22-2 レビ商会
アル(猫)は途中、人の気配のない建物と建物の間の狭い路地に潜り込むと人間の姿に戻った。ただし、アルの姿では手配されているようなので、少し考えてケーンの姿を借りることにした。動物変身呪文をつかって別の人間の姿になれると知った後、実験・練習をするのに何人かにお願いしたのだが、そのうちの一人がケーンであった。彼なら一番アルに体格が近く、ベルトなどで調整すれば問題なく自分の服が着られるのだ。この呪文には念のために探知回避呪文もつけておくことにする。契りの指輪を付け、グリィのペンダントを首から下げるとなんとなく安心感が増した。
レビ商会の近くまでに着くと、休みなく朝早くから夜遅くまで開いているはずの商会の扉は閉まっており、前に衛兵が二人立っていた。アルは不審に思って建物の裏に回る。裏は傭兵団と使用人が使う二つの扉があるのだが、こちらにも同じように衛兵が二人立っていた。
不安を感じたアルは衛兵に気付かれないように来た道を戻ろうとして、アルと同じように路地に身を潜めて店の様子を伺っている人間が一人居る事に気がついた。フードを目深にかぶっているので人相はわからない。服装からすると男だろう。
アルは一旦、建物の陰に身を隠す。レビ会頭なら何度も喋っていてよく知っている。中に居るのなら念話が通じるはずだ。そう考えてアルは念話を送ってみた。だが、反応はない。ルエラ、デズモンド、レジナルド、バーバラ、レビ商会で念話が送れるほどの知り合いに順番に送ってみるが誰の反応もない。念話の有効範囲は1キロ程度あるはずで、建物の中にいるのなら当然有効範囲内である。もちろん相手が寝ていたり、念話を受け入れるのを拒否しても反応は同じなのだが、まだそれほど遅い時間でもないし、この状況で拒否されるとは思えない。この中にレビ会頭たちは居ない可能性が高い気がした。
「中は誰か居るのかな」
アルは小さく呟き、浮遊眼の眼を飛ばした。レビ商会の建物に警備用の魔道具はあるが、その位置は何度も出入りしたアルにはよくわかっている。衛兵からは魔法は感じられなかったので、そこさえ気を付ければ大丈夫だろう。感知範囲を意識しながら見える範囲でまず建物の中をさぐる。中に人影は見えた。
建物の中に居たのはアルが見た事のない男たちだった。商会の人間とは思えないくたびれた服を着ており、緊張感などはなく酒などを飲みながら談笑している様子だ。しばらく滞在していたこともあるアルにとっては極めて違和感のある光景だった。だが、警備用の魔道具を避けて調べられる範囲には限界があり、建物の中をすべて探せるわけでもない。知っている顔を見つける事は出来なかった。アルは戸惑いながらも一旦眼による建物の中の探索を諦めたのだった。
あとは顔の判らないフードを被った男か。アルはそう考えて眼をその男に近づける。顔が見えた。マイケルだった。以前、オークの被害を受けた村で自警団に所属し、蛮族の集落を壊滅させた後レビ商会に入った若い男だ。アルは眼を戻すと、マイケルに念話を送る事にした。彼は驚いた様子で念話を受け入れる。
“アルだよ。今、物陰からマイケルさんを見てる”
“え? どこだ?”
マイケルはきょろきょろと周囲を見回す。
“あんまり動いちゃだめだよ。衛兵に見つかっちゃう。どこか落ち着いて話せるところはない?”
“わかった。領都の外にデズモンドさんたちも居るんだ。そっちで話をしよう。ついてきてくれるか?”
デズモンドが居るのか。色々と話が聞けそうだ。
“わかったよ。えっと、ちょっと別人に変装してるから会った時に驚かないでね”
アルはそう告げて、その場を離れ歩き始めたマイケルの後を追い始めた。
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「ケーン殿? アル? 本当にアルなのか?」
マイケルに案内された先、領都の外の森の中にテントが張られ、そこにデスモンド、レジナルドを筆頭にアルも良く知っている十人ほどのレビ商会に雇われている傭兵たちが居た。最初はケーンの姿をしていたアルに不審そうな顔をしたデスモンドだったが、動物変身呪文を解除して本来の姿を見せ、過去の二人しか知らないような話をすると、ようやくアルだと信用してくれた。
「いやぁ、すまなかった。いろいろとあってな。しかし、ここでアルと会えるなんてなんて心強い」
「一体、何が起こっているんです?」
「いや、困ったことにこっちもはっきりとはわからないんだが……」
デスモンドによると、十日ほど前に急にレビ商会の領都での店に衛兵隊がやって来たらしい。そしていきなり店は閉鎖させられ、当時店に居たレビ会頭と息子のエドモンド、そして商会で働いていた者たちは全員店から出ることを禁じられたのだという。デズモンドがこの話を知っているのはその場に居合わせた馴染み客が衛兵に店から追い出され、その話を別用で出かけていた店の者に教えてくれたからであった。その店の者は衛兵の目を盗んで領都を出、大急ぎで国境都市パーカーにあるレビ商会の屋敷までやって来たのだと言う。
「国境都市パーカーにある店は何も?」
アルの問いに、デズモンドとレジナルドはそろって頷いた。
「パーカー子爵家で親しくしている内政官とも話をしてみたんだが、そんな通達は来ていないという話だった。辺境都市レスターにある本店の状況は現在確認中だ。私に伝えてくれた店の者によると、その時点で店を離れていたものは三人いて、自分以外の二人は辺境都市レスターに向かったと言っていたのだがな」
そこまで言って、デズモンドはため息をつく。
「レビ商会の建物の中は覗いてみたけど、商会の人じゃないっぽい男たちの姿しか無かったよ。レビ会頭に念話を送ってみたけど反応はなかった。眠ってた可能性も無いわけじゃないけど、あそこには居ないんじゃないかな?」
「えっ? なんだって? 本当か?」
アルが自分の知る状況を説明するとデズモンドは驚きに眼を瞠った。忌々し気に膝を叩く。
「くそっ、店の前の衛兵は偽装で、レビ様はとっくに別の所に移されてたのか。道理で何度連絡をとろうとしても反応がないわけだ」
デズモンドは顔が一番ばれていないであろう新入りのマイケルに手紙を建物の中に放り込ませたり、食料をどうやって運び込んでいるのかから糸口を作れないか調べたりしていたらしい。
「レビ商会だけじゃなく、僕も重要手配になってるんだけど、そっちの話は知らない?」
アルがそう言うと、デズモンドとレジナルドは顔を見合わせた。
「実はな、パーカー子爵家の内政官に話を聞いた時にヤバい話を聞いたんだ。内政官はレビ商会については何も聞いていないが、十日ほど前にレイン辺境伯とその嫡子、そしてセレナ様が揃って流行り病に倒れられ、今は次男であるストラウド様が政務を摂っておられるらしいと教えてくれたのさ。そのタイミングと衛兵隊がうちの商会の領都支店を閉鎖させられたタイミングはほぼ一致する。ストラウド様といえば、アルも知っての通り、パトリシア姫に求婚する予定があったりと色々と曰く付きの人物だ。うちの件もストラウド様……というよりストラウド様を担いだ何者かの仕業かと思っていたんだが、それにアルの話も絡んでいるかもな」
「えぇー?? 僕が? 僕はそんな重要人物じゃないでしょ」
アルはバカバカしいとばかりに笑って首を振る。
「冗談なんかじゃないぜ。お前さんは十分重要人物だ」
読んで頂いてありがとうございます。
申し訳ありませんが、リアル都合で少々忙しく執筆が進んでおりません。1週間程お休みを頂いて、次回は4月7日にさせていただきたいと思います。ご了解の程、よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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