20-2 ささやかな宴
ギュスターブが借りている領都の家に帰った二人は、従士のオズバート、その息子のオービルと共に夕食のテーブルを囲んでいた。貴族や騎士の家では、従士は別の席で食べさせるというところも多いのだがチャニング家ではそうではなく、それはこの領都で暮らすギュスターブも同じであった。
「アルフレッド、鉄鉱山を見に行くだろう? 領都を出発するのはいつにする?」
ふかしたジャガイモをフォークで口に運び、それを咀嚼しながらギュスターブが尋ねた。
「うーん、明日朝かな? あ、もしかして兄さんも行く?」
「ああ、今回の騎士叙爵の件を親父に報告したいしな。今日出た話もあるだろう? まだ無いとは思うが、もし男爵位が頂戴できるって事になれば、その時には俺が戻ったほうが良いのか、ジャスパーに継がせるのかも相談しておいたほうが良いだろう。俺としてはこのまま騎士団に居たいんだが……」
騎士叙爵、男爵位という言葉を聞いて、オズバートとオービルは驚きの声を上げ、お互い顔を見合わせた。
「実は昼間、セレナ様に呼び出されて城に行っただろう? その時にな……」
ギュスターブがその時の話をオズバートとオービルに伝える。
「そんな大事な事を、どうして先に伝えて頂けないのですか? それならば、今日は御馳走にしましたのに!」
「すごい、すごいです! ギュスターブ様。小隊長になるほうが先かと思っておりましたが、なんと先に騎士爵に……」
オズバートは悲鳴が交じったような興奮した声を出した。オービルも驚きに目を見開いてそんな事を言っている。
「いやいや、すごいのは俺じゃない。アルフレッドだ。今回の使節団で俺が褒美にあずかれるほど活躍できてないのはオービルも知っているだろう。今回の使節団でのこいつの活躍はすごかった。今回の騎士爵はチャニング家としてもらった褒美だ。だが、これで親父たちに少しは援助することもできるだろう」
アルもギュスターブの言葉に頷く。余所と単純に比べる事は出来ないが、チャニング村は辺境に面していて蛮族の脅威がある上に、平らな土地も少ないので林業以外には碌な産業がない。村の領主といっても食べるのに精一杯なのが現状である。ギュスターブが騎士爵に叙爵されれば俸給は増える。今に比べれば余裕ができるはずだ。
「そ、それで、男爵位というのは? それはいつ頃?」
オービルは待ちきれない様子で尋ねるが、それについてギュスターブは首を振った。
「男爵位というのは可能性があるというだけだ。まず、アルフレッドがラミアとかいう蛮族をたおせればという前提がある。これについては無理をしない範囲で頑張ってもらいたい。そして、もし討伐がうまく行き、代官を拝命できるようになったとしても、まずは今のチャニング村以外に、それに鉱山を統括する役目が増えるのに過ぎない。もちろん管轄する範囲は広がる。レイン辺境伯に仕える騎士には複数の村を所領としている者も少なからず居るが、それと似たような事だな」
「アルフレッド様には頑張ってもらうとして、もしそうなったら忙しくなりそうですね。ネルソン様とジャスパー様、マイロンとネヴィルじゃぁ、とっても手が回らないんじゃ……。道とか、鉄鉱石を溶かす設備とかもですか?」
オズバートが次々に続けて尋ねる。
「代官という話だからな。街道整備や鉱山設備の準備は辺境伯の方である程度の段取りはしてもらえるとしても、人は足りなくなるだろう。今までのように蛮族に気を配るだけじゃなく、鉱山内の安全の確保や、鉱夫や運搬夫を雇ったりしないといけなくなる。そういったことを親父と相談だな。男爵位というのは、鉱山が軌道に乗り、ある程度の採掘量が確保できたうえでのこと。かなり先は遠いぞ」
そんな話もあるのか……。アルはギュスターブの話を聞いてぞっとした。とても面倒そうで、自分にはやれそうもない。
「アルフレッドもこれを機に親父の手伝いをしてくれるとありがたいと思ったが、その顔をみてるとまぁ無理か。だが、冒険者として生活していくにしても、定期的に村に戻って鉄鉱山を狙ってやってくる蛮族が居ないか警戒をしてもらわねばならん。それだけは頼んでおくぞ。まぁ、プレンティス侯爵家が潰れたら蛮族も減るかもしれんがな」
嫌だなぁという思いが顔に出ていたのか、ギュスターブがアルにそう言う。もちろんそれぐらいならとアルは頷いた。
「一応、うちの小隊はひと月半の間、治療に専念して活動は休止となっていて、俺にとっては休暇みたいなものだが、領都を離れるとなれば、届け出はしておかねばならん。アルフレッドは空を飛んで行くのだろう? 出立は午後でも良いか?」
「村まで3時間ぐらいかな。明るいうちには着きたい。ひと月半も治療って、かなり治療は長引きそうなの?酷い怪我の人も居たけど……」
アルはうめき声を聞きながら懸命に応急手当をしていた時の事を思い出した。あの時は大変だった。使節団には治療のための神官も同行していたはずだが、どうだったのだろう? アルの問いにギュスターブはしかめ面を浮かべる。
「うむ、アルフレッドは実際に見ていたのでわかるだろう。騎士はまだ全身に金属鎧を身につけているので被害は少なかったが、従士連中がな……。手や足の一部が動かせなくなっている者も居る」
「騎士団として働いているときの怪我でしょう? 騎士ではなく従士だとしても、騎士団に所属しているわけだし、最後まで治療を……」
アルは心配そうに尋ねた。騎士団に勤める従士というのは、オズバートのように騎士が領地から連れてきた者も居れば、中級学校などに仲介してもらった騎士見習いも居る。ギュスターブ自身もそうだったし、アルの同級生でもそのようにして騎士団に入隊した者も居るのだ。
「怪我の具合にもよるな。亡くなってしまった者に弔慰金が支払われたし、神官による治療もされている。だが、高位の司教にお願いしないといけないような治療までは無理だ。怪我次第では除隊となって一時金が支払われるということになるだろう」
ギュスターブの声は少し苦々しいものが感じられた。オーソンの時に聞いた話でも治療には神殿との深いつながりとかなりの謝礼が必要という話だった。オーソンについてはレビ会頭がワイバーンのはく製を奉納するということで治療をしてもらうことができた。当然辺境伯所属の騎士団であるので、辺境伯が神殿に依頼することはできるだろうが、おそらく、かなりの喜捨が必要で、そこまで騎士団が負担するのは無理ということか。
「そっか……。一ヶ月半の治療でなんとか復帰できるといいね」
アルとしてもそう呟くのが精一杯である。ギュスターブもそうだなと頷くと、かるく首を振る。
「では、明日出発するとして、オズバートとオービルのどちらかには領都で留守番を」
「私がします。オービルはしばらく村に帰れていませんし……」
ギュスターブの問いにオズバートが前のめりに申し出た。もう、空を飛びたくないという気持ちがありありと判る。アルは思わず苦笑を浮かべた。
「わかった、じゃぁ、そうしよう。オービル、村への土産を調達しておいてくれ」
「わかりました!」
オービルは元気よく答えた。オズバートが少し埃のかぶったワインを持ってきた。
「悲しい顔はやめましょう。何か祝いの時にと思って、以前用意していたものです。騎士爵叙爵の祝いで乾杯を」
「おお! いいな。アルフレッドの一人前の祝いでもある。デュラン卿がそう言ってくださったのだぞ。是非開けてくれ。この間買ってきた美味しいと評判のチーズがあったろう? あれも出してくれないか。今日は飲もう!」
ギュスターブも気持ちを切り替えるかのように元気な声を出したのだった。
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「ただいまー」
アルはそう言いながら、研究塔8階の入口の扉を開けた。四人でワインを楽しんだ後、割り当てられた部屋の内側から鍵をかけて、転移の魔道具で塔に帰ってきたのだ。
「あら、おかえりなさい。アル様。今日もまだお兄さんの家ではなかったのですか?」
パトリシアとタバサ男爵夫人、ドリスの三人は部屋のテーブルに座り、何かを食べていたようだ。テーブルの皿の上には濃い紫色で直径三センチほどの丸い果物らしきものが山積みになっている。
「うん、まだギュスターブ兄さんの家だよ。まだパトリシアの事も言えてないのでゆっくりしていられない。今日はね、あのタバードの繕いがもし終わってたらと思ってさ」
「終わっていますよ。用意してまいりますね」
タバサ男爵夫人はそう言い、指をフィンガーボウルに入った水で洗うと立ち上がる。アルはそこでタバサ男爵夫人の着ている服の雰囲気が少し変わっている事に気がついた。パトリシアとドリスが着ているものもそうで、ドレープがふんだんに入っている。アルがあまり見たことのないデザインであった。
「ねぇ、服……」
「あっ」
パトリシアはすこし照れた様子で立ち上がると、淡いピンク色をしたワンピースのスカート部分を少し持ち上げてアルに微笑んで見せる。
「そうなのです。好きに使って良いと送っていただいた布で新しいドレスを作ったのです。ただ、型紙が無くって上級作業ゴーレムにお願いしたらこんな感じに仕上がったのです。古代文明の時代に人気のあった形だそうです」
「へぇ、なかなか素敵だよ」
「えへへ、ありがとうございます」
アルの言葉にパトリシアは顔を真っ赤にした。そんなやり取りをしていると、タバサ男爵夫人がタバードをトレーに載せて戻って来た。そして二人の様子を見てにっこりと微笑む。
「パトリシア様には大変お似合いでございましょう?」
「うんうん。タバサさんも、ドリスもね」
タバサ男爵夫人は深い紫色、ドリスは淡いブルーのワンピースだ。パトリシアのものよりすこし簡素だが基本的なデザインはよく似ている。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
タバサ男爵夫人に続いてドリスも礼を言う。
「そうだ! これ……」
アルはタバードを受け取った後、釦型のマジックバッグからいくつかの巻物を取り出してテーブルに並べていく。初級学校、中級学校の授業で使われる修辞学や言語、歴史、算術などの教本であった。三日前に研究塔に来た時にタバサ男爵夫人に頼まれたものである。基本的にはドリスの教育だが、一部はパトリシアも使うらしい。
「ありがとうございます。助かります」
タバサ男爵夫人は深々と頭を下げた。
「じゃぁ、また何かあったら、パトリシア経由でもいいから気楽に言ってね。少ししか居れなくてごめんね。じゃぁ、僕は戻るから」
「大丈夫です。お顔を見れただけでも……。お気をつけて」
パトリシアはそういって微笑む。アルは三人に手を振って、一旦扉の外に出ると、転移の魔道具を使って領都の部屋に戻ったのだった。
参考までに、パトリシアたちが食べていたものはジャボチカバとよばれるフルーツをイメージしています。ブドウみたいな味だそうです。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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