18-11 デュラン卿
「こんにちは」
翌朝、朝一番でアルとオズバートはレイン辺境伯騎士団の第四隊の詰め所を訪れた。第四隊の受付でギュスターブの名を出して来訪を告げると、部屋にスムーズに通された。領都に到着したのは昨日だったのだが、その時はデュラン卿は留守にしていて会えなかったのだ。その為、話は通っていたのだろう。
「昨日も来てくれたらしいがすまんかったの。珍しい組み合わせじゃが、そうか、第二隊のギュスターブはそなたの兄だったか」
応接室のようなところに通された二人は、勧められてデュラン卿の前の長椅子に並んで座る。彼の従士であるヒースがお茶を用意してくれ、アルとオズバートは恐縮しながらその茶を受け取った。
「はい。今回実は相談がありまして。デュラン卿はシプリー山地に見つかった蛮族の鉄鉱山の話は御存じでしょうか?」
オズバートの問いに、デュラン卿はもちろんと頷く。
「マーロー男爵閣下はかなりご執心らしいの。まぁ、シプリー山地の蛮族を減らすチャンスだと考えれば良い話だとおもうのだが、今は少し時期が悪い。そっちの話はアルに話した通りじゃ」
デュラン卿はそう言うと苦笑を浮かべる。アルに口を滑らした事は彼にとっては少し失敗というべき事だったのかもしれない。
「それについて、見てもらいたいものがあるんです」
「見てもらいたいもの?」
「はい。ここは呪文を使っても大丈夫ですか?」
「ちょっと待て……ヒース」
デュラン卿は横で立っていた彼の従士、ヒースに手で指示をした。彼は頷いて部屋を出ていき、しばらくして戻って来た。
「大丈夫じゃ」
ヒースの言葉を待って、アルは呪文を唱える。
『記録再生 再生 50センチ窓』
他の三人に良く見えるようにアルは窓の位置を調整した。そして、鉄鉱山らしいところの上空から見たところやゴブリン、ラミアと思われる蛮族の姿を映し出す。
「ほう、同じようなものを魔道具で見たことがあるぞ。呪文でもあるのじゃな。本当にそなたは様々な呪文を習得しておるようじゃ。かの魔法使い殿の孫だとは言っても、これほど若い身で使えるとは……」
その口ぶりからすると、騎士団所属の魔法使いは魔法の種類はあまり多く習得していないのだろうか。そんな事ではヴェール卿や他のテンペストの魔法使いには太刀打ちできないのではと不安になる。だが、今はとりあえずそんなことを言ってはいられない。
「問題はこの後です。この蛮族、たぶんラミアですよね」
アルの問いにデュラン卿とヒースは首をかしげる。彼らも知らないらしい。
「たぶんラミアだと思うのですが、それと人族の男が話し合っているのです」
アルの説明にデュラン卿とヒースは身を乗り出して光景を映し出している窓をじっと見入った。
「知らん顔じゃな。飛行して来たところをみると、こやつは魔法使いか? この魔法使いは蛮族と仲良くして……いや、ゴブリンは倒したな。そして、むっ? どこかから樽を出した? まさか伝説のマジックバッグとかいう? 出てきたあれは穀物樽か? なんと蛮族に食糧を……」
光景はマーローの街に繋がる街道に切り替わった。その男は馬車に乗る。
「合計で一時間しか記録できないので、細切れの映像になるのはお許しください。こっちの光景は男を浮遊眼の眼で追跡した光景です。あの馬車は国境都市パーカーでテンペスト王国プレンティス侯爵家の魔導士が使っていたものとまったく同じ型の馬車なのです。つまり、あの蛮族に食べ物……えっと、食糧を与えていた男は、テンペスト王国プレンティス侯爵家の魔導士で、このレイン辺境伯爵領で蛮族に食糧を与えてその数を増やし、混乱をもたらそうとしているのではないかと思うのです」
「なるほどのう」
デュラン卿は長椅子にもたれ、ふぅと大きく息を吐いた。
「とりあえず、今の光景を騎士団に所有しておる記録の魔道具に写させてもらってよいかの?」
今、映したものをそのまま記録するのか。そうしてもらえると、アル自身が毎回見せなくても良くなるので助かる。アルはもちろんと頷いた。ついでに記録はしていないが、ミルトンの街から北に行ったところに出たオークが居た蛮族集落にも同じような樽があったことも報告しておく。
「本当にそなたはいろいろなところで活躍しておるのじゃな。そして飛行呪文、浮遊眼呪文、そしてこの見た光景を窓に写す……記録再生呪文じゃったか、他にもたしか以前は運搬呪文とかいう呪文を鹿の解体に使っておったな。もちろん他にもたくさん呪文を習得しておるのじゃろう」
アルは軽く頷く。おそらく普通の魔法使いが使える呪文は一通り習得していると思う。
「普通の冒険者ならこれほどの証拠があれば捕まえようとしそうなものじゃが、それでも、そなた自身ではこの男には手を出さなかった。しかし、オークと戦ったという話からすると決して力が弱いというわけではないのだろう。この魔導士というのはかなり強いのか?」
アルは何度も頷いた。
「テンペスト王国は魔法が盛んな国で魔導士というのは騎士に相当する地位だそうです。おそらく魔導士というのは普通の魔法使いがかなりの修行をして得る称号なのだと思われます。かなりの使い手でしょうし、どんな呪文を持っているのか見当もつきません」
アルの説明に、デュラン卿はふたたび大きくふぅと息を吐く。そして腕を組んで少し考え込んだ。
「この件は儂に預からせてくれ。とりあえず、この男については手配をし、行き先の調査や、あとは穀物などを大量に買えぬようにはしておく。その後は状況次第じゃな。あと、マーロー男爵閣下には蛮族が増える恐れがある故、警戒を怠らぬよう連絡を回しておくので、連携して蛮族集落の監視を続けてもらいたい」
アルたちは頷いた。今の現状でいうとそれが精一杯なのはなんとなくわかった。あとは騎士団がタガード侯爵家から戻って来てからしか本格的には動けないのだろう。
「しかし、参ったのう。テンペスト王国はそれほど魔法が盛んなのか」
そう言って、デュラン卿はまたおおきく息を吐いて、考え込んだ。そして、アルの顔をじっと見る。
「そうじゃ、そなた、ギュスターブの弟ということは中級学校には……そうか、ナレシュ男爵閣下と中級学校で一緒だったと言っておったな。ということはセレナ様とも面識はあるじゃろう?」
セレナ様? ああ、レイン辺境伯の三女、通称“姫”か。
「一応面識はあります……が、話したことはほとんどありません」
「ふむ、ギュスターブの弟というのであれば信用もできる。今聞かせてもらった話からするに呪文もかなりつかえそうじゃ。そなた自身はそのプレンティス侯爵家の魔導士と戦って勝てそうか?」
「えっ? いやいや、無理でしょ?」
アルはあわてて首を振る。
「全く無理という事はあるまい」
ヴェール卿と辺境でやりあった時は、たしかに一度は撃退したことはある。だが、あれは明らかに相手が油断していたのだとおもう。とは言ってもあれからアルもかなりの呪文が使えるようになった。まったく歯が立たないというわけではない……かもしれない。しかし、そんな事で戦ったりするハメにはなりたくない。
アルが黙っていると、デュラン卿がじっとアルの顔を見て言葉を続けた。
「もうすでに色々と知っておるから、これも話しても良いじゃろう。実は今そなたの兄、ギュスターブが護衛をしているのは、シルヴェスター王国の第二王子セオドア殿下とそなたも知るセレナ様じゃ。他にセオドア殿下やセレナ様の側近たち、そなたの友人であるナレシュ男爵も同行している。そして、彼らが向かっているのはタガード侯爵の領都である。目的はもちろんシルヴェスター王国とタガード侯爵家との同盟じゃ。共に手を携えて、テンペスト王国を乗っ取ったプレンティス侯爵家を倒そうという話じゃな」
やはりそうか。そこまではおおよその話は予想がついていた。
「しかし、そなたの話を聞いていると、外交使節の護衛につけた魔法使いだけではかなり不安になってきた。行きはまだタガード侯爵家の者たちと一緒なのでよいじゃろうが、帰りは我が国の騎士団だけとなる。我がレイン辺境伯家の騎士団魔法部隊の精鋭を一応付けたのじゃが、やつら、プライドは高いが、やっと飛行呪文を習得した程度でな。それでもこれで最強だと有頂天になっておる程度の連中なのじゃ」
「えっ?」
アルが信じられないという顔をすると、デュラン卿は三度大きくふぅと息を吐いた。
「あとは、魔法の矢呪文と魔法の竜巻呪文か魔法の衝撃波呪文なら使えるらしい。しかし、他に習得しているのはせいぜい2、3個だけらしくてな。中には光呪文すら使えん奴もいる。それでも魔法部隊の精鋭なのだそうじゃ」
最後の方は半ば愚痴のような話だった。アルは思わず頭を抱えた。信じられない。その程度でヴェール卿のような魔導士には全く対応できないだろう。しかし、辺境伯家の騎士団の魔法使いがそのレベルとは……。昨日似たような事をオズバートからも聞かされたが、本当だったらしい。
「兄ギュスターブも一緒なのですよね。行きたい気持ちはありますが、しかし、僕が魔法使いとして行ってもその魔法部隊の人たちは納得できないのでは」
「そうじゃな。申し訳ない話じゃが、魔法使いとして行くのは確かにややこしい事になるかもしれん。じゃが、ギュスターブの従士として参加するのならどうじゃ? 第二隊の方には儂から根回しして、ギュスターブ自身がセレナ様の護衛となるように調整しよう。ギュスターブとしてもこれは良い話のはずじゃぞ。もちろん、そなたには十分手当も支払う」
成程、それならうまく行きそうだ。プレンティス侯爵家の魔導士とやり合いたくはないが、危険なところに行く兄を放ってはおけない。しかし、どうして辺境伯家の魔法使いたちはこのような事になっているのか。それを尋ねると、デュラン卿は渋面を作った。
「それについてはなんとも言えぬのだ。なんとも……」
「今回だけですよ? それと、兄にもこの話はしてよいですよね?」
アルが少し問い詰めるような口調で言うと、デュラン卿は頷く。
「わかっておる。今回のような事が何度もあっては儂の身も持たん。そなたの話で魔法使いの実力差も認識できた。辺境伯閣下には強く進言するし、何らかの強化策も講ずる」
あと問題はオーソンの治療の儀式か。日程としては明後日のはず。
「出発はいつになりますか?」
「そうじゃな。お願いできるのなら出来るだけ早く行って貰いたいところじゃが、第二隊の副隊長やセレナ様側近との根回しに数日かかるじゃろう。外交使節は今回、国境都市パーカー経由ではなく、王都からぐるっと北のメッシーナ王国を経由してタガード侯爵の領地に入る予定となっている。シルヴェスター王国の直轄領、メッシーナ王国との国境の街オリオンにそなたは行ったことがあるか?」
アルは首を振った。レイン辺境伯の領地から出たことすらないのだ。
「おそらく3日後には使節団はそのオリオンに到着する予定だ。そこからメッシーナ王国の入国手続きをするはずだが、その手続きは1日では終わらぬだろう。飛行呪文を習得しているそなたならそこで追いつけるのではないか? 一応、合流できなかった時の備えとして第二隊ギュスターブの従者としての身分証と外交使節の追加随員としての手形は用意しておくゆえどうだ?」
どうだ……と言われても、行った事のない土地だ。ちゃんと行けるだろうか。しかし、一応報酬も貰える話のようだし、日程があうのなら行かざるを得まい。
「わかりました。シプリー山地の件もよろしくお願いしますね」
アルの念押しに、デュラン卿はしっかりと頷いたのだった。
“きっとタガード侯爵領の都市の座標はリアナに聞けばわかるんじゃないかな。最悪、先回りすれば大丈夫”
グリィが乱暴な意見を言う。まぁ、ナレシュの持つ剣か、アシスタント・デバイスのテスを物品探索呪文で探せばなんとかなるかもしれない。三日後なら儀式も終わっている事だろうし問題はなさそうだ。
「わかりました。とりあえず僕も兄の身が少し不安ですし、行く事にします。国境の街 オリオンについて教えていただけますか?」
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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