23-1 パーカー子爵
ルエラ、バーバラを後ろに乗せ、国境都市パーカーの入り口に到着したのは、真夜中の少し前であった。都市は平穏そうに静まり返っていたが、戦時らしく城壁にはかなりの数の見張りが居た。
「レビ商会のルエラと冒険者で魔法使いのアル、護衛のバーバラです。緊急の用件で隊長とお話させてください」
見張りに立っている衛兵にアルが大きい声でそう言うと、少し待てと言う返事が一旦帰ってきた。城壁内でざわめきが起こり、しばらくすると隊長らしき人物が城門脇の通用口から数人の衛兵を連れて出てきた。
「フードをとってくれ」
言われるままに顔を隠していたフードを外す。隊長はルエラよりアルの顔をじっと見、連れてきた衛兵たちと頷きあった。
「申し訳ないが、私は一介の衛兵隊長の身であるので、ルエラ殿についてはよく存じ上げぬ。だが、アル殿については会議でお会いした事もあり、顔も存じ上げている。間違いないだろう。用件は何か?」
僕の事を知っている? アルは首を傾げたが、そういえば、去年の冬、プレンティス侯爵家が後にナレシュの領地となる村の近くで拠点を作り、その後に魔導士による衛兵隊本部襲撃するという事件があり、それにかなり関わっていたことを思いだした。会議にはたくさんの人が居たので憶えていないが、その中の一人だったのだろう。そういうことなら話は早い。
「今、領都で起こっている事について、ルエラさんから是非パーカー子爵閣下にお話しさせていただきたい事があるのです」
「わかった。直ぐに子爵閣下には連絡する。部屋を用意するので、まずはそちらに案内しよう」
デズモンドやオーソン、レダたちのことも気にかかるが、とりあえずは報告だ。城門の上につくられた門楼の一室に通された二人が少し待っていると、真夜中にもかかわらずパーカー子爵と衛兵隊長官のニコラス男爵の二人がすぐにやって来た。アルがパーカー子爵ときちんと話をするのは初めてだ。年令は30前後、身長はかなり高くて190センチはあるだろう。くすんだ金色の髪で体格はがっしりとしている。デズモンドから聞いていたのんびりとした様子とは違いかなりピリピリした雰囲気だ。何か状況が変わったのだろうか?
「ルエラ殿、アル君よく来てくれた」
ルエラはパーカー子爵とは顔見知りである様子で、スカートの裾をつまんで丁寧な礼をした。アルとバーバラもその横で丁寧にお辞儀をする。
「早速だが、領都の様子を教えてもらえるか?」
パーカー子爵の問いに、ルエラとアルはデュラン卿の従士であるヒースからの手紙が衛兵隊本部につく予定になっていることも前置きしつつ、領都や辺境都市レスターの状況を説明し、ヒースから聞いた話も伝える。それを聞いて、パーカー子爵とニコラス男爵はそろって困った顔をして腕を組む。
「そうか、成程な。ヒース殿の手紙も到着次第確認させてもらうが、アル君の考えではユージン子爵の背後にはプレンティス侯爵家が居るのではないかというのだな。確かにその可能性はあるか。話はわかった。連絡をしてくれてありがとう。ちなみに言っておくと、レビ商会やアル君に関しての通達がレビ商会の傭兵たちが領都に向かった数日後に我々のところにも届いた」
そう言えば、そういう可能性もあったのか。アルははっとしてパーカー子爵の顔を見る。ルエラも同じように驚いた表情を浮かべる。だが、パーカー子爵は二人に対してにやりと微笑んでみせる。
「安心せよ。レビ商会にはテンペスト王国から流入した難民の対処でかなり尽力してもらったし、プレンティス侯爵家の陰謀に際してはレビ商会だけでなくアル君にも活躍してもらった。我々は大きな恩義がある。そのような通達、素直に従わん。というより、そのような事をすれば、私は民や衛兵たちからも信頼を失うだろう」
そういうことか。アルとルエラは顔を見合わせた。
「だが、このような通達が流れてくるということは領都で何かしらの異変が起こっているのだろうと推測できたものの、状況がつかめず困っていたのだ」
だからこれほどピリピリしていたのか。
「今はどのようにされているのか教えて頂けますか?」
ルエラが恐る恐るといった様子で尋ねた。
「レビ商会に残っていた者には状況を説明して一旦店の営業は止めてもらっている。我々のところに来たという事は、辺境伯領の他の都市にも同じような通達が行っている可能性があるし、実際、ここと領都の間にあるグラディスの街では、状況を知らなかったレビ商会の隊商が門番に追い返されたという話もあるそうだ。注意してもらいたい」
逮捕ではなく追い返されただけで済んだのは運が良い方だろう。グラディスの街を治める貴族はまだレビ商会に同情的ということではないだろうか。
「パーカー子爵閣下、申し訳ないのですが、父宛てにどなたかの名義をお借りして手紙送信をお願いできないでしょうか?」
アルは素直にそう申し出た。手紙送信呪文に関する今の自分の熟練度ではチャニング村までは届かないし、重要手配されているアルの名前では交易ギルドに依頼もできないだろう。レビ商会に対する対応を見る限り、パーカー子爵ならこの願いは受け入れてくれそうな気がする。
「そういえば、アル君の御父上はシプリー山地に領地をお持ちだったな。さぞ心配されているだろう。出された通達に家族や縁者には特に言及がなかったので、御父上の領地には影響はないだろうが、マーロー男爵が君の逮捕のためとして衛兵などを派兵しているかもしれん。手紙で事情を説明しておいた方が良いだろう。きちんと届くように手配し、私からも添え状を書こう」
アルは書いておいた手紙を手渡し深々と頭を下げた。これで少し安心だ。
「もし、ユージン子爵の配下の者がプレンティス侯爵家に通じているとなると、軍勢の動きなどが敵方に全部把握されていることになる。この状況はかなり厳しいな。それに、アル君たちの推測が正しくて、領都が抑えられているとなると、王都への連絡も遮断されている恐れがあるな。確証がないのでむやみには動けぬものの王都方面にも念のため手を打っておきたいところであるが、時間がかかるかもしれぬ」
パーカー子爵は困った顔でニコラス男爵とそんな話をしながら自分のあごを指で撫でる。戦争の事はよくわからないが、一方的に位置や様子が敵に知られているとなるとかなり不利なのは想像がつく。そして、王都への連絡はレイン辺境伯領を出ないと無理かもしれないのか。
「仕方ありますまい。王都方面には念のために手紙ではなく早馬を走らせましょう。領都は迂回するように指示します」
ニコラス男爵の言葉にパーカー子爵は頷く。アルが何か協力できるとしても、今はまだ中途半端な事になりそうだ。それよりは、レビ会頭やエリックたちを救出し、ユージン子爵とプレンティス侯爵家が通じている証拠を見つけるべきだろう。そうすればいろいろとはっきりするのだ。
「子爵閣下、御温情に感謝いたします。報告も終わりましたので、我々は商会の屋敷に向かいます」
ルエラがそう言い、アルとバーバラも頭を下げた。
「わかった。情報感謝する。すべては今回の諍いが片付いてからだな。それまではルエラ殿もアル君もパーカーで過ごされるといい。プレンティスの間諜が入り込んでいるやもしれぬので、あまり表は出歩かぬ方が良いと思う」
国境都市パーカーならストラウドが命じた重要手配も気にしなくてもいいようだ。アル自身はすぐにデズモンドと合流に向かうつもりだが、ルエラやレビ商会としては本当にありがたい話だ。ルエラとアルは改めて深々と頭を下げ、部屋を退出するのだった。
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