19-3 ナレシュとの話し合い 前編
メッシーナ王国入国手続き、デュラン卿はその手続きは1日では終わらないだろうと言っていたが、その彼の予想通り翌日の昼になってもシルヴェスター王国外交使節団のメッシーナ王国入国許可は下りなかった。今日の出立はなさそうだという雰囲気で気が緩む使節団の中で、ギュスターブとアル、オービルの三人はセレナのテントの前で警護の任についていた。
“ねぇ、ちょっとだけオリオンの街で呪文の書を売っている所がないか、探してきちゃダメ?”
“だめだ。魔法に対して警戒できるのはお前だけなんだぞ”
“それはそうだけど……”
無言のまま、念話呪文で相談し合うアルとギュスターブ。
“どちらにしても無理じゃない? 僕もずっと寝ないわけには行かないしさ……。そうだ! ナレシュ様と相談してゾラ卿とうまく連携させてもらうわけには行かないかな?”
実際の所、寝る事のないグリィが居るので寝ている間も監視を続ける事は可能だし、今までもずっとそうしてきたのだが、ゾラ卿はおそらく弟子を何人か連れてきているはずなので表向きの話で言えば連携して警備するほうが自然だろう。実際にテントも20mも離れているわけではないので無理はないはずだ。それに何か起こった時の事を考えれば協力できる体制を作っておくことも大事だ。などと言い訳を色々考え、言えることは主張しておく。
“わかった。確かに何か起こってからいきなり念話をゾラ卿に申し込むのも失礼な事ではあるしな。事情をオードリー嬢に話し、今のうちに各所の了解を得ておくことにしよう”
“やったっ!”
“不寝番や非常時の協力体制についての話だけだ。オリオンの街に行く事を許したわけじゃないぞ”
一旦喜んだアルだったが、すぐにギュスターブが念を押す。年が少し離れているものの、そこはさすがに兄弟であった。
“うー、わかった。でもそれもどこかで……ね? 有益な呪文の書を集める事も、魔法使いとしてはとても大事な事なんだよ”
ギュスターブは無言のまま、アルをじっと見た。
“おねがい”
“大丈夫そうだと俺が判断したときだけだ。まずはお前がナレシュ様と呼ぶセネット男爵、ゾラ卿との協議の件についてオードリー嬢と話してくる”
ギュスターブはアルからぷいと顔を背け、テントの入口の方に向き直る。そうだ。正式な場ではナレシュはセネット男爵と呼んだほうがよいのだと改めて意識した。
「ギュスターブです。失礼します。オードリー殿、相談したいことがあります」
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アルはセレナの護衛騎士という立場上、傍をあまり離れることが出来ないと言うギュスターブを残し一人でナレシュの居るテントにやって来たのだ。
「失礼します。ギュスターブ卿の従者、アルフレッドです。セネット男爵にセレナ様とギュスターブ卿の親書をお持ちしました。直接手渡しが必要です」
ナレシュのテントの入口には、アルも顔見知りのラドヤード卿の従士が立っていた。彼はアルを見ていいぞとばかりに入口を示す。アルはそのまま中に入っていく。テントは広く、中にはテーブルがあって、ナレシュの他に、ラドヤード卿、そしてゾラ卿が座って何かを話し合っていたようだった。ゾラ卿の近くのテントの隅には、彼とよく似たローブを纏った従士2人が座っている。クレイグもテントの別の隅で荷物整理のようなことをしていた。
「いらっしゃい。アル君。遅かったね。場合によっては昨夜来ると思っていたのに……。ゾラ卿も君が来るのをずっと楽しみにしていたのだよ」
「ありがとう……えっと、普通の口調で良いのかな?」
ナレシュの言葉にアルは戸惑い、ラドヤード卿の顔色を少し伺うようにしながら思わずそう問い返す。
「ゾラ卿もすっかり身内じゃからな。従士たちもそれぞれ信用できる者たちを連れてきているから大丈夫じゃ。ただし、外では誰が居るかわからんから、入口で使ったのと同じような喋り方で頼むぞ」
ラドヤード卿の許しを得て、アルはクレイグに勧められた席の一つに座る。
「ありがと。色々と話はあるけど、まずはセレナ様とギュスターブからの手紙を渡しておくね。ギュスターブっていうのは僕の一番上の兄なんだ。いずれはチャニング卿という騎士爵を父から引き継ぐ予定。手紙の内容としては、いろいろと言葉は飾ってあるけど、結局は僕だけだと昼も夜もずっと警戒はできないし、緊急時の対応も難しいので共同で周囲の警戒ができないかっていう話だよ」
「アル殿がそう書いてもらったのですか?」
ゾラ卿が尋ねてきた。アルは一瞬考えたが、そう言われれば確かにその通りだと頷く。それをみて、ゾラ卿は少し微笑んだ。
「セレナ様やオードリー嬢には、アル殿の力をあまり認識させないのが宜しいのかと話を調整しましたが、やはりそれで正解でしたね。実際のところ、アル殿は私が知らない方法で夜も警戒は出来そうなので協力が本当に必要なのか疑わしいところですが……」
そこまで言ってゾラ卿は少し間を置いた後、言葉を続けた。
「とりあえずわかりました。元よりレスター辺境伯騎士団での魔法部隊が残念な力しか持っていないことはナレシュ様より伺っており、セレナ様の護衛については我々が担う必要があるのではと用意もしておりました。今の野営地のようにナレシュ様からあまり大きく離れない位置にいらっしゃる限りは問題ありませんよ」
「ありがとうございます。そう言って頂けると安心です。何かありましたら、僕に念話を送ってください。こちらからも必要があれば念話、遠かったり、複雑な内容のときは手紙送信呪文で手紙を送らせていただきますね」
アルの答えにゾラ卿は少し驚いた様子である。
「おお、手紙送信呪文が使えるのですね。それは便利だ。あれは交易ギルドや教会の専門職が習得する呪文だと思っておりました。呪文の書も流通していないはず。距離はどれぐらい届きます?」
「少なくともレスター辺境伯領内では専門職の人手が足りずに、魔法使いの臨時仕事として勧められているみたいです。距離はどうかな、まだ30キロぐらいだと思います。呪文の書が必要なら戻ってからになりますが、お譲りしますよ」
ゾラ男爵との情報交換はかなり有益そうだ。まだまだ色々と話を聞きたいアルの様子にナレシュは苦笑を浮かべつつも、軽く手を上げて制した。
「アル君、その前にプレンティス侯爵家の魔導士の動きはどうだい? 昨日、セレナ様にその報告をしていたんだろう?」
「ああ、うん、そうか。そっちの件についてだけど。一応知ってる話を……」
そう言って、アルはミルトン-オーティス街道でのオークを含む蛮族集落、シプリー山地、チャニング村近くの鉄鉱山らしきところでの蛮族集落でプレンティス侯爵家の魔導士らしい男が食糧を与えられてその数を増やし、被害が出ていた事などを説明した。
「蛮族の力を使って、レイン辺境伯家の力を削ごうとしていたのか。もしや、以前、私たちが開拓村で強大な蛮族の集団と遭遇したのも?」
「可能性は有りますな。あの戦いに負けていれば、蛮族はさらにその数を増やしていたでしょう。さすれば辺境都市レスターすら危なかったかもしれませぬ」
ナレシュの言葉に、ラドヤード卿もそう言って頷く。アルがテスと名付けたアシスタント・デバイスから得た情報とも大筋で合致する話だ。
「そうだね。蛮族を利用するなんて、そこに住む人々の事を何も考えていないやり方は許せないな。そういった事を聞いているとレスター辺境伯の側近が中立(静観)から参戦に転じてくれてよかったと言わざるを得ないね」
ナレシュによると、今回の外交使節団の団長を務めるセオドア王子はシルヴェスター王国の第二王子であるが、王国第二騎士団の騎士団長でもあり、元からテンペスト王国の内戦状況には強く興味を持ち、タガード侯爵家からの同盟の誘いにも非常に乗り気であったらしい。王国の首脳部もそれに曳きずられる形ではあるものの参戦には前向きでナレシュをセネット男爵に任じられたのもこの王子の強い意向があってのものだったという。
ところが、レスター辺境伯の首脳部は以前からずっと参戦に反対しており、そのため、ずっとどっちつかずの状況がつづいていたらしかった。それがひと月ほど前に急に参戦に積極的という判断に変わり今回の使節団派遣となったそうだ。
「何かあって急に変わったとかあるのかな?」
アルの問いにナレシュは首を振る。
「パーカー子爵は判らんと言っていたよ。国務長官の役職にいたユージン子爵が騎士団長となったのと何か関わりがあるのかもしれない」
ナレシュの返事に今度はアルが首を傾げた。貴族同士の権力争いは全くよくわからない。
「ところで、どうして今回の使節の目的をレビ会頭たちに秘密にしていたの?」
「戦争の情報は物価に大きく影響を及ぼすからね。いくら支援を受けているといっても、戦争が始まるであろう情報を私からレビ商会に流すわけにはいかないさ。あと、ちなみにまだ完全に戦争と決まったわけではないよ。タガード侯爵家の戦力を見て、勝機があるかをセオドア王子とセレナ様とで最終判断することになる。きちんとした戦力がなければ同盟はない。そこは当然のことだよ」
そんなものかと思いながらアルは頷いた。
「ところでアル君、これを見てくれ」
ナレシュはそう言って掌を出した。
「え? 何?」
アルは手をじっと見る。
『光』
ナレシュが唱えると、彼の掌の上に白く丸い明かりがふわりと浮かんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
尚、今回が2024年最後の投稿となります。毎回読んでいただき、いいね、感想、誤字訂正などいろいろと ご支援いただきありがとうございました。
来年も引き続きよりよい作品にしてゆきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。
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どちらもよろしくお願いいたします。




