19-2 護衛
「なるほど、それでテンペスト王国の魔導士について知りたいと仰るのですね」
ナレシュと共にテントに入って来たゾラ卿はセレナから話を聞くと、彼女の顔をじっと見て軽く頷いた。
「その通りよ。あなたの出自については聞いているわ。もちろん言って回るつもりはないから安心してね。たしかに、アルフレッド君が言うように、使節団の中でおそらくあなたが一番詳しいでしょう。改めて聞くわ、アルフレッド君が懸念するほどの力の差がテンペスト王国の魔導士たちと私たちの魔法使い部隊との間にあるのかしら?」
「格段にありますね」
ゾラ卿はそう言い切った。
「今回、ナレシュ様に仕えるにあたって、色々と調べました。二つの国には魔法の使い方について大きな違いがあるようなのです。シルヴェスター王国の魔法使いたちは、蛮族や魔獣を相手に魔法を使ってきました。そのため、接近を知るための浮遊眼や襲ってきた相手を殲滅するための単純な魔法、魔法の竜巻や魔法の衝撃波を習得すれば十分だったのでしょう。逆に言えばそれだけで満足してしまった」
「テンペスト王国ではそれは違うと?」
セレナが尋ね、ゾラ卿は頷いた。
「蛮族と戦いながら建国をしたシルヴェスター王国とは違い、テンペスト王国は古代文明の部族の血をひく者たちの集合体です。表向きはテンペスト王家に仕えておりましたが、プレンティス侯爵家、タガード侯爵家、そしてセネット伯爵家なども古代文明からつながる伝承をもっており、王国の中で常に主導権争いをしておりました。秘められた戦いが頻繁にあり、魔法使いはお互い相手を出し抜けるような戦いに適した呪文を持っている者が多い。また、今ではシルヴェスター王国では失われている呪文もいくつかあるようです」
セレナはオードリーの顔をちらりと見た。彼女は唇を噛みしめる。その後、急に何かを思いついたように首を振る。
「しかし、26年前のグラディス平原の戦いではシルヴェスター王国はテンペスト王国に勝っています。あのとき、表向きは騎士団の功績となっていますが、そのきっかけを作ったのは魔法使いだったと……」
「ああ、あの戦いについては、シルヴェスター王国の魔法使いは素晴らしかった。あの時、シルヴェスター王国の魔法使いは魔法を使わずにテンペスト騎士団に接近し、奇襲に成功。その結果、騎士団が大混乱に陥って敗退したというグラディス平原の戦いの反省はテンペスト王国の多くの魔導士たちが共有しているところです。シルヴェスター王国内での資料では魔法使いの活躍は不当に過小評価されているのは不思議なところです。これも魔法使いがその後自己研鑽を怠った原因の一つではないでしょうか」
ゾラ卿はそう言って言葉を切った。セレナとオードリーは顔を見合わせる。
「テンペスト王国の魔導士たちが具体的にどのような魔法を使っているのか、教えて頂けませんか? もちろん支障のない範囲で結構です」
オードリーの問いに、ゾラ卿は少し考える。
「そうですね。少なくとも魔法発見は常時使って、自分の周囲に魔法を使う者が居るか知るようにしています。あとは、クイック系の魔法でしょうか。素早い矢を使える者が多いですね。そういった連中は速さこそ強さだと考えているようです」
やはりそうなのか。アルは何度も頷いた。素早い矢呪文はおそらく、魔導士がラミアの前でゴブリンを倒したときに使っていた呪文に違いない。
セレナは大きくため息をついた。
「オードリー、あなたは魔法発見は?」
「いえ、魔法感知は使えますが、そちらはそれぞれの建物に警備用の魔道具がありますので、任せきりでした。その魔道具は持ち歩くものという意識はなく、持ってきてはおりません」
そう言って彼女は首を振る。
「アルフレッド君は?」
「えっと……」
アルは急にセレナに話を振られて言葉に詰まった。どこまで言うべきなのか迷ったのだ。今回の兄ギュスターブの危機は防ぎたいが、あまり深入りすると、古代遺跡探索に行けなくなりかねないのではないだろうか。
「魔法発見呪文は使えます。それと、クイック系というのが良くわかりませんが、素早い盾呪文なら使えます。素早い盾呪文はレイン領都で購入できましたよ?」
「なるほどね。そして、先ほど見せてくれた記録再生呪文、浮遊眼呪文、飛行呪文も使えるということね。念話呪文もきっと使えるのよね?」
アルは素直に頷いた。
「デュラン卿が、今回の任務でアルフレッド君を身辺警護に置くべきだと書いてきた理由がわかったわ。そして、テンペスト王国の魔法使い――魔導士だったかしら?――はおろか、一冒険者であるアルフレッド君の足元に及ばない程の実力しか、我が辺境伯の魔法使い部隊は有していないということもね。ナレシュ君、ゾラ卿もありがとう。話し難い事を聞いてごめんなさいね」
そう言って、セレナはギュスターブに視線を移した。
「ギュスターブ、デュラン卿の進言通り、今回の外交使節に向かう間、あなたを身辺警護の騎士とします。今日はもう動かす必要はありませんが、明日以降はテントも私のテントのすぐ近くに設営することを命じます。わかりましたね。細かな事は第二隊の小隊長と相談しますから、この話が終わったら、小隊長を呼んできてくれる?」
「はい……。それで……一つ……よろしいですか?」
ギュスターブはまだ感情がうまく制御できていない様子で、すこし言葉に詰まりながらそう問いかけた。
「何でしょう?」
「あの……蛮族に食糧を与えると言う行為をしていた……魔法使い……についてですが、アルフレッドの話ではテンペスト王国プレンティス侯爵家の魔導士だろうという話だと思うのですが、どのような対処を……」
ギュスターブの問いに、セレナは大きくため息をつき、深くうなづいた。
「そちらはデュラン卿がその魔導士の手配書を配布しています。今の話を聞いて、私は少し不安になりましたが、今回の使節団はそのプレンティス侯爵家との戦争準備のためのもの。戦争となれば、大々的に非を唱える事ができます。そう考えてはいかがでしょうか?」
ギュスターブは少し面を伏せる。
「ここにいるアルフレッドにはイングリッドという双子の妹が居ました。二人とも幼いころに蛮族に襲われ、アルフレッドだけが生き延びた。私には蛮族に並々ならぬ恨みがあります。そしてそれを助ける者が居る。私はそれを許しがたいのです。戦争を有利に進めるために手段を選ばぬ相手……。わかりました。今回の使節団の成功に全力を尽くさせていただきます」
ギュスターブは力いっぱいそう宣言した。オードリーは少し暑苦しそうにちらりとギュスターブを見たが、セレナは満足そうである。
アルがギュスターブの従士としてセレナの護衛を務めることはこうやって決まったのだった。
2024.12.29 グラディス平原の戦いは30年前ではなく26年前でした。訂正しておきます
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