23-5 対決
デズモンドたちの居る丘の上から飛び立ったアルは、地面ぎりぎりの低空飛行で一旦南東方向に向かった。プレンティス侯爵家の魔導士が居る部隊を迂回するためだ。こまめに着地してその度に手のひらを地面にあて、敵の部隊の位置を確かめる。相手は馬車から降りたようで、車輪による振動はなくなっていた。そのためなのかデズモンドたちの位置がわかったためかはわからないが、移動速度は明らかに上がっている。彼らはまっすぐデズモンドたちの居るところに向かっていた。
アルからすれば敵部隊とデズモンドたちが戦いを始める直前に背後から魔法を打ち込み、魔導士たちを無力化するというのが理想である。一番それに適していそうな呪文は魔法の竜巻だが、この呪文の距離を伸長するということは、その分、熟練度によって広がった竜巻の効果範囲が小さくなってしまうということであり、その効果範囲の中心を上手に位置取りするのが難しくなる。
下手なところで撃てば複数人居るであろう魔導士の一部しか巻き込めないだろうし、近づき過ぎると、呪文を放った後、自分自身が敵に接近され、直接攻撃を受ける可能性も出て来るのだ。さらに魔法の竜巻の熟練度からすると、魔法発見の有効範囲である50メートルの外側から撃つのは無理だというのも問題だった。もちろん、魔法の矢呪文なら距離伸張で50メートルを超えて攻撃することもできなくもないが、そんな事をしても、相手の盾呪文によって簡単に防がれてしまうだけだろう。
敵の部隊は着実にデズモンドたちがいる丘に近づいている。アルは焦る気持ちを抑えつつ慎重に敵の部隊に近づいていく。ようやく木々の間から、敵の部隊が移動する姿がちらちらと見えてきた。森の上まで出てちらりと東の空を見る。ほんの少し明るくなり始めていた。だが、森の中はまだ暗い。
アルは振動を感じ取るために触感を高めていた知覚強化呪文の特性を望遠と暗視に切り替えた。森の木々の枝に紛れるようにして、前方200メートルほど先を移動する敵の部隊の様子を直接見る。真っ暗な森の中、敵の部隊は20メートルほどの縦列となって、シェードを限界まで下げたランタンを地面すれすれにかざし、早足で移動していた。
そのランタンの持ち方はおそらく遠くからは見えにくいようにとの配慮だろう。ほぼ全員がフード付きのマントを身に纏っており、誰が魔導士なのかわかりにくい。ただ、先頭を行く1人と後ろの方を行く数人の身体からは魔法感知による青白い光のようなものが感じられた。
“デズモンドさん。聞こえる? 敵の背後に着いたよ。敵部隊の先頭からそっちまであと1キロぐらい”
アルはグリィに位置の確認をしてもらいながら、デズモンドが待機している丘に近づくのを待って念話を始めた。
“聞こえるぜ。もう来たのか? こちらからはまだ敵部隊の位置は把握できてない。こんなに暗いのに敵部隊は明りをつけてないのか?”
闇の中の明かりは遠くからでも見えるはずということなのだろう。
“連中も地面しか照らさないように工夫してる。それがかなり有効なのかもね。高い所からだと見つけやすいはずなんだけど……”
“わかった。お、木に登ってる奴が見つけたらしいぞ。確認するからちょっと待ってくれ”
そう言って返事が途絶える。その間に敵部隊の移動が止まった。敵部隊が一ヶ所には纏まらず、隊列は縦に20メートルほどの長さを保ったままだ。先頭はデズモンドの居る丘からは800メートルというところだろうか。後ろに居た2人が隊列の先頭に向かって走り始めた。後ろに指揮役がいるということだろうか。
“ぼんやりとした明りをこちらからも把握できた。そこに敵がいるんだな。助かった”
デズモンドから連絡が来た。しかし、ここで襲撃をかけるにはすこしデズモンドたちと距離がある。もう少し様子を見るべきだろう。そう考えていると、敵部隊が動き始めた。だが、後ろに居る10人程はその場に残る。不思議に思いつつ見ていると、その10人ほどは前方の50人ほどとは違い北向きの獣道を辿り始めた。
“敵部隊が2手に別れたよ。大体だけど50人と10人。50人のほうは真っすぐそっちに、そして10人は北に向かってる”
“向こうもこっちを挟撃するつもりか……。50人と10人というのは?”
デズモンドの念話がそう返ってくる。
“わかんない。でも、元々後ろに居た10人で、そっちのほうが魔法感知の反応が多い”
“そっちが馬車から降りた連中って考えられねぇか?”
デズモンドに言われて、腑に落ちた。そうかもしれない。元々、オーソンの話では徒歩の部隊が50人ほどと馬車が2台だった。後ろに居た10人程は元々馬車に乗っていた者たちということだろう。ということは、その10人のほうに魔導士が居る可能性が高い。だが、そこは高いというだけだ。隊列の先頭のほうにも魔法を使っている者が居た。魔導士のうち一人は指揮役としてそっちに参加した可能性もあるのか。
“アル、とりあえず10人のほうをなんとかしてくれるか? そっちに手ごわい魔導士とかいう魔法使いが居るんだろうからな。大変だと思うが頼む。50人の方はこっちでなんとかする。逆にこっちから乱戦に持ち込んで1人で3人ぐらい倒せばいいんだろ? まだ暗いうちに片をつけるさ”
1人で3人って大丈夫なのと尋ねようとして、その前に自分は1人で10人を相手にしてほしいと頼まれていると気が付いた。自分の方がやりようはありそうな気もするが、お互い頑張るしかない状況なのだ。
“わかったよ。なんとかしてみる”
とりあえずそう返事をして、アルは北に向かった集団を追いかけ始めた。
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相手は10人、皆、よく似たフードを目深にかぶっており、誰が魔導士なのかはよくわからなかった。アルは100メートルほどまで近づくと、戦闘準備を始めた。まず、移送呪文を使い、警備ゴーレム1体を取り出す。このメヘタベル山脈の古代遺跡で手に入れた警備ゴーレムは、一旦マラキに預けて整備作業をしてもらったものだ。全部で6体入手したが、マラキに整備をお願いしていて、手許に返ってきているのはまだこの1体だけである。テンペストの墓や研究塔にあった守護ゴーレムと同じように場所或いは対象を守れという命令を出すことができるのだが、どれほど強いのかはまだ試せていない。だが、出し惜しみはしないと決めたので今回はアルの身を守ってもらうことにしたのだ。
そして、自分には素早い盾呪文、そして遅延呪文として魔法の竜巻を用意しておく。遅延呪文とは以前、ゾラ卿から礼として贈られたセネット伯爵家魔導士団の秘匿呪文だ。本来なら10秒程詠唱間隔を開ける必要があるものを事前に準備しておくことによってまるで連続で唱えたような効果が得られる呪文である。今回、10人まで減少した相手全員を範囲に入れる事の出来るぎりぎりまで近づいて魔法の竜巻呪文で攻撃するつもりなので、こちらに出番があるかはわからないが、火力が足りない時にはこれが有効だろう。
それほど遠くないところから戦いがはじまったらしい声や音が聞こえてきた。デズモンドたちだろう。もう余裕はない。アルは彼らの健闘を祈りつつ警備ゴーレムを運搬の円盤に載せ、飛行して一気に10人程の集団に向かっていく。相手もアルの接近には気付いた様子で呪文の詠唱を始めた。
『長距離魔法の矢』
2人の男女の手から、それぞれ4本と3本の青白い矢のようなものがとびだしてきた。以前、セオドア王子を攻撃してきた呪文はこれだろう。想定範囲内というより予想よりだいぶ少ない。盾の六角形の光が7回浮かび、青白い矢はそこで消える。残り8回分。
『魔法の竜巻』
40メートルまで到達したところでアルも呪文を唱えた。敵の反応は様々だ。まだ距離が遠いのに焦ったのかとあざけりの表情を浮かべるものもいたが、その表情はアルの掌から出た青白い光のようなものがヒューと音を立てながら目の前まで迫ったのを見て焦った表情に変わる。
『魔法消去』
敵の中に居た男が呪文を唱え、アルが放った青白い光が即座に消えた。初めて見る呪文である。攻撃呪文を消す事が出来るような呪文などあるのか? それも発動時間は痙攣呪文並みだ。
「油断するな。相手は金髪の小僧だぞ。距離を詰めろ」
魔法消去呪文を使った男の指示に10人の集団はアルに向かって走り始めた。遅延してある魔法の竜巻呪文を使うか? いや、10人のうち、まだ呪文を使っていない者も居る。これはまだ保留して別の呪文を用意すべきか。頭の中で懸命に考えながら、アルもさらに距離を詰めた。10メートルの距離を詰めるのはあっという間だ。敵10人のうち、4人は10メートルほどすすんだところで足を止め、6人はさらに進んで来た。アルも5メートルほど進んだところで前進を止める。足を止めた4人のうち3人は先程魔法を使った。彼らは魔導士か。
『魔法の衝撃波』
この呪文ならどうだ? 魔法の竜巻呪文とはちがい、掌から円錐状に大量の青白い衝撃が放たれる。魔法消去呪文がどのようなものかわからないが、対処できないのではないだろうか。魔法の衝撃波呪文の青白い礫のような奔流はアルに向かってきていた六人をなぎ倒す。
『素早い力場の壁』
先程魔法消去呪文を使った男がまたアルの知らない呪文を使った。足を止めていた4人のすぐ前に白い半透明の壁が出現する。高さは3メートルほど。その半透明の壁で青白い礫の流れは遮断されてしまう。
『魔法の矢』
『魔法の矢』
魔法の衝撃波呪文の青白い礫のような奔流が途切れると、すぐに半透明の壁は消え、それとほぼ同時に2人が魔法の矢呪文を放ってきた。アル自身は魔法の衝撃波呪文を使った直後で痙攣呪文を唱えることはできない。遅延呪文は痙攣呪文を用意しておけばよかったかもという思いが脳裏をよぎる。青白い光の矢は5本と4本。盾呪文の六角の光が8つ瞬き、消しきれない1つがアルの鳩尾を抉る。辛うじて鎧は貫通しなかったが、それでもアルは後ろに吹き飛ばされた。強い衝撃で息が詰まる。
アルの後ろに居た警備ゴーレムが飛び出し、転倒しているアルを背後に庇う。フードが外れて警備ゴーレムの顔が露わになった。
「ゴーレムだと?」
魔法消去呪文を使った男は驚きの声を上げた。アルは痛みを堪えつつなんとかその場で片膝立ちになる。やはり、魔法消去呪文は一度には限られた数しか対処できないようだ。そして、呪文を使えるのは3人だけかもしれない。同じ事をすれば同じパターンで返してくるのではないだろうか。
「警備ゴーレム下がって」
『魔法の衝撃波』
アルは警備ゴーレムを下げて、再び呪文を唱えた。
『素早い力場の壁』
同じ事を繰り返すのかと一瞬不思議そうな表情を浮かべる敵の魔法使い。相手の呪文にあわせて的確に防いでくるほどの技量。こいつは確実に魔導士だろう。他の魔法を使う2人は魔導士なのか徒弟なのか。そして呪文を使っていない1人はどうなのだろう。白い半透明の壁が現れ、魔法の衝撃波呪文を防ぐ。魔法の衝撃波呪文の奔流が終わるタイミングを狙い、アルは遅延してあった魔法の竜巻呪文を半透明の壁のすぐ上あたりを目標にして放つ。
『魔法……』
『魔法……』
半透明の壁が消える。アルの掌から出た青白い光のようなものはそのまま弧を描き、ヒューと音を立てながら4人を越えて彼らのすぐ後ろの地面に到達した。驚きに目を瞠る4人。次の瞬間、青白い光のあった点を中心にまるで光の花が開くように白い光が渦を巻いて広がった。4人はその衝撃で一気に吹き飛ぶ。
魔法の衝撃波呪文が途切れれば、すぐに半透明の壁を消して魔法で反撃してくるのではと考えたが予想通りだ。おそらくこの3人は連携し、魔法消去呪文や素早い力場の壁呪文を使って相手の呪文を防ぎつつ、その直後に攻撃呪文を使って相手を倒すというのを狙っていたにちがいない。呪文をつかっていなかった4人目が魔法消去呪文をつかわなかった(つかえなかった?)のはアルにとっては幸いだった。
荒れ狂う魔法の竜巻呪文の青白い塊を続けざまに受けて4人が倒れるのを見ながら、アルはゆっくりと立ち上がった。
読んで頂いてありがとうございます。
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誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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