18-5 長男ギュスターブ
思わぬ再会をしたデュラン卿から不穏な情報を聞いてから数日が経ったある日の朝、アルが今日はウサギ狩りにでも出かけようか考えていると領都の騎士団で働いている兄、ギュスターブが訪ねてきた。チャニング村から彼の従士としてついてきているオズバートとその息子のオービルも一緒である。
アルは屋敷の応接間を借りて3人と話をすることにした。
ギュスターブは今22歳。まだ父から騎士爵を継いではいないが、そのうち継承することになる予定である。今は辺境伯爵家の騎士団に騎士として働いていた。従士のオズバートは七年前から、そして、その息子のオービルはアルと同い年で去年の春からギュスターブの身の回りの世話をしていた。
領都に到着してから、アルは兄と面会できないか連絡を取ろうとしていたのだが、兄の方は忙しくて借りている家にも帰っておらず、昨日の夜遅くにようやくアルが領都に来ていることを知ったのだという。それならばと連絡するより会ったほうが早いと朝からやってきたらしい。
「久しぶりだな、アルフレッド! おお? だいぶ背が伸びたんじゃないか?」
「ありがとう、ギュスターブ兄さん。兄さんこそまた筋肉が付いてない?」
「ん? そうか?」
そういって、ギュスターブはにやりと微笑んで腕を曲げて力こぶを作って見せた。その腕回りはアルの太ももより確実に太そうだ。ギュスターブは父のネルソンと同じ金髪で目の形などもよく似ているが、体形は全く違っていた。ネルソン、そして次兄の二人は身長が170cmをちょっと超えたあたりのぽっちゃりとした体形なのに比べて、長兄のギュスターブは身長190㎝、筋肉の塊のような体形をしていて全然違うのだ。中級学校で槍や剣の才能を発揮し、騎士団に推薦をうけて働き始めて7年、しっかりとその中で存在感を示せているらしい。
「すっごいなぁ」
「ああ、そろそろ小隊長にしてもらえるかもしれん。アルフレッドも冒険者が板についてきた感じじゃないか。鎧もなかなか良いのになってる」
アルは少し照れて頭を掻いた。
「そうだね。爺ちゃん程じゃないけど、ある程度魔法使いとしてもやっていけるようになったと思う。もう飛行呪文も使えるんだ」
「おお、そうなのか。すげぇな。騎士団付きの魔法使いでもそれを使えねぇのばっかりでよ。去年大問題になってたぞ」
アルは苦笑を浮かべた。それはデュラン卿からも聞いた話だ。
「チャニング村に行くのも楽になってさ、1月にも行ってきたばかりだよ。ここに来るとわかってたら手紙でも書いてもらえばよかったな。父さん含めて家族の皆は相変わらずだよ。オズバートの奥さんや子供たちも元気にしてたよ。マイロンはやっぱり腰が痛いらしくて辛そうにしてるけど、その分ネヴィルがすっごく頑張ってくれてる」
アルから家族の消息を聞いて、ギュスターヴだけでなく、オズバート、オービルも嬉しそうな顔をした。オービルとアルとは同い年で初級学校の頃、一緒に村の周りで狩りごっこをして遊んでいた仲だ。だが、卒業した後はアルが中級学校に進学することになり領都に引っ越したのでそれ以来、ほとんど会えていなかった。その頃の二人は身長も体格もあまり変わってはいなかったはずだが、今は身体もオズバートに似てがっしりとし、身長もアルより10センチほど背が高くなっていた。
「魔法使いですか、チャニング家も安泰ですね」
オズバートは嬉しそうに言う。
「そういえば、その一月の話、親父から連絡がきてこっちでも色々と動いてたんだが、ちょっとややこしい事になってるんだ。ちょうどよかった。くわしい話を聞かせてくれよ。蛮族が鉱山らしいものから鉄鉱石を掘って武器を作ってたって?」
そういえば、鉄鉱山らしいのが見つかった話は父親たちに委ねて自分はさっさと国境都市パーカーに向かったのだった。何がややこしい事になっているのかと考えながら、その時の事やそれに至った経緯などを説明する。
「ふむ、じゃぁ、メアリーに頼まれて蛮族の集落を空から攻撃しようと思って、飛び回ってたらそういうところを見つけたって訳か。成程なぁ」
「ならば、アルフレッド様に村に戻って協力してもらえば簡単では?」
オズバートの言葉にギュスターブは腕を組んで考え込んだ。
「どうせアルフレッドはそれに関して何もしたくないんだろ? こいつは魔法とか古代遺跡とかにしか興味がねぇからな」
ギュスターブに苦笑交じりにそう言われて、アルは頭を掻く。お見通しらしい。
「親父は馬鹿正直にマーロー男爵閣下に報告したらしい。鉄鉱石が取れそうだという話で閣下はかなり乗り気なんだとよ。シプリー山地は耕地が少なくてずっと貧しかったが、鉄が取れるなら話は変わってくるってな。それで騎士団の派遣をしろって辺境伯様にしつこく陳情してるらしいんだ」
マーロー男爵とは、チャニング村に近いマーローの街を治めている代官だ。シプリー山地に散在する村々のとりまとめ役でもある。騎士団が来て鉱山を開拓してくれるというのならいい事のように思える。
「問題が二つあるのさ。まずは、騎士団が遠征するとなれば、道案内が必要だ。誰がさせられると思う?」
そりゃぁ、道案内をするとなれば、その報告をした……ということはチャニング家ということになるのか。いや、チャニング家の戦力だとそれはちょっと難しいだろう。そのあたりはもうちょっと考えてから報告すべきだったのでは……。
「もう一つ、その鉱山に鉄がどれぐらい眠ってるかってことだ。ちょっと掘っただけですぐに枯れましたっていう話になっちまったら責任に問われるかもしれねぇ」
それはどうやって調査をするのかアルにもわからない。専門家と一緒に鉱山に行かないといけないような気がする。どちらの話もチャニング家単独では難しそうだ。
「まぁ、マーロー男爵閣下もチャニング家にどちらもするだけの力がねぇって思ってる。だから、今、マーロー男爵家でどれぐらいの負担をするのか、チャニング家が何をできるのかっていうことを主にこっちで俺たちが調整してるんだ」
とりあえずあのあたりまでの蛮族を追い出すことが出来れば、チャニング村が辺境の最前線ではなくなる。蛮族の被害はかなり減るだろう。それで十分のような気もする。とは言え、何もできないと思われているのは少し癪な気もする。
「アルフレッドの事はある程度分かってるつもりだ。どっちにせよ騎士団は今、別件で大騒ぎになってるから、鉱山開設のための騎士団派遣は結局先延ばしになりそうだ。だから余力があったらでいい。例えば付近の地図を作ってくれるとか、表に出ない範囲でいいからやってもらえることはねぇか?」
アルは頷く。家族のために協力をするつもりはある。
「あんまり何もしてねぇってことになったら、せっかくチャニング村が一番鉱山から近い村だとしても利権は全部マーロー男爵に握られちまうんだよ。下手したらマーロー男爵が鉱山村を作って、チャニング村はただの通過点になっちまうだろう。苦労して村を経営してるのにそれはちょっとバカバカしいと思ってな。まぁ無理な事は無理でいい。もし、アルがやってくれることがあったら頼みたいと思う。どうだろう?」
“地図ぐらいなら今でも作れるんじゃない? 空から見たのは全部覚えてるよ?”
グリィがそう呟いた。確かに地図を描くのは簡単だ。ネヴィルたちが見ているから大丈夫だと思っていただけで、言われてみれば地図ぐらいは作ってもよかった。
「地図はすぐ用意するよ。他になにか必要な事は?」
「鉱床の範囲と場所ごとの見本だな。ネヴィルの手紙には広範囲に切り拓かれていたってなってたが、そこが全部鉄の鉱床なのか、どれぐらいの範囲にわたっているのかを知りたい。専門家によれば、それがわかればどれぐらいのものが眠っているのかだいたい想像がつくらしい」
それぐらいなら大した手間もかからず出来そうだ。あと数日、オーソンの治療までは大してすることもないし、それをすることでチャニング村がよりよく発展するのなら、それぐらいの労力、全然厭う必要はないだろう。しようと思っていた狩りも行くついでにチャニング村の近くで済ませてしまおう。
「わかったよ、でもずっと拘束されることは困るから、男爵閣下との交渉とかは任せていい?」
アルの言葉にギュスターブは頷いた。
「ああ、わかっているさ。さっきから出来る範囲でいいって言ってるだろう。俺も別件で忙しいからあまりそっちには手を割けないんだ」
「わかった。じゃあ、これからチャニング村に行ってくるよ。今日中には無理かもだけど明日には帰って来られると思う。誰か一緒に来る?」
軽い感じのアルの提案にギュスターブたちは顔を見合せる。
「ちょっと待ってくれ。チャニング村まで普通に行けば一週間はかかるのだぞ?」
「空を飛ぶから大丈夫だよ。一緒に来る人は僕の後ろをついてくる椅子に座ってるだけさ。メアリーやネヴィルも平気だったよ。三人とも一年以上チャニング村には帰ってないって聞いたよ。丁度良いじゃないか」
アルの提案にギュスターブたちは腕を組んで考え始めた。
「残念ながら、俺は明日からまた任務があって行くのは難しい。なので、オズバート、アルフレッドと一緒に行って地図と見本を貰ってきてくれるか? オービルも一緒に行かせてやりたいところだが、俺の任務の方に同行してくれ。さすがに二人とも居ないと俺の仕事に支障が出そうだからな」
「わかりました」「了解です」
二人はギュスターブの言葉に頷いた。
「オズバート、行った時に親父に、地図と見本については、アルフレッドが手伝ってくれるが、表向きは魔法が使える冒険者を雇って作らせたことにしたいと伝えてくれ。わざわざ言わなくても良いが、かなり金がかかったって事になると今後の話が進めやすい」
「わかりました」
「アルフレッドもそれでいいか?」
アルはもちろんと答えて頷いた。元々はアルがちゃんとしておくべきことだった気もするし、ギュスターブの提案ではアルには大きな負担などもないだろう。
「よーし、じゃぁ準備をして出発しよう」
アルは気分を切り替えてそう言ったのだった。
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