18-12 治療
デュラン卿と話をした翌々日、オーソンとアルはレビ会頭に連れられて太陽神ピロスの神殿を訪れた。敷地内だけでなく敷地の外側にもまるでお祭りかなにかのようにたくさんの人々が集まっている。
「すごい人の数だね」
「だなぁ……」
レビ会頭とオーソン、アル、そして護衛のレジナルドの四人は神殿の司祭らしき男に案内されて、神殿の前に真っ白の生地に緑の四角の中に黄色の丸という太陽神ピロスの紋章が描かれた布で区切られた貴賓席らしきところに通された。横には立派な服を着た神殿の関係者らしい人々も並んで座っている。アルたちに用意されたのは前後2脚ずつで、前にレビ会頭とオーソン、後ろにレジナルドとアルが座る。
「これから何かあるの? 直ぐに治療があるんじゃないの?」
アルは小声で隣のレジナルドを訊ねた。
「知らねぇのか? 今日は太陽神ピロスを称えるショーみたいなものがあるらしいんだ。領都だけじゃなく近辺の教会ではひと月ほど前から信者連中に是非見に来るように勧誘してた。下町の酒場とかだとすごく話題になってたぜ。それに招待されてるんだよ。治療はその後だ」
そうだったのか。先週オーソンと一緒に来た時は、たくさんの礼拝者が居るなとは思ったが、挨拶をした神官は特にそんな事は言ってなかった。領都では呪文習得に忙しくて酒場に行ったりはしなかったので、情報を得られていなかっただけかもしれない。
しばらくすると、神殿長や大司教、司教といった偉い人たちの話が始まった。拳大ほどの丸く黒い玉を持っていて、その玉にむかって何か話しかけると、神殿のいくつかの場所からその声が大きくなって伝わるようだ。拡声ができる魔道具らしい。以前みたことのある拡声の魔道具とはまた違い、様々なところから大きな音が出ていて、聞いていて非常にわくわくしてしまう。こんな魔道具があるのかとアルはその仕組みを興味津々で見ていた。しばらくして長い話が終わる。すると、神殿前の広場に一人の男が出てきた。
その男は30才前後だろうか。綺麗な顔立ちをして、きらびやかな衣装を身にまとっている。俳優? いや吟遊詩人だろうか。彼も話をした偉い人と同じように丸く黒い玉を持ち、物語を詠っていく。今回のショーの語り部のようだった。話はワイバーンが主人公の話のようであった。そのワイバーンは辺境で暮らし、その力は周囲の魔獣や蛮族を大きく凌駕していた。やがて思い上がったそのワイバーンは太陽に成り代わるのだと決意する。
語り部である詩人が一呼吸置き、そこで、広く場所がとられていた神殿前の広場に巨大なワイバーンの姿が現れた。
恐慌状態になりかける信者たち。だが、落ち着いた詩人の語りに、みんなこれはショーなのだと思い出し、すぐに落ち着きを取り戻す。魔法感知を探知回避状態で維持していたアルにはそれがなんらかの魔法で作り出した像であることはすぐにわかった。
巨大なワイバーンの像は力強く翼を羽ばたかせ、浮かび上がる。そして、そのまま空に向かった。青空の背景が作り出され、あたかも高いところへ向かって飛んでいくような演出。アルが以前見た実物に比べれば迫力は落ちるものの、それでもその像は十分に見ごたえのあるものであった。ワイバーンはどんどんと高く飛び、太陽に近づいていく。だが、ワイバーンはそこで太陽の偉大さにうちのめされ、最後に弱々しく一声吠えた。その後、翼は力を失い落下して地上に落ちる。
ワイバーンと呼ばれる伝説に近い魔獣も太陽にはかなわないという寓話らしい。それを映像付きで語るショーに見ていた信者たちは興奮し、やはり太陽、すなわち太陽神ピロスは偉大だと話し合った。
最後に詩人は王都に新たに建造中の太陽神ピロスの神殿がまもなく完成で、その入り口にはワイバーンの実際のはく製が飾られていることを告げる。そして機会があれば新しい神殿に礼拝に訪れると良いと言う説明で話は締めくくられた。
「すげぇなぁ……。俺も王都に見に行きたくなっちまった」
ショーを見ていたレジナルドはため息交じりに呟いた。その横でアルも素直に頷く。幻覚呪文は祖父が得意だったこともあり、アルも幼い頃から練習している。だが、そのアルにとってもあのサイズの幻覚を展開するのはかなり難しいだろう。できたとしても太陽やワイバーンなどの要素一つだけになってしまいそうだ。さすが太陽神ピロスの神殿がわざわざ信者を集めてやるショーなだけはある。人々は立ちあがり拍手を始めた。レビ会頭を始め、アルたちも一緒に立ち上って拍手をする。拍手はなかなか鳴りやまなかった。
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ショーが終わると、アルたちは神官に誘導され、神殿の奥にある建物に足を踏み入れた。その建物も綺麗に磨かれた石で作られており、廊下も顔が映りそうなほどだ。そのまま建物の一階、奥まった部屋に通される。その部屋はそこそこ広く、中心には低めでさほど大きくないテーブルが一つ置かれていた。その横でかなり豪華な刺繍が施された白い服を着た男性が複数の司祭や神官たちと共にアルたちを待っていた。
「レビ会頭、よくいらっしゃいました。ショーは楽しんでいただけましたか?」
「ウォーレン大司教閣下、お招き頂きありがとうございます。とても素晴らしいものでした」
豪華な刺繍が施された白い服を着ていた男性は大司教らしい。身長は180センチほどでかなり細身だ。年齢は40代後半といったところだろうか。髪に白いものがかなり混じっている。そういえば、ショーの前にこの人も壇上で話をしていたような気がする。
「これもレビ会頭があのワイバーンのはく製を献上してくださったおかげです。これをきっかけにして、シルヴェスター王国でも太陽神ピロスの偉大さを知る方がより増えることでしょう」
ウォーレン大司教と呼ばれた男はそういいながら深々とレビ会頭に頭を下げた。大司教といわれるからには、かなり偉い地位にいるはずだが、まったく偉ぶらずニコニコとしている。
「で、そちらの方がレビ会頭の仰っていた功労者の方ですか? 脚を怪我して、そのままうまく回復できなかったと聞きましたが……」
そう言って、ウォーレン大司教はオーソンを見る。オーソンはどう返答してよいのか不安な様子で、レビ会頭やアル、ウォーレン大司教の横に立つ司祭や神官たちをちらちらとみる。
「大丈夫です。緊張する事はありません。普通に話してください」
ウォーレン大司教はそういって微笑んだ。
「え、えっと……はい。オーソンって言います。魔獣にがっつりと齧られたんで……あの、傷はふさがったんだが……結局足首が動かなくなっちまった……のです」
オーソンはかなり緊張している様子で、言葉づかいもかなり怪しい。だが、ウォーレン大司教はなるほど、なるほどと頷きながら聞いてくれている。
「なるほど、わかりました。詳しく見ましょう。靴を脱いでそこに横になってください」
「は、はい!」
低いテーブルと思っていたものは診察をするためのものだったらしい。オーソンはおそるおそるそこに一旦腰かけると、ブーツを脱いで横になった。オーソンの左足は昨日夜から、ようやく治療してもらうのだと何度も何度も綺麗に拭っていたので、いつもと違い綺麗だった。
『診断』
『検査』
『検査』……
ウォーレン大司教はオーソンの左足に触れながら、何度か呪文を使った。そして、周りに居る司祭や神官たちとなにか小さな声で話をしている。
「申し訳ないが、彼らにも足の様子を検査させてもよろしいか? 彼らはまだ治療術を学んでいる途中なのです」
ウォーレン大司教はオーソンにそう尋ねた。もちろん好きにしてくださいとオーソンは答えている。司祭や神官たちはオーソンの足首のあたりに群がるようにして呪文を使い始める。ウォーレン大司教は彼らにいろいろと説明をした後、レビ会頭たちの方に振り向いた。
「おおよその状況についてはわかりました。魔獣の攻撃によって骨が砕けたのが原因ですね。その魔獣は顎が強く、傷が大きかったのでしょう。出血が酷くて止血するのが精一杯だったのではないでしょうか。そのため、足首をそのまま固定せざるを得ず、その回復を待つ間に骨同士が癒着して動かなくなってしまったのだと思われます」
ウォーレン大司教はそのようにレビ会頭に説明していた。そうだとしてどのように治療するのだろう。アルも単純な怪我に止血呪文や再生呪文を使っているところは見たことが有るのだが、呪文の書を売っているのは見たことがない。そういった呪文は教会が買い上げるらしく、一般には出回っていないのだ。
「そちらの少年はオーソンさんの親族ですか?」
興味津々といった様子で話を聞いているアルに気が付き、ウォーレン大司教はにこやかに微笑む。
「あ、いえ、一緒に冒険をしている仲間です。こういった治療呪文とはどういうものなのかと考えておりました」
アルはあわてて答える。
「そうでしたか。このような傷も完全に骨が癒着してしまう前であれば、単純に再生呪文だけでも治療ができた可能性はあったのですが、ここまで癒着が進んでしまうと、簡単には治療できません。おそらく麻酔呪文と摘出呪文を使って、癒着してしまった骨の一部を取り除き、改めて再生呪文で正しく骨を再生させる必要があります。このような際にどのように施術するか、足の構造などの知識なども問われるものなので司祭や神官にとっても、その前後を詳しく知る貴重な機会なのです」
そのようなものなのか。単純な怪我と違って、足の構造を意識して様々な呪文を使うらしい。オーソンの足も単純に呪文を使えばすぐに治るというわけではないようだ。
「実際の治療は別室で行います。複雑な施術となりますので見学をしていただくことはできません。ですが、ご安心ください。施術そのものに危険はなく、おそらく二時間ほどで終わり、歩いて帰っていただく事が可能でしょう」
テーブルの上で横になっていたオーソンがそれを聞いて、おおっと思わず声を出してこぶしを握る。余程嬉しいのだろう。昨夜もこれでは治療できませんと言われないかとずっと心配していたのだ。
「よかったな、オーソン君」
レビ会頭も嬉しそうにしている。本当によかった。アルもほっとした。色々と冒険者について教えてくれたオーソンに少しはその恩を返せただろう。
「では、レビ会頭とお連れの方は休憩室に、オーソンさんはこちらに」
司祭らしき女性がそれぞれ案内をしてくれ、アルたちは案内された休憩室でオーソンの治療を待つのだった。
――
2時間ほどして、休憩室の扉がノックされ、神官らしき男が顔を出した。
「無事治療が終わりました。オーソンさんがもうすぐ来られます」
神官の言葉にアルは満面の笑みを浮かべた。レビ会頭やレジナルドもそれはよかったとばかりに大きく頷いている。すこし待つ間に別の神官らしき男性に介助されてオーソンがやって来た。足は引きずっておらず、普通に歩いている。
「オーソン、おめでとう! やったー」
アルは思わずオーソンに近づいて抱き着こうとして思いとどまった。
「大丈夫?」
恐る恐る尋ねる。抱き着いて大丈夫か心配だったのだ。オーソンはにやりと口角を上げた。
「ああ、大丈夫だ」
アルはオーソンに抱き着く。少しバランスを崩しそうになりながらもオーソンは踏みとどまった。
「よかったー」
アルは思わず大きな声を上げた。
「オーソンさんは怪我の後もずっと動いておられたのでしょうね。体力もあり再生呪文の利きもよかった」
オーソンの後ろから歩いてきていたウォーレン大司教が微笑みながらそう話をする。刺繍の施された立派な服ではなく、真っ白の服だ。施術用の服なのだろうか。
「「「ありがとうございます」」」
レビ会頭、アル、そしてオーソンが一斉に頭を下げた。
「いえいえ、無事治療が終わりよかった。では、私はこの辺で。待合室はしばらく使って頂いて大丈夫です。太陽神ピロスの祝福が皆さんにもありますように」
ウォーレン大司教はかるくお辞儀をして、待合室を出て行った。神官たちもその後を追う。待合室にはアルたちだけが残された。
「くぅ……これで普通に歩ける! すげぇぜ。レビ会頭、そしてアル、二人のお陰だ。困ったことがあったら何でも言ってくれ。いやっほうっ!」
最後、オーソンは浮かれた調子で軽くジャンプをし、転びそうになってレジナルドに支えられた。
「ふふふっ、よかった。では屋敷に戻って祝賀の宴としよう」
レビ会頭は嬉しそうに言う。アルもそれに大きく頷いたのだった。
ここで、第18話は終了とします。本日は話の終わりということで、登場人物一覧を整理して1時間後、11時に追加で更新します。
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読んで頂いてありがとうございます。
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誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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