に回って行く方が良いのではないかと思います。アルと私たち他のメンバーとで挟み撃ちにするのも良いかも?」
レジナルドもレダも待ち伏せよりは襲撃のほうが良いという。それの方が良いだろうか。ただし、挟み撃ちは相手が集団攻撃呪文をアルが居ないほうに使った時に防ぐ手段がないので危険な気がする。
「じゃぁ、前方に回って襲撃します? 人数も少ないし、全員で行く方がいいと思います」
アルの提案に二人は頷いた。敵の馬車を大きく迂回して前方に回る。レジナルドの部下たちは弓を用意し始めた。盾呪文、素早い盾呪文、遅延呪文で準備しておくのは今回は痙攣呪文にしておく。アルの遅延呪文の詠唱を耳にしてレダがまた「おかしい……」と言いたそうな顔をしているが、説明は後回しだ。
“もうすぐ、襲撃します。エリック様は身を縮めてできるだけ流れ矢などには当たらないようにしてくださいね”
“わかった。迷惑をかける”
こちらこそ迷惑をおかけしてごめんなさい。アルは内心そう思いながら、森の中の道を地面ギリギリの低空飛行で馬車に近づいていく。55メートルを切って、アルの魔法発見呪文に反応がいくつか浮かぶ。馬車のなかに魔道具か何かの反応は多数あるが、なんらかの呪文の対象となっているのは1人だけだ。1人だけ?
馬車の御者台にいる2人がぎょっとした様子で接近してくるアルたちを見つけて馬車を止めようとする。馬車からはまだ誰も出てこない。レジナルドの部下たちは矢を放ち、御者台の1人に命中した。お互いの距離が20メートルほどに近づいたところでようやく馬車が止まった。運搬呪文の椅子からはレジナルドたち4人がつぎつぎと跳び下りた。
『魔法の火花群』 -除外対象(エリック)
馬車の扉が開き、何人かが下りてきた所に、アルは問答無用で呪文を撃ち込む。馬車の中までは届かないかもしれないが、相手の戦闘態勢が整うまでに容赦なく潰してしまう方が正解だろう。出てきたばかりの2人、そして御者台に居たまだ元気だった1人もアルの呪文に悲鳴を上げて倒れる。
以前、魔導士たちを相手にしていた時は馬車の天井が開いていきなり魔法を撃ってきたこともあったが、今回はそのような事もないようだ。エリックは念話で彼を拘束しているコールという男からは呪文の研究をしている者という雰囲気を感じると言っていたが、その護衛もあまり戦い慣れしていない者たちばかりなのだろうか。
「助けてくれ!」「助けて!」
馬車から男女の悲鳴のような声が聞こえた。エリックの声ではない。アルはちらりとレジナルドとレダの二人の目を見る。レジナルドが軽く頷いた。
「手を上げてゆっくりと馬車から降りてこい」
レジナルドの声に馬車から一組の男女が降りてきた。男性は40才前後だろうが。身長170センチほどでかなり痩せている。すこし伸びた感じの茶色の髪には白いものがかなり混じっていた。女性は20代後半ぐらいか。男よりすこし身長は高く、痩せた彼とは違いかなり豊満な身体つきをしており、金色の長い髪は丁寧に手入れされている。二人とも魔法使いが良く身につけているローブ姿だが、男の方は高級そうな銀色の縁取りがしてある。アルの魔法発見呪文に反応しているのは女性のほうだけだ。
「私はコール。プレンティス侯爵家魔法研究室の研究員だ。戦闘はしない。助けてくれ」
「私はレイチェル。コール様の護衛だけど、あなた方には敵わないわ。抵抗しないから助けて」
「かけられている呪文を解除しますので、抵抗しないでくださいね」
『魔法解除』
『魔法解除』
2回解除をしたところで、女性から魔法発見呪文の反応が消えた。発見系の呪文をつかっていたとすれば3つではないのかと思ったが、よくわからない。
アルが頷いたのを見て、レダとレジナルドの配下の1人が警戒しながら馬車に向かう。
「エリック様!」
レダの声が聞こえたがその声は嬉しそうだ。無事だったのだろう。そこでアルは自分が魔法使い用の手枷口枷などは持っていないことに気がついた。魔法使いを生け捕りにするとは思っていなかったのだ。レジナルドを見ると、彼もその視線で思い至ったようで、はっとした表情で首を振っている。
口枷、手枷というのは道具だろうか? アルは最初、武器作成呪文で作れないかと思ったのだ。だが作るとすれば鎧作成呪文だろうと思い直した。この呪文は鎧だけでなく服も作れるのは習得した際に試していた。拘束具類は防具とは言えないだろうが、この呪文は元々面貌付きの兜をつくることもできるのだし、枷も作れるだろう。
『鎧作成』 口枷
コールと名乗った男がその様子を見て大きく目を見開いた。作ったものを、エリックの様子を見に行ったのとは別のレジナルドの配下に渡す。コールはアルの顔と目の前に近づいてきた口枷を何度も見比べ、非常に興味深そうに舌なめずりをする。そして、レジナルドの配下が口枷を付けようとすると、コールは嬉しそうにそれを受け入れた。アルはその様子を見て背筋がぞわぞわとした。
丁度その時、馬車からふらついた身体をレダに支えられるようにしてエリックが下りてくる。彼が付けられていたという口枷と手枷は取り外されている。
「エリック様 よかった」
アルはコールとレイチェルの2人を注意しつつも嬉しそうに声を出す。
「アル君。ありがとう。助かったよ」
「アル? こいつが金髪の小僧……」
レイチェルという女性が驚いた様子で呟くとアルをじっと見た。アルはそれを無視して口枷をもう一つと2つの手枷を続けざまに作成していく。それらを受け取ったレジナルドの配下は容赦なくコールとレイチェルの身にとりつけ、さらに持っていたローブで身体を拘束したのだった。
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