21-1 採掘場の砦
ラミア討伐から3ヶ月が経ったある日の昼下がりの事だった。あれからアルは、研究塔など色々なところを行ったり来たりしつつも、基本的には採掘場に居て、付近に出る蛮族や魔獣の討伐の傍ら、資材や馬車の安全を確保するための区画の整備をしていた。
そして、今では40メートル四方を囲う高さ3メートル、幅3メートルの外壁とその上部の胸壁、そして出入口のゲートハウス(門楼)を造り上げていたのである。
そして今日は、区画内に誰もいない時に、外から入るための仕掛けを設置していた。シンプルに合言葉に反応して胸壁の上に置いた魔道具から運搬呪文が発動し、出来た円盤がその上に載せた縄梯子を押し出すことによって、下に落とすというものである。だが、発生する時に出来る円盤の傾斜を利用しているだけなので調整が難しかった、アルは縄梯子を置く角度などで問題が出ないか、何度も繰り返し試行錯誤していたのである。
「アルフレッド様ーっ」
丁度、もう一度試そうと門の前に降りてきた時に、遠くから自分を呼ぶ声がした。アルは浮遊眼の眼の高度を上げ、川沿いの拠点に向かう道の方を見る。そこには数台の荷馬車と複数の男たちが見えた。先頭で声を出しているのは従士のネヴィルだ。荷馬車は道の整備をしている者たちの装備を載せている。ようやく道の整備が終わったのだろう。
「道よ開け!」
アルは急いで合言葉を言う。すると、門の上の胸壁から縄梯子が落ちてきた。身軽に縄梯子を使って城壁を登る。登り終える頃にはネヴィルが門の前まで到着していた。
「お疲れさまー、ちょっと待ってねー」
アルはゲートハウスの二階の胸壁から手を振り、そこにあるハンドルを回しはじめる。ゆっくりとゲートハウスの入口を守る落とし格子が上がり始めた。
「ありがとうございます。アルフレッド様」
十分に落とし格子が上がったのを見て、荷馬車は区画の内側に入って来た。区画の中に入った荷馬車が止まると次々と人が降りてきて、皆一様に区画を囲う城壁を眺め、口々に感嘆の声を上げている。一番後ろの荷馬車に乗っていたのはアルの兄、ジャスパーだった。彼も荷馬車から降りると周囲を見回し、そして門の脇にある階段から降りてくるアルをみつけて駆け寄ってきた。
「アルフレッド、道を作る連中から話は聞いてたが、でかいのを作ったなぁ……」
ゲートハウスはその名の通り門と一体になった建物であった。一階は落とし格子のある通路の他に門番用らしき小部屋、二階も城壁の上に出る通路と落とし格子を巻き上げるハンドルがある程度で、普通の部屋はない。三階と四階には広めの部屋がいくつか設けられていた。また、区画を囲う石壁の幅は三メートルほどあるので、その内側に空間があり、区切れば多くの部屋が作れそうな作りとなっていた。
「うん。でも、建物だけだよ。この付近にはラミアたちがつくってた石壁がたくさんあったから、撤去も兼ねつつ、それを材料にして最初は区画を囲う高さ2メートル程の壁を作ろうと思ったんだ。でも、石軟化呪文を使っているうちに、杖で使ってた時より便利に使えるのがわかってさ。作るのがどんどん楽しくなっちゃった。それで、ちゃんとした門があると良いかなとか、石壁の上に上って周囲を見張れるようにとか、それだと矢を撃つのに身を守る胸壁があったほうがいいとか。そんな感じでこんな風になっちゃった」
「もう、完全に砦じゃないか。それを一人で作るとか、どこまで……」
ジャスパーは呆れた様子で話すが、それにアルは首を振る。
「呪文の練習も兼ねてるからね。それに、門の落とし格子は金属軟化呪文を使って、なんとか作れたんだけど、それ以外の内装や家具にはお金がかかるからさ。ほとんどしてない。最低限と思って、3階と4階にある部屋の扉は川沿いの拠点を作るのに来ている大工に頼んで作ってもらったけど、ほんとそれだけ。床も石がむき出しのままさ」
「むき出しといっても、すごくつるつるじゃないか。顔が映りそうだ」
そういって、ジャスパーは門の床に手を触れた。そう言われて、アルは思わず頬を緩ませる。ジャスパーにも言った通り、今まで、杖で石軟化呪文を使い作っていた石壁は金槌で叩けば砕けそうな脆さだったのだが、呪文として使っているうちに熟練度が上がり、まるで磨いた大理石のように見える程に圧縮ができるようになったのだ。さらに、加工についても、今までは粘土細工のように手、板、棒などをつかって伸ばしたりする必要があったのに対して、イメージするだけで形を変えることも出来るようになったのである。
アルはついでにと、出来上がったばかりの合言葉で縄梯子が落ちてくる仕組みの説明をした。ジャスパーは面白いなと何度も試していた。
「ところで、今更なんだけど、このゲートハウスの四階の部屋一つは家具とかも入れて占領しちゃってるけど、良いかな?」
アルの笑顔に、ジャスパーは苦笑を浮かべた。
「何を言ってるんだ。そんなの俺にわざわざ了解が必要か? もちろん良いに決まってる。自分が作ったものだろう? 好きに使えばいい。逆に他の部屋とかは使って良いのかって思うぐらいだ。さっきの扉の話とか金も払ってやりたいが、いろいろと入用でな。後払いでも良いか」
ジャスパーは申し訳なさそうに首を振る。代官としての手当が届いているのか知らないが、元は貧乏貴族だ。貯えなどもほとんどないだろう。逆に自分のほうが金は持っているかもしれない。
「ううん、今回の分は部屋をずっと占有してる分ということでいいよ」
「うーん……」
ジャスパーは納得できない様子だ。だが、アルはそれを気にせず話を続ける。
「これは、僕が占有してる部屋以外の鍵ね」
「鍵?」
「うん、屋上には見張りの人が上がれるような仕組みになってるから廊下はいろんな人が通る感じになっちゃうでしょ? だから、部屋には鍵を付けたんだ」
そう言って、アルは周囲を見回し、腰に下げていた風に見せかけて釦型のマジックバッグから鍵束を取り出すと、ジャスパーに渡した。
「たしかにそうなるな。わかった、預かろう」
「それと、これ」
アルが続けて取り出した袋に入っていたのは、12センチ角ほどの小さくて四角いトレーのようなものが2つである。
「これは何だ?」
「手紙送信呪文が使えるトレーだよ」
アルの答えにジャスパーは不思議そうな顔をした。手紙送信呪文というものを知らないのかもしれない。アルは呪文の説明をした。今回、この採掘場とチャニング村、川沿いの拠点と三か所の管理をすることになり、通信手段として新しく作った魔道具であった。
「これで、何かあった時には領都やマーローの街に救援をすぐ求める事が?」
「いや、ごめん、そこまでは無理」
アルの作れる魔道具というのは、存在する魔道具の魔道回路をそのまま写すか、呪文を発動させるだけが精一杯だ。もちろん、どちらもそれに関連している呪文をすべて習得済みであることが大前提である。
そういった事情があって、城門のところにある縄梯子が落ちる仕組みも苦労していたのだ。さらに、呪文を発動させるだけの魔道具をつくった場合、その呪文の熟練度は覚えたての状態と同じになってしまう。手紙送信呪文の場合、時速5キロで3時間、つまり15キロが限界である。マーローの街までもたどり着けないだろう。
「採掘場から川の拠点まで手紙が届けられるということか。それは、馬を走らせるのとどっちが早いんだろう?」
「うーん。晴れた日の昼間なら馬の方が早いかもね。でも夜に雨とか条件によっては、それで送った方が安全かなとおもってさ。採掘場に人が寝泊まりするようなことがあれば、定期連絡にも使えるでしょ」
ジャスパーは感心したように頷いた。
「こんな魔道具、良く見つけてきたな。高かっただろ?」
「見つけてきたんじゃなくて、作ったんだよ」
「へっ?」
ジャスパーが驚いた顔をして、アルの顔をじっと見た。アルはにっこりと微笑む。
実は辺境都市レスターのララの店で、細々とではあるが魔道具の販売は続けており、高価な魔道インクなどの材料費をその売り上げで賄っていた。一個作るのに時間がかかるし、それを生業とするつもりもないので、アルが作っていることは秘密にしてもらっている。なので、今回の縄梯子投下の魔道具と、この二つについては、製作材料もそこから捻出しており、新たな製作費はかからずに済んだ。
「これ以上は作るのに結構かかるから2個だけだよ。そして、もちろん作れるのは内緒ね」
「わかった。そういえば、ギュスターブ兄さんからこれを預かったんだ。1つはこの間の使節団護衛の報酬、もう1つはセネット男爵閣下からだってさ。セネット男爵閣下からは遅くなって申し訳なかったって伝言付き」
アルはそれは素直に受け取った、かなりの重さだ。両方とも金貨で100枚ぐらいはありそうである。セレナとディラン卿はかなり奮発してくれたようだ。片方はセネット男爵閣下、すなわちナレシュを手伝った分の報酬だろう。
「しかし、何かいろいろとしてもらってばっかりだな……って、そうか、アルフレッド、もしかして?」
「あー、うん。またちょっと出かけてくる。1ヶ月ぐらいの予定」
アルの脳裏には、メッシーナ王国との国境、オリオンの街に向かって空を飛んでいた時に見かけた古代遺跡らしきものの様子が浮かんでいた。あそこなら、チャニング村から空を飛んで1日ぐらいで到着できるだろう。探索をした後は、使節団に同行した時には行けなかったメッシーナ王国の都市をいくつか巡り、呪文の書や知らない魔道具を探すのだ。
アルはここしばらく、鉄鉱山の話にある程度目途が付くまでと思って過ごしていた。ようやく川沿いの新拠点の建物もいくつか建って、そこを拠点とした警備の体制も出来たし、派遣された騎士団による付近の蛮族・魔獣討伐もおこなわれた。そして、今日は川沿いの拠点からこの採掘場まで馬車が無事到着できた。もうそろそろ、出かけても大丈夫だろう。作ったゲートハウスや魔道具は、アルにとっては家を手伝わない代償のようなものだ。
だが、兄ギュスターブは先月領都に戻ってしまったし、アルが出かけると、チャニング村に残る男兄弟はジャスパーだけになってしまう。どんな反応になるだろうか?
「そうか。いつかはまた出かけるんだろうなと、うすうすは思ってた。こっちはルーシー、メアリーも居るし、従士もマイロン、ネヴィルの他に新しいのも居る。大丈夫さ。アルフレッドの方はくれぐれも気を付けろよ。今晩は村で宴会をするか」
「うん、ありがと」
兄にそう言ってもらえたアルは胸をなでおろし、明るく返事をしたのだった。
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