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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
99/157

93変です


「いきなりこんな場所に呼びつけてしまってごめんなさいね。あまり緊張せずに、ゆっくり過ごしてね」


 そう言って穏やかな笑みを浮かべるオフィーリア姫に対して、わたくしは顔の表情筋を総動員させ、御令嬢スマイルを作ります。でも、経験が少ないわたくしには引きつりのない、完璧な取り繕いは難しいようです。

 ……そもそもこの場でどう、くつろげと?


 どうしてオフィーリア姫はこんな一商人との密会場面に、わたくしを呼んだのでしょう。

 ここで何をやらかしてもきっと不敬になるのであれば、いっそ開き直ってしまった方がいいのかもしれません。

 形式ばったことを聞いても意味はないでしょうから、わたくしはわからないことを率直に問うことにしました。


「少し不躾な質問をしてもよろしいでしょうか?」


 オフィーリア姫の顔を真っ直ぐに見てわたくしはそれを口にします。


「ええ。わたくしも、失礼なことを伺いましたから、答えられる範囲のことなら、なんでも」


 オフィーリア姫は高位の人間らしい、穏やかな笑顔で微笑みます。わたくしはその神々しさに気圧されながらも、聞きたかったことを口にします。


「あなたはなんのために王位を望んでいらっしゃるのですか?」


 それを口にした瞬間、周りの温度がスッと下がるような感覚が体を駆け巡ります。チリチリと感じてしまうほどの緊張感に部屋中が包まれたからです。

 この部屋の中で一番年上であるレナートも、苦笑いが隠せていません。


 先生がオフィーリア姫は王位継承争いの一角を担っていると言っていたので、王位を欲していると思っていたけれど……。違ったのでしょうか。 

 聞いてはいけないことを聞いてしまったのかしら……。でも、今でないと、この方の本音を聞き出せませんもの。


 オフィーリア姫は上品に、かつ意思の篭った目でわたくしに答えをくれます。


「わたくしの目的はただ一つ。ラザンダルク、シハンクージャ、そしてハルツエクデンの三国を統一することです」


 ん? わたくしの耳、おかしくなってしまったかしら?

 そう思って目をパチクリさせると、オフィーリア姫は落ち着いた表情でもう一度言ってくださいます。


「三国の統一です」

「さ、三国の統一……⁉︎」


 思ってもみない言葉に言葉が震えてしまいます。わたくしはてっきり、離宮に閉じ込められているような不遇な待遇から抜け出したいだとか、王位を使って国を治める立場につきたいだとか、そういった類の欲求があるのだと思っていたのです。


 三国の統一って……。スケールが大きすぎやしませんか?


 一瞬、この場を切り抜けるための冗談かと思ってしまいましたが、この部屋にいる人間はそれを否定することがありません。そういう認識で動いている、ということだけが伝わってきます。


 そう考えると、この方がハルツエクデンに嫁いできたことは、偶然ではなかったんだわ。もし、本当に三国を統一したいと考えるのならば、湖の女神の祝福が根付いているハルツエクデンをまずは手中に入れないと、話になりませんもの。


 わたくしはその末恐ろしさに恐々としながらも、視線を逸らさずにオフィーリア姫を見据えます。


「リジェットさんはこう思ったことはない? どうしてみんな同じ女神を信仰しているのに、争いばかり起こしているのだろう……と。いくら形ばかりの和平が結ばれたって“平和”が続いたことなんて建国以来ないでしょう?」


 オフィーリア姫の意見にわたくしは目を見開きます。


 __それはわたくしが思っていた疑問そのものでした。


 みんな一続きの、同じ国として初めから存在していれば、こんな頻繁には戦争が起こることはないのかしら……。


 そんなふうに妄想をしたことはあります。あくまでも妄想ですけど。

 まさかそれを現実のものにしようと思っている方がいるとは思いませんでした。


 先生がわたくしとオフィーリア姫は気が合うだろうと言っていたことを思い出します。確かに思考回路は似ているかもしれません。しかし、それを現実のものにしようという気概はわたくしにはありません。皆が同じであれば、争わないと言うのは、あくまで理想論であって、それを成し遂げるには独裁的な圧力が必要になるからです。そんなの、あまりにも危険思考すぎます。


 __オフィーリア姫はまるで劇薬みたいな方だわ。


 妄想じみたことを行動に移してしまうだけの力と、心持ちを持っていますが、その力に頼りすぎるとこちらが身を滅ぼしかねません。


 でもなぜなのでしょう。心の底で、こんな方に仕えたらきっと面白いだろう、と思ってしまう気持ちもあるのです。そう思わせてしまうだけの求心力が間違いなくこの方にはありました。


「あなたの事業、少し調べさせてもらったの。とっても面白い視点で事業を展開しているのね。今の地勢でこれだけ動けるってことは、あなたは与えるものを増やしたら、どれだけ動けるのだろうと、勝手に想像して、ほくそ笑んでしまったわ」


 ほら、こういうところです。今のわたくしの手柄だけを褒め称えずに、将来性を買ってくださる人なんだわ。


 第一王子の派閥の方も、第二王子ご本人も、今のわたくしの手柄だけを欲していました。

 けれども、この方はわたくしがこれから生み出すであろうものを欲してくださるのです。

 

 ああ、どうしてこの方はラザンダルクの姫なのでしょう。この方がハルツエクデンの王族だったら、真っ先に臣下になったでしょうに。


 けれど……。この方はハルツエクデンの血を持っていても、敵国であったラザンタルクの方です。その方に忠誠を誓ったら反逆者。そんな危険なこと今のわたくしにはできません。


 何も言えずに、膝の上に乗せていた拳を握りしめながら震えていると、その緊張を解くようにオフィーリア姫が声をかけてくださいます。


「でも、これはやっぱり理想論でしかないわね。実際は三国の分断は激しいわ……。特にシハンクージャの民は、力を求める民族ですから、誰かに従うなんてことは許さないでしょう」

「あ……。そうですよね」


 一般的な意見が返ってきたことにひとまず安心します。オフィーリア姫は相当頭の切れる人みたいだけど、何もかも可能にしてしまうような女神様ではないもの。

 そう思って出されたお茶に口をつけようと思っていた時でした。


「だからこそ、あなたのような人が国を変えるのでしょうね」

「え?」


 オフィーリア姫からとんでもない言葉が語られます。それは断定的な言い方でした。……まるで未来が見えているような。


「あなたは一見、その身に美しい白を纏っているがために、魔力を有していない。けれども、その代わり、人より選べるものが多いの」

「お言葉ですが……。わたくしは人より秀でているところなど、ございませんよ? 白髪はゼロ魔力と同義でしかありません」

「いいえあなたはこの世界で唯一、あの方にとって反逆者ですもの。……この世界で真にイレギュラーなのはきっとあなたね」


 __反逆者。


 それは先生が持つ、女神のカードでの占い結果として示されたカードの目でした。

 どうして、その言葉が、初めて会ったはずのこの方から……?

 預言者めいた言葉に、心臓が嫌な音を立てます。


「誰にとって……わたくしは反逆者なのですか?」

「もちろん、湖の女神に、よ」

「湖の……女神……?」

「ええ。あなたは湖の女神を倒すために必要不可欠な存在なの」


 どうして三国統一の話から、湖の女神を撃つ話になってしまったの?


「何を言っていらっしゃるのですか……? わたくしにはあなた様のお言葉の真意が全く掴めません……」


 震える声で、なんとか言葉を紡ぐと、オフィーリア姫は困ったように笑います。


「ごめんなさいね? ……わからないでしょう? でも、あなたはきっと……それを可能にする。あなたは長きにわたる、戦いにおいて、終戦の鍵となる存在だから」






 オフィーリア姫の予言めいた言葉を聞いていたら、目が回るような、得体の知れない浮遊感に襲われます。なんだか、呼吸がしにくくて、気分が悪いような……。


 そんなわたくしの顔を見て、気を使ったのか、オフィーリア姫が退出を促します。


「クゥール。リジェットさんは体調が悪いみたいね。やっぱり無理させてはいけないわ。

 ……あなたが送って差し上げたらいかが? 大事なお嬢様を一人で出歩かせちゃいけないもの。今日は本当に急に呼びつけてしまって申し訳なかったわ。」

「え、わたくし一人で……」


 帰れます、と言葉をつづけようとすると先生に腕で制されます。


「さ、リジェット。もう僕たちはここには必要ないみたいだから帰ろうね」


 そういって席をたった先生に手を引かれる形で、わたくしはその部屋を後にしました。






「今日あの方はわたくしと顔を合わせるために接触したのですか?」


 帰り道、歩きながらわたくしは先生に問いかけます。先生は目を伏せながら言いづらそうに答えを返します。


「そうだろうね。あの方は全てを把握して動かれる方だから。僕もどうやっているのかわからないけれど、今日リジェットに会うつもりだったんだろうね」

「でも……、どうしてわたくしが今日街にいることを知っていたのでしょうか? わたくし本当に、今日の朝街に出ようと思ったんですよ? なのになぜそれをオフィーリア姫が知っているのですか?」

「……その魔術的仕組みがわかったら僕だって気苦労しなくていいんだけどなあ。あれはあの方のお力だから。

 でも一つだけ言えるのは……。あの方は確実に今日リジェットに会うことを知っていたんだよ。だって、僕を街に出すときに言ったんだ。レナートとリジェットに会いたいって」


 まさかあの方は未来がわかる……? そんなこと、ありえないと頭ではわかっているのですが、あの方の存在を一度目にしてしまったわたくしは、どうしてか、それを完全に否定できずにいるのです。


 女神がいる世界ですもの。そういった類の力があってもおかしくありません。


「なんというか……恐ろしい方ですね」

「今日、姫様は僕と君に会うと言う目的を果たさなければならなかったそうだよ。それが終わったから、君は……。この場合僕もか。帰されたんだよ」

「今はレナートとお話をしているってことですね?」


 きっとオフィーリア姫は先生にも聞かれたくないようなことを、今、レナートと話しているのでしょう。一国のお姫様と、国一番の百貨店の代表。その二人が話す内容が、お姫様の買い物らしい、装飾品の相談だったらいいのに。と想像してしまいますが、そんなことではないのでしょう。


 __だってオフィーリア姫もレナートも、これから戦いを仕掛ける者の目をしていたんだもの。

 捕食者のそれを見過ごしてしまうほどわたくしは鈍くありません。


「リジェット、今日オフィーリア姫に会って、どんな印象を持った?」


 先生は心配そうな表情でわたくしに尋ねます。

 一国の姫様の印象を語ることは恐れ多い気がいたしますが、先生にとってそれは今後の行動に関わる重要な判断材料なのでしょう。その妨げにならぬよう、できるだけ素直に感想を話そうと試みます。


「印象ですか……。うーん。とりあえず只者ではないですよね。きっとあの方は運命を待っているのではなく、ご自分の手で作り上げているんでしょう」

「初対面でも、そう思うんだね」

「ええ。あの方は動かされる側ではなく動かす側の目をしていましたもの」


 目を引かれてしまう、不思議な力がある人。そして同時にひどく魅力的な方でした。一度あっただけなのに、この人の言うことは本当だ、と信じてしまいたくなる、抗えない求心力を感じたのです。


 あんな魅力的な方が、先生のお友達であるということにわたくしは驚きつつも安心してしまいました。先生の身に何かあった時には、きっとオフィーリア姫は力を貸してくださるでしょう。


 わたくしが手を貸せない範囲のことだってあの方はできるでしょうから。


「オフィーリア姫が先生の恋人でなくてよかったです」


 気がつくとわたくしはそんなことを口に出していました。


「え?」


 先生もわたくしの言葉があまりにも意外だったようで、目を見開いてこちらを見ています。

 あれ……。なんでわたくしこんなこと口に出してしまったんでしょう。自分でも自分がわかりません。

 まさかわたくし、ステファニア先輩だけでなく、オフィーリア姫にも嫉妬してしまったのかしら……。オフィーリア姫は先生の弟子ではないのに……。


 心がもやもやとして答えがうまく出せません。


「わたくし……何だか最近変なのです。ステファニア先輩に魔術を教える先生の姿を見ていたら、何だかもやもやしたり、オフィーリア様と一緒にいる先生を見ると心がチクチクして痛むんです」


 その言葉を聞いて先生は一瞬目を丸くします。


「君は粛の要素持ちなのに痛むの?」

「あの……先生。わたくしだって心が痛む時くらいあるのですよ?」

「ねえ、先生。わたくしどうして変な気持ちになるのか、先生は検討がつきますか?」

「リジェット……それは……」


 先生の、口を真剣に見守ります。


「変だね」

「変ですよね……」


 あれれ? 先生は明確な答えをくださいませんでした。先生はわたくしの思考回路をいつも理解して下さるので、わからないことがあると、いつもわかりやすく、アドバイスをくださるのですが……。

 よくわかりませんが……誤魔化された? と一瞬勘繰ってしまいましたが、先生にもこの気持ちがなんだかわからなかったのでしょう。他人の考えることが全て理解する、ということはなかなか難しいですから。


 それにしても……帰り際、ずっと先生はこめかみを抑えて考え込んでいたような気がするのですが、何かあったのでしょうか。


 この気持ちがなんなのかわからないまま、もやもやした気持ちで寮まで帰ったのでした。



ごまかされました。あーあ。


次は火曜日更新予定です!

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